27 / 67
第二十七話 仙獣
しおりを挟む
俺たちの旅をしている事情を話すと、やがて春花は小さく頷いた。
「あんたらの事情は何となく分かった……せやけど、うちの仙丹房に住み着いている妖魔はホンマに第1級の道士でもまったく歯が立たんかったんや。いくらそっちの兄さんが仙丹果を採れるほどの実力を持っていても、あっさり返り討ちに遭うのがオチやと思うで」
「仙丹房?」
その言葉を聞いて、俺は思わず声に出してしまった。
「ちょっと待ってくれ。まさか、仙丹をここで作っているのか?」
絶対にそんなことはないと思ったが、俺は聞かずにはいられなかった。
仙丹とは神仙界に住む、俺のような半仙以上の存在である仙人たちの主食のことだ。
人間界では修行をしなくても仙人になれる妙薬として噂が広まっていたが、人間界では絶対に作ることができないのは俺が1番よく知っている。
本物の仙丹を作るためには、神仙界にしか存在しない特別な植物や湧き水を使用した上で、1人前の仙人たちが練り上げた精気を必要としていたからだ。
「何や? 兄さんは薬に関して少しは詳しそうやな。そうや、ここで仙丹を作っとるで……と声高にいつか言ってみたいわ」
そう言うと春花は、なぜか俺のお茶を飲み始めた。
「まあ、それが無理なのはうちも分かっとる。本物の仙丹は環境や材料の問題で絶対にここでは作れへんって親父が言うとったからな。せやから仙丹房言うんは、親父が死んだあとにあくまでもうちが意気込みで付けた薬房の名前や。それぐらいのどえらい薬を作ったるってな」
俺たちの事情を聞いたことで、春花は道家行に妖魔討伐の依頼を出した経緯について色々と話してくれた。
母親は子供の頃に死別しており、薬士であった父親に幼少の頃から薬士になるべく厳しく育てられたこと。
そんな薬士の師匠でもあった父親も、1年前に死んでしまったこと。
やがて、この薬屋で働いていた薬士たちが少しずつ辞めていったこと。
父親の死と働き手が少なくなったことで経営は徐々に悪化していったが、この薬屋を潰させないために単価と効果の高い薬を作ろうとしたこと。
そのため裏庭に放置されていた小屋を、仙丹房という特別な薬を作るための薬房に改築したこと。
他にも父親と懇意にしていた道家行の道士たちに、定価よりも安く希少な薬草を卸して貰って調薬に励んでいたこと。
しかし、ようやく高値で売れるほどの薬が作れるようになった3か月ぐらい前から仙丹房に妖魔が住み着くようになってしまったこと。
そこで顔見知りの道士たちに討伐を頼んだが歯が立たず、正式に道家行にも討伐を依頼したが誰1人として妖魔を倒せる者はいなかったこと。
そして今日まで1人で薬を作り、何とか薬家行に薬を卸して生活していたこと。
「……ただ、もうそれも限界かもな。妖魔が住み着いてからというもの、残りの薬士もみんな妖魔に怯えて逃げ出してしもうた。それでも今までは何とかやっていたんやけど、さすがに最近はうち1人だけの力でこの薬屋を維持していくのは無理になってきたわ」
春花はお茶を飲み干すと、大きなため息を漏らした。
「せっかく実入りのいい大口のお客はんから請けていた、あの薬の完成が近かったのにホンマ悔しいで。せやけど、あんな妖魔が仙丹房に居座っているならもうアカンわ。あの薬は仙丹房にある薬材と特別な道具でしか作れへんねん」
この言葉に反応したのはアリシアだ。
「待って。私はお店の経営については口を出せないけど、少なくとも私たちが妖魔を倒せば辞めていった他の薬士たちも戻ってくるんじゃない?」
「お前さんもしつこいな。だから何度も言うとるやろ。あの妖魔は誰にも――」
倒せへん、と春花が断言しようとしたときだ。
「そのことなんだが1ついいか?」
と、俺は2人の会話に水を差した。
春花とアリシアの視線が俺へと集まる。
「ここにいるのは妖魔じゃなくて仙獣かもしれないぞ」
「あんたらの事情は何となく分かった……せやけど、うちの仙丹房に住み着いている妖魔はホンマに第1級の道士でもまったく歯が立たんかったんや。いくらそっちの兄さんが仙丹果を採れるほどの実力を持っていても、あっさり返り討ちに遭うのがオチやと思うで」
「仙丹房?」
その言葉を聞いて、俺は思わず声に出してしまった。
「ちょっと待ってくれ。まさか、仙丹をここで作っているのか?」
絶対にそんなことはないと思ったが、俺は聞かずにはいられなかった。
仙丹とは神仙界に住む、俺のような半仙以上の存在である仙人たちの主食のことだ。
人間界では修行をしなくても仙人になれる妙薬として噂が広まっていたが、人間界では絶対に作ることができないのは俺が1番よく知っている。
本物の仙丹を作るためには、神仙界にしか存在しない特別な植物や湧き水を使用した上で、1人前の仙人たちが練り上げた精気を必要としていたからだ。
「何や? 兄さんは薬に関して少しは詳しそうやな。そうや、ここで仙丹を作っとるで……と声高にいつか言ってみたいわ」
そう言うと春花は、なぜか俺のお茶を飲み始めた。
「まあ、それが無理なのはうちも分かっとる。本物の仙丹は環境や材料の問題で絶対にここでは作れへんって親父が言うとったからな。せやから仙丹房言うんは、親父が死んだあとにあくまでもうちが意気込みで付けた薬房の名前や。それぐらいのどえらい薬を作ったるってな」
俺たちの事情を聞いたことで、春花は道家行に妖魔討伐の依頼を出した経緯について色々と話してくれた。
母親は子供の頃に死別しており、薬士であった父親に幼少の頃から薬士になるべく厳しく育てられたこと。
そんな薬士の師匠でもあった父親も、1年前に死んでしまったこと。
やがて、この薬屋で働いていた薬士たちが少しずつ辞めていったこと。
父親の死と働き手が少なくなったことで経営は徐々に悪化していったが、この薬屋を潰させないために単価と効果の高い薬を作ろうとしたこと。
そのため裏庭に放置されていた小屋を、仙丹房という特別な薬を作るための薬房に改築したこと。
他にも父親と懇意にしていた道家行の道士たちに、定価よりも安く希少な薬草を卸して貰って調薬に励んでいたこと。
しかし、ようやく高値で売れるほどの薬が作れるようになった3か月ぐらい前から仙丹房に妖魔が住み着くようになってしまったこと。
そこで顔見知りの道士たちに討伐を頼んだが歯が立たず、正式に道家行にも討伐を依頼したが誰1人として妖魔を倒せる者はいなかったこと。
そして今日まで1人で薬を作り、何とか薬家行に薬を卸して生活していたこと。
「……ただ、もうそれも限界かもな。妖魔が住み着いてからというもの、残りの薬士もみんな妖魔に怯えて逃げ出してしもうた。それでも今までは何とかやっていたんやけど、さすがに最近はうち1人だけの力でこの薬屋を維持していくのは無理になってきたわ」
春花はお茶を飲み干すと、大きなため息を漏らした。
「せっかく実入りのいい大口のお客はんから請けていた、あの薬の完成が近かったのにホンマ悔しいで。せやけど、あんな妖魔が仙丹房に居座っているならもうアカンわ。あの薬は仙丹房にある薬材と特別な道具でしか作れへんねん」
この言葉に反応したのはアリシアだ。
「待って。私はお店の経営については口を出せないけど、少なくとも私たちが妖魔を倒せば辞めていった他の薬士たちも戻ってくるんじゃない?」
「お前さんもしつこいな。だから何度も言うとるやろ。あの妖魔は誰にも――」
倒せへん、と春花が断言しようとしたときだ。
「そのことなんだが1ついいか?」
と、俺は2人の会話に水を差した。
春花とアリシアの視線が俺へと集まる。
「ここにいるのは妖魔じゃなくて仙獣かもしれないぞ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
302
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる