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第十五話 会議
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青空が広がっていた午前中とは打って変わり、午後からは暗色の分厚い雲がバルセロナ公国全体を覆いつくしていた。
そしてバルセロナ城内の一角に設けてあった会議室の硝子窓にぽつぽつと雨音が響くようになった頃、その会議室内では身分相応の者たちによる会議が開かれていた。
「もう我慢なりません。全騎士団を出陣させてもセシリア様を救出すべきです!」
「話になりませんな。そんなことをすれば民が不安がるだけです」
「そうでしょうか? もう半年が経つというのに女王を盗賊如きから救出できないほうがよっぽど民を不安がらせているのでは?」
「お待ちください。相手はただの盗賊ではありません。あろうことか護衛を務めていた近衛騎士団を全滅させ、その近衛騎士団から選び抜いた精鋭部隊ですら誰一人帰ってこなかった。無論、高額な報酬で雇い入れた傭兵たちもです。もしかすると相手は盗賊ではなくどこかの国の精鋭部隊なのでは?」
会議室の中央には漆喰が塗られている長方形の机が置かれ、各々の席には大臣や諸侯たちが座り、会議が始まるや否や激しい意見を飛び交わせていた。
もちろんその中にはオリエンタの姿もある。
愛用の扇子を広げ、退屈そうな顔を見せないように必死であった。
はあ、と大きな溜息をこの場で漏らせないことがオリエンタには苦痛で仕方がない。
厚手の生地で作られた幅広い袖のコートや、毛皮のガウンを羽織った大臣たちが口だけで実行もしない討論を延々と繰り広げているのである。
馬鹿の一つ覚えとはこのことかもしれない。
議題内容は相変わらずセシリアをどう盗賊たちから救出するかに絞られ、全騎士団を投入すべきだと意見する者がいれば必ず反対する者が現れる。
ようするにイタチごっこを繰り返し、最終的には結論がでないまま次回に繰り越されるのである。
だが今日は違う。オリエンタは頃合を見計らって結論を出すつもりであった。
そしてそのときは来た。
「オリエンタ様はどう思われますか?」
大臣の一人であった白髪の老人がオリエンタに意見を聞いてきた。
今までのオリエンタならば適当に言葉を濁し主張を遠ざけてきた。
だが、白髪の大臣の言葉を待っていたとばかりに目を輝かせたオリエンタは、これ見よがしに盛大な音を鳴らして扇を閉じる。
白髪の大臣ばかりでなく他の大臣や諸侯たちもいつもと態度が違うオリエンタに戸惑ったのか、白熱していた討論を止めて一斉にオリエンタに視線を向けた。
自分に視線が注目したことを確認したオリエンタは、正常な男ならばすぐにでも虜にできそうな妖艶な微笑を浮かべ、そして口を開いた。
「姉上の救出はもう諦めましょう」
一瞬、しんと会議室は静まったが、すぐに一人の大臣が反論する。
「オ、オリエンタ様……それは一体どういうことです?」
「言葉にした通りです。姉上が拉致されて半年、よもや姉上の身がこのまま無事に戻ってくると本気で思ってはいませんよね?」
オリエンタのその言葉は、大臣たちにとっては禁句であった。
会議室にいる大臣たちは両指を絡めて祈るような格好のままうつむく者や、両目を閉じて苦々しい表情を浮かべながら目尻をつねるように摘む者など様々であった。
大臣たちも分かってはいるのだ。最早、何をしても手遅れなのではないかと。
オリエンタは冷めた目つきで大臣たちを睥睨すると、再び扇を開く。
「姉上のことは非常に残念に思います。それに先ほどカレル財務大臣が仰ったように大部隊の騎士団を投入すれば盗賊団は壊滅させることができるかもしれません。しかし問題なのは盗賊団を壊滅させることではなく、この国の王が不在だということです」
オリエンタはここが好機とばかりに立ち上がり、「そこで」と続けて一気に発言する。
「私ことオリエンタ・リズムナリ・バルセロナはここに宣言する。我が姉、セシリア・リズムナリ・バルセロナに代わり、バルセロナ公国の女王に即位することを――」
このとき、確かな手応えをオリエンタは感じた。
本来ならばセシリアの安否がはっきりしていない現状に置いて、唐突に女王即位を申し出たオリエンタの発言は決して良いものではなかっただろう。
しかし、大臣たちも馬鹿ではない。
半年間も身柄を拉致されたセシリアの安否が絶望的なことぐらい本心では分かっている。
となると次にしなければならないのは何か。
(決まっている。すぐに新しい女王を決めること。そして、この国にはもう王位継承権を持つ者は私しかいない)
オリエンタは白銀色の前髪を指で絡ませながら大臣たちを一望した。
皆、オリエンタを女王に認めたくないという意思が表情からありありと読み取れたが、最終的には認めてくれるだろう。
いや、認めざるを得ない。
ただでさえ半年間、国を統べる女王が不在だったのだ。
これだけでも他国と比較していかにバルセロナ公国が軟弱かわかる。
そして国の基盤とも言うべき民衆は公国に対して辟易しており、それは騎士団にも影響している。このままでは国の未来はない。
オリエンタは扇で口元を隠しながら、自分が女王に即位した暁に行う大規模な改革の具体案を考えていた。
領土の拡大、街の発展、他国との今以上の貿易、軍備の増強など、やりたいことは山ほどある。
それにはまず自分が女王に即位し、この国の実権を掌握しなければならない。
大臣たちの顔を見渡したオリエンタはニコリと微笑んだ。
「どうやら皆さん、異論はないようですね。では、民衆に対しての正式発表は後日に控えるとして、戴冠式の日取りを――」
とオリエンタが淡々と話を進めていたとき、ふと挙手をした人間がいた。
大臣たちの視線がオリエンタからその人物に移行する。
オリエンタは話の腰を折られたことを露にも気にせぬ風に装い、挙手をした人物にそっと手を促した。
「何か意見があるのならばどうぞ、マルコシアス宰相」
挙手をした人物は恰幅の良い初老の男であった。
綺麗に茶色の髪を真ん中で分け、下腹がぽっこりと出ているため着用していたコートなどは特注品である。
肉付きのいい顔には柔和な笑顔が絶えず張り付いており、終始自前のハンカチで額の汗を拭っていた。
名も知らぬ人間がこの男を見れば皆、口を揃えてタヌキが服を着ていると思うだろう。
「は、ではお言葉に甘えまして少々進言させて頂きます」
マルコシアスは何度も頭を下げながらハンカチで額の汗を拭っていた。
傍から見ると実に頼りなく一国の宰相だとはとても思えない腰の低い男であったが、会議室にいる大臣たちは緊張した様子でマルコシアスの言葉を待っている。
正直、オリエンタも激しく舌打ちしたい心境だった。
オリエンタは知っている。
マルコシアスは虎の牙を隠し持ったタヌキだということに。
マルコシアスは一言一言確認するようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
「オリエンタ様。先ほど貴方はセシリア様の御身は諦めると言っておられましたが、それでは盗賊団は如何なさるおつもりですか? まさかこのまま野放しするつもりはありませんでしょう」
「当然です。女王拉致の罪は彼らの命で償ってもらいます。しかし、それにはまず不在となっている女王の穴を埋め、民衆を安堵させる必要があると考えています」
なるほど、とマルコシアスは頷いた。
しかしすぐに追撃の言葉を放ってくる。
「ではなおさら盗賊団を野放しにしておく訳には参りませんな。何故なら、現在盗賊団がセシリア様とともに王家の証を持っているのですから」
その言葉を聞いた瞬間、平静を装っていたオリエンタの目尻がピクリと動いた。
王家の証。
バルセロナ建国に当たり重大な役割を果たした装飾品として受け継がれ、バルセロナ公国の王となる人物はこの王家の証を片時とも手放してはならない。
「それともう一つ」
マルコシアスは親指のような太い人差し指をピンと立てた。
「セシリア様が正式に王の座を退く結果になったとしても、オリエンタ様は王位継承権第三位のお方。順当からいけば、次の王の座に就かれるのは王位継承権第二位のオルセイア様かと……」
周囲にいた大臣たちはマルコシアスの言っている意味が理解できなかった。
王位継承権第二位であったオルセイアは、二十年以上前に現在のセシリアのように馬車での移動中に野盗に襲われて侍女とともに行方不明になっている。
先代国王は方々手を打って探させたが見つからず、中にはバルセロナ公国から遠く離れた港町で珍しい髪の色をした少女が奴隷商船に乗せられたとの報告が舞い込み、それがオルセイアではないかという噂が宮廷内に広まっていた。
どちらにせよ、オルセイアの生存はほぼ皆無。
それは宮廷内に暮らす人間ならば周知の事実であり、それを宰相であるマルコシアスが知らないはずがない。
「何が言いたいのですか? マルコシアス宰相」
柔らかな微笑と口調で問い返したオリエンタだったが、内心は手に持っていた扇を握り潰したいほどの怒りを覚えていた。
この古狸はどこまで情報を摑んでいるのだろう。
「いえ、まだ真偽のほどは確かではないのですが、王位継承権第二位のオルセイア様が実は国内で生きておられるかもしれないとの情報が浮上しまして……」
マルコシアスは王位継承権第二位という部分を強調し、目を閉じているのか分からないほどの細い目をさらに細めた。
「それはそれは……しかし国内でオルセイア姉上が生きておられたのなら、二十年以上も見つからないはずはないでしょう?」
オリエンタは自前の前髪をさっと掻き上げると、極上の絹糸よりも高価そうな白銀色の髪の毛がふわりと揺れる。
白銀色の髪はバルセロナ王族の証。
故にこのバルセロナ公国の王族は、他国に女性を嫁がせず婿を貰うのが昔からの慣わしであった。
他国に王族の娘を嫁がせれば、その国に白銀色の髪を持つ子供が生まれてしまうからだ。
だからこそセシリアとオリエンタ以外に白銀色の髪を持つ者がいるとしたら、それはオルセイアしか考えられない。
しかも国内で生きていたのならば、一日もかからずに見つけることができるだろう。
マルコシアスはこくりと頷いた。
「オリエンタ様のご意見は最もでございます。ですから私はまだ真偽を確かめていないと申しました。どうか今しばらくの猶予を頂ければ真偽のほどもわかることかと……」
「必要ありません」
オリエンタはすっぱりと言い切った。そしてマルコシアスを見据えて言葉を続ける。
「すぐにすべての問題は解決することでしょう」
そう呟いたオリエンタの声に混じり、硝子窓を激しく叩く雨音がにわかに響き始めた。
そしてバルセロナ城内の一角に設けてあった会議室の硝子窓にぽつぽつと雨音が響くようになった頃、その会議室内では身分相応の者たちによる会議が開かれていた。
「もう我慢なりません。全騎士団を出陣させてもセシリア様を救出すべきです!」
「話になりませんな。そんなことをすれば民が不安がるだけです」
「そうでしょうか? もう半年が経つというのに女王を盗賊如きから救出できないほうがよっぽど民を不安がらせているのでは?」
「お待ちください。相手はただの盗賊ではありません。あろうことか護衛を務めていた近衛騎士団を全滅させ、その近衛騎士団から選び抜いた精鋭部隊ですら誰一人帰ってこなかった。無論、高額な報酬で雇い入れた傭兵たちもです。もしかすると相手は盗賊ではなくどこかの国の精鋭部隊なのでは?」
会議室の中央には漆喰が塗られている長方形の机が置かれ、各々の席には大臣や諸侯たちが座り、会議が始まるや否や激しい意見を飛び交わせていた。
もちろんその中にはオリエンタの姿もある。
愛用の扇子を広げ、退屈そうな顔を見せないように必死であった。
はあ、と大きな溜息をこの場で漏らせないことがオリエンタには苦痛で仕方がない。
厚手の生地で作られた幅広い袖のコートや、毛皮のガウンを羽織った大臣たちが口だけで実行もしない討論を延々と繰り広げているのである。
馬鹿の一つ覚えとはこのことかもしれない。
議題内容は相変わらずセシリアをどう盗賊たちから救出するかに絞られ、全騎士団を投入すべきだと意見する者がいれば必ず反対する者が現れる。
ようするにイタチごっこを繰り返し、最終的には結論がでないまま次回に繰り越されるのである。
だが今日は違う。オリエンタは頃合を見計らって結論を出すつもりであった。
そしてそのときは来た。
「オリエンタ様はどう思われますか?」
大臣の一人であった白髪の老人がオリエンタに意見を聞いてきた。
今までのオリエンタならば適当に言葉を濁し主張を遠ざけてきた。
だが、白髪の大臣の言葉を待っていたとばかりに目を輝かせたオリエンタは、これ見よがしに盛大な音を鳴らして扇を閉じる。
白髪の大臣ばかりでなく他の大臣や諸侯たちもいつもと態度が違うオリエンタに戸惑ったのか、白熱していた討論を止めて一斉にオリエンタに視線を向けた。
自分に視線が注目したことを確認したオリエンタは、正常な男ならばすぐにでも虜にできそうな妖艶な微笑を浮かべ、そして口を開いた。
「姉上の救出はもう諦めましょう」
一瞬、しんと会議室は静まったが、すぐに一人の大臣が反論する。
「オ、オリエンタ様……それは一体どういうことです?」
「言葉にした通りです。姉上が拉致されて半年、よもや姉上の身がこのまま無事に戻ってくると本気で思ってはいませんよね?」
オリエンタのその言葉は、大臣たちにとっては禁句であった。
会議室にいる大臣たちは両指を絡めて祈るような格好のままうつむく者や、両目を閉じて苦々しい表情を浮かべながら目尻をつねるように摘む者など様々であった。
大臣たちも分かってはいるのだ。最早、何をしても手遅れなのではないかと。
オリエンタは冷めた目つきで大臣たちを睥睨すると、再び扇を開く。
「姉上のことは非常に残念に思います。それに先ほどカレル財務大臣が仰ったように大部隊の騎士団を投入すれば盗賊団は壊滅させることができるかもしれません。しかし問題なのは盗賊団を壊滅させることではなく、この国の王が不在だということです」
オリエンタはここが好機とばかりに立ち上がり、「そこで」と続けて一気に発言する。
「私ことオリエンタ・リズムナリ・バルセロナはここに宣言する。我が姉、セシリア・リズムナリ・バルセロナに代わり、バルセロナ公国の女王に即位することを――」
このとき、確かな手応えをオリエンタは感じた。
本来ならばセシリアの安否がはっきりしていない現状に置いて、唐突に女王即位を申し出たオリエンタの発言は決して良いものではなかっただろう。
しかし、大臣たちも馬鹿ではない。
半年間も身柄を拉致されたセシリアの安否が絶望的なことぐらい本心では分かっている。
となると次にしなければならないのは何か。
(決まっている。すぐに新しい女王を決めること。そして、この国にはもう王位継承権を持つ者は私しかいない)
オリエンタは白銀色の前髪を指で絡ませながら大臣たちを一望した。
皆、オリエンタを女王に認めたくないという意思が表情からありありと読み取れたが、最終的には認めてくれるだろう。
いや、認めざるを得ない。
ただでさえ半年間、国を統べる女王が不在だったのだ。
これだけでも他国と比較していかにバルセロナ公国が軟弱かわかる。
そして国の基盤とも言うべき民衆は公国に対して辟易しており、それは騎士団にも影響している。このままでは国の未来はない。
オリエンタは扇で口元を隠しながら、自分が女王に即位した暁に行う大規模な改革の具体案を考えていた。
領土の拡大、街の発展、他国との今以上の貿易、軍備の増強など、やりたいことは山ほどある。
それにはまず自分が女王に即位し、この国の実権を掌握しなければならない。
大臣たちの顔を見渡したオリエンタはニコリと微笑んだ。
「どうやら皆さん、異論はないようですね。では、民衆に対しての正式発表は後日に控えるとして、戴冠式の日取りを――」
とオリエンタが淡々と話を進めていたとき、ふと挙手をした人間がいた。
大臣たちの視線がオリエンタからその人物に移行する。
オリエンタは話の腰を折られたことを露にも気にせぬ風に装い、挙手をした人物にそっと手を促した。
「何か意見があるのならばどうぞ、マルコシアス宰相」
挙手をした人物は恰幅の良い初老の男であった。
綺麗に茶色の髪を真ん中で分け、下腹がぽっこりと出ているため着用していたコートなどは特注品である。
肉付きのいい顔には柔和な笑顔が絶えず張り付いており、終始自前のハンカチで額の汗を拭っていた。
名も知らぬ人間がこの男を見れば皆、口を揃えてタヌキが服を着ていると思うだろう。
「は、ではお言葉に甘えまして少々進言させて頂きます」
マルコシアスは何度も頭を下げながらハンカチで額の汗を拭っていた。
傍から見ると実に頼りなく一国の宰相だとはとても思えない腰の低い男であったが、会議室にいる大臣たちは緊張した様子でマルコシアスの言葉を待っている。
正直、オリエンタも激しく舌打ちしたい心境だった。
オリエンタは知っている。
マルコシアスは虎の牙を隠し持ったタヌキだということに。
マルコシアスは一言一言確認するようにゆっくりと言葉を紡いでいく。
「オリエンタ様。先ほど貴方はセシリア様の御身は諦めると言っておられましたが、それでは盗賊団は如何なさるおつもりですか? まさかこのまま野放しするつもりはありませんでしょう」
「当然です。女王拉致の罪は彼らの命で償ってもらいます。しかし、それにはまず不在となっている女王の穴を埋め、民衆を安堵させる必要があると考えています」
なるほど、とマルコシアスは頷いた。
しかしすぐに追撃の言葉を放ってくる。
「ではなおさら盗賊団を野放しにしておく訳には参りませんな。何故なら、現在盗賊団がセシリア様とともに王家の証を持っているのですから」
その言葉を聞いた瞬間、平静を装っていたオリエンタの目尻がピクリと動いた。
王家の証。
バルセロナ建国に当たり重大な役割を果たした装飾品として受け継がれ、バルセロナ公国の王となる人物はこの王家の証を片時とも手放してはならない。
「それともう一つ」
マルコシアスは親指のような太い人差し指をピンと立てた。
「セシリア様が正式に王の座を退く結果になったとしても、オリエンタ様は王位継承権第三位のお方。順当からいけば、次の王の座に就かれるのは王位継承権第二位のオルセイア様かと……」
周囲にいた大臣たちはマルコシアスの言っている意味が理解できなかった。
王位継承権第二位であったオルセイアは、二十年以上前に現在のセシリアのように馬車での移動中に野盗に襲われて侍女とともに行方不明になっている。
先代国王は方々手を打って探させたが見つからず、中にはバルセロナ公国から遠く離れた港町で珍しい髪の色をした少女が奴隷商船に乗せられたとの報告が舞い込み、それがオルセイアではないかという噂が宮廷内に広まっていた。
どちらにせよ、オルセイアの生存はほぼ皆無。
それは宮廷内に暮らす人間ならば周知の事実であり、それを宰相であるマルコシアスが知らないはずがない。
「何が言いたいのですか? マルコシアス宰相」
柔らかな微笑と口調で問い返したオリエンタだったが、内心は手に持っていた扇を握り潰したいほどの怒りを覚えていた。
この古狸はどこまで情報を摑んでいるのだろう。
「いえ、まだ真偽のほどは確かではないのですが、王位継承権第二位のオルセイア様が実は国内で生きておられるかもしれないとの情報が浮上しまして……」
マルコシアスは王位継承権第二位という部分を強調し、目を閉じているのか分からないほどの細い目をさらに細めた。
「それはそれは……しかし国内でオルセイア姉上が生きておられたのなら、二十年以上も見つからないはずはないでしょう?」
オリエンタは自前の前髪をさっと掻き上げると、極上の絹糸よりも高価そうな白銀色の髪の毛がふわりと揺れる。
白銀色の髪はバルセロナ王族の証。
故にこのバルセロナ公国の王族は、他国に女性を嫁がせず婿を貰うのが昔からの慣わしであった。
他国に王族の娘を嫁がせれば、その国に白銀色の髪を持つ子供が生まれてしまうからだ。
だからこそセシリアとオリエンタ以外に白銀色の髪を持つ者がいるとしたら、それはオルセイアしか考えられない。
しかも国内で生きていたのならば、一日もかからずに見つけることができるだろう。
マルコシアスはこくりと頷いた。
「オリエンタ様のご意見は最もでございます。ですから私はまだ真偽を確かめていないと申しました。どうか今しばらくの猶予を頂ければ真偽のほどもわかることかと……」
「必要ありません」
オリエンタはすっぱりと言い切った。そしてマルコシアスを見据えて言葉を続ける。
「すぐにすべての問題は解決することでしょう」
そう呟いたオリエンタの声に混じり、硝子窓を激しく叩く雨音がにわかに響き始めた。
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