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第二十五話   邂逅

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「はああああ――ッ!」

 裂帛の気合を発するなり、オリビアは両手に握った〈忠吉〉に力を込めて突きを繰り出した。

 鋭く風を切り裂きながら放たれた〈忠吉〉の切っ先は、正面にいた鉄兜を被った小柄な男の心臓に突き刺さる。

 オリビアは身体を後方に引きながら〈忠吉〉を抜いた。

 鉄兜を被った小柄な男は、そのままガクリと膝から崩れ落ちて二度と起きてはこなかった。

「金剛丸、そっちはどうだ?」

 オリビアは身体ごと振り返った。

 視線の先には金剛丸がおり、その巨躯な身体から繰り出した剛拳を盗賊二人の胴体に深々とめり込ませていた。

「さすがだな」

 と金剛丸の力量を褒めたオリビアだったが、それ以上に四狼が貸してくれた長剣の切れ味に感嘆の声を漏らした。

 備前びぜん御蔵国みくらぐに忠吉ただよし真改しんかい

 というのがこの独特な意匠を凝らした長剣の名前らしいが、四狼は長いので単に〈忠吉〉と言っているらしい。

 しかしオリビアには名前などどうでもよかった。

 握りやすいように細縄が柄の部分に巻かれ、片方だけに刃がついている剣など珍しいことこの上ない。だが、信じられないくらいに斬りやすかった。

 今までオリビアが使っていた長剣は支給品だったのだが、どちらかと言えば騎士団に与えられる長剣は相手を叩き斬るという感じだった。

 それがどうだ。

 四狼の〈忠吉〉は相手を叩き斬るという無骨な剣ではなく、隙を窺って一瞬で掻き斬るような剣だった。

 重量も今まで使っていた長剣よりも軽く、女性の手にしっくりと馴染むような使いやすさがある。

 そう言えば四狼もさほど身長が高くない。

 だからこそこのような剣を使っているのだろうか。

 オリビアは刀身に付着した血油をハンカチで拭き取ると、首を柔軟に動かして周囲を見渡す。

 四狼と別れてから、もう四半刻(約三十分)以上が経過していた。

 左右に分かれる道で右側に進んだオリビアと金剛丸は、しばらく進んだところで早速とばかりに盗賊たちと遭遇した。

 相手は六人ほどいたが、四狼に貸してもらった〈忠吉〉と金剛丸のお陰で難なく危機を脱することができた。

 その後、またしばらく進んだところでオリビアは二階に通じる階段を発見した。

 そのままオリビアは、金剛丸を引き連れて二階へと足を踏み入れた。

 理由は明かりであった。

 すでに夜目に慣れていたとはいえ、やはり一階部分は明かりがないと不便なほど薄暗かった。

 そこで二階に通じる階段を発見したとき、オリビアは気がついた。

 二階部分は一階部分とは違って青白い光に照らされ、ランプがなくても周囲の状況を把握できるほどの明暗があったことに。

 二階に上がったオリビアは、すぐに光の正体に気がついた。

 夜空に浮かんでいた月の光であった。

 天井部分に無数の穴が穿たれ、その穴を通って青白い月の光が一本の光線となって床に降り注いでいたのである。

 オリビアはその何とも言えない幻想的な光景にいつまでも酔い痴れていたかったが、そういう訳にはいかなかった。

 どこからか湧き出てきた三人の盗賊たちが、各々異なる武器を携えて襲い掛かってきたのである。

 唐突に現実に引き戻されたオリビアだったが、身体は戦闘態勢を整えていたので不覚を取ることはなかった。

 不意をついてきた三人の盗賊たちのうち一人はオリビアが倒し、残りの二人は金剛丸が倒した。

 そして今のところ目立つ傷も負わず順調に進んではいたが、肝心なセシリアの居場所は一向に不明であった。

 それに盗賊たちは例外なく〈変異体〉とかいう化け物になっているため、生け捕って尋問することもできない。

 周囲を見渡したオリビアは、肩を落として溜息を漏らした。

「セシリア様……貴方は一体どこにおられるのですか」

 がっくりとうな垂れながらオリビアが呟いた。

 まさにそのときだった。

 オリビアは〈忠吉〉を構えながら一気に振り返った。

 緊張した面持ちで幻想的な光に包まれている通路の奥を注視する。

 何か音が聞こえていた。硬い床を鋭い刃物で引っ掻き続けるような異様な音が。

 ごくり、とオリビアは唾を飲み込んだ。

 無意識のうちに〈忠吉〉を握り締めている両手に力が入る。

〈変異体〉だろうか。

 いや、それしか考えられない。

 今まで遭遇してきた盗賊団は例外なく〈変異体〉という化け物と化していた。

 だとすると、現時点で奥の通路から近づいてくる人影は〈変異体〉に支配された盗賊の一人に間違いない。

 オリビアが構えると同時に、後方にいた金剛丸も動いた。

 四狼にオリビアを守るように命令されていた金剛丸は、オリビアよりも先に敵に向かって移動を開始していく。

 そして金剛丸がオリビアの隣を通過して行ったとき、オリビアは高らかに声を上げた。

「待て……待ってくれ、金剛丸!」

 オリビアが声を荒げるなり、金剛丸は忠実な家臣のようにピタリと止まった。

 通路の奥から近づいてくる人影の輪郭が、徐々に全体を確認できるほど鮮明になってくる。

「そ、そんな……」

 オリビアは顔面を蒼白にさせ、微妙に〈忠吉〉を握っている両手が震え始めた。

 通路の奥から異様な音を響かせながら近づいてきた人物は、鉄兜や頭巾、外套などを羽織った盗賊団の人間ではなかった。

 女性であった。

 オリビアと同じくらいの背丈だが、身体に纏っている衣服が違う。

 元は長袖付の純白のドレスに金属製の腰帯を巻き、その上から花柄の刺繍が入った煌びやかなサーコートを着ていたが、今では所々が無残に切り裂かれ、両手に嵌めていた牛の胎児の革で作られた手袋は真っ赤な血で染まっていた。

 しかし何よりもオリビアが驚愕したのは、頭上から降り注ぐ月光を反射している白銀色の長髪であった。

 だが手入れがされていなかったため、薄汚れたドレスと同様に乱れきっていた。

 それでもオリビアにはわかった。

 その人物の正体が――。

 オリビアは一歩だけ踏み出すと、乾いた口内から振り絞るように声を出した。

「セ、セシリア様……セシリア様ですか!」

 オリビアと金剛丸の前に姿を現したセシリアは、右手に持っていた長剣の切っ先をだらしなく落としていた。

 そのせいで歩くたびに長剣の切っ先が床を削り、異様な音を響かせていたのだ。

「セシリア様! 私です、オリビアでございます。貴方様の御身をお助けに参りました」

 何度もオリビアはセシリアに呼びかける。

 だがセシリアの動きに変化はない。

 右手に握る長剣の切っ先を引きずらせながら、ゆっくりと近づいてくる。

 信じたくなかった。

 オリビアは血が滲むほど唇を噛み締め、平坦な表情を浮かべているセシリアを見つめていた。

 次の瞬間、セシリアの表情に変化が見られた。

 赤く染まった瞳をオリビアに向け、頬を吊り上げて笑った。

 臣下や民衆に向けていた神々しい笑みではない。獲物を前にして思わず高揚した肉食獣のような凄惨な笑みであった。
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