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第二十七話  仙獣

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 俺たちの旅をしている事情を話すと、やがて春花しゅんかは小さくうなずいた。

「あんたらの事情は何となく分かった……せやけど、うちの仙丹房せんたんぼうに住み着いている妖魔はホンマに第1級の道士どうしでもまったく歯が立たんかったんや。いくらそっちの兄さんが仙丹果せんたんかれるほどの実力を持っていても、あっさり返り討ちにうのがオチやと思うで」

仙丹房せんたんぼう?」

 その言葉を聞いて、俺は思わず声に出してしまった。

「ちょっと待ってくれ。まさか、仙丹せんたんをここで作っているのか?」

 絶対にそんなことはないと思ったが、俺は聞かずにはいられなかった。

 仙丹せんたんとは神仙界しんせんかいに住む、俺のような半仙はんせん以上の存在である仙人たちの主食のことだ。

 人間界では修行をしなくても仙人になれる妙薬みょうやくとして噂が広まっていたが、人間界では絶対に作ることができないのは俺が1番よく知っている。

 本物の仙丹せんたんを作るためには、神仙界しんせんかいにしか存在しない特別な植物やき水を使用した上で、1人前の仙人たちが練り上げた精気を必要としていたからだ。

「何や? 兄さんは薬に関して少しはくわしそうやな。そうや、ここで仙丹せんたんを作っとるで……と声高こえだかにいつか言ってみたいわ」

 そう言うと春花しゅんかは、なぜか俺のお茶を飲み始めた。

「まあ、それが無理なのはうちも分かっとる。本物ほんもん仙丹せんたんは環境や材料の問題で絶対にここでは作れへんって親父おとんが言うとったからな。せやから仙丹房せんたんぼう言うんは、親父おとんが死んだあとにあくまでもうちが意気込みで付けた薬房やくぼうの名前や。それぐらいのどえらい薬を作ったるってな」

 俺たちの事情を聞いたことで、春花しゅんか道家行どうかこうに妖魔討伐とうばつの依頼を出した経緯けいいについて色々と話してくれた。

 母親は子供の頃に死別しており、薬士くすしであった父親に幼少の頃から薬士くすしになるべくきびしく育てられたこと。

 そんな薬士くすしの師匠でもあった父親も、1年前に死んでしまったこと。

 やがて、この薬屋で働いていた薬士くすしたちが少しずつめていったこと。

 父親の死と働き手が少なくなったことで経営は徐々に悪化していったが、この薬屋をつぶさせないために単価と効果の高い薬を作ろうとしたこと。

 そのため裏庭に放置されていた小屋を、仙丹房せんたんぼうという特別な薬を作るための薬房やくぼう改築かいちくしたこと。

 他にも父親と懇意こんいにしていた道家行どうかこう道士どうしたちに、定価よりも安く希少レアな薬草をおろしてもらって調薬にはげんでいたこと。

 しかし、ようやく高値で売れるほどの薬が作れるようになった3か月ぐらい前から仙丹房せんたんぼうに妖魔が住み着くようになってしまったこと。

 そこで顔見知りの道士どうしたちに討伐とうばつを頼んだが歯が立たず、正式に道家行どうかこうにも討伐とうばつを依頼したが誰1人として妖魔を倒せる者はいなかったこと。

 そして今日まで1人で薬を作り、何とか薬家行やくかこうに薬をおろして生活していたこと。

「……ただ、もうそれも限界かもな。妖魔が住み着いてからというもの、残りの薬士くすしもみんな妖魔におびえて逃げ出してしもうた。それでも今までは何とかやっていたんやけど、さすがに最近はうち1人だけの力でこの薬屋を維持いじしていくのは無理になってきたわ」

 春花しゅんかはお茶を飲み干すと、大きなため息をらした。

「せっかく実入りのいい大口のお客はんから請けていた、の完成が近かったのにホンマくやしいで。せやけど、あんな妖魔が仙丹房せんたんぼう居座いすわっているならもうアカンわ。あの薬は仙丹房せんたんぼうにある薬材やくざいと特別な道具でしか作れへんねん」

 この言葉に反応したのはアリシアだ。

「待って。私はお店の経営については口を出せないけど、少なくとも私たちが妖魔を倒せばめていった他の薬士くすしたちも戻ってくるんじゃない?」

「お前さんもしつこいな。だから何度も言うとるやろ。あの妖魔は誰にも――」

 倒せへん、と春花しゅんかが断言しようとしたときだ。

「そのことなんだが1ついいか?」

 と、俺は2人の会話に水を差した。

 春花しゅんかとアリシアの視線が俺へと集まる。

「ここにいるのは妖魔じゃなくて仙獣せんじゅうかもしれないぞ」
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