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第五十五話 七星剣
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俺は床に転がっていた死体の間を縫うように駆けていく。
相手が普通の妖魔だったら〈箭疾歩〉で間合いを詰めてもよかったのだが、〈箭疾歩〉は一気に相手との距離を縮められる反面、急停止や方向転換が難しいという欠点がある。
それに相手は西方の国で猛威を振るっていたという凶悪な妖魔だ。
なので俺はあえて〈箭疾歩〉を使わず、魔王からの不意の反撃を警戒して距離を縮めていった。
そんな魔王との今の距離は5間(約9メートル)ほど。
この距離で魔道具を発動させて魔王に投げた場合、いくら無明と精神の闘いを繰り広げている魔王とはいえ防御される可能性があった。
分厚い幌のような蝙蝠の翼で防がれるか、もしくは雄牛ほどの大きさの黒狼の俊敏な動きで躱されるか。
どちらにせよ、本性を現した魔王相手に不安材料は少ないに越したことはない。
だからこそ、俺は危険を承知であえて魔王へと近づいていく。
魔道具を使えるのが1度きりとなると、どうしても慎重にならざるを得ない。
使うなら魔王の動きをある程度は制限させる必要がある。
俺はそう判断したからこそ、まずは魔王をそれなりに弱らせるか身動きを封じようと行動に出たのだ。
やがて俺は魔王の間合いへ堂々と侵入した。
と同時に俺は、床を強く蹴って天高く跳躍する。
「オオオオオオオオオオ――――ッ!」
俺は渾身の気合とともに空中で精気を練り上げ、その練り上げた精気を破山剣の刀身へと集中させた。
精気練武の1つ――〈発勁〉である。
その〈発勁〉によって切れ味を向上させた破山剣を、俺は身悶えしている魔王の頭部に向かって一気に振り下ろす。
しかし――。
ガギンッ!
頑丈な金属を打ち叩いたような音が周囲に響き渡った。
魔王の背中から生えていた蝙蝠の翼による攻撃によって、俺の〈発勁〉をともなった斬撃は真正面から防がれたのである。
それだけではない。
俺は斬撃を防がれたときの衝撃で、強風に煽られたように後方へ大きく吹き飛ばされたのだ。
「くッ……」
このままだと背中から床に落ちると思った俺は、空中で身を捻って何とか両足から床に着地した。
直後、俺はすかさず体勢を整えて魔王を見据える。
「残念だったな、小僧……唯一無二の好機はもう訪れんぞ」
魔王は俺を見てニヤリと笑った。
どうやら精神の闘いは無明ではなく、魔王に軍配が上がったようだ。
先ほどまであったわずかな隙は完全に消え失せ、魔王の自我を持つ無明の肉体からはどす黒い凶悪な力が怒涛の如く溢れ出している。
俺は忌々しく舌打ちした。
魔王から発せられている邪悪な力もそうだが、単純な肉体だけの力も予想以上の強さだ。
俺も神仙界での修行中に数多の仙獣や妖魔どもと闘ってきたが、無明に憑依している魔王の実力は上位の仙獣や妖魔と比べても遜色がない。
などと思いながら、俺は手元にある破山剣に視線を落とす。
やはり、破山剣の状態だときついな。
〈七星剣〉の壱番目の形状武器である破山剣は、特定の間合いの中ならどこにあろうと手元に戻ってくるという機能がある。
なので仮に魔王の攻撃で俺の手元から離れたとしても、この翡翠館の敷地内にいる限りは俺の呼びかけ1つで手元へと文字通り飛んで戻ってくる。
けれども、破山剣の特別な力はそれだけだ。
これはこれで普段のときは便利なのだが、切れ味や操作性などは1流の鍛冶士が作った刀剣と何ら変わらない。
とはいえ、その破山剣に〈発勁〉を加えれば上位の仙獣や妖魔にもそれなりの損傷を与えられるはずだった。
だが、先ほどの手応えからすると〈発勁〉を加えた破山剣では魔王に傷をつけるのは非常に難しい。
他の部位と比べて、1番脆そうな蝙蝠の翼であれだけの硬度があるのだ。
実際に試さなくても、破山剣で他の部位を斬りつけても通用しないだろう。
だとすると、やはり決め手は〈七星剣〉の他の形状武器になる。
俺の〈七星剣〉は〈真・宝貝〉と呼ばれる特殊な〈宝貝〉であり、7つの特殊な機能が付随している武器に形状変化できるのが特徴だ。
けれども、その7つの武器――特に弐番目から武器を形状変化するにはそれなりの条件が必要になってくる。
それは数字が上になるにつれて必要な精気の量が膨れ上がることと、常に壱番目の破山剣の状態からでしか別の武器へと形状変化できないことだ。
しかも上の数字の武器にすればするほど、形状変化する際に掛かる時間も長くなっていく。
このとき俺は脳内に〈七星剣〉のすべての形状武器と、破山剣の状態から変化する時間をざっと思い浮かべた。
壱番目・破山剣――変化時間はなし。
弐番目・旋天戟――変化時間は2呼吸分(約10秒)。
参番目・羅刹弓――変化時間は4呼吸分(約20秒)。
肆番目・降魔斧――変化時間は6呼吸分(約30秒)。
伍番目・月牙鉤――変化時間は8呼吸分(約40秒)。
陸番目・遁龍錘――変化時間は10呼吸分(約50秒)。
漆番目・神火砲――変化時間は12呼吸分(約60秒)。
この中で上位の仙獣や妖魔以上の力を持つ魔王の身動きを封じれるのは、陸番目の形状武器である遁龍錘しかない。
遁龍錘は強固な鎖の先端に3つの金の輪がついた投擲武器であり、精気を込めて使うと「天・地・人」を表す3つの金の輪が標的を取り囲む。
そして、その金の輪に通った鎖が標的の身体を縛り付けて動けなくするのだ。
しかも名前に遁の字が入っている通り、遁龍錘で捕縛された相手は抵抗すればするほど力を逃がされてしまう。
それこそ本物の龍だろうと捕縛されれば逃げられない、という意味を持つ武器が遁龍錘なのである。
本当は神火砲を使えば魔王と言えども1発で倒せるはずなのだが、さすがに無傷で自由に動ける今の魔王相手に使うのは危険が高すぎた。
もしも下手に漆番目の神火砲を使おうとすれば、全力で魔王に阻止されるのは火を見るよりも明らかだ。
仮に神火砲に何とか形状変化できたとしても、その神火砲から発射される精気弾が外れた場合、俺は当然としてこの場にいるアリシアや春花も確実に殺される。
とすれば、ここは遁龍錘を使うの一択しかない。
遁龍錘で確実に魔王の身動きを封じ、強力な火の魔法とやらの力が込められている魔道具を使って弱らせてから倒すのだ。
俺は意を決すると、破山剣に精気を集中させた。
同時に破山剣を遁龍錘に変化する様子を脳内に思い浮かべる。
リイイイイイイイイイン――――…………
すると破山剣は、鈴の音を鳴らしながら全体的に黄金色に光り出した。
相手が普通の妖魔だったら〈箭疾歩〉で間合いを詰めてもよかったのだが、〈箭疾歩〉は一気に相手との距離を縮められる反面、急停止や方向転換が難しいという欠点がある。
それに相手は西方の国で猛威を振るっていたという凶悪な妖魔だ。
なので俺はあえて〈箭疾歩〉を使わず、魔王からの不意の反撃を警戒して距離を縮めていった。
そんな魔王との今の距離は5間(約9メートル)ほど。
この距離で魔道具を発動させて魔王に投げた場合、いくら無明と精神の闘いを繰り広げている魔王とはいえ防御される可能性があった。
分厚い幌のような蝙蝠の翼で防がれるか、もしくは雄牛ほどの大きさの黒狼の俊敏な動きで躱されるか。
どちらにせよ、本性を現した魔王相手に不安材料は少ないに越したことはない。
だからこそ、俺は危険を承知であえて魔王へと近づいていく。
魔道具を使えるのが1度きりとなると、どうしても慎重にならざるを得ない。
使うなら魔王の動きをある程度は制限させる必要がある。
俺はそう判断したからこそ、まずは魔王をそれなりに弱らせるか身動きを封じようと行動に出たのだ。
やがて俺は魔王の間合いへ堂々と侵入した。
と同時に俺は、床を強く蹴って天高く跳躍する。
「オオオオオオオオオオ――――ッ!」
俺は渾身の気合とともに空中で精気を練り上げ、その練り上げた精気を破山剣の刀身へと集中させた。
精気練武の1つ――〈発勁〉である。
その〈発勁〉によって切れ味を向上させた破山剣を、俺は身悶えしている魔王の頭部に向かって一気に振り下ろす。
しかし――。
ガギンッ!
頑丈な金属を打ち叩いたような音が周囲に響き渡った。
魔王の背中から生えていた蝙蝠の翼による攻撃によって、俺の〈発勁〉をともなった斬撃は真正面から防がれたのである。
それだけではない。
俺は斬撃を防がれたときの衝撃で、強風に煽られたように後方へ大きく吹き飛ばされたのだ。
「くッ……」
このままだと背中から床に落ちると思った俺は、空中で身を捻って何とか両足から床に着地した。
直後、俺はすかさず体勢を整えて魔王を見据える。
「残念だったな、小僧……唯一無二の好機はもう訪れんぞ」
魔王は俺を見てニヤリと笑った。
どうやら精神の闘いは無明ではなく、魔王に軍配が上がったようだ。
先ほどまであったわずかな隙は完全に消え失せ、魔王の自我を持つ無明の肉体からはどす黒い凶悪な力が怒涛の如く溢れ出している。
俺は忌々しく舌打ちした。
魔王から発せられている邪悪な力もそうだが、単純な肉体だけの力も予想以上の強さだ。
俺も神仙界での修行中に数多の仙獣や妖魔どもと闘ってきたが、無明に憑依している魔王の実力は上位の仙獣や妖魔と比べても遜色がない。
などと思いながら、俺は手元にある破山剣に視線を落とす。
やはり、破山剣の状態だときついな。
〈七星剣〉の壱番目の形状武器である破山剣は、特定の間合いの中ならどこにあろうと手元に戻ってくるという機能がある。
なので仮に魔王の攻撃で俺の手元から離れたとしても、この翡翠館の敷地内にいる限りは俺の呼びかけ1つで手元へと文字通り飛んで戻ってくる。
けれども、破山剣の特別な力はそれだけだ。
これはこれで普段のときは便利なのだが、切れ味や操作性などは1流の鍛冶士が作った刀剣と何ら変わらない。
とはいえ、その破山剣に〈発勁〉を加えれば上位の仙獣や妖魔にもそれなりの損傷を与えられるはずだった。
だが、先ほどの手応えからすると〈発勁〉を加えた破山剣では魔王に傷をつけるのは非常に難しい。
他の部位と比べて、1番脆そうな蝙蝠の翼であれだけの硬度があるのだ。
実際に試さなくても、破山剣で他の部位を斬りつけても通用しないだろう。
だとすると、やはり決め手は〈七星剣〉の他の形状武器になる。
俺の〈七星剣〉は〈真・宝貝〉と呼ばれる特殊な〈宝貝〉であり、7つの特殊な機能が付随している武器に形状変化できるのが特徴だ。
けれども、その7つの武器――特に弐番目から武器を形状変化するにはそれなりの条件が必要になってくる。
それは数字が上になるにつれて必要な精気の量が膨れ上がることと、常に壱番目の破山剣の状態からでしか別の武器へと形状変化できないことだ。
しかも上の数字の武器にすればするほど、形状変化する際に掛かる時間も長くなっていく。
このとき俺は脳内に〈七星剣〉のすべての形状武器と、破山剣の状態から変化する時間をざっと思い浮かべた。
壱番目・破山剣――変化時間はなし。
弐番目・旋天戟――変化時間は2呼吸分(約10秒)。
参番目・羅刹弓――変化時間は4呼吸分(約20秒)。
肆番目・降魔斧――変化時間は6呼吸分(約30秒)。
伍番目・月牙鉤――変化時間は8呼吸分(約40秒)。
陸番目・遁龍錘――変化時間は10呼吸分(約50秒)。
漆番目・神火砲――変化時間は12呼吸分(約60秒)。
この中で上位の仙獣や妖魔以上の力を持つ魔王の身動きを封じれるのは、陸番目の形状武器である遁龍錘しかない。
遁龍錘は強固な鎖の先端に3つの金の輪がついた投擲武器であり、精気を込めて使うと「天・地・人」を表す3つの金の輪が標的を取り囲む。
そして、その金の輪に通った鎖が標的の身体を縛り付けて動けなくするのだ。
しかも名前に遁の字が入っている通り、遁龍錘で捕縛された相手は抵抗すればするほど力を逃がされてしまう。
それこそ本物の龍だろうと捕縛されれば逃げられない、という意味を持つ武器が遁龍錘なのである。
本当は神火砲を使えば魔王と言えども1発で倒せるはずなのだが、さすがに無傷で自由に動ける今の魔王相手に使うのは危険が高すぎた。
もしも下手に漆番目の神火砲を使おうとすれば、全力で魔王に阻止されるのは火を見るよりも明らかだ。
仮に神火砲に何とか形状変化できたとしても、その神火砲から発射される精気弾が外れた場合、俺は当然としてこの場にいるアリシアや春花も確実に殺される。
とすれば、ここは遁龍錘を使うの一択しかない。
遁龍錘で確実に魔王の身動きを封じ、強力な火の魔法とやらの力が込められている魔道具を使って弱らせてから倒すのだ。
俺は意を決すると、破山剣に精気を集中させた。
同時に破山剣を遁龍錘に変化する様子を脳内に思い浮かべる。
リイイイイイイイイイン――――…………
すると破山剣は、鈴の音を鳴らしながら全体的に黄金色に光り出した。
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