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第十一話    道中

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 アッシリアの街を出てからどれくらいの時間が経っただろうか。

 案内役のパーカスを先頭にオリビア、四狼、金剛丸の四人は舗装されていない密林の中を延々と歩いていた。

 起伏が激しく、緩やかに上がる坂に差し掛かったと思えば急斜面に変わる道なき道。

 太い樹木が所狭しと立ち並び、もう日が真上に来る時間だというのにあまりその陽光が地面に届かない。

 屋根のように生い茂る枝葉に遮られているのである。

「そろそろ休憩しましょうか?」

 先頭を歩いていたパーカスが、振り向きながら三人にそう言った。

「賛成だ」

 答えたのはオリビアである。

 オリビアは周囲を見渡して地形を確認すると、近くに大きな岩場が見えた。

 その下は砂利や木の根が少なく、柔らかそうな草が絨毯のように茂っているので人間の五、六人が腰を下ろして休めそうだった。

 岩場の下に腰を下ろすなり、オリビアは腰に巻きつけていた革の水筒を手に取った。

 水筒に溜めた水で喉の渇きを潤す。

「おい、案内人。目的地まであとどれくらいだ?」

 一息ついたオリビアが目の前に座っているパーカスに問いかける。

 常日頃から野山を駆け回っているパーカスも長距離の移動に喉がからからだったのだろう。

 携帯していた革の水筒に溜めた水をがぶ飲みしている。

 ふう、と喉の渇きを潤したパーカスは、口元の水気を手の甲で拭った。

「そうですね。もう半分は来ています」

 そう言うとパーカスは、隣に降ろした荷物袋の中から一枚の地図を取り出した。

 その地図をさっと広げると、ある一点に人差し指を置いた。

 パーカスの人差し指は、アッシリアから北北東の位置に書かれていた山間部を指している。

「この山間部の奥地に目的地のシュミナール遺跡があります。そして現在の私たちの場所がアッシリアとシュミナール遺跡の中間部にある樹海の中ですから、ちょうどこの辺りですかね」

 シュミナール遺跡があろう場所からつつと人差し指を動かしたパーカスは、地図の中に黒い塊として書かれていた場所を指し示した。

「なるほど。となるとこの樹海を抜ければ当面は見晴らしが利く場所に出るな。そうすれば今よりも幾分かはマシになるだろう」

 男のように胡坐を掻いていたオリビアは、顎先を擦りながらパーカスが広げた地図を食い入るように見つめた。

 オリビアとパーカスは口には出さずとも、実のところ荒くなる呼吸を抑えるのに必死だった。

 それはそうである。

 いくら日頃から身体を鍛えている騎士や獲物を追い求めるために野山を駆け回っている狩人とはいえ、足場が不安定な樹海の中を歩き回れば疲れないはずがない。

 しかも、いつどこから盗賊団が現れるかわからない状況である。

 その精神的重圧がより一層肉体に溜まる疲労を促進させていくのだ。

 だがここまでは順調に来ている。オリビアはふむ、と息を漏らした。

 パーカスが正規の道程を迂回してくれているお陰か、今まで一度も盗賊団の連中には遭遇しなかった。

 しかしその代わりに案内役がいなければ一発で迷ってしまうほどの樹海の中を進むことになったのだが、それくらいは何とか我慢できる。

 幸い恐れていた肉食獣との遭遇もなく、唯一見つけた動物は狐や鹿くらいのものだった。

 もうすぐだ。

 もうすぐ目的地の遺跡に辿り着ける。オリビアは脇に置いていた長剣の柄にそっと手を添えた。

 そのときである。

 地図を眺めていたパーカスが、オリビアの顔を覗き込むようにしながら問いかけてきた。

「一つ訊きたいのですが、どうしてオリビア様は今回の仕事に加わったのですか?」

「どういうことだ?」

 質問の意味がわからないという顔つきをしたオリビアに対して、パーカスは横目でちらりと後方を振り返った。

 どうやらパーカスは四狼と金剛丸を気にしている。

 オリビアはパーカスから目線を外してパーカスの後方を見た。

 四狼と金剛丸の二人は岩場から少し離れた位置にいた。

 しかも四狼は金剛丸の肩の上に二本足で立っており、ずっと樹海の奥の様子を眺めている。

 そのときにふとオリビアは目を細めた。

 四狼の背中が不自然に膨らんでいる。

 何やら背中に棒のような物を背負っているのだろうか。

 だが深く考えなかったオリビアは、再び視線をパーカスに戻した。

 パーカスは近くに四狼たちがいないことを気にしたのだろう。

 四狼たちが話を聞き取れない位置にいることがわかると、「ここだけの話なんですが」ともったいぶった言い方をしてきた。

「実はですね、シュミナール遺跡に案内するのはこれで六度目なんですよ」

 パーカスの話は続く。

「最初に案内したのは貴方様と同じ近衛騎士団の方たちです。十数人規模の小隊でしたがどの方も精強そうな騎士様たちばかりでした」

 知っている。

 セシリア様が盗賊団に連れ攫われた直後、宮廷はすぐさま救出部隊を編成した。

 しかしそこで問題になったのは、どうやって盗賊団からセシリアを救出するかということであった。

 何せ相手は人里離れた山間部の地形を十分に熟知しており、下手に騎士団を向かわせても返り討ちに遭いかねないほどの猛者揃いなのである。

 そもそも甲冑を着込んだ騎士は平地において軍馬に跨り、突撃槍を持って戦うことで本領が発揮される。

 それが山の中では馬にも乗れないためどうしても実力が半減されてしまう。

 そこで近衛騎士団の中でも特に剣術の腕前に優れ、隠密行動に適した人間が救出に向かうことになった。

 部隊は少数精鋭。

 重い甲冑を外し、今のオリビアのように軽甲と長剣を携えて救出に向かった。

 もちろん、そのときはオリビアも参加を希望した。

 剣術にも男の騎士に負けない自信があったし、子供の頃は小さな山村に住んでいたので山道の行動も慣れていた。

 何より、一刻も早くセシリアを救出したい。

 それがオリビアの救出部隊に志願した一番の理由だった。

 しかしオリビアは救出部隊には選ばれなかった。

 近衛騎士団の団長であったヘイルダムが、救出部隊には女性騎士は同行させないと決めたからだ。

 理由は吐き気が覚えるほどわかっていた。

 元々、近衛騎士団は女人禁止であり、どんなに知性や剣術の腕前が卓越していようと女性というだけで騎士団選抜試験では撥ねられていた。

 だが近年になって男尊女卑を無くそうという声が民衆や宮廷内で高まり、先代国王であったアガト・リズムナリ・バルセロナは、優秀な者ならば女性でも近衛騎士団に選抜されるよう特例を出したのだ。

 オリビアは思い出したように唇を激しく噛み締めた。

 先代国王の特例措置により、女性でも近衛騎士団に入団することは確かに可能になった。

 だが長年の慣習とは恐ろしく、女性が騎士というだけで仲間であるはずの男たちは不気味な目つきをオリビアたち女性騎士に向けてくる。

 それだけならまだいい。

 中には不純な動機で近づいてくる輩もおり、それが原因で今まで五人ほどの女性騎士が近衛騎士団から退団している。

 皆、言葉では出さないが態度で示していたのだ。

 女が騎士などとはおこがましい、と。

 近衛騎士団の団長であったヘイルダムもそんな女性を卑下する輩の一人だった。

 だからこそヘイルダムは、オリビアの救出部隊希望もあっさりと跳ね除けた。

 しかも、「近衛騎士団に置いてやってるだけでもありがたいと思え」と付け加えて。

 しかし、そのヘイルダムももう近衛騎士団にはいない。

 自分自身が救出部隊の一人であったため、選んだ部下とともにセシリアの救出に向かったのだ。

 そして帰ってこなかった。引き連れた部下も誰一人として。

 それからだろうか。

 宮廷内では波紋が起こり、このまま盗賊団にセシリアを奪われたままでは他国に示しがつかないから騎士団をすべて動員してでも救出しろという一派と、たかが盗賊団にすべての騎士団を動員すればそれこそ他国に自国の弱さを晒すだけだという一派に二分した。

 結局はすべての騎士団を動員するのは最終手段としておき、まずは使い捨てができる傭兵を使って救出に向かわせるということで事態は沈静した。

 パーカスが六度も道案内をしたというのは、一時期高額な報酬で雇った傭兵たちのことを言っているのだろう。

「最初に案内した騎士団の方たちの次からは打って変わって盗賊団と区別がつかないほどの傭兵たちだったんですけど、案内を頼まれたときの騎士様に尋ねたらもう騎士団は関わらないと仰っていましたので――」

 その言葉を聞いた瞬間、オリビアは激昂した。

 瞬時に鞘から刀身を引き抜き、その切っ先をパーカスの喉元に突きつけた。
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