上 下
10 / 26

第10話   悲しみの暗殺

しおりを挟む
 雑踏を行き交う人ごみの中に、とても不釣合いな二人組みが歩いている。

 一人は身長2メートルを超える大男。 

 上半身は鋼の筋肉で覆われており、灰色の髪の毛を後頭部で無造作に束ねている。 

 また、その手には身長を遥かに超える価値の高い美術品のような槍を持っていた。 

 そして、男の隣にはこれまた思わず頭を撫でたくなるような美少女が一緒に並んで歩いている。

 背中まで伸びている深緑色の長髪。 

 清涼な小川のように透き通る青い瞳。 

 希少価値のある陶器のような肌は、手入れをする必要がないくらいに白い。

 背丈も男の腰の部分とほぼ同じ高さのため、並んで歩いていると親子のようにも見える。 

 しかし、この二人は親子ではなかった。

 このとても不釣合いな二人組――ゲンジロウとアリーは、今しがた街の広場において大道芸で荒稼ぎをしてきたばかりである。

 ゲンジロウの懐にぶら下げられている布袋には、出してくれと言わんばかりの金貨が、はちきれそうなくらいに満杯になっている。

「いやー、今日も稼いだな! これで今夜も美味い飯がたらふく食えそうだぜ。なあ、アーリー」

「……アーリーじゃない。 いい加減に名前覚えろ」

「がはははっ! まあ、気にするな!」

 二人とも身長差がありすぎるため、お互いに顔も向かず話している。 

 本人たちはあまり気にしていないのかもしれないが、往来の中をお互いに顔も見ずに歩いている様子は、傍目から見ると少し不気味であった。 

「……浮かれているのはいいけど、ちゃんと目的わかってる?」

「ん?」

 だらけきっている顔のゲンジロウに、ほぼ真下からアリーの緊迫した感じが伝わってくる。

「わかってるよ、アリー。 だが、標的はこの街にいるんだろ? だったら気長にのんびりやろうぜ」

「……でも、ぐずぐずしてたら逃げられるかも……」 

「その時は、お前の出番だろ?」

「……うん、それはそうだけ……ど……うっ」

 突然、アリーの身体が激しく痙攣した。

 アリーは肺の辺りを押さえつけながら、その場にうずくまってしまった。 

「や、やべえ、発作か!」

 ゲンジロウはすぐにアリーを両手で抱き上げると、人気のない路地に急いで連れて行く。  

「待ってろ、アリー。 今すぐ楽にしてやるからな」

 ゲンジロウは、ズボンのポケットから小さなガラス製の小瓶を取り出した。 

 中には薄黄色に輝く液体が、チャポチャポと音を立てて入っていた。

 ゲンジロウは小瓶の蓋を開けると、中に入っていた液体を静かにアリーの口の中に注いだ。   

 しばらくすると、アリーの痙攣は段々と治まってきた。 

 呼吸をするのも苦しそうな表情が安堵の色に変わっていく。

 だが、意識はまだ戻らない。

 いつものことであった。

 アリーは昔から、この原因不明の発作に悩ませられていた。

 どんな医者に診せても原因も治療法もわからない。 

 祈祷師や呪術師なんて人間にも診せてみたが、結果は同じだった。

「アリー……」

 ゲンジロウはアリーの顔を優しい表情で見守りながら、昔のことを思い出していた。

 ゲンジロウとアリーが初めて出会ったのは、人の命が紙屑のように扱われる灼熱の戦場であった。

 ゲンジロウは当時、味方や敵に〈闘鬼〉と怖れられた武人であった。

 自分の強さを極めるため、幾度となく死が充満する戦場に身を投じる日々が続いた。

 戦って、戦って、戦って、果てしなく戦った。 

 戦場では命に価値はない。

 ゲンジロウは常にそう思ってきた。 

 そして、戦場でしか生きられない自分にも、人としての価値はないことも誰よりも理解していた。

 どんなに優れた戦士もいつかは死ぬ。

 その時、自分は満足して死ねるのだろうか。

 ゲンジロウは、いつしか死ぬことばかりを考えるようになっていた。

 しかし、アリーと出会ったことですべてが変わった。

 死の風が漂う地獄のような戦場で出会った一輪の花。 

 全身を鮮血で染め上げ、悪鬼のような自分に優しく微笑んでくれた小さな存在。

 ゲンジロウは幼かったアリーを抱きしめ……そして、泣いた。

 その瞬間、誰よりも恐れられた〈闘鬼〉は死んだのだ。

「アリー……俺はあの時、生まれて初めて自分の命に価値を得た。 今度は、俺がお前に命を返す番だ」

 ゲンジロウは、腕の中で眠るアリーを優しく抱きしめた。 
      
 しかし、戦うことしか秀でた力がなかったゲンジロウに出来ることは、ただアリーの死を待つだけだった。

 だが、そんな絶望的な状況を救ってくれるかもしれない人間に出会った。

 数日前、ある国に立ち寄った時に偶然知り合った謎の男。 

 眩い銀髪を風になびかせ、どこか冷たい印象を感じさせた。

 男の名前はカルマと言った。

 カルマはゲンジロウに小さい小瓶を手渡すと、こう言った。

「この液体は人間の身体の機能を飛躍的に向上してくれる効果があります。 一時的ではありますが、その子の発作を抑えることも可能でしょう」

 ゲンジロウはその場に両膝を付けると、カルマに向かって頭を垂れた。

「一時的ではだめなんだ! 完全に治せる方法はないのか!」

 人に頭を下げることは、武人として恥になるかもしれない。 

 しかし、そんな自尊心よりもアリーの命が最優先だった。

 たとえ、自分の命を犠牲にしたとしてもである。 

 ゲンジロウの懸命な態度を目にしたカルマが、ゆっくりと口を開いた。

「もしかすると、この液体の原液ならばその子の病を治せるかもしれません。 しかし、この薬の原液は数えるほどしか存在していなく希少価値も高い……」

「か、金ならいくらでも払う! だから……」

「慌てないで下さい。 金銭を要求するつもりはありません。 そのかわり、私の頼みを聞いて頂きたい……」

 ゲンジロウがカルマと交わした闇の契約。

 それは、元ブリタニア皇国・第一皇女サクヤの抹殺であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー

芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。    42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。   下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。  約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。  それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。  一話当たりは短いです。  通勤通学の合間などにどうぞ。  あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。 完結しました。

【完結】異世界で小料理屋さんを自由気ままに営業する〜おっかなびっくり魔物ジビエ料理の数々〜

櫛田こころ
ファンタジー
料理人の人生を絶たれた。 和食料理人である女性の秋吉宏香(あきよしひろか)は、ひき逃げ事故に遭ったのだ。 命には関わらなかったが、生き甲斐となっていた料理人にとって大事な利き腕の神経が切れてしまい、不随までの重傷を負う。 さすがに勤め先を続けるわけにもいかず、辞めて公園で途方に暮れていると……女神に請われ、異世界転移をすることに。 腕の障害をリセットされたため、新たな料理人としての人生をスタートさせようとした時に、尾が二又に別れた猫が……ジビエに似た魔物を狩っていたところに遭遇。 料理人としての再スタートの機会を得た女性と、猟りの腕前はプロ級の猫又ぽい魔物との飯テロスローライフが始まる!! おっかなびっくり料理の小料理屋さんの料理を召し上がれ?

大戦乱記

バッファローウォーズ
ファンタジー
群雄割拠の乱世に挑む二人の若き英雄と仲間達を記した軍記小説。 後に二大英雄と謳われる二人は義兄弟の契りを結び、喜怒哀楽を経て互いのやり方で勢力を拡大していく。 平和な世を築く為、用いるべきは武力か仁徳か―― ……という二人の主人公の幼少期を記した前日譚。 舞台となる世界には、軍艦や飛空艇、魔法も存在します。 また、実在の歴史人物・勢力(主に二流)も少なからず登場。 一章と二章は序章に近く、三章以降から本腰を入れた本編となります。 二章後半にて主人公が二人出揃います。 残虐な描写、ショタ及びロリ要素を含みます。

どうやら主人公は付喪人のようです。 ~付喪神の力で闘う異世界カフェ生活?~【完結済み】

満部凸張(まんぶ凸ぱ)(谷瓜丸
ファンタジー
鍵を手に入れる…………それは獲得候補者の使命である。 これは、自身の未来と世界の未来を知り、信じる道を進んでいく男の物語。 そして、これはあらゆる時の中で行われた、付喪人と呼ばれる“付喪神の能力を操り戦う者”達の戦いの記録の1つである……。 ★女神によって異世界?へ送られた主人公。 着いた先は異世界要素と現実世界要素の入り交じり、ついでに付喪神もいる世界であった!! この物語は彼が憑依することになった明山平死郎(あきやまへいしろう)がお贈りする。 個性豊かなバイト仲間や市民と共に送る、異世界?付喪人ライフ。 そして、さらに個性のある魔王軍との闘い。 今、付喪人のシリーズの第1弾が幕を開ける!!! なろうノベプラ

国を建て直す前に自分を建て直したいんだが! ~何かが足りない異世界転生~

猫村慎之介
ファンタジー
オンラインゲームをプレイしながら寝落ちした佐藤綾人は 気が付くと全く知らない場所で 同じオンラインゲームプレイヤーであり親友である柳原雅也と共に目覚めた。 そこは剣と魔法が支配する幻想世界。 見た事もない生物や、文化が根付く国。 しかもオンラインゲームのスキルが何故か使用でき 身体能力は異常なまでに強化され 物理法則を無視した伝説級の武器や防具、道具が現れる。 だがそんな事は割とどうでも良かった。 何より異変が起きていたのは、自分自身。 二人は使っていたキャラクターのアバターデータまで引き継いでいたのだ。 一人は幼精。 一人は猫女。 何も分からないまま異世界に飛ばされ 性転換どころか種族まで転換されてしまった二人は 勢いで滅亡寸前の帝国の立て直しを依頼される。 引き受けたものの、帝国は予想以上に滅亡しそうだった。 「これ詰んでるかなぁ」 「詰んでるっしょ」 強力な力を得た代償に 大事なモノを失ってしまった転生者が織りなす 何かとままならないまま チートで無茶苦茶する異世界転生ファンタジー開幕。

【完結】元荷物持ちの最強ダンジョン配信譚 ~僕は探索者PTを追放されたことで真の力を取り戻し、美少女配信者を助けたことで神バズりしました〜

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】 「おい、拳児。お前は今日限りクビだ。荷物を置いてさっさと俺たちの前から消え失せろ」  ある日、荷物持ちの拳児はリーダーの草薙数馬にそう言われ、C級探索者パーティー【疾風迅雷】からのクビを言い渡されてしまう。  拳児がクビにされた理由はPTの探索者ランクがB級に昇格し、ダンジョン内で専用カメラを使っての配信活動がダンジョン協会から認可されると草薙数馬が確信したからだ。  そうなると【疾風迅雷】は顔出しで探索配信活動をすることになるので、草薙数馬は身元不明で記憶喪失だった拳児の存在自体が自分たちの今後の活動に支障が出ると考えたのである。  もちろん、拳児はクビを撤回するように草薙数馬に懇願した。  だが草薙数馬と他のメンバーたちは聞く耳を持たず、それどころか日頃からの鬱憤を晴らすように拳児に暴力を働いてダンジョン内に置き去りにしてしまう。  しかし、このときの草薙数馬たちは知らなかった。  実は今まで自分たちが屈強な魔物を倒せていたのは、拳児の秘められた力のおかげだったことに。  そんな拳児は追放されたあとに秘められていた自分の真の力を取り戻し、しかもダンジョン協会の会長の孫でインフルエンサーのA級探索配信者の少女を助けたことで人生が一変。  上位探索者でも倒すのが困難なイレギュラーと呼ばれる魔物たちを打ち倒し、自身もダンジョン協会からのサポートを受けて配信活動を始めたことで空前絶後の神バズりをする。  一方の拳児をクビにして最悪な行いをした草薙数馬たちはB級探索配信者となったものの、これまで簡単に倒せていた低級の魔物も倒せなくなって初配信が大ゴケしてしまう。  やがて無名だった荷物持ちの拳児は世界中から絶賛されるほどの探索配信者となり、拳児をクビにして追放した草薙数馬たちは死ぬこと以上の地獄をみることになる。  これは現代ダンジョン配信界に激震が走った、伝説の英雄配信者の比類なき誕生譚――。

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

魔法狂騒譚

冠つらら
ファンタジー
ここは世界の裏側。 誰もが生まれながらに魔法が使える場所。 舞台は、世界の片隅にあるリモンシェット校。 世の中には古代魔法と近代科学魔法の派閥があった。 近代派の男子生徒、ゾマーは、古代派の象徴であるティーリンにちょっかいをかける。 しかし、投げられた敵意は、やがて大きな波紋を引き起こす。 魔法の学び舎は今日も騒がしい。 ※タイトル変更しております ※他のサイトでも投稿しています

処理中です...