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第7話 カルマの思惑
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すべてを手に入れる。
カルマのこの言葉に対して、アズベルトは不快感を覚えた。
他の幹部たちもそれは同じであっただろう。
しばらく絶句していたアズベルトが、再び口を開いた。
「……それだけでは答えになっていません」
「いえ、これが答えです」
カルマは静かな口調で話し始める。
「私から言わせてもらえれば、皆さんの考え方のほうがわかりません。 これだけの軍事力があれば、このベイグラント大陸のすべてを手中に収めることも容易いでしょう。 現にブリタニア皇国も半分の戦力で落とせましたしね……」
それを聞いたアズベルトがすかさず異論を挟む。
「な……き、きさま、何を言っている!」
アズベルトの顔が紅く高潮し、身体がワナワナと震える。
今にもカルマに飛びかかりそうな勢いだった。
「それに、これはシバ国王の命令でもあるのですよ」
アズベルトの震えた身体がピタリと止まる。
「アズベルト殿。 貴方が心から忠誠を誓うシバ国王の命令です。 国王は私に軍の作戦指揮を託された時にこう言っておられました。 『私の代わりにベイグラント大陸をインパルスの色に染めよ』と、これがどう言うことかわかりますか?」
アズベルトは言葉が出てこなかった。
「ブリタニア皇国が〈守護神国〉と呼ばれることはもう永遠にありません! 〈守護同盟〉を結んでいる主要国も、インパルス帝国が本気になれば制圧するのは造作もありません」
黙って聞いていた幹部たちも、カルマの独裁者のような演説ぶりに段々と心が惹かれていった。
カルマの言うことに従っていれば、本当にベイグラント大陸全土を制圧できるかもしれない。
そんな雰囲気が作戦会議室に蔓延していった。
やがてその雰囲気を見越してか、カルマの演説に拍車がかかる。
「さあ、インパルス帝国がベイグラント大陸の覇者となるには、皆様の活躍にかかっています。 シバ国王も望んでおられるように、この大陸をインパルス帝国の旗で埋め尽くそうではありませんか!」
部屋の中にドッと歓声が沸き上がった。
先程までカルマの話を聞くのも嫌悪していた幹部たちが、今ではカルマに対して尊敬の眼差しを向けている。
その中には、まるで自分たちの主君に忠誠を誓うかのような態度の者もいた。
(こいつらは何を言っているんだ?)
アズベルトは困惑していた。
いくらインパルス帝国が高い軍事力を持っているとしても、同盟を結んでいるすべての国を相手にして勝てるわけがなかった。
そのことを知っているはずの最高幹部たちは、何故かカルマの提案に狂喜乱舞している。
湧き上がる歓声の中、アズベルトだけが納得のいかない表情でカルマを見つめていた。
自分でも気付かないうちに、アズベルトは腰に携えられている剣に手を伸ばしていた。
その腰の剣を、いつでも抜剣できるような構えになっている。
(私を斬るつもりですか?)
「!」
アズベルトは、ハッとした顔でカルマに視線を向けた。
カルマが喋った様子はなかった。
しかしその顔は、先程とは違い険しい表情になっている。
アズベルトは、柄にかかっている右手に力を込めた。
周りにいた最高幹部たちも、二人の間の異様な空気に気付き静まり返っていた。
「皆さん、今回の会議は以上です。 どうぞ、退室なさって結構ですよ」
まるで獣の檻の中にいるかのような緊張感に当てられていた最高幹部たちは、カルマのその一言ですごすごと逃げるように退室していった。
部屋の中には、カルマとアズベルトの二人だけになった。
「カルマ……きさま、何を考えている?」
アズベルトの問いにカルマは何も答えない。
「くっ」
アズベルトは柄にかかっている右手を放すと、カルマに背を向け、入り口の方に歩いていく。
アズベルトは背中越しにカルマに話しかけた。
「いいか、カルマ。 きさまがインパルス帝国を裏切るようなことになれば……私がお前に引導を渡してやる!」
アズベルトは殺気を込めた言葉でそう言い放つと、入り口の扉を勢いよく開けて部屋を後にする。
門番たちが敬礼するのを気にも止めず、廊下の奥に消えていった。
作戦会議室にはカルマ一人だけとなった。
「いるのはわかっていますよ」
カルマは隅にある石柱に視線を向けると、誰もいないはずの空間に話しかけた。
『フォッフォッフォッ。 相変わらずじゃな、カルマ』
何もない空間から人間の声が聞こえてきた。
その場の背景が異様に捻じ曲がり、漆黒の暗幕がかかったような空間から、突如、老人が現れた。
うっすらと光る禿頭。
ひびが割れたように顔中を駆け巡るシワ。
白髪の顎髭を胸の辺りまで垂らし、科学者が着るような白衣ならぬ黒衣を着用している。
「首尾はどうじゃ? カルマ」
「すべて順調ですよ、テンゼン博士」
このテンゼンと呼ばれた老人は、インパルス帝国・国王であるシバの主治医である。
しかし、それは表向きのことであって、裏では人体実験や〈神魔学〉と呼ばれる古の学問を研究している。
「……アズベルトは気付き始めたようじゃな」
「勘の良い人ですから」
「しかし……」
テンゼンは胸まである白髪の顎髭を撫でながら、カルマをギロリと睨み付ける。
「さっきのお主の話はどこまで本気なんじゃ?」
「と、言いますと?」
カルマはそう言いながら、部屋の壁に貼られたベイグラント大陸全体が描かれている地図を見上げた。
無表情な顔をしているが、カルマの瞳の中からはギラギラとした怪しい輝きを放っているのがわかる。
「いくらインパルス帝国が大陸一の軍事力を持つとはいえ、同盟国すべてには勝てんぞ」
カルマの背中を鋭い視線で見つめるテンゼンがいた。
部屋全体を灯すランプの光が、カルマを怪しく照らしている。
「わかっていますよ。 そんなことは……」
「何か考えがあるんじゃな?」
「さて、どうですかね」
「ふん、相変わらず何を考えているのかわからん奴じゃ」
テンゼンもカルマとは知り合ってからまだ日が浅い。
カルマのすべてを信じることはできなかったが、この男の中にある野心という名の凶気が気に入っていた。
テンゼン自身は欲しいものは必ず手に入れるし、そのためにはどんな犠牲も厭わない覚悟があった。
カルマにもどこか自分と同じ匂いを感じたのかもしれない。
「……まあいい。 それで、例の物は手に入ったのか?」
カルマは懐の中から灰色の石を取り出した。
その灰色の石からは、宝石のような美術品としての価値がないのは一目でわかる。
見た目からして、道端に転がっている石と何ら遜色がなかったからだ。
「そ、それが〈オリティアスの瞳〉か!」
だが、テンゼンの反応は違っていた。
カルマは部屋の中央にある机の上に、灰色の石を静かに置いた。
「そうです。 これが300年前にベイグラント大陸を救った偉大なる英雄――オリティアスが持っていた魔石です」
テンゼンは震えながらその石を手に取った。
冷たさも温かさも感じない。
それでいて、眺めているだけでその中に吸い込まれてしまう様な不思議な存在感がある。
「ブリタニアの皇族は代々、その石を王家の証しとして密かに受け継いできたそうです」
テンゼンはカルマの講釈を一切聞き入れなかった。
「カ、カルマ! 今すぐに研究に執りかかってもいいか? この手触り、この形状、も、もう我慢できん!」
ただ、自分の願望を早く満たしたい。
そんな思いが、テンゼンの態度からはありありと感じられた。
興奮しているテンゼンを横目に、カルマが不敵な笑みを浮かべる。
「もちろんですよ、テンゼン博士。 そのために貴方と手を組んだのですから」
テンゼンは高笑いを上げながら大事そうに灰色の石を懐にしまい込んだ。
すると、テンゼンが立っている後方の空間が歪み始めた。
「待っていろ、カルマ。 この〈オリティアスの瞳〉の謎は何としても見つけてやるわい!」
そう言い放つと、テンゼンは歪んだ空間の中に吸い込まれるように消えていった。
その空間自体が技なのか技術なのかはわからなかったが、そんなことはどうでもいいような素振りで、カルマは再びベイグラントの地図を見上げる。
「師が所有していた文献を頼りに、このベイグラント大陸にまで来たのは正解だった。 後はテンゼンが〈オリティアスの瞳〉の謎を解き明かせば……」
カルマは、石壁に貼り付けられているベイグラント大陸の地図にそっと右手を添えた。
カルマが石壁に右手を添えた途端、カルマの身体から蒼く凍えるような光の粒子が立ち込めてきた。
まるで氷の結晶のような光の粒子は、螺旋を描くように右手に収束されていく。
その、氷の粒子が渦巻いているカルマの右手は異常に血管が浮き出ており、筋肉も普段の倍以上に膨張していた。
突如、カルマは凄まじい勢いで地面を蹴り込んだ。
その動作とほぼ同時に、小型の台風のような状態になっていた光の粒子が、さらに高密度に圧縮し凍結していく。
ガゴオオオォォォン!
凄まじい衝撃が部屋全体に浸透した。
落雷のような轟音に、部屋全体が強震に襲われたように激しく揺れた。
その轟音を聞きつけ、部屋の外にいた兵士たちが血相を変えて中に入ってきた。
「何事ですか! カルマ様!」
部屋の中に入ると、兵士たちとカルマが入れ替わりになるようにすれ違った。
カルマは軽い足取りで部屋の外に出て行く。
「ああ、貴方たち……」
カルマは軽く後ろを振り向くと、驚きを隠せない表情の兵士たちに話しかけた。
「すみませんが、その部屋を片付けておいてください。 頼みましたよ」
そう言うとカルマは、銀色の長髪と身体を覆っているマントを風になびかせながら、兵士たちの視界から消えていった。
兵士たちはカルマを黙って見送ると、部屋の様子を再度見渡しながら沈黙している。
さっきの衝撃で、部屋の中は嵐が去ったように散乱していた。
その中でも兵士たちが特に注目したのは、ベイグラント大陸全体の地図が貼ってあった石壁であった。
「……な、なあ。 この壁ってたしか巨大な地図が貼ってあったよな?」
一人の兵士が、隣にいた兵士に消え入りそうな声で話しかける。
「ち、地図って……お前、そんなことより……」
二人の兵士はお互いに顔を見合わせると、再び石壁に視線を向けた。
その石壁には、人間の掌のような形の穴がくっきりと残されていた。
そして、その穴からは葉脈のような無数の亀裂が部屋全体に行き渡っていた。
「何だと思う……これ?」
「何だって言う前に、どうやったらこんな風になるんだよ」
兵士たちはその部屋の異常な光景に、ただ黙って立ちつくすしかなかった。
カルマのこの言葉に対して、アズベルトは不快感を覚えた。
他の幹部たちもそれは同じであっただろう。
しばらく絶句していたアズベルトが、再び口を開いた。
「……それだけでは答えになっていません」
「いえ、これが答えです」
カルマは静かな口調で話し始める。
「私から言わせてもらえれば、皆さんの考え方のほうがわかりません。 これだけの軍事力があれば、このベイグラント大陸のすべてを手中に収めることも容易いでしょう。 現にブリタニア皇国も半分の戦力で落とせましたしね……」
それを聞いたアズベルトがすかさず異論を挟む。
「な……き、きさま、何を言っている!」
アズベルトの顔が紅く高潮し、身体がワナワナと震える。
今にもカルマに飛びかかりそうな勢いだった。
「それに、これはシバ国王の命令でもあるのですよ」
アズベルトの震えた身体がピタリと止まる。
「アズベルト殿。 貴方が心から忠誠を誓うシバ国王の命令です。 国王は私に軍の作戦指揮を託された時にこう言っておられました。 『私の代わりにベイグラント大陸をインパルスの色に染めよ』と、これがどう言うことかわかりますか?」
アズベルトは言葉が出てこなかった。
「ブリタニア皇国が〈守護神国〉と呼ばれることはもう永遠にありません! 〈守護同盟〉を結んでいる主要国も、インパルス帝国が本気になれば制圧するのは造作もありません」
黙って聞いていた幹部たちも、カルマの独裁者のような演説ぶりに段々と心が惹かれていった。
カルマの言うことに従っていれば、本当にベイグラント大陸全土を制圧できるかもしれない。
そんな雰囲気が作戦会議室に蔓延していった。
やがてその雰囲気を見越してか、カルマの演説に拍車がかかる。
「さあ、インパルス帝国がベイグラント大陸の覇者となるには、皆様の活躍にかかっています。 シバ国王も望んでおられるように、この大陸をインパルス帝国の旗で埋め尽くそうではありませんか!」
部屋の中にドッと歓声が沸き上がった。
先程までカルマの話を聞くのも嫌悪していた幹部たちが、今ではカルマに対して尊敬の眼差しを向けている。
その中には、まるで自分たちの主君に忠誠を誓うかのような態度の者もいた。
(こいつらは何を言っているんだ?)
アズベルトは困惑していた。
いくらインパルス帝国が高い軍事力を持っているとしても、同盟を結んでいるすべての国を相手にして勝てるわけがなかった。
そのことを知っているはずの最高幹部たちは、何故かカルマの提案に狂喜乱舞している。
湧き上がる歓声の中、アズベルトだけが納得のいかない表情でカルマを見つめていた。
自分でも気付かないうちに、アズベルトは腰に携えられている剣に手を伸ばしていた。
その腰の剣を、いつでも抜剣できるような構えになっている。
(私を斬るつもりですか?)
「!」
アズベルトは、ハッとした顔でカルマに視線を向けた。
カルマが喋った様子はなかった。
しかしその顔は、先程とは違い険しい表情になっている。
アズベルトは、柄にかかっている右手に力を込めた。
周りにいた最高幹部たちも、二人の間の異様な空気に気付き静まり返っていた。
「皆さん、今回の会議は以上です。 どうぞ、退室なさって結構ですよ」
まるで獣の檻の中にいるかのような緊張感に当てられていた最高幹部たちは、カルマのその一言ですごすごと逃げるように退室していった。
部屋の中には、カルマとアズベルトの二人だけになった。
「カルマ……きさま、何を考えている?」
アズベルトの問いにカルマは何も答えない。
「くっ」
アズベルトは柄にかかっている右手を放すと、カルマに背を向け、入り口の方に歩いていく。
アズベルトは背中越しにカルマに話しかけた。
「いいか、カルマ。 きさまがインパルス帝国を裏切るようなことになれば……私がお前に引導を渡してやる!」
アズベルトは殺気を込めた言葉でそう言い放つと、入り口の扉を勢いよく開けて部屋を後にする。
門番たちが敬礼するのを気にも止めず、廊下の奥に消えていった。
作戦会議室にはカルマ一人だけとなった。
「いるのはわかっていますよ」
カルマは隅にある石柱に視線を向けると、誰もいないはずの空間に話しかけた。
『フォッフォッフォッ。 相変わらずじゃな、カルマ』
何もない空間から人間の声が聞こえてきた。
その場の背景が異様に捻じ曲がり、漆黒の暗幕がかかったような空間から、突如、老人が現れた。
うっすらと光る禿頭。
ひびが割れたように顔中を駆け巡るシワ。
白髪の顎髭を胸の辺りまで垂らし、科学者が着るような白衣ならぬ黒衣を着用している。
「首尾はどうじゃ? カルマ」
「すべて順調ですよ、テンゼン博士」
このテンゼンと呼ばれた老人は、インパルス帝国・国王であるシバの主治医である。
しかし、それは表向きのことであって、裏では人体実験や〈神魔学〉と呼ばれる古の学問を研究している。
「……アズベルトは気付き始めたようじゃな」
「勘の良い人ですから」
「しかし……」
テンゼンは胸まである白髪の顎髭を撫でながら、カルマをギロリと睨み付ける。
「さっきのお主の話はどこまで本気なんじゃ?」
「と、言いますと?」
カルマはそう言いながら、部屋の壁に貼られたベイグラント大陸全体が描かれている地図を見上げた。
無表情な顔をしているが、カルマの瞳の中からはギラギラとした怪しい輝きを放っているのがわかる。
「いくらインパルス帝国が大陸一の軍事力を持つとはいえ、同盟国すべてには勝てんぞ」
カルマの背中を鋭い視線で見つめるテンゼンがいた。
部屋全体を灯すランプの光が、カルマを怪しく照らしている。
「わかっていますよ。 そんなことは……」
「何か考えがあるんじゃな?」
「さて、どうですかね」
「ふん、相変わらず何を考えているのかわからん奴じゃ」
テンゼンもカルマとは知り合ってからまだ日が浅い。
カルマのすべてを信じることはできなかったが、この男の中にある野心という名の凶気が気に入っていた。
テンゼン自身は欲しいものは必ず手に入れるし、そのためにはどんな犠牲も厭わない覚悟があった。
カルマにもどこか自分と同じ匂いを感じたのかもしれない。
「……まあいい。 それで、例の物は手に入ったのか?」
カルマは懐の中から灰色の石を取り出した。
その灰色の石からは、宝石のような美術品としての価値がないのは一目でわかる。
見た目からして、道端に転がっている石と何ら遜色がなかったからだ。
「そ、それが〈オリティアスの瞳〉か!」
だが、テンゼンの反応は違っていた。
カルマは部屋の中央にある机の上に、灰色の石を静かに置いた。
「そうです。 これが300年前にベイグラント大陸を救った偉大なる英雄――オリティアスが持っていた魔石です」
テンゼンは震えながらその石を手に取った。
冷たさも温かさも感じない。
それでいて、眺めているだけでその中に吸い込まれてしまう様な不思議な存在感がある。
「ブリタニアの皇族は代々、その石を王家の証しとして密かに受け継いできたそうです」
テンゼンはカルマの講釈を一切聞き入れなかった。
「カ、カルマ! 今すぐに研究に執りかかってもいいか? この手触り、この形状、も、もう我慢できん!」
ただ、自分の願望を早く満たしたい。
そんな思いが、テンゼンの態度からはありありと感じられた。
興奮しているテンゼンを横目に、カルマが不敵な笑みを浮かべる。
「もちろんですよ、テンゼン博士。 そのために貴方と手を組んだのですから」
テンゼンは高笑いを上げながら大事そうに灰色の石を懐にしまい込んだ。
すると、テンゼンが立っている後方の空間が歪み始めた。
「待っていろ、カルマ。 この〈オリティアスの瞳〉の謎は何としても見つけてやるわい!」
そう言い放つと、テンゼンは歪んだ空間の中に吸い込まれるように消えていった。
その空間自体が技なのか技術なのかはわからなかったが、そんなことはどうでもいいような素振りで、カルマは再びベイグラントの地図を見上げる。
「師が所有していた文献を頼りに、このベイグラント大陸にまで来たのは正解だった。 後はテンゼンが〈オリティアスの瞳〉の謎を解き明かせば……」
カルマは、石壁に貼り付けられているベイグラント大陸の地図にそっと右手を添えた。
カルマが石壁に右手を添えた途端、カルマの身体から蒼く凍えるような光の粒子が立ち込めてきた。
まるで氷の結晶のような光の粒子は、螺旋を描くように右手に収束されていく。
その、氷の粒子が渦巻いているカルマの右手は異常に血管が浮き出ており、筋肉も普段の倍以上に膨張していた。
突如、カルマは凄まじい勢いで地面を蹴り込んだ。
その動作とほぼ同時に、小型の台風のような状態になっていた光の粒子が、さらに高密度に圧縮し凍結していく。
ガゴオオオォォォン!
凄まじい衝撃が部屋全体に浸透した。
落雷のような轟音に、部屋全体が強震に襲われたように激しく揺れた。
その轟音を聞きつけ、部屋の外にいた兵士たちが血相を変えて中に入ってきた。
「何事ですか! カルマ様!」
部屋の中に入ると、兵士たちとカルマが入れ替わりになるようにすれ違った。
カルマは軽い足取りで部屋の外に出て行く。
「ああ、貴方たち……」
カルマは軽く後ろを振り向くと、驚きを隠せない表情の兵士たちに話しかけた。
「すみませんが、その部屋を片付けておいてください。 頼みましたよ」
そう言うとカルマは、銀色の長髪と身体を覆っているマントを風になびかせながら、兵士たちの視界から消えていった。
兵士たちはカルマを黙って見送ると、部屋の様子を再度見渡しながら沈黙している。
さっきの衝撃で、部屋の中は嵐が去ったように散乱していた。
その中でも兵士たちが特に注目したのは、ベイグラント大陸全体の地図が貼ってあった石壁であった。
「……な、なあ。 この壁ってたしか巨大な地図が貼ってあったよな?」
一人の兵士が、隣にいた兵士に消え入りそうな声で話しかける。
「ち、地図って……お前、そんなことより……」
二人の兵士はお互いに顔を見合わせると、再び石壁に視線を向けた。
その石壁には、人間の掌のような形の穴がくっきりと残されていた。
そして、その穴からは葉脈のような無数の亀裂が部屋全体に行き渡っていた。
「何だと思う……これ?」
「何だって言う前に、どうやったらこんな風になるんだよ」
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