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第六十二話 二天一流と五輪書
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「今の呼吸を絶対に忘れるなよ」
後方からトーガの凛然とした声が聞こえてくる。
武蔵は我に返ると、身体ごと勢いよく振り向いた。
六間(約十メートル)先にいたトーガは、こちらに背を向けたまま平然と佇んでいる。
しかし、間違いなくトーガの肉体を斬った感触はあった。
「ああ、お前の剣は確かに俺を斬った。実に見事だったぞ」
トーガはゆっくりと振り向き、柔和な笑みを浮かべる。
「よくぞ10年余りで俺に一太刀を浴びせるほどに成長したな」
「トーガ殿……」
その言葉を聞いた武蔵は両膝をつき、大刀と小刀をそれぞれの脇に置いた。
これ以上、トーガに敵意を向けないという意志表示である。
「極意の数々を授けていただき、もはや感謝の言葉もありません。トーガ殿こそ俺の最高の師です」
武蔵は涙を拭わずに本心を口にした。
「俺は何もしておらん。すべてはお前の観察眼と修練の賜物だ」
そう言うとトーガは〈色即是空〉と〈空即是色〉を掌内に収める。
「ゆえに俺はお前の師とはなりえん……いや、何人だろうと宮本武蔵の師にはなりえないだろう。それほどお前は武の神に愛されている逸材だ」
それでも、とトーガは優し気な眼差しとともに言葉を続けた。
「お前が俺を師と仰いでくれるというのならば、この俺の二天一流を継いでもらえないだろうか? そして二天一流の技を持ってアルガイアを救って欲しい」
武蔵は大きく目を見張った。
二天一流。
それは天理と魔法を駆使して闘う、トーガ・カムイ・ブラフマンの流儀である。
「この10年間で分かった」
トーガは力強く呟いた。
「宮本武蔵……お前こそ〈勇者の卵〉の孵化にも耐えられる男であり、俺が愛したアルガイアを救ってくれる唯一無二の存在だと」
「お待ちください、トーガ殿。その〈勇者の卵〉とは一体何のことなのです?」
武蔵は自分がアルビオン城で目を覚ましたときのことを思い出す。
初めて見る日ノ本以外の城内の様子。
南蛮人と見間違えた異世界の人間たち。
自分が生きていた時代から数百年後の同じ日ノ本から来たという少年少女。
そして、紆余曲折を経て弟子に取った宮本伊織。
あまりにも非日常的な出来事が続いたせいで忘れていたが、元々は自分たちが異世界に魔法で連れて来られた理由が〈勇者の卵〉という存在にあったのだ。
しかし、自分たちを召喚したアリーゼたちにとって〈勇者の卵〉というのは魔法のみを使える人間を指していた。
それは天理しか使えないと判断された伊織と自分(のちに武蔵は魔法も使えることが判明)が役立たずのように罵られたことがその証拠である。
そもそも、どうしてアリーゼたちは魔法使いしか必要としていなかったのか。
分からないことは他にもある。
なぜ、天掌板を顕現させる天理使いを〈外の者〉と呼んで蔑んでいるのか。
色々な知識と経験を身につけた今だからこそ疑問が込み上げてくる。
天理も決して魔法に劣るような力ではない。
それでもアルビオン王国では魔法を使える者が優遇されていた。
しかも異世界から来た人間の中で、魔法の素質がある者が〈勇者の卵〉として歓迎されていたのだ。
「〈勇者の卵〉、それは……」
このとき、武蔵は異世界――アルガイアで起こっている真実を聞かされた。
〈勇者の卵〉とは何かを。
〈外の者〉とは何かを。
そしてトーガは1500年前に天理と魔法を編み出したあと、その技を人種や種族を問わずに伝授したことを後悔していることも教えてくれた。
トーガが天理と魔法を他の人々に教えたのは、1500年前に存在した神域級の魔物たちからアルガイアを守るためだったらしい。
けれども、それがそもそもの間違いだったとトーガは口を重くさせた。
トーガ以外の人間たちには天理と魔法のどちらかしか会得できないと分かった時点で、本当はそこで天理と魔法を伝授していくのを止めるべきだったと。
結果的に当時の神域級の魔物たちからアルガイアは守られた。
だが、今度はトーガ以外の者には天理と魔法のどちらかしか会得できないという現実が世界を滅ぼしかねない要因になったらしい。
それは歪に発展した今の現世を見ているだけで分かるという。
だからこそ、トーガはこの蓬莱山で待ち続けた。
自分と同じく神域級の魔物たちと闘える、〈勇者の卵〉の孵化にも耐えられる者をである。
しかし、現実は過酷で無慈悲だった。
どれだけ待ち続けてもアルガイアでは天理と魔法の両方を使える、〈勇者の卵〉の孵化に耐えられる人間が現れなかったのである。
トーガは絶望した。
このままでは近い将来に神域級の魔物たちが蘇り、歪な発展を遂げたアルガイアは今度こそ破滅の道を辿るだろうと。
けれども、トーガはこの蓬莱山で希望の光を見つける。
それはアルガイアともう一つの対なる世界――ガイア(地球)に天理と魔法の両方を使える素質の者が現れたからだ。
宮本武蔵。
そう、自分のことである。
しかも自分は幸か不幸かアルガイアにまかり通っている負の因果によって、ガイアからアルガイアへと魔法によって連れて来られた。
ゆえにトーガは1500年前に蓬莱山から持ち込んでいた〈判別草〉に触れる時機(タイミング)を狙い、天理と魔法の最終段階――〈練神化〉の力によって自分をこの蓬莱山に呼び寄せたという。
すべては破滅に向かうアルガイアを自分に救って欲しい一念からだった。
「そ、そんなことが……」
武蔵はトーガから聞かされた事実に閉口した。
中でも特に驚いたのは、異世界に連れて来られた者たちのことだ。
今回に限っては伊織を含めた十数人の少年少女たちと自分。
しかし、以前においても独自の考えを持った魔法使いたちによって、自分と同じく多くの異世界人がアルガイアに連れて来られていた。
理由は一つ。
トーガから天理と魔法を伝授された後世の人間たちが、トーガが本当に伝えたかったことを多大に曲解させて受け継いでしまったからだ。
それこそ〈勇者の卵〉と〈外の者〉のことである。
「トーガ殿、俺はどうすればよいのですか?」
難しい顔でトーガは言葉を返してくる。
「逆にお前はどうしたい?」
「俺は……」
一拍の間を置いたあと、武蔵は絞るように返事をした。
「伊織の命を救いたい。それは変わりません」
「それで良い。自分の弟子すらも救えない兵法者に価値などないからな。だか、俺が聞きたいのはもっと根本的的なことについてだ」
武蔵はトーガが言わんとする意味を理解した。
「伊織を救ったあと、俺はアルガイアでも天下無双の兵法者になりたいです。あなたのように1500年以上経っても人々から〈大剣聖〉と謳われるほどの最強者に」
掛け値なしの本音であった。
こうして異世界の真実を知ったとしても、宮本武蔵という人間は生まれながらの兵法者なのだ。
そして兵法者が求めるものは誰だろうと変わらないだろう。
誰よりも強くなりたい。
天理使いだろうと、魔法使いだろうと、凶悪な魔物だろうと何であろうと、そのすべてを凌駕するほどの強さを身につけて〝天下において並ぶ者なし〟と言われるほど強くなる。
ただ、その一点にのみ尽きるのだ。
「ですが、今となっては別の目的も生まれました。トーガ殿、俺はアルガイアにおいて比類なき最強者を目指しつつ、伊織にも自分の身につけた剣術の他に〈外丹法〉の技を伝授したいと存じます」
他にも、と武蔵ははっきりと口にした。
「このアルガイアで培った心技体のすべてを兵法書として残したいとも考えております……〈外丹法〉もさることながら、天理と魔法には自分の元の世界にあった仏教の五大と共通している部分が多い。ならば兵法書の名を【五大書】とでも名付けようかと」
「地水火風空の五大ゆえに【五大書】か……悪くはないがその語感では宗教的な概念のみが強く残りそうだな」
トーガはしばし考え込むと、「【五輪書】というのはどうだ?」と言った。
「五つの力が互いに輪となって一つになるという意味だ」
「【五輪書】……」
この言葉を聞いたとき、武蔵の脳内に落雷のような衝撃が走った。
武蔵は二十四歳のときに円明流を創始し、その流儀の術理を纏めた兵法書――【兵道鏡】を書いていた。
しかし、その【兵道鏡】を書いたとき以上に【五輪書】という書を作りたいという思いが込み上げてきたのだ。
同時に武蔵はこうも思った。
アルガイアで兵法者の高みを目指すにあたり、自分の円明流を二天一流へと名乗り変えようと。
それがトーガを師と仰いだ武蔵の決意であった。
「トーガ殿、俺はこれから円明流を改名して二天一流を名乗らさせていただきます。そして二天一流の技で必ずやトーガ殿と同じく〈大剣聖〉となって見せましょう。それが結果的にはアルガイアを救うことに繋がるのですよね?」
「武蔵……」
トーガは歓喜を押し殺すように二の句を紡ぐ。
「頼む。お前の力でアルガイアに蔓延った負の常識をやぶってくれ」
はい、と武蔵は大きく首肯した。
「必ずや二天一流で異世界……もといアルガイアの常識をやぶって見せます」
などと武蔵が明確な思いを口にしたときだ。
突如、武蔵の足元から目が眩むほどの黄金色の光が放たれ始めた。
やがて武蔵の全身は黄金色の閃光に包まれていく。
「時間だ」
そう言い放ったトーガに武蔵は顔を向ける。
「俺に一太刀を浴びせることが出来たならば、お前がアルガイアへと自動的に帰還するように設定しておいた。まさか、たかが10年で発動することになるとは思わなかったがな」
「お待ちください、トーガ殿! まだ聞きたいことも指南してほしいことも山ほどあります!」
「甘えるな、武蔵。お前に必要なことはすべて見せた。あとはお前がここで培った技をアルガイアで実践するのみ」
武蔵はトーガの厳しさを含んだ言葉に生唾を飲み込む。
そんな武蔵に構わずトーガは「修練を怠るな」と口にする。
「お前が思うよりもアルガイアの人間たちは強いぞ。歪な形にアルガイアを発展させたとはいえ、1500年の間に天理と魔法をさらに進化させたのは間違いない」
いいか、とトーガは全身を黄金色に包まれた武蔵に念を押した。
「武の道に終わりなどない。ゆめゆめ忘れるな。そのことさえ忘れなければ、お前はどこまで行ける。どこまでも強くなれる。誰よりも、俺よりもだ!」
「トーガ殿!」
武蔵は颯爽と立ち上がり、トーガを掴むように両手を突き出した。
だが、武蔵の両手をトーガを掴むことはなかった。
そのまま武蔵の身体は完全に黄金色の閃光に包まれ――。
唐突な浮遊感とともに、武蔵の意識は完全に途切れた。
後方からトーガの凛然とした声が聞こえてくる。
武蔵は我に返ると、身体ごと勢いよく振り向いた。
六間(約十メートル)先にいたトーガは、こちらに背を向けたまま平然と佇んでいる。
しかし、間違いなくトーガの肉体を斬った感触はあった。
「ああ、お前の剣は確かに俺を斬った。実に見事だったぞ」
トーガはゆっくりと振り向き、柔和な笑みを浮かべる。
「よくぞ10年余りで俺に一太刀を浴びせるほどに成長したな」
「トーガ殿……」
その言葉を聞いた武蔵は両膝をつき、大刀と小刀をそれぞれの脇に置いた。
これ以上、トーガに敵意を向けないという意志表示である。
「極意の数々を授けていただき、もはや感謝の言葉もありません。トーガ殿こそ俺の最高の師です」
武蔵は涙を拭わずに本心を口にした。
「俺は何もしておらん。すべてはお前の観察眼と修練の賜物だ」
そう言うとトーガは〈色即是空〉と〈空即是色〉を掌内に収める。
「ゆえに俺はお前の師とはなりえん……いや、何人だろうと宮本武蔵の師にはなりえないだろう。それほどお前は武の神に愛されている逸材だ」
それでも、とトーガは優し気な眼差しとともに言葉を続けた。
「お前が俺を師と仰いでくれるというのならば、この俺の二天一流を継いでもらえないだろうか? そして二天一流の技を持ってアルガイアを救って欲しい」
武蔵は大きく目を見張った。
二天一流。
それは天理と魔法を駆使して闘う、トーガ・カムイ・ブラフマンの流儀である。
「この10年間で分かった」
トーガは力強く呟いた。
「宮本武蔵……お前こそ〈勇者の卵〉の孵化にも耐えられる男であり、俺が愛したアルガイアを救ってくれる唯一無二の存在だと」
「お待ちください、トーガ殿。その〈勇者の卵〉とは一体何のことなのです?」
武蔵は自分がアルビオン城で目を覚ましたときのことを思い出す。
初めて見る日ノ本以外の城内の様子。
南蛮人と見間違えた異世界の人間たち。
自分が生きていた時代から数百年後の同じ日ノ本から来たという少年少女。
そして、紆余曲折を経て弟子に取った宮本伊織。
あまりにも非日常的な出来事が続いたせいで忘れていたが、元々は自分たちが異世界に魔法で連れて来られた理由が〈勇者の卵〉という存在にあったのだ。
しかし、自分たちを召喚したアリーゼたちにとって〈勇者の卵〉というのは魔法のみを使える人間を指していた。
それは天理しか使えないと判断された伊織と自分(のちに武蔵は魔法も使えることが判明)が役立たずのように罵られたことがその証拠である。
そもそも、どうしてアリーゼたちは魔法使いしか必要としていなかったのか。
分からないことは他にもある。
なぜ、天掌板を顕現させる天理使いを〈外の者〉と呼んで蔑んでいるのか。
色々な知識と経験を身につけた今だからこそ疑問が込み上げてくる。
天理も決して魔法に劣るような力ではない。
それでもアルビオン王国では魔法を使える者が優遇されていた。
しかも異世界から来た人間の中で、魔法の素質がある者が〈勇者の卵〉として歓迎されていたのだ。
「〈勇者の卵〉、それは……」
このとき、武蔵は異世界――アルガイアで起こっている真実を聞かされた。
〈勇者の卵〉とは何かを。
〈外の者〉とは何かを。
そしてトーガは1500年前に天理と魔法を編み出したあと、その技を人種や種族を問わずに伝授したことを後悔していることも教えてくれた。
トーガが天理と魔法を他の人々に教えたのは、1500年前に存在した神域級の魔物たちからアルガイアを守るためだったらしい。
けれども、それがそもそもの間違いだったとトーガは口を重くさせた。
トーガ以外の人間たちには天理と魔法のどちらかしか会得できないと分かった時点で、本当はそこで天理と魔法を伝授していくのを止めるべきだったと。
結果的に当時の神域級の魔物たちからアルガイアは守られた。
だが、今度はトーガ以外の者には天理と魔法のどちらかしか会得できないという現実が世界を滅ぼしかねない要因になったらしい。
それは歪に発展した今の現世を見ているだけで分かるという。
だからこそ、トーガはこの蓬莱山で待ち続けた。
自分と同じく神域級の魔物たちと闘える、〈勇者の卵〉の孵化にも耐えられる者をである。
しかし、現実は過酷で無慈悲だった。
どれだけ待ち続けてもアルガイアでは天理と魔法の両方を使える、〈勇者の卵〉の孵化に耐えられる人間が現れなかったのである。
トーガは絶望した。
このままでは近い将来に神域級の魔物たちが蘇り、歪な発展を遂げたアルガイアは今度こそ破滅の道を辿るだろうと。
けれども、トーガはこの蓬莱山で希望の光を見つける。
それはアルガイアともう一つの対なる世界――ガイア(地球)に天理と魔法の両方を使える素質の者が現れたからだ。
宮本武蔵。
そう、自分のことである。
しかも自分は幸か不幸かアルガイアにまかり通っている負の因果によって、ガイアからアルガイアへと魔法によって連れて来られた。
ゆえにトーガは1500年前に蓬莱山から持ち込んでいた〈判別草〉に触れる時機(タイミング)を狙い、天理と魔法の最終段階――〈練神化〉の力によって自分をこの蓬莱山に呼び寄せたという。
すべては破滅に向かうアルガイアを自分に救って欲しい一念からだった。
「そ、そんなことが……」
武蔵はトーガから聞かされた事実に閉口した。
中でも特に驚いたのは、異世界に連れて来られた者たちのことだ。
今回に限っては伊織を含めた十数人の少年少女たちと自分。
しかし、以前においても独自の考えを持った魔法使いたちによって、自分と同じく多くの異世界人がアルガイアに連れて来られていた。
理由は一つ。
トーガから天理と魔法を伝授された後世の人間たちが、トーガが本当に伝えたかったことを多大に曲解させて受け継いでしまったからだ。
それこそ〈勇者の卵〉と〈外の者〉のことである。
「トーガ殿、俺はどうすればよいのですか?」
難しい顔でトーガは言葉を返してくる。
「逆にお前はどうしたい?」
「俺は……」
一拍の間を置いたあと、武蔵は絞るように返事をした。
「伊織の命を救いたい。それは変わりません」
「それで良い。自分の弟子すらも救えない兵法者に価値などないからな。だか、俺が聞きたいのはもっと根本的的なことについてだ」
武蔵はトーガが言わんとする意味を理解した。
「伊織を救ったあと、俺はアルガイアでも天下無双の兵法者になりたいです。あなたのように1500年以上経っても人々から〈大剣聖〉と謳われるほどの最強者に」
掛け値なしの本音であった。
こうして異世界の真実を知ったとしても、宮本武蔵という人間は生まれながらの兵法者なのだ。
そして兵法者が求めるものは誰だろうと変わらないだろう。
誰よりも強くなりたい。
天理使いだろうと、魔法使いだろうと、凶悪な魔物だろうと何であろうと、そのすべてを凌駕するほどの強さを身につけて〝天下において並ぶ者なし〟と言われるほど強くなる。
ただ、その一点にのみ尽きるのだ。
「ですが、今となっては別の目的も生まれました。トーガ殿、俺はアルガイアにおいて比類なき最強者を目指しつつ、伊織にも自分の身につけた剣術の他に〈外丹法〉の技を伝授したいと存じます」
他にも、と武蔵ははっきりと口にした。
「このアルガイアで培った心技体のすべてを兵法書として残したいとも考えております……〈外丹法〉もさることながら、天理と魔法には自分の元の世界にあった仏教の五大と共通している部分が多い。ならば兵法書の名を【五大書】とでも名付けようかと」
「地水火風空の五大ゆえに【五大書】か……悪くはないがその語感では宗教的な概念のみが強く残りそうだな」
トーガはしばし考え込むと、「【五輪書】というのはどうだ?」と言った。
「五つの力が互いに輪となって一つになるという意味だ」
「【五輪書】……」
この言葉を聞いたとき、武蔵の脳内に落雷のような衝撃が走った。
武蔵は二十四歳のときに円明流を創始し、その流儀の術理を纏めた兵法書――【兵道鏡】を書いていた。
しかし、その【兵道鏡】を書いたとき以上に【五輪書】という書を作りたいという思いが込み上げてきたのだ。
同時に武蔵はこうも思った。
アルガイアで兵法者の高みを目指すにあたり、自分の円明流を二天一流へと名乗り変えようと。
それがトーガを師と仰いだ武蔵の決意であった。
「トーガ殿、俺はこれから円明流を改名して二天一流を名乗らさせていただきます。そして二天一流の技で必ずやトーガ殿と同じく〈大剣聖〉となって見せましょう。それが結果的にはアルガイアを救うことに繋がるのですよね?」
「武蔵……」
トーガは歓喜を押し殺すように二の句を紡ぐ。
「頼む。お前の力でアルガイアに蔓延った負の常識をやぶってくれ」
はい、と武蔵は大きく首肯した。
「必ずや二天一流で異世界……もといアルガイアの常識をやぶって見せます」
などと武蔵が明確な思いを口にしたときだ。
突如、武蔵の足元から目が眩むほどの黄金色の光が放たれ始めた。
やがて武蔵の全身は黄金色の閃光に包まれていく。
「時間だ」
そう言い放ったトーガに武蔵は顔を向ける。
「俺に一太刀を浴びせることが出来たならば、お前がアルガイアへと自動的に帰還するように設定しておいた。まさか、たかが10年で発動することになるとは思わなかったがな」
「お待ちください、トーガ殿! まだ聞きたいことも指南してほしいことも山ほどあります!」
「甘えるな、武蔵。お前に必要なことはすべて見せた。あとはお前がここで培った技をアルガイアで実践するのみ」
武蔵はトーガの厳しさを含んだ言葉に生唾を飲み込む。
そんな武蔵に構わずトーガは「修練を怠るな」と口にする。
「お前が思うよりもアルガイアの人間たちは強いぞ。歪な形にアルガイアを発展させたとはいえ、1500年の間に天理と魔法をさらに進化させたのは間違いない」
いいか、とトーガは全身を黄金色に包まれた武蔵に念を押した。
「武の道に終わりなどない。ゆめゆめ忘れるな。そのことさえ忘れなければ、お前はどこまで行ける。どこまでも強くなれる。誰よりも、俺よりもだ!」
「トーガ殿!」
武蔵は颯爽と立ち上がり、トーガを掴むように両手を突き出した。
だが、武蔵の両手をトーガを掴むことはなかった。
そのまま武蔵の身体は完全に黄金色の閃光に包まれ――。
唐突な浮遊感とともに、武蔵の意識は完全に途切れた。
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