25 / 26
第25話 受け継がれたモノ
しおりを挟む
玉座に座っていたサクヤの瞼が、ゆっくりと開いた。
すでに事切れる寸前だったのかもしれない。
自分の胸元から流れ出す鮮血が、生暖かくさえ感じられる。
薄れていく意識の中でサクヤは見た。
女神のように艶かしい黄金色の長髪を風になびかせ、すべてを見透かすような鋭い双眸が輝き、その下には一切の無駄がない鍛え抜かれた肉体を持った男。
その姿は、幾度となくサクヤの夢の中に出てきた闘神の姿そのものであった。
そして、その闘神の左目が真紅に輝いていることも――。
封印が完全に解けた〈オリティアスの瞳〉。
正確には、300年前に封印されたオリティアスの悪の怨念が、カルマと融合したのである。
そんな闘神と化したカルマの目の前には、シュラの姿が見えた。
紅蓮の炎を身に纏い、闘神に向かって猛進していくシュラの姿が。
一撃だった。
カルマが振り上げた拳が、シュラの身体に深々と突き刺さったのだ。
絶対的強者と絶対的弱者。
シュラと闘神と化したカルマの戦闘能力には、それほどの開きがあった。
カルマはシュラの胴体から拳を引き抜くと、無造作にシュラの身体を床に投げ捨てた。
ほとんど即死だったのだろう。
ピクリとも反応しないシュラの姿が、サクヤの視界には映し出されていた。
ほんの数十秒前には生きていたシュラが、今では生命の灯火を消されたただの骸となっていた。
サクヤの目元からは、一筋の涙が流れ落ちた。
サクヤは理解していた。
すべての元凶は、闘神と化したあの銀髪の男――カルマだということを。
しかし、もう何もかも手遅れだった。
自分の母国であるブリタニア皇国を滅ぼされ、ヒューイ、ジェシカ、そしておそらく、ジンも殺された。
そして、今まさにシュラでさえも。
わずかに働く思考の中、サクヤの体温は徐々に低下していく。
身体が痙攣し、凍り付くような悪寒が全身を走り抜ける――それは、間違いなくこれから訪れる死の感覚。
もういい、このまま眠ろう……
そう自分に言い聞かせたサクヤは、静かに目を閉じようとした、
(…………)
どこからか声が聞こえてくる。
(…………サクヤ)
自分の名前を呼んでいる聞き慣れた青年の声が。
(サクヤ……サクヤ……)
サクヤの頭の中に聞こえてきた声は、間違いなくシュラの声であった。
何でお前の声が聞こえてくるんだ? お前は……あいつに殺されたはずなのに
(たしかに俺の肉体は死んだ……だがそのおかげで、直接〈意志気〉の波動をお前に伝えられるようになったんだ)
――そうなのか……でも、もう終わりだ。私の命も消えかけている。最後くらい、安らかに天に召されたい
(馬鹿野郎! こんな終わり方でいいのか? それで、お前は納得できるのか?)
――いいわけないだろう! でも、あんな化け物に勝てるわけがない。最初から無理だったんだ。ジン、ジェシカ、ヒューイの三人とも、私の我が儘に付き合って死んだ。全部、私のせいなんだ
(それは違う……ジンもジェシカも、自分で決意してお前について来たんだ)
――気休めを言わないでくれ! 私はただの無力で弱い小娘だったんだ。皇国のため、父上のため、すべて嘘なんだ。本当は……ただ、怖かった。何も出来ない自分が……ただ、怖かったんだ
(それでも、お前はお前だ。弱くてもいい、無力でもいい、全部がお前なんだ。胸を張れ、サクヤ)
――ふふっ、そんな台詞は、せめてお前が生きているうちに聞きたかったな。
(……そうだな。だが、俺の心はまだ死んではいない。そして、お前だけは死なせたくない。 受け取ってくれ、サクヤ。 俺の思いのすべてを――)
カルマは冷たくなったシュラを見下ろし、闘いの余韻に浸っていた。
「シュラ、所詮はお前も運命の歯車の一つに過ぎなかったな。まあいい、姉とともにあの世で見ていろ。これから始まる世界の終末を……」
そう呟いた直後、カルマの心臓の鼓動が一気に加速した。
まるで火山が爆発したかのような激しい〈気〉の波動が自分の後方から途轍もない熱風とともに伝わり、カルマの銀色の長髪を生き物のように蠢かせる。
カルマは一気に振り向いた。
「馬鹿な! きさまはたしかに殺したはず……」
目の前には、サクヤが悠然とカルマを見据えていた。
サクヤの身体は紅蓮の炎が渦を巻くように燃え盛っており、カルマによって傷つけられた刀傷は目に見える速度で塞がっていくのがわかる。
そしてその姿からは、圧倒的な力にただ怯え、恐怖にすすり泣く小娘の表情は微塵もなかった。
小型の太陽を思わせる、紅蓮の輝きを身に纏った炎の女神の姿がそこにはあった。
カルマは数歩後ずさった。
「きさま、いつの間に〈闘神術〉を……いや、その力はまるで私と同じ……」
サクヤの頭の中にシュラの声が響いてくる。
(サクヤ、やれるか?)
「ああ、お前の思いは無駄にはしない」
サクヤは静かに目を閉じると、両手をゆっくりと手前に動かした。
まるでそれ自体に意志があるかのように、身に纏っていた紅蓮の炎が生き物のように蠢きながら両手に収束されていく。
サクヤは頭の中で想像した。
より具体的に、より鮮明に頭の中で想像されたモノが〈気〉の力でこの世に現れる。
部屋全体を真昼さながらに輝かせたそれは、天すらも燃やし、切り裂いてしまわんばかりの〈灼熱の大剣〉であった。
天井にまで達するその〈灼熱の大剣〉からは、無数の火の粉が飛散している。
「ふふふっ……フハハハハハハハっ!」
カルマは狂喜した。
目の前に現れた女神の力を気に入ったのか、闘いを好む闘神としての本能なのか。
サクヤの紅蓮の炎に対して、カルマの両手に形成されたモノは絶対零度の氷柱であった。
サクヤに対抗するかの如く、その氷柱の一角が割れると、天に届かんばかりに衝き伸びていく。
そして、その氷柱が天井に達した頃には余計な部分は削りとられ、巨大な〈氷魔の大剣〉として完成されていた。
すべてを炎滅する〈灼熱の大剣〉と、すべてを氷滅させる〈氷魔の大剣〉。
正反対な性質の二つの力は、相手の存在を完全に否定していた。
「「ハアアアアアアアアアアッ!」」
炎と氷。
二つの力の象徴である大剣が、持ち主の咆哮とともに相手に襲いかかった。
ビキイイイイインッ!
二つの大剣が切り結ぶと、大気を切り裂かんばかりの衝撃音が鳴り響く。
サクヤの炎撃はカルマの肉体を焼き尽くし、カルマの氷撃はサクヤの肉体を凍結させる。
二人の力は拮抗していた。
その場に踏みとどまり、相手の大剣を押し返そうと渾身の力を込めている。
「くうっ!」
その時、サクヤの身体に異変が起こった。
体内に流れる血管に、数百本の針を流されたような鋭い痛みが全身を駆け抜けていく。
全身を走り抜ける強烈な痛みに、サクヤの片膝がガクリと地面に落ちた。
「ハハハハハハッ! 当たり前だ! 付け焼刃の〈闘神術〉で肉体が持つわけがない!」
カルマはここぞとばかりに、手にしている〈氷魔の大剣〉に巨大な〈意志気〉を流し込んだ。
カルマの〈気〉を大量に吸収した〈氷魔の大剣〉はさらに冷気が増し、刀身の部分からは槍のような氷柱が無数に突き出てくる。
サクヤの肉体は限界に近づいていた。
本来ならば気の遠くなるような肉体と精神鍛錬の果てに体得する〈闘神術〉を、サクヤは死んだシュラの〈気〉の塊を取り込むことにより、一時的に発動させたのである。
今のサクヤが巨大な〈気〉を具象化させた〈氷魔の大剣〉を喰らえば、それこそ肉体は細胞の隅々まで凍結され、肉片すら残らない。
「だ、だめだっ!」
〈灼熱の大剣〉を持つ両手にはすでに感覚がなく、かろうじて〈気〉の力で支えられている状態であった。
「すまない、シュラ。 最後の最後まで……役に立てなかった……」
(諦めるな、サクヤ!)
サクヤの頭の中に、シュラの力強い声が響いてくる。
「ハハハハハハハッ! さっさと諦めてしま……」
ビキッ!
「?」
今まさにサクヤの息の根を止めようという時に、カルマの耳に何かが割れる音が聞こえてきた。
ビキッ……ピキィ……
カルマは戸惑った。
割れる音の正体は、自分が手にしている〈氷魔の大剣〉からではなかった。
しかし、他に割れるようなものなどない。
だが、割れた音の正体はすぐに判明した。
カルマは自分の左目を押さえ、恐怖に引きつった声を上げた。
「馬鹿なっ! 〈オリティアスの瞳〉が砕けるはずが……」
割れる音の正体は、カルマの左目と同化していた〈オリティアスの瞳〉であった。
「そんなっ! 〈オリティアスの瞳〉は私を主人と認めたはずだ!」
〈闘神術〉の持続時間を無効化する魔石が砕け散るということは、一体化した自分も砕け散る。
〈オリティアスの瞳〉を体内に取り込んだカルマは、本能でそれを悟っていた。
燃え尽きる前の蝋燭の炎のように、カルマの〈気〉が倍に膨れ上がった。
灼熱の炎の渦と、絶対零度の氷柱が互いにぶつかり合い、すべてを無に帰していく。
ここにきてカルマの力がさらに上昇した。
その紅い瞳にはもはや神ではなく、すべての生物を破滅へと導く魔が宿っていた。
「そうかっ! この娘を殺せば、また私を主人と認めるということなのだな!」
カルマはすでに闘神ではなく、暗黒の邪気を放つ魔神と化していた。
〈オリティアスの瞳〉の崩壊は、カルマの肉体にも確実に影響を与えていた。
全身に網目のような亀裂が走り、今にも肌が剥がれ落ちてきそうな勢いである。
もはや、カルマの命は風前の灯であった。
だがそれは、サクヤも同じだった。
圧倒的な〈気〉の膂力を発揮するカルマの〈氷魔の大剣〉を、サクヤは押し返すことができない。
「死ねえっ! 死ねえっ! 死ねえええええええええっ!」
狂気を孕んだカルマの〈気〉は〈氷魔の大剣〉に残さず吸収され、その圧倒的な氷圧が、サクヤの身体に怒涛のように襲いかかってくる。
――その時である。
すでに感覚が無くなってきていたサクヤの両手に、何か熱い感触が伝わってきた。 光り輝く逞しい腕が、サクヤの両手を力強く握り締めている。
「シュラ!」
そこには、サクヤの身体を後ろから抱きしめるように〈灼熱の大剣〉を握るシュラの姿があった。
(諦めるな、サクヤ! 諦めるな!)
直にサクヤの身体に浸透してくるシュラの声。
サクヤの体内で何かが覚醒した。
自分の中に眠っていた隠された力が、突如、目覚めたかのような開放感。
自分は一人ではない。
そう思うとサクヤの体内からは、溢れんばかりの〈意志気〉が湧き上がってきた。
ゴオオオオオオォォォォォォ――――ッ!
消えかかっていた〈気〉の炎が、サクヤの覚醒と同時に再び息を吹き返した。
それだけではない。
天高く燃え上がっていた〈灼熱の大剣〉にも著しい変化が見られた。
紅蓮の炎で形成されていた刀身の部分が、まるで赤い竜巻のように天に向かって螺旋を描いていく。
サクヤとシュラの融合により完成された、すべてを灰燼と化す超高熱の炎の竜巻は、カルマの〈氷魔の大剣〉を欠片も残さず炎滅していった。
「はあああああああ――っ!」
大気を震わす咆哮とともに、サクヤの手元から放たれた〈真・獅神煉剣〉。
その剣がカルマの五体を貫いた時、部屋全体が激しい炎の奔流に包まれた。
それは同時に、サクヤの旅が終焉を迎えた瞬間でもあった。
すでに事切れる寸前だったのかもしれない。
自分の胸元から流れ出す鮮血が、生暖かくさえ感じられる。
薄れていく意識の中でサクヤは見た。
女神のように艶かしい黄金色の長髪を風になびかせ、すべてを見透かすような鋭い双眸が輝き、その下には一切の無駄がない鍛え抜かれた肉体を持った男。
その姿は、幾度となくサクヤの夢の中に出てきた闘神の姿そのものであった。
そして、その闘神の左目が真紅に輝いていることも――。
封印が完全に解けた〈オリティアスの瞳〉。
正確には、300年前に封印されたオリティアスの悪の怨念が、カルマと融合したのである。
そんな闘神と化したカルマの目の前には、シュラの姿が見えた。
紅蓮の炎を身に纏い、闘神に向かって猛進していくシュラの姿が。
一撃だった。
カルマが振り上げた拳が、シュラの身体に深々と突き刺さったのだ。
絶対的強者と絶対的弱者。
シュラと闘神と化したカルマの戦闘能力には、それほどの開きがあった。
カルマはシュラの胴体から拳を引き抜くと、無造作にシュラの身体を床に投げ捨てた。
ほとんど即死だったのだろう。
ピクリとも反応しないシュラの姿が、サクヤの視界には映し出されていた。
ほんの数十秒前には生きていたシュラが、今では生命の灯火を消されたただの骸となっていた。
サクヤの目元からは、一筋の涙が流れ落ちた。
サクヤは理解していた。
すべての元凶は、闘神と化したあの銀髪の男――カルマだということを。
しかし、もう何もかも手遅れだった。
自分の母国であるブリタニア皇国を滅ぼされ、ヒューイ、ジェシカ、そしておそらく、ジンも殺された。
そして、今まさにシュラでさえも。
わずかに働く思考の中、サクヤの体温は徐々に低下していく。
身体が痙攣し、凍り付くような悪寒が全身を走り抜ける――それは、間違いなくこれから訪れる死の感覚。
もういい、このまま眠ろう……
そう自分に言い聞かせたサクヤは、静かに目を閉じようとした、
(…………)
どこからか声が聞こえてくる。
(…………サクヤ)
自分の名前を呼んでいる聞き慣れた青年の声が。
(サクヤ……サクヤ……)
サクヤの頭の中に聞こえてきた声は、間違いなくシュラの声であった。
何でお前の声が聞こえてくるんだ? お前は……あいつに殺されたはずなのに
(たしかに俺の肉体は死んだ……だがそのおかげで、直接〈意志気〉の波動をお前に伝えられるようになったんだ)
――そうなのか……でも、もう終わりだ。私の命も消えかけている。最後くらい、安らかに天に召されたい
(馬鹿野郎! こんな終わり方でいいのか? それで、お前は納得できるのか?)
――いいわけないだろう! でも、あんな化け物に勝てるわけがない。最初から無理だったんだ。ジン、ジェシカ、ヒューイの三人とも、私の我が儘に付き合って死んだ。全部、私のせいなんだ
(それは違う……ジンもジェシカも、自分で決意してお前について来たんだ)
――気休めを言わないでくれ! 私はただの無力で弱い小娘だったんだ。皇国のため、父上のため、すべて嘘なんだ。本当は……ただ、怖かった。何も出来ない自分が……ただ、怖かったんだ
(それでも、お前はお前だ。弱くてもいい、無力でもいい、全部がお前なんだ。胸を張れ、サクヤ)
――ふふっ、そんな台詞は、せめてお前が生きているうちに聞きたかったな。
(……そうだな。だが、俺の心はまだ死んではいない。そして、お前だけは死なせたくない。 受け取ってくれ、サクヤ。 俺の思いのすべてを――)
カルマは冷たくなったシュラを見下ろし、闘いの余韻に浸っていた。
「シュラ、所詮はお前も運命の歯車の一つに過ぎなかったな。まあいい、姉とともにあの世で見ていろ。これから始まる世界の終末を……」
そう呟いた直後、カルマの心臓の鼓動が一気に加速した。
まるで火山が爆発したかのような激しい〈気〉の波動が自分の後方から途轍もない熱風とともに伝わり、カルマの銀色の長髪を生き物のように蠢かせる。
カルマは一気に振り向いた。
「馬鹿な! きさまはたしかに殺したはず……」
目の前には、サクヤが悠然とカルマを見据えていた。
サクヤの身体は紅蓮の炎が渦を巻くように燃え盛っており、カルマによって傷つけられた刀傷は目に見える速度で塞がっていくのがわかる。
そしてその姿からは、圧倒的な力にただ怯え、恐怖にすすり泣く小娘の表情は微塵もなかった。
小型の太陽を思わせる、紅蓮の輝きを身に纏った炎の女神の姿がそこにはあった。
カルマは数歩後ずさった。
「きさま、いつの間に〈闘神術〉を……いや、その力はまるで私と同じ……」
サクヤの頭の中にシュラの声が響いてくる。
(サクヤ、やれるか?)
「ああ、お前の思いは無駄にはしない」
サクヤは静かに目を閉じると、両手をゆっくりと手前に動かした。
まるでそれ自体に意志があるかのように、身に纏っていた紅蓮の炎が生き物のように蠢きながら両手に収束されていく。
サクヤは頭の中で想像した。
より具体的に、より鮮明に頭の中で想像されたモノが〈気〉の力でこの世に現れる。
部屋全体を真昼さながらに輝かせたそれは、天すらも燃やし、切り裂いてしまわんばかりの〈灼熱の大剣〉であった。
天井にまで達するその〈灼熱の大剣〉からは、無数の火の粉が飛散している。
「ふふふっ……フハハハハハハハっ!」
カルマは狂喜した。
目の前に現れた女神の力を気に入ったのか、闘いを好む闘神としての本能なのか。
サクヤの紅蓮の炎に対して、カルマの両手に形成されたモノは絶対零度の氷柱であった。
サクヤに対抗するかの如く、その氷柱の一角が割れると、天に届かんばかりに衝き伸びていく。
そして、その氷柱が天井に達した頃には余計な部分は削りとられ、巨大な〈氷魔の大剣〉として完成されていた。
すべてを炎滅する〈灼熱の大剣〉と、すべてを氷滅させる〈氷魔の大剣〉。
正反対な性質の二つの力は、相手の存在を完全に否定していた。
「「ハアアアアアアアアアアッ!」」
炎と氷。
二つの力の象徴である大剣が、持ち主の咆哮とともに相手に襲いかかった。
ビキイイイイインッ!
二つの大剣が切り結ぶと、大気を切り裂かんばかりの衝撃音が鳴り響く。
サクヤの炎撃はカルマの肉体を焼き尽くし、カルマの氷撃はサクヤの肉体を凍結させる。
二人の力は拮抗していた。
その場に踏みとどまり、相手の大剣を押し返そうと渾身の力を込めている。
「くうっ!」
その時、サクヤの身体に異変が起こった。
体内に流れる血管に、数百本の針を流されたような鋭い痛みが全身を駆け抜けていく。
全身を走り抜ける強烈な痛みに、サクヤの片膝がガクリと地面に落ちた。
「ハハハハハハッ! 当たり前だ! 付け焼刃の〈闘神術〉で肉体が持つわけがない!」
カルマはここぞとばかりに、手にしている〈氷魔の大剣〉に巨大な〈意志気〉を流し込んだ。
カルマの〈気〉を大量に吸収した〈氷魔の大剣〉はさらに冷気が増し、刀身の部分からは槍のような氷柱が無数に突き出てくる。
サクヤの肉体は限界に近づいていた。
本来ならば気の遠くなるような肉体と精神鍛錬の果てに体得する〈闘神術〉を、サクヤは死んだシュラの〈気〉の塊を取り込むことにより、一時的に発動させたのである。
今のサクヤが巨大な〈気〉を具象化させた〈氷魔の大剣〉を喰らえば、それこそ肉体は細胞の隅々まで凍結され、肉片すら残らない。
「だ、だめだっ!」
〈灼熱の大剣〉を持つ両手にはすでに感覚がなく、かろうじて〈気〉の力で支えられている状態であった。
「すまない、シュラ。 最後の最後まで……役に立てなかった……」
(諦めるな、サクヤ!)
サクヤの頭の中に、シュラの力強い声が響いてくる。
「ハハハハハハハッ! さっさと諦めてしま……」
ビキッ!
「?」
今まさにサクヤの息の根を止めようという時に、カルマの耳に何かが割れる音が聞こえてきた。
ビキッ……ピキィ……
カルマは戸惑った。
割れる音の正体は、自分が手にしている〈氷魔の大剣〉からではなかった。
しかし、他に割れるようなものなどない。
だが、割れた音の正体はすぐに判明した。
カルマは自分の左目を押さえ、恐怖に引きつった声を上げた。
「馬鹿なっ! 〈オリティアスの瞳〉が砕けるはずが……」
割れる音の正体は、カルマの左目と同化していた〈オリティアスの瞳〉であった。
「そんなっ! 〈オリティアスの瞳〉は私を主人と認めたはずだ!」
〈闘神術〉の持続時間を無効化する魔石が砕け散るということは、一体化した自分も砕け散る。
〈オリティアスの瞳〉を体内に取り込んだカルマは、本能でそれを悟っていた。
燃え尽きる前の蝋燭の炎のように、カルマの〈気〉が倍に膨れ上がった。
灼熱の炎の渦と、絶対零度の氷柱が互いにぶつかり合い、すべてを無に帰していく。
ここにきてカルマの力がさらに上昇した。
その紅い瞳にはもはや神ではなく、すべての生物を破滅へと導く魔が宿っていた。
「そうかっ! この娘を殺せば、また私を主人と認めるということなのだな!」
カルマはすでに闘神ではなく、暗黒の邪気を放つ魔神と化していた。
〈オリティアスの瞳〉の崩壊は、カルマの肉体にも確実に影響を与えていた。
全身に網目のような亀裂が走り、今にも肌が剥がれ落ちてきそうな勢いである。
もはや、カルマの命は風前の灯であった。
だがそれは、サクヤも同じだった。
圧倒的な〈気〉の膂力を発揮するカルマの〈氷魔の大剣〉を、サクヤは押し返すことができない。
「死ねえっ! 死ねえっ! 死ねえええええええええっ!」
狂気を孕んだカルマの〈気〉は〈氷魔の大剣〉に残さず吸収され、その圧倒的な氷圧が、サクヤの身体に怒涛のように襲いかかってくる。
――その時である。
すでに感覚が無くなってきていたサクヤの両手に、何か熱い感触が伝わってきた。 光り輝く逞しい腕が、サクヤの両手を力強く握り締めている。
「シュラ!」
そこには、サクヤの身体を後ろから抱きしめるように〈灼熱の大剣〉を握るシュラの姿があった。
(諦めるな、サクヤ! 諦めるな!)
直にサクヤの身体に浸透してくるシュラの声。
サクヤの体内で何かが覚醒した。
自分の中に眠っていた隠された力が、突如、目覚めたかのような開放感。
自分は一人ではない。
そう思うとサクヤの体内からは、溢れんばかりの〈意志気〉が湧き上がってきた。
ゴオオオオオオォォォォォォ――――ッ!
消えかかっていた〈気〉の炎が、サクヤの覚醒と同時に再び息を吹き返した。
それだけではない。
天高く燃え上がっていた〈灼熱の大剣〉にも著しい変化が見られた。
紅蓮の炎で形成されていた刀身の部分が、まるで赤い竜巻のように天に向かって螺旋を描いていく。
サクヤとシュラの融合により完成された、すべてを灰燼と化す超高熱の炎の竜巻は、カルマの〈氷魔の大剣〉を欠片も残さず炎滅していった。
「はあああああああ――っ!」
大気を震わす咆哮とともに、サクヤの手元から放たれた〈真・獅神煉剣〉。
その剣がカルマの五体を貫いた時、部屋全体が激しい炎の奔流に包まれた。
それは同時に、サクヤの旅が終焉を迎えた瞬間でもあった。
1
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
サクリファイス・オブ・ファンタズム 〜忘却の羊飼いと緋色の約束〜
たけのこ
ファンタジー
───────魔法使いは人ではない、魔物である。
この世界で唯一『魔力』を扱うことができる少数民族ガナン人。
彼らは自身の『価値あるもの』を対価に『魔法』を行使する。しかし魔に近い彼らは、只の人よりも容易くその身を魔物へと堕としやすいという負の面を持っていた。
人はそんな彼らを『魔法使い』と呼び、そしてその性質から迫害した。
四千年前の大戦に敗北し、帝国に完全に支配された魔法使い達。
そんな帝国の辺境にて、ガナン人の少年、クレル・シェパードはひっそりと生きていた。
身寄りのないクレルは、領主の娘であるアリシア・スカーレットと出逢う。
領主の屋敷の下働きとして過ごすクレルと、そんな彼の魔法を綺麗なものとして受け入れるアリシア……共に語らい、遊び、学びながら友情を育む二人であったが、ある日二人を引き裂く『魔物災害』が起こり――
アリシアはクレルを助けるために片腕を犠牲にし、クレルもアリシアを助けるために『アリシアとの思い出』を対価に捧げた。
――スカーレット家は没落。そして、事件の騒動が冷めやらぬうちにクレルは魔法使いの地下組織『奈落の底《アバドン》』に、アリシアは魔法使いを狩る皇帝直轄組織『特別対魔機関・バルバトス』に引きとられる。
記憶を失い、しかし想いだけが残ったクレル。
左腕を失い、再会の誓いを胸に抱くアリシア。
敵対し合う組織に身を置く事になった二人は、再び出逢い、笑い合う事が許されるのか……それはまだ誰にもわからない。
==========
この小説はダブル主人公であり序章では二人の幼少期を、それから一章ごとに視点を切り替えて話を進めます。
==========
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
貢ぎモノ姫の宮廷生活 ~旅の途中、娼館に売られました~
菱沼あゆ
ファンタジー
旅の途中、盗賊にさらわれたアローナ。
娼館に売られるが、謎の男、アハトに買われ、王への貢ぎ物として王宮へ。
だが、美しきメディフィスの王、ジンはアローナを刺客ではないかと疑っていた――。
王様、王様っ。
私、ほんとは娼婦でも、刺客でもありませんーっ!
ひょんなことから若き王への貢ぎ物となったアローナの宮廷生活。
(小説家になろうにも掲載しています)
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる