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第二十九話  火眼玉兎

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 俺1人だけで仙獣せんじゅうと闘う。

 この発言には春花しゅんかとアリシアも驚いたようだ。

「ちょい待ち、何でわざわざ1人でなんや……女の前やからって格好かっこうつけて死んでも、うちは土にめてやるぐらいしか出来へんで?」

「それは大丈夫だ。そんな手間を掛けさせるようなことにはならない」

 そのとき、アリシアのほうから鋭い視線を感じた。

「ねえ、龍信りゅうしん……じゃあ私は? この春花しゅんかという子はともかく、今の私ならきっと役に立てるはずよ」

 アリシアはすでに自分の長剣のつかに手をえている。

「ありがとう、アリシア……だが、今回は俺1人でやるよ。それに相手が本物の仙獣せんじゅうとなると、いくらアリシアが勇者と呼ばれていた剣士でも〈精気練武せいきれんぶ〉を上手く使いこなせない今だと怪我以上の目にいかねない」

 事実だった。

 アリシアは異国人では珍しい、生まれ持った精気を使いこなす才能がある。

 きちんと〈精気練武せいきれんぶ〉の内容を理解して修行にはげめば、もしかすると将来は〈宝貝パオペイ〉を現出げんしゅつできるほどの使い手になるかもしれない。

 それはアリシアの生い立ちを考えれば十分に可能なことだった。

 俺はアリシアをじっと見つめる。

 これは道中どうちゅうに本人から聞いたことなのだが、アリシアは異国では華秦国かしんこくで言うところの士大夫しだいふ(貴族)の身分だったという。

 しかし異国の士大夫しだいふ(貴族)は魔力マナという力があるのが当たり前だったため、アリシアは子供の頃から魔力マナが無い〝魔抜まぬけ〟として白い目で見られていたらしい。

 やがて13歳のときに結婚の話がまったく来ないことを理由に実家から追い出されると、アリシアは冒険者として身を立てるため高名な剣士に弟子入りし、ひたすら剣術の修行に明け暮れたというのだ。

 そしてその弟子入りした高名な剣士とともに、とある宗教組織の要人を警護したときに聖気せいき――この華秦国かしんこくで言うところの精気の素質が自分にあることを初めて知ったという。

 なぜなら、そのとある宗教組織や一部の人間たちはこの国の道士どうしが精気と呼んでいる力のことを聖気せいきと呼んでおり、それこそ魔法よりも優れた力として重宝ちょうほうしていたからだと言っていた。

 ほどなくして高名な剣士の元から巣立すだったアリシアの前に、国王の使いと名乗る人間が現れて城へ連れて行かれることになる。

 理由は誰も倒せなかった魔王と呼ばれる巨悪な妖魔が、魔力マナよりも精気の力に弱いと判明したからだ。

 そこにアリシアがその精気を使えるということと、高名な剣士の元で修行していたという情報が国王の耳に入り、アリシアは国が選んだ仲間たちと魔王を倒す勇者に選ばれたという。

 その後、アリシアは長い旅路たびじの末に小国の国王に憑依ひょういしていた魔王を1度は倒したものの、それは1人ではなく魔法を使えた仲間たちの援護サポートがあったからだとも言っていた。

 つまりそれは、アリシア1人では魔王を倒せないということだ。

 それはアリシアも分かっていたが、それでも勇者としての使命をたすべく、こうして魔王がのがれてきたという華秦国かしんこくへとやって来たのである。

 そんなアリシアの生い立ちを思い出していると、アリシアは「でも……」とやるせなさそうな目で俺を見つめてくる。

 仲間だけを闘わせることは、武人としての矜持プライドが許さないのだろう。

 俺はアリシアの肩に優しく手を置いた。

「アリシア、お前は魔王を倒すという大事な使命があるんだろ? だったら、余計にここは俺1人に任せてくれ。魔王と闘う前に負う必要のない怪我けがを負ったら、それこそやるせないぞ?」

 と、俺がアリシアを説得しようとしたときだ。

「――――ッ!」

 俺たちは一斉いっせい仙丹房せんたんぼうへ顔を向けた。

 突如とつじょ仙丹房せんたんぼうの中から何かが飛び出してきたからだ。

 俺はその何かの正体を見て「んん?」といぶかしむ。

 何かの正体は、子犬ほどの大きさのうさぎだった。

 だが、すぐに俺は認識を改める。

 一見すると容姿だけは普通のうさぎに見えるが、あれは断じてそこら辺の山中にいるような普通のうさぎではない。

 燃え盛る炎のような赤い瞳に加えて、何より額からは先端が鋭くとがった長いつのが生えていたからだ。

 あれは……。

「アルミラージ!」

 直後、そうさけんだのはアリシアだった。

「あるみらーじ?」

 アリシアはこくりとうなずいた。

「私のいた国や大陸に広く生息している、うさぎに似た一本つのが生えた魔物よ。見た目はうさぎに非常によく似ているけど、自分よりも強い相手にも襲い掛かるほど凶暴なヤツなの。その魔物にそっくりだわ」
 
 俺は異国の妖魔についてはよく知らないが、アリシアが言うには一本つのを生やしたうさぎに見えるあいつは、アルミラージという名前の妖魔に似ているという。

「……いや、違うな。あいつは、とかいう妖魔じゃない」

 俺ははっきりと否定した。

「あいつは火眼かがん玉兎ぎょくとという仙獣せんじゅうだ。しかも麒麟きりんなどと同じ一本つのが生えているということは、姿形すがたかたちを変えられる形態変化けいたいへんかができるヤツだな」

 形態変化けいたいへんかという言葉にアリシアは疑問符ぎもんふを浮かべたが、一方の春花しゅんかは何か心当たりがあったらしい。

「そうや。あのうさぎもどきは闘う相手によって姿形すがたかたちが変化するねん。今は子犬ほどの大きさやけど、第1級の道士どうしが相手したときなんかは水牛ほどの大きさになりよったわ」

 なるほどな、と俺は思った。

 どうやら環境ではなく、相手の実力で形態変化けいたいへんかする種類のようだ。

 では、水牛ほどの大きさがあいつの最終形態なのだろうか?

 ……試してみるか。

 俺は火眼かがん玉兎ぎょくとに向かって大股おおまたで10歩ほどの距離まで進んで立ち止まると、下丹田げたんでんで精気を一定以上まで練り上げた。

 やがて下丹田げたんでんの位置に、目をくらませるほどの黄金色の光球が出現する。

 その常人には見えない光球からは火の粉を思わせる黄金色の燐光りんこう噴出ふんしゅつし、黄金色の燐光りんこうは光のうずとなって俺の全身をおおい尽くしていく。

精気練武せいきれんぶ〉の1つ――〈周天しゅうてん〉。

 普段の数倍から十数倍の力が使えるようになるものの、一気に大量の精気を必要とするので生半可なまはんか道士どうしでは使った時点で気を失うこともある。

 ただし、使いこなせれば上位の妖魔にも太刀打ちできるすぐれた技だった。

 もちろん、この力は仙獣せんじゅうにも通用する。

 事実、俺の力量を感じ取った火眼かがん玉兎ぎょくとはすぐさま形態変化けいたいへんかに入った。

 子犬から猪ほどの大きさになり、そこから水牛ほどの大きさに変化したのだ。

「それがお前の最終形か?」

 問うたところで答えないのは分かっている。

 まあ、いいさ。

 俺は火眼かがん玉兎ぎょくとにらみつけると、〈無銘剣むめいけん〉をさやからすらりと抜き放った。

 どちらにせよ、お前は俺の〈無銘剣むめいけん〉で……。

 そこで俺はハッと気がつく。

「そうだった。お前は〈無銘剣むめいけん〉なんて名前じゃなかったな」

 俺は剣の切っ先を火眼かがん玉兎ぎょくとに差し向けた。

「さあ、久しぶりにお前の力を見せてくれ。俺の〈宝貝パオペイ〉――〈七星剣しちせいけん〉よ!」

 
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