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第六十三話 ステータスではなく魔掌板
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ふと気がつくと、武蔵の視界に懐かしい光景が飛び込んできた。
十畳ほどの簡素な部屋に、七尺(約2メートル)ほどの桜の木。
「ここは……」
軽く周囲を見渡せば見知った顔が三つあった。
ルリ、黄姫、黒狼の三人である。
「帰って来たのか?」
武蔵は誰に言うでもなく独りごちる。
間違いない。
自分は蓬莱山からアルガイアへと10年振りに帰ってきたのだ。
いや、10年振りというのはあくまでも体感の話であった。
トーガの話が真実ならば、このアルガイアでは時が進んでいないはずである。
武蔵は三人の顔を交互に見つめた。
三人とも老け込んでいる様子は微塵もない。
10年前と同じ顔、同じ服装、同じ〝強さ〟のままである。
どうやら本当に蓬莱山とアルガイアでは時の流れが異なっているようだ。
などと考えていると、「おい、オッサン!」という声が耳朶を打った。
「一体、どうしたんや? 木の表面に手を当てて動かなくなったかと思えば、いきなり動き始めてうちらの顔を見回すやなんて」
そう言ったのはルリである。
武蔵は懐かしさを含んだ遠い目でルリを見た。
「ルリ、お前の声を聞くのも久しぶりだな」
「はあ? 久しぶりって何のことや?」
「そうか……お前たちからしても俺は何も変わってはおらんのだろうな」
と、武蔵が納得しかけたときだ。
「あなたは一体、誰なのです?」
驚愕と畏怖が交わったような声が聞こえてきた。
武蔵は声を発した主に顔を向ける。
視線の先には顔面を蒼白にさせている黄姫がいた。
「誰かとは心外だな、黄姫殿。俺が宮本武蔵以外の何に見える?」
10年振りに再会した黄姫も相変わらずの美しさだ。
「宮本武蔵……そう、あなたは絶対に宮本武蔵のはずなのです」
黄姫は信じられないという顔で言葉を続ける。
「あなたが〈判別草〉の樹皮に手を当てたとき、ほんの数秒の間だけあなたの意識が消えたような感じがしました。しかし、その時間はたった数秒……なのに意識を取り戻した今のあなたはまったくの別人になっている」
いいえ、と黄姫は自分に言い聞かせるように言った。
「外見は変わっていない。変わったのは中身です。明らかに意識を取り戻す前とあとでは全身の〝気〟の流れが大きく変化している。まるで〈外丹法〉を習得したSクラスの冒険者のように」
このとき、武蔵は黄姫が〈聴剄〉を使ったのだと看破した。
(〝読心〟……いや、これはどちらかと言えば〝感受〟だな)
〈聴剄〉の派生技――〝感受〟。
相手の〝気〟を積極的に我が身に受け入れることにより、その受け入れた相手の内面にある力の流れを読み取る力のことだ。
熟達すれば実際に手合わせしなくとも、相手がどの〈外丹法〉が得意で不得意なのかを力の流れで見抜けるとトーガは言っていた。
「武蔵さん、一体あなたの身に何が起こったというのですか?」
トーガとの死闘の日々を思い返していると、黄姫がおそるおそる尋ねてきた。
「それはおいおい話すとしよう……だが、まずは確認しておきたいことがある」
そうである。
こうして元の異世界――アルガイアに戻ってきたら試したいことがあった。
死に物狂いでトーガから見て盗み、独自に修練を積んで習得した〈外丹法〉もその一つである。
だが、やはりアルガイアで一度も試したことがなかったステータス――もとい魔掌板を使えるかどうか確認しなくてはならない。
天理以上に魔法を巧みに使いこなせるかどうか。
それが今後の自分たちの運命を決める重要なことだと思ったからだ。
そのため、武蔵は黄姫から再びルリへと視線を向けた。
自分の魔掌板が本当にアルガイアで使えるかどうか確認するためには、どうしても魔法使いの協力がいる。
そして、この場にいる〝魔法使い〟はルリだけなのだ。
「な、何や?」
ルリは真剣な眼差しを向けてきた武蔵にたじろぐ。
そんなルリを無視して武蔵は訊いた。
「ルリよ……お前は魔法を使える魔法使いだったな?」
この質問にはルリも驚きを通り越して呆れたようだ。
「おいおい、何を今さら。うちが魔法使いやなんて周知の事実やないか」
もちろん、ルリが水魔法の使い手であることは覚えている。
「念のため確認しただけだ」
武蔵はそう言うと、落ち着いた口調でルリにあることを頼んだ。
「すまんが、お主の水魔法を俺に撃ってくれんか?」
この武蔵の発言にルリは目を丸くさせた。
ルリだけではない。
黄姫と黒狼も武蔵の意図が分からず首を傾げた。
「アホ言うなや。どうしてオッサンに魔法を使わんとアカンのや」
無理もない、と武蔵は思った。
けれども、こればかりは天理と同じく使ってみないと具合が分からない。
「お主の言いたいことはよく分かる。だが、そこを押して頼みたいのだ」
武蔵は唖然としているルリに頭を下げる。
「たった一度だけで良い。一度だけ、伊織に薬を飲ませたときと同じ程度の魔法を俺に撃ってくれ」
武蔵は曇りのない目でルリに頼み込む。
ルリは最初こそ意味が分からず何度も拒んだものの、やがて武蔵の真剣な願いに根負けしたのだろう。
ほどしばらくして、ルリは大きく溜息をつきながら頷いた。
「分かった分かった。そんなに撃って欲しいなら一度だけやで」
ルリは左手を胸の高さにまで持ってくると、掌を上に向けた。
同時に武蔵も自分の左手を胸の高さに持ってくる。
それだけではない。
ルリに倣うように武蔵も掌を上に向けたのだ。
そして「ステータス・オープン」とルリが言った瞬間、武蔵もほぼ同時に「魔掌板、顕現」と口にした。
ルリの左手の掌上に拳大ほどの水の塊が出現する。
黄姫たちもルリの魔法の属性を知っていたのだろう。
ルリが水魔法を顕現させても特に驚くことはなかったが、時を同じくして左手の掌上に〝あるもの〟を顕現させた武蔵には違う。
武蔵の左手の掌上には、他の三人には見慣れぬ武器が顕現されたのだ。
十手と呼ばれる、小刀よりも短い長さの武器である。
全長は一尺三寸(約55センチ)。
全体的には鉄棒だが、持ち手の柄の部分には細縄がしっかりと巻かれていた。
そして攻防一体の役割を果たす鉄棒の部分と柄に当たる部分の中間には、折り畳み式の十字型の鉤がついている。
これは普通の十手とは違い、武蔵の養父であった無二の得意とした武器術の一つでもあった。
幼少期の武蔵も、無二との稽古でよく苦戦を強いられたものだ。
この十手なる武器は使い方次第で刀と同程度か、もしくはそれ以上の威力を発揮するのだ。
それこそ殴る、突く、薙ぐ、搦め取るなどの変幻自在の戦法が可能になる。
特に相手が刀を持っていた場合の効果は計り知れない。
迫り来る白刃を十手で搦め取ることは容易ではないものの、それを稽古と実戦で克服したあとの技量の向上は目を瞠るものがあった。
武蔵が無二以外の師を持たずに円明流を創始できたのも、この無二との十手を使った稽古を積み重ねていた部分が大きい。
ただし、十手はあくまでも相手の武器を搦め取ることに重きを置いた武器だ。
けれどもルリが顕現させたのは武器ではない。
火縄銃ほどの威力すら出せる、小さいながらも強力な水魔法なのだ。
普通ならば水魔法を十手で防げるはずはなかった。
そう、武蔵が顕現させた十手が普通の武器ならばである。
「オッサン、何でや?」
水魔法を空中に浮遊させながら、ルリは武蔵が顕現させた十手に注目した。
「何で天理使いであるオッサンが左手で武器を顕現できるんや? しかもステータスやなくて魔掌板ってどういう――」
ことや、とルリが続きの言葉を発しようとしたときだ。
「魔掌板……それは数百年まで呼ばれていたステータスの元名です」
ルリの質問を遮って答えたのは黄姫である。
「本来、魔法使いたちが左手の掌上に顕現させていた力の名は魔掌板と呼ばれていたのです。ですが〈世界魔法政府〉の誕生にともない、各国の王族や貴族たちの間で魔法が隆盛を極めました」
黄姫は微妙に声を裏返させながら説明していく。
「やがて王族や貴族たちは自分たちの魔法のほうが天理よりも優れた力だと誇示するようになり、本来の名であった魔掌板を〝社会的地位を持つ者〟と呼ぶようになったのです。そして魔法使いたちがステータス・オープンと唱えるのも、天理も魔法も使えない庶民たちと魔法を使える自分たちに身分の差があることを見せつけるために口にするようになった……あくまでも通説ですが」
「いや、それで合っているぞ」
そう言ったのは武蔵である。
「トーガ殿の話によれば、すべてはそのように魔法使いと天理使いを区別するようになったことが今の世を混乱させている原因らしい。もっと言えば天理も魔法も使えない下々の者たちを人別帳もどきのあるなしで虐げるなど言語道断……されど、それについてはいずれ俺が必ず正すゆえ安心いたせ」
この武蔵の発言には黄姫も驚きを隠せなかったようだ。
「武蔵さん、まさかあなたは……」
何かを言いたげだった黄姫。
しかし、そんな黄姫から武蔵は「だが、今はそれよりも確認せねば」とすぐに顔を背けた。
「すまん。待たせたな、ルリ。いつでも構わん。好きなように魔法を撃って参れ」
一拍の間を空けたあと、ルリは覚悟を決めたように目つきを鋭くさせた。
「何やよう分からんが、手加減してもうちの水魔法を食らったら痛いわ。貫通こそせんやろうけど、肉に食い込むぐらいの威力はあるで?」
「むしろ、それぐらいの威力がなければ試せん」
武蔵はルリに向かって叫んだ。
「さあ、撃って参れ!」
武蔵のあまりの迫力に圧されたのだろう。
ルリは「あーもー、分かったわ!」と左手の掌を武蔵に向けた。
すかさず左手の指の形を変化せる。
拳を握った状態で人差し指と親指だけをぴんと立てたのだ。
「あとで泣きを見ても知らんで――水指弾!」
次の瞬間、水の形をしていたステータスに変化が生じた。
拳大ほどの水弾が武蔵に対して勢いよく発射されたのである。
同時に武蔵は魔掌板の〈練気化〉――十手を左手で掴んだ。
武蔵は瞬きもせずに迫り来る水弾の軌道を見る。
そして――。
「〈空即是色〉」
言うなり武蔵は、左手に持った十手の先端部分で水弾を突き刺した。
すると水弾は一瞬にして粉々に砕け散る。
傍目からは武蔵の十手がルリの魔法を無効化したように見えただろう。
しかし、実際にはそんな単純なことではなかった。
やがて武蔵以外の三人は信じられない光景を目にする。
「やはり、宮本武蔵が魔法を使うとはこういうことか」
十手の先端部分から少し離れた空中には、今ほど砕け散ったはずのルリの水弾が再び集まって拳大ほどの大きさで浮かんでいた。
しかも、その水弾はルリではなく武蔵の意志に呼応しているような動きをしていたのだ。
「嘘やろ、オッサン。うちの魔法を……」
武蔵は「ああ」と小さく首を縦に振った。
「お主が撃った水魔法――この武蔵が頂戴したぞ」
十畳ほどの簡素な部屋に、七尺(約2メートル)ほどの桜の木。
「ここは……」
軽く周囲を見渡せば見知った顔が三つあった。
ルリ、黄姫、黒狼の三人である。
「帰って来たのか?」
武蔵は誰に言うでもなく独りごちる。
間違いない。
自分は蓬莱山からアルガイアへと10年振りに帰ってきたのだ。
いや、10年振りというのはあくまでも体感の話であった。
トーガの話が真実ならば、このアルガイアでは時が進んでいないはずである。
武蔵は三人の顔を交互に見つめた。
三人とも老け込んでいる様子は微塵もない。
10年前と同じ顔、同じ服装、同じ〝強さ〟のままである。
どうやら本当に蓬莱山とアルガイアでは時の流れが異なっているようだ。
などと考えていると、「おい、オッサン!」という声が耳朶を打った。
「一体、どうしたんや? 木の表面に手を当てて動かなくなったかと思えば、いきなり動き始めてうちらの顔を見回すやなんて」
そう言ったのはルリである。
武蔵は懐かしさを含んだ遠い目でルリを見た。
「ルリ、お前の声を聞くのも久しぶりだな」
「はあ? 久しぶりって何のことや?」
「そうか……お前たちからしても俺は何も変わってはおらんのだろうな」
と、武蔵が納得しかけたときだ。
「あなたは一体、誰なのです?」
驚愕と畏怖が交わったような声が聞こえてきた。
武蔵は声を発した主に顔を向ける。
視線の先には顔面を蒼白にさせている黄姫がいた。
「誰かとは心外だな、黄姫殿。俺が宮本武蔵以外の何に見える?」
10年振りに再会した黄姫も相変わらずの美しさだ。
「宮本武蔵……そう、あなたは絶対に宮本武蔵のはずなのです」
黄姫は信じられないという顔で言葉を続ける。
「あなたが〈判別草〉の樹皮に手を当てたとき、ほんの数秒の間だけあなたの意識が消えたような感じがしました。しかし、その時間はたった数秒……なのに意識を取り戻した今のあなたはまったくの別人になっている」
いいえ、と黄姫は自分に言い聞かせるように言った。
「外見は変わっていない。変わったのは中身です。明らかに意識を取り戻す前とあとでは全身の〝気〟の流れが大きく変化している。まるで〈外丹法〉を習得したSクラスの冒険者のように」
このとき、武蔵は黄姫が〈聴剄〉を使ったのだと看破した。
(〝読心〟……いや、これはどちらかと言えば〝感受〟だな)
〈聴剄〉の派生技――〝感受〟。
相手の〝気〟を積極的に我が身に受け入れることにより、その受け入れた相手の内面にある力の流れを読み取る力のことだ。
熟達すれば実際に手合わせしなくとも、相手がどの〈外丹法〉が得意で不得意なのかを力の流れで見抜けるとトーガは言っていた。
「武蔵さん、一体あなたの身に何が起こったというのですか?」
トーガとの死闘の日々を思い返していると、黄姫がおそるおそる尋ねてきた。
「それはおいおい話すとしよう……だが、まずは確認しておきたいことがある」
そうである。
こうして元の異世界――アルガイアに戻ってきたら試したいことがあった。
死に物狂いでトーガから見て盗み、独自に修練を積んで習得した〈外丹法〉もその一つである。
だが、やはりアルガイアで一度も試したことがなかったステータス――もとい魔掌板を使えるかどうか確認しなくてはならない。
天理以上に魔法を巧みに使いこなせるかどうか。
それが今後の自分たちの運命を決める重要なことだと思ったからだ。
そのため、武蔵は黄姫から再びルリへと視線を向けた。
自分の魔掌板が本当にアルガイアで使えるかどうか確認するためには、どうしても魔法使いの協力がいる。
そして、この場にいる〝魔法使い〟はルリだけなのだ。
「な、何や?」
ルリは真剣な眼差しを向けてきた武蔵にたじろぐ。
そんなルリを無視して武蔵は訊いた。
「ルリよ……お前は魔法を使える魔法使いだったな?」
この質問にはルリも驚きを通り越して呆れたようだ。
「おいおい、何を今さら。うちが魔法使いやなんて周知の事実やないか」
もちろん、ルリが水魔法の使い手であることは覚えている。
「念のため確認しただけだ」
武蔵はそう言うと、落ち着いた口調でルリにあることを頼んだ。
「すまんが、お主の水魔法を俺に撃ってくれんか?」
この武蔵の発言にルリは目を丸くさせた。
ルリだけではない。
黄姫と黒狼も武蔵の意図が分からず首を傾げた。
「アホ言うなや。どうしてオッサンに魔法を使わんとアカンのや」
無理もない、と武蔵は思った。
けれども、こればかりは天理と同じく使ってみないと具合が分からない。
「お主の言いたいことはよく分かる。だが、そこを押して頼みたいのだ」
武蔵は唖然としているルリに頭を下げる。
「たった一度だけで良い。一度だけ、伊織に薬を飲ませたときと同じ程度の魔法を俺に撃ってくれ」
武蔵は曇りのない目でルリに頼み込む。
ルリは最初こそ意味が分からず何度も拒んだものの、やがて武蔵の真剣な願いに根負けしたのだろう。
ほどしばらくして、ルリは大きく溜息をつきながら頷いた。
「分かった分かった。そんなに撃って欲しいなら一度だけやで」
ルリは左手を胸の高さにまで持ってくると、掌を上に向けた。
同時に武蔵も自分の左手を胸の高さに持ってくる。
それだけではない。
ルリに倣うように武蔵も掌を上に向けたのだ。
そして「ステータス・オープン」とルリが言った瞬間、武蔵もほぼ同時に「魔掌板、顕現」と口にした。
ルリの左手の掌上に拳大ほどの水の塊が出現する。
黄姫たちもルリの魔法の属性を知っていたのだろう。
ルリが水魔法を顕現させても特に驚くことはなかったが、時を同じくして左手の掌上に〝あるもの〟を顕現させた武蔵には違う。
武蔵の左手の掌上には、他の三人には見慣れぬ武器が顕現されたのだ。
十手と呼ばれる、小刀よりも短い長さの武器である。
全長は一尺三寸(約55センチ)。
全体的には鉄棒だが、持ち手の柄の部分には細縄がしっかりと巻かれていた。
そして攻防一体の役割を果たす鉄棒の部分と柄に当たる部分の中間には、折り畳み式の十字型の鉤がついている。
これは普通の十手とは違い、武蔵の養父であった無二の得意とした武器術の一つでもあった。
幼少期の武蔵も、無二との稽古でよく苦戦を強いられたものだ。
この十手なる武器は使い方次第で刀と同程度か、もしくはそれ以上の威力を発揮するのだ。
それこそ殴る、突く、薙ぐ、搦め取るなどの変幻自在の戦法が可能になる。
特に相手が刀を持っていた場合の効果は計り知れない。
迫り来る白刃を十手で搦め取ることは容易ではないものの、それを稽古と実戦で克服したあとの技量の向上は目を瞠るものがあった。
武蔵が無二以外の師を持たずに円明流を創始できたのも、この無二との十手を使った稽古を積み重ねていた部分が大きい。
ただし、十手はあくまでも相手の武器を搦め取ることに重きを置いた武器だ。
けれどもルリが顕現させたのは武器ではない。
火縄銃ほどの威力すら出せる、小さいながらも強力な水魔法なのだ。
普通ならば水魔法を十手で防げるはずはなかった。
そう、武蔵が顕現させた十手が普通の武器ならばである。
「オッサン、何でや?」
水魔法を空中に浮遊させながら、ルリは武蔵が顕現させた十手に注目した。
「何で天理使いであるオッサンが左手で武器を顕現できるんや? しかもステータスやなくて魔掌板ってどういう――」
ことや、とルリが続きの言葉を発しようとしたときだ。
「魔掌板……それは数百年まで呼ばれていたステータスの元名です」
ルリの質問を遮って答えたのは黄姫である。
「本来、魔法使いたちが左手の掌上に顕現させていた力の名は魔掌板と呼ばれていたのです。ですが〈世界魔法政府〉の誕生にともない、各国の王族や貴族たちの間で魔法が隆盛を極めました」
黄姫は微妙に声を裏返させながら説明していく。
「やがて王族や貴族たちは自分たちの魔法のほうが天理よりも優れた力だと誇示するようになり、本来の名であった魔掌板を〝社会的地位を持つ者〟と呼ぶようになったのです。そして魔法使いたちがステータス・オープンと唱えるのも、天理も魔法も使えない庶民たちと魔法を使える自分たちに身分の差があることを見せつけるために口にするようになった……あくまでも通説ですが」
「いや、それで合っているぞ」
そう言ったのは武蔵である。
「トーガ殿の話によれば、すべてはそのように魔法使いと天理使いを区別するようになったことが今の世を混乱させている原因らしい。もっと言えば天理も魔法も使えない下々の者たちを人別帳もどきのあるなしで虐げるなど言語道断……されど、それについてはいずれ俺が必ず正すゆえ安心いたせ」
この武蔵の発言には黄姫も驚きを隠せなかったようだ。
「武蔵さん、まさかあなたは……」
何かを言いたげだった黄姫。
しかし、そんな黄姫から武蔵は「だが、今はそれよりも確認せねば」とすぐに顔を背けた。
「すまん。待たせたな、ルリ。いつでも構わん。好きなように魔法を撃って参れ」
一拍の間を空けたあと、ルリは覚悟を決めたように目つきを鋭くさせた。
「何やよう分からんが、手加減してもうちの水魔法を食らったら痛いわ。貫通こそせんやろうけど、肉に食い込むぐらいの威力はあるで?」
「むしろ、それぐらいの威力がなければ試せん」
武蔵はルリに向かって叫んだ。
「さあ、撃って参れ!」
武蔵のあまりの迫力に圧されたのだろう。
ルリは「あーもー、分かったわ!」と左手の掌を武蔵に向けた。
すかさず左手の指の形を変化せる。
拳を握った状態で人差し指と親指だけをぴんと立てたのだ。
「あとで泣きを見ても知らんで――水指弾!」
次の瞬間、水の形をしていたステータスに変化が生じた。
拳大ほどの水弾が武蔵に対して勢いよく発射されたのである。
同時に武蔵は魔掌板の〈練気化〉――十手を左手で掴んだ。
武蔵は瞬きもせずに迫り来る水弾の軌道を見る。
そして――。
「〈空即是色〉」
言うなり武蔵は、左手に持った十手の先端部分で水弾を突き刺した。
すると水弾は一瞬にして粉々に砕け散る。
傍目からは武蔵の十手がルリの魔法を無効化したように見えただろう。
しかし、実際にはそんな単純なことではなかった。
やがて武蔵以外の三人は信じられない光景を目にする。
「やはり、宮本武蔵が魔法を使うとはこういうことか」
十手の先端部分から少し離れた空中には、今ほど砕け散ったはずのルリの水弾が再び集まって拳大ほどの大きさで浮かんでいた。
しかも、その水弾はルリではなく武蔵の意志に呼応しているような動きをしていたのだ。
「嘘やろ、オッサン。うちの魔法を……」
武蔵は「ああ」と小さく首を縦に振った。
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