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第三十話    名の由来

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「もうくだらないお喋りは終ったか? だったらさっさと死んでくれ」

 そう冷たい声で言い放った四狼は、二発目を撃とうとトリガーに指を掛けた。

 その瞬間――。

「馬鹿な奴だ!」

 怒号のような叫びを発したジンバハルが、手に持っていた戦斧を高らかに振り上げて瞬時に振り下ろした。

 刹那、鼓膜を刺激する轟音とともにコンクリート製の床に地割れのような亀裂が生じた。

 再びホールの一角が膨大な量の土煙に覆われていく。

 その瞬間、すでに四狼は二発目のスラグショットを撃っていた。

 しかし、発射されたスラグショットは濃密な土煙の中に吸い込まれるように消えただけでジンバハルの身体に直撃していないのは明らかだった。

 射撃術に卓越した人間だけに有する能力なのか、手元から放たれた弾が対象に当たったかどうか四狼は感覚で分かる。

 その感覚が教えてくれた。ジンバハルの身体に弾は当たっていない、と。

「やるぞ、金剛丸!」

 そう四狼が叫ぶや否や、後方に待機していた金剛丸の異様な双眸が光を発した。

 全身を覆っているパラムタイト装甲の下からモーターを高速回転させるような駆動音が響き始め、やがて背中の排出パイプから高温の蒸気を排出させる。

 四狼は片手でショットガンを握りながら床を蹴って疾駆した。

 相棒の金剛丸は、戦闘モードを八十%以上開放させると起動にやや時間がかかる。

 それを当然の如く理解していた四狼は、時間稼ぎも兼ねてまず己が行動を開始した。

 向こう側も見えないほどの濃密な土煙の中に身を投じた四狼は、脳内に埋め込まれてある生体チップの力を借りて脳内神経伝達物質を過剰に分泌させた。

 それにより身体能力、および新陳代謝が大幅に向上し、皮膚感覚は常人の実に数十倍に研ぎ澄まされていく。

 不意に四狼の眼光が鋭く光った。目線が瞬時に右方向に動く。

 突如、土煙の中から戦斧の刃先が水平に飛んできた。

 四狼は瞬時に身体を床に伏せることでかわしたが、実際は紙一重であったので何本か髪の毛を持っていかれた。

 床を転がりながら四狼はショットガンを連射した。

 狙った先は戦斧が飛んできた右方向である。

 だがすぐに四狼は連射するのを止めると、すぐさま体勢を整えて後方に大きく跳んだ。

 四狼は鋭敏に研ぎ澄まされていた皮膚感覚により、敵が正面ではなく横に移動していたことを察したのである。

 まさに間一髪だった。

 四狼が跳んだ数秒後に、今まさに伏せていた場所を横から振り下ろされてきた戦斧の刃先が直撃したのである。

 床に巨大な亀裂を作ったジンバハルの攻撃力は、人間の身体など紙切れのように真っ二つにするほどの威力が込められていた。

 空中で見惚れるほどの宙返りを見せた四狼は、伏せていた場所から数メートルも離れた場所に綺麗に着地した。

(化け物が)

 四狼はショットガンを構えながら、ぎりり、と奥歯を軋ませた。

 予想以上にジンバハルの戦闘能力が高い。

 第二形態に変化した〈亜生物〉は例外なく戦闘能力が向上するのは理解しているが、あの体型で近距離からのショットガンの連射をよける速度を有しているのは驚愕に値する。

 だからこそ仕留めなければならない。

〈亜生物〉のような化け物にこちらの世界を好き勝手にさせるわけにはいかないのだ。

 四狼はショットガンの銃口を左右様々な場所に向けた。

 撹乱のつもりなのか、ジンバハルは土煙を便利な防護幕として使って移動している。

 もちろん、四狼の皮膚感覚はジンバハルの動きを正確に追えていた。

 しかし、だからこそ迂闊に撃つわけにはいかない。

 手持ちの弾数にも限りがあるし、なおかつ、ジンバハルの手元には長大な戦斧が握られている。

 下手に弾を撃てば居所が知られるのはこちらも同じだ。

 先ほどのように撃っている瞬間を狙われるのは極力避けたい。

 そのときであった。

 四狼の皮膚感覚がジンバハルに猛烈な勢いで突進していく巨大な物体を捉えた。

 内部から発する駆動音を鳴り響かせ、特殊合金製の上から衝撃を吸収・緩和させる特殊ゴムで覆われた拳を繰り出す物体の存在を。

 戦闘モードを開放させた金剛丸である。

 その姿こそ土煙で見えなかったが、四狼には生体チップを通して金剛丸がジンバハルに怒涛のような攻撃を繰り出していることが手に取るように分かった。

〈機人〉と名づけられた、人型戦闘兵器との同調率が八十五%を超えた者だけに分かる特殊な感覚だった。

「この木偶人形が!」

 耳をつんざくようなジンバハルの怒声が聞こえた。

 戦闘モードを開放させた金剛丸の獅子奮迅の強さに四苦八苦しているのだろう。

 四狼は弾を装填しながら金剛丸に呼びかけた。

「金剛丸! 十秒ほどでいい、そのままそいつを足止めしてろ!」

『了解。命令ヲ実行シマス』

 頭の中に響いてきた返事を聞くや、四狼は近くに点在していた円柱に電光のような速度で近づいた。

 常人が見たら影にしか見えなかっただろう四狼の走る速度は、円柱に辿り着いてからも衰えることはなかった。

 床を疾駆していた四狼は、そのまま垂直にそびえ立っている円柱を二本足で駆け上っていく。

 重力に逆らいながら一気に数十メートルも駆け上がった四狼は、方向を見定めてから円柱の表面を蹴って空中に飛翔した。

 景色が逆さまに広がっている視界の中で、それでも四狼は瞬き一つせずに上空から狙うべき標的を完全に捉えていた。

 四狼は空中においてショットガンを完璧に構え、その銃口を真下に向ける。

 銃口の直線上には、金剛丸に身体を締め付けられているジンバハルがいた。

「何だと!」

 ジンバハルは上空から自分を狙っている四狼に気づくと、喉を震わせながら叫んだ。

 そして身体を締め付けている金剛丸を引き剥がそうと力を入れるが、全身を特殊合金装甲で覆われている巨人はビクともしない。

 当然だ。

 戦闘モードを八十%以上開放させた〈機人〉の力は一千馬力を超える。

 四狼はジンバハルに垂直に落下しながらショットガンを連射させた。

 銃口から発射された八発のスラグショットは、ジンバハルの頭部を中心に肩や背中など至るところに深々と食い込み細部まで破壊していく。

 ジンバハルが苦痛の咆哮を発すると、ホール全体が強震に見舞われたように激しく振動した。

 そして衝撃波のような威力もあった咆哮により一気に土煙が霧散し、天井に残っていた強化ガラスの欠片が小雨のように降り注いでくる。

 床に着地した四狼は、振り返り目の前の物体を睥睨した。

「ご苦労だった、金剛丸。もう離していいぞ」

 金剛丸は主人の命令を受けるなり、さっとその場から後退した。

 四狼の目の前にいたジンバハルは、誰の目にも明らかなほどの重傷を負っていた。

 スラグショットの直撃を何発もその身に受けた結果、頭部の半分は歪に破損し、左腕は肩の部分から無残に千切れていた。

 背中にも何発か食らったので、傷口からぼたぼたと流れ落ちる鮮血が床の上にドス黒い花を咲かせている。

「気分はどうだ?」

 すべての弾を撃ち尽くした四狼は、ポーチの中から取り出した一発のスラグショットを装填して声をかけた。

 そしてオートマチックからポンプ・アクションに切り替え、ジンバハルの意識を確認するようにフォアエンドを上下に動かす。

 ガシャンッ、という耳朶を叩く音が鳴る。

「……何故だ……何故、貴様は同胞を……その手に掛ける?」

 四狼はショットガンを構えた。

 銃口はジンバハルの心臓部分に合わせられている。

「はっきり言っておく。俺にとってすべての〈亜生物〉は憎むべき存在だ」

 その言葉を聞くなり、白濁色の大脳を零しかけていたジンバハルが笑った。

「ははは……しょせんは〈ナンバーズ〉か……人間に似ているだけの哀れな存在め」

「お前たちに言われる筋合いはない。それに――」

 次の瞬間、ホール内に一発の銃声が轟いた。

 そしてその直後、ジンバハルの巨体が大きく後方に倒れた。

 よく見ると胸元に円形の穴が穿たれており、その中に収まっていたはずの心臓は影も形もなかった。

 跡形もなく吹き飛んだのである。

 四狼は絶命したジンバハルを見下ろしながら呟いた。

「それに俺は〈ナンバーズ〉ではなく人間としての名前がある」

 そのとき四狼は、一人の女性の言葉を思い出した。

 ――だから今日は貴方に名前をプレゼントする。気に入ってくれたら嬉しいわ。貴方の番号〈No46〉から因んだの。しろう……そう、貴方の名前は今日から四狼よ。

 四狼はショットガンを肩に担ぎながらはっきりと口にした。

「俺の名前はしろう……四狼だ」
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