【完結】ナチュラルキラー46 ~異世界転移から始まる、最強の強化少年と最硬の機人による復讐冒険譚~

岡崎 剛柔

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第二十九話   決別

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「同胞だと?」

 四狼の目眉が片方だけ吊り上った。

 あまりにも突拍子もないジンバハルの言葉に、四狼はトリガーを引くタイミングを失ってしまった。

「そうだ。俺たち〈亜生物〉はお前たち〈ナンバーズ〉と同じ、科学者どもの自己顕示欲と研究欲を満たすためだけに造られた実験体。つまりは同胞だ」

 巨大な牛人と化したジンバハルは、口内から肉食獣の唸り声を上げて喋っている。

「〈ナンバーズ〉の貴様ならば知っているだろう。俺たちがいた世界は天から降ってきた神の裁きと、自らが招いた愚考により滅びの道を歩くことになった。それが――」

 ジンバハルの話を無言で聞いていた四狼だったが、心中では腸が煮えくり返る衝動に駆られていた。

 四狼の脳裏に眠っていた記憶がふと鮮明に蘇ってくる。

 西暦二○四四年。

 太陽系第三惑星であった地球は滅びの一途を辿った。

 最初の原因は、突如、地球に襲来した巨大隕石であった。

 観測史上最大規模と断定された巨大隕石が地球に落ちてしまえば、どれほどの被害が出るか予想もつかない。

 核保有軍事大国はただちに巨大隕石を核で破壊するという声明を発表し、現実にそれを実行した。

 しかし、これがすべての悲運の始まりだった。

 数十発の核弾頭は確かに巨大隕石を撃破したが、そのときに飛び散った破片がしぶとくも地球に降り注いできたのである。

 巨大隕石の破片がもたらした損害も甚大だった。

 人々が暮らす大地に巨大なクレーターを幾つも穿ち、大海原に落ちた破片の衝撃波は大津波と化して人々に牙を剥いた。

 だが、これだけならばまだ良かった。

 あろうことか巨大隕石の破片により一番多く被害を受けた中東諸国が、逆恨みなのかそれとも以前から密かに機会を狙っていたのか、大量の核を撃ったアメリカや中国に対して核による報復行為を取ったのである。

 その後、地球は瞬く間に破滅の道を辿ってしまった。

 核により生じた大量の放射性物質は多くの人間の生命を奪い、地軸の乱れにより起こった天変地異は世界中の人間たちを絶望と混沌に陥れた。

 マグニチュード七以上の強震が頻繁に起こり、核や破片の衝撃波で舞い上がった尋常ではない量の土砂が地球全体を覆いつくしたのである。

 四狼は苦々しく呟いた。

「……ハルマゲドン」

 四狼の呟きをその耳で捉えたのか、ジンバハルの哄笑は勢いを増していく。

「そうだ。ヨハネ黙示録に書かれた世界の終末における、善と悪の最終決戦場所ハルマゲドン。まあ、決戦場所は地球全体に及んだがそれも仕方ないことだ。あれだけ増加した人間どもは遅かれ早かれ自滅するのは目に見えていた」

「勝手なことをほざくな! それでもあの大災害を逞しく生き抜いていた人間たちがいたんだ!」

 四狼は身体を震わせて激昂した。

 確かにあの未曾有の大災害ハルマゲドンにより全人口の八割が失われた。

 だがそれでも残り二割の人間たちは大災害を誰よりも早く察知し、世界中の地下に巨大なシェルターを建設していたのである。

 ジンバハルの哄笑がピタリと止まった。

「逞しいか……確かにな。ハルマゲドンを生き残った科学者どもは逞しいという意味では一級品だった。全人口の八割が死に絶えたというのに、すぐに己の欲望を満たす実験を行えるのだからな」

 頭を振ったジンバハルの両鼻からは、興奮した闘牛のような鼻息が漏れた。

「だから今度は俺たちが科学者どもに神の裁きを下してやったんだ。世界中に建設されていた研究所兼シェルターに隔離されていた同胞たちに呼びかけ、一斉にシェルター内に搭載されていた時空転移装置を狂わせてやった。それにより世界中に点在していたシェルターは、計測が狂った状態で異次元空間に放出されてこの世界に迷い込んできた」

 興奮して饒舌になっていたジンバハルだったが、わざわざ聞かされなくても四狼はすべて知っている。

 世界中に散らばっていた研究所兼シェルター内には、遺伝子操作の段階で欠陥が見られた〈亜生物〉を隔離していた施設があった。

 そこは強大な力を有している〈亜生物〉たちを一体ずつ監視できるような厳重な警備体制が敷かれており、それこそ〈亜生物〉たちが互いに示し合わせでもしない限り絶対に脱獄は不可能であった。

 だからこそ、研究所内で生き残っていた科学者たちは夢にも思わなかっただろう。

 世界中の研究所内に隔離されていた〈亜生物〉たちが、通信機の類も使わずに一斉に反乱を起こすことなど。

 シンクロニシティ。

 スイスの心理学者であったカール・グスタフ・ユングにより提唱された概念であり、その意味するところは集合的無意識化による、固体化された生物同士の情報交換が現実的に起こり得る働きとされている。

 四狼はこの反乱が起こったときに、一人の科学者から聞かされた。

 〈亜生物〉たちはまさにこのシンクロニシティと呼ばれる現象を意図的に引き起こし、一斉蜂起という荒業を成し遂げたことに。

 奥歯を噛み締めている四狼に対して、ジンバハルは上機嫌で話を続けていた。

「この世界は素晴らしい。破滅した地球とは違い、汚染されていない豊かな大地が豊富に存在している。だが、もっと素晴らしいことは――」

 ニヤリ、とジンバハルが笑った。

「住んでいる人間の文明が幼稚なことだ。これならば苦労せずに俺たちは生物界の頂点に立てる。当然だ。この世界には俺たちを縛り付ける大敵は何一つ存在しないのだからな」

 話すだけ話したジンバハルは、ショットガンを向けている四狼に手を差し出してきた。

 黒い針のような剛毛に覆われていたが、まだ人間の手の形をしている。

「何のつもりだ?」

 眉一つ動かさずに四狼は問うた。

 ジンバハルは手を差し伸べながら答える。

「先ほども言ったが俺たちは同胞だ。そしてここは無能な人間どもが蔓延っていた地球とは違う。〈亜生物〉や〈ナンバーズ〉なども関係ない。俺たちはこれから協力し合い、この世界を地球の二の舞にしないよう正しい道に導かねばならない。そのための準備も世界中で着々と進んでいる。その中で俺たちはこの国を担当している」

 じりじりとジンバハルは四狼に歩み寄ってくる。

 その顔は表情が巧く読み取れない牛の顔だったが、人間の顔ならば満面の笑みであったかもしれない。

 ジンバハルは本気で四狼を仲間に迎える気であった。

 共に造られた存在として、この世界を自分たちの都合の良い世界に変えていくための仲間に誘っている。

 そして、ジンバハルが十歩ほど歩いたときだった。

 ダァンッ!

 けたたましい銃声がホール内の静寂を破った。

 ショットガンの銃声である。

 四狼はジンバハルの顔面に向けて何の躊躇もなくトリガーを引くと、大口径ライフル弾並みの運動エネルギーを有していたスラグショットは空気を押し潰しながらジンバハルの顔面に飛んでいった。

 ジンバハルは咄嗟に顔を逸らしてスラグショットをかわしたが、頬にはドリルで抉られたような痛ましい傷ができていた。

 数秒後、ジンバハルは損傷した頬に手を当てた。

 頬からはドロリとした赤黒い血が溢れ出しており、体毛の先から水滴のようにぽたぽたと床に落ちていく。

「これが貴様の返事か……」

 傷口を押さえていたジンバハルの手が小刻みに震えだした。

 それは間違っても恐怖から来る震えではなかっただろう。

「もうくだらないお喋りは終ったか? だったらさっさと死んでくれ」
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