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第五十五話 基本にして奥義の〈外丹法〉
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「これは〈硬気功〉です」
黄姫は右腕で刃を受け止めたまま呟いた。
「天理使いの五つの基本技である〈外丹法〉の一つであり、筋肉と気力の操作によって人体の強度を一時的に鋼と同じぐらいに高めることができます」
武蔵は黄姫の説明を無視して大刀を引いた。
すぐさま追撃を加えんと正眼に構える。
同時にルリと黒狼は機敏な動きで立ち上がり、被害を受けまいとすぐにその場から離れた。
黄姫も立ち上がると、自分が座っていた椅子を横に退けて適度な空間を作る。
その所作だけで十分だった。
黄姫は武蔵に伝えているのだ。
どこからでも好きなように掛かってこい、と。
(腕が駄目でも頭ならばどうだ!)
武蔵は眼前の長机に飛び乗るや否や、今度は黄姫の頭を唐竹割りにせんと疾風の速さで刃を振り下ろす。
しかし、黄姫は刃が触れる一寸(三センチ)だけ身体を後方に引くことで武蔵の斬撃を回避した。
それでも武蔵は驚くことなく飛燕の速度で手首を切り返し、今度は顔面に向かって真下から真上に刃を跳ね上げた。
円明流――〈切先返し〉である。
だが、この〈切先返し〉も完全に空を切った。
黄姫は瞬時に身体を半身に切ったことで斬撃を避けたのだ。
そして、それは明らかに次にどのような攻撃が来るのか予測した動きであった。
(なぜだ? なぜ、俺の狙いが分かる?)
武蔵は平然と斬撃を躱す黄姫に寒気と恐怖を感じた。
それゆえに武蔵は長机を蹴って真後ろに大きく飛んだ。
黄姫に目線を向けたまま床に降り立つ。
「なぜ、自分の技が通用しないか動揺していますね? あなたの全身を覆っている気力から考えていることが手に取るように分かりますよ」
その言葉に武蔵は目を丸くさせた。
(俺の考えていることが分かるだと? こやつ、やはり魔物の類か?)
黄姫は小さく頭を振った。
「あいにくとエルフは魔物の類ではありません。それに、これは魔物の力ではなく天理の力です」
険しい表情を作った武蔵に対して、黄姫は落ち着いた声で言った。
「これも〈硬気功〉と同じく、〈聴剄〉と呼ばれている基本技の一つ。自分の気力を一定の範囲内まで広げることにより、その範囲内に存在する生物の行動や心理状況を感じ取れるというもの」
黄姫は微笑しながら二の句を紡ぐ。
「他にも両足に気力を込めて瞬時に移動する〈箭疾歩〉や、肉体の一部に気力を集中させて通常よりも大きな攻撃力を発揮する〈発剄〉などがあります。これらはあなたもその身に受けたことがあるので覚えているでしょう?」
もちろん、しっかりと覚えている。
この冒険者ギルドに伊織と初めて訪れたとき、黄姫から一瞬で間合いを詰められて腹が爆発したような攻撃を受けたことは忘れられない。
などと武蔵が考えていると、黄姫は緩く両腕を組んだ。
「他にも〈周天〉という技を加えた五つを〈外丹法〉と呼び、これらは天理使いの基本技にして奥義。そして、その中でも戦闘の勝敗に大きく直結する〈外丹法〉を自分の素質に合わせて会得することこそが天理使い――しいてはSクラスの冒険者にとって絶対的に必要になるのです」
「それは天掌板の顕現よりもか?」
こくりと黄姫はあごを引いた。
「あなたも武人ならば何となく察しがつくのではありませんか? 天掌板の顕現や変化が相手を斬るという行為ならば、〈外丹法〉はその斬ることを確実にするための作りや崩しに相当します。だとすると、〈外丹法〉がどれだけ重要なものか分かるでしょう?」
武蔵は「まあな」と抜き打ちの構えをしながら答えた。
武術の神髄は武器であれ素手であれ二つに要約される。
即ち、〝相手に必ず攻撃を当てる〟ことと〝攻撃を当てるという行為を確実にする手段を持つ〟ことの二つだ。
どちらかが欠けていると常に闘いは五分五分かもしくは不利な状況となり、武蔵のような天下無双を目指す者としては命がいくつあっても足りなくなる。
それゆえに武の頂を目指す者は、この二つをどれだけ高められるかを念頭に稽古と実戦を繰り返すのだ。
「あなたは天掌板の〈練精化〉以上に、実戦で通用しうるだけの〈練気化〉も見事に顕現させることができた。ですが、それだけでは同じ天掌板の〈練気化〉と〈外丹法〉を会得している天理使いばかりか、同じだけの実力を持った魔法使いにも遅れを取るでしょう」
ましてや、と黄姫は語気を強めて言葉を続けた。
「様々な状況が存在する迷宮では、天掌板の〈練気化〉以上に〈外丹法〉の活用が重要視されます。だから私は〈外丹法〉の一つも会得していない今のあなたは〝何も知らない子供同然〟だと言ったのです」
武蔵は返す言葉もなく押し黙る。
あまりにも説明された天理の奥深さに心から驚嘆したのだ。
同様に武蔵は今の自分に少なからず絶望した。
この異世界でも剣名を上げられるという自負が音を立てて崩れていく。
それだけではない。
〈外丹法〉という技が使えないということは、迷宮で〈ソーマ〉を入手するのは大変に難しいことであり、このままでは期日内に伊織を救えないということを意味しているのだろう。
そして、黄姫はそのことを言葉以上に行動でも教えてくれたのだ。
ほとんど赤の他人の自分自身に対してである。
どれほどの時が経っただろうか。
「黄姫殿」
やがて武蔵は抜き打ちの構えを解いて頭を下げる。
「この武蔵、恥を忍んで教えを乞う」
武蔵も馬鹿ではない。
ここまで惜しげもなく技の詳細を話してくれた、黄姫の心意気は痛いほどよく分かった。
黄姫はこれから自分が向かうべき先の道標を照らしてくれようとしている。
もちろん、それは武蔵が意固地にならなければの話だろう。
なので武蔵は素直に自分の思いを黄姫に伝えた。
「どうか、その〈外丹法〉とやらを教えていただきたい」
黄姫は満足そうに頷いた。
「やはり、あなたは私が見込んだ通りの方ですね。いくら大切なお弟子さんのためとはいえ、あなたほどの剣の腕前を持った方が他の人間に教えを願うことは中々できないものです」
武蔵の素直さと弟子のために頭を下げた器量が気に入ったのだろう。
分かりました、と黄姫は武蔵の願いを聞き入れる。
「何はともあれ、まずは自分の素質に合った〈外丹法〉の一つを知ることです。そのためには――」
黄姫殿は武蔵から目線を外し、先ほど座っていた小さな机の上に顔を向けた。
「武蔵さん、あなたの天理使いの属性を判別しましょう」
黄姫が見つめる先には、「T」のような形をした不思議な植物があった。
黄姫は右腕で刃を受け止めたまま呟いた。
「天理使いの五つの基本技である〈外丹法〉の一つであり、筋肉と気力の操作によって人体の強度を一時的に鋼と同じぐらいに高めることができます」
武蔵は黄姫の説明を無視して大刀を引いた。
すぐさま追撃を加えんと正眼に構える。
同時にルリと黒狼は機敏な動きで立ち上がり、被害を受けまいとすぐにその場から離れた。
黄姫も立ち上がると、自分が座っていた椅子を横に退けて適度な空間を作る。
その所作だけで十分だった。
黄姫は武蔵に伝えているのだ。
どこからでも好きなように掛かってこい、と。
(腕が駄目でも頭ならばどうだ!)
武蔵は眼前の長机に飛び乗るや否や、今度は黄姫の頭を唐竹割りにせんと疾風の速さで刃を振り下ろす。
しかし、黄姫は刃が触れる一寸(三センチ)だけ身体を後方に引くことで武蔵の斬撃を回避した。
それでも武蔵は驚くことなく飛燕の速度で手首を切り返し、今度は顔面に向かって真下から真上に刃を跳ね上げた。
円明流――〈切先返し〉である。
だが、この〈切先返し〉も完全に空を切った。
黄姫は瞬時に身体を半身に切ったことで斬撃を避けたのだ。
そして、それは明らかに次にどのような攻撃が来るのか予測した動きであった。
(なぜだ? なぜ、俺の狙いが分かる?)
武蔵は平然と斬撃を躱す黄姫に寒気と恐怖を感じた。
それゆえに武蔵は長机を蹴って真後ろに大きく飛んだ。
黄姫に目線を向けたまま床に降り立つ。
「なぜ、自分の技が通用しないか動揺していますね? あなたの全身を覆っている気力から考えていることが手に取るように分かりますよ」
その言葉に武蔵は目を丸くさせた。
(俺の考えていることが分かるだと? こやつ、やはり魔物の類か?)
黄姫は小さく頭を振った。
「あいにくとエルフは魔物の類ではありません。それに、これは魔物の力ではなく天理の力です」
険しい表情を作った武蔵に対して、黄姫は落ち着いた声で言った。
「これも〈硬気功〉と同じく、〈聴剄〉と呼ばれている基本技の一つ。自分の気力を一定の範囲内まで広げることにより、その範囲内に存在する生物の行動や心理状況を感じ取れるというもの」
黄姫は微笑しながら二の句を紡ぐ。
「他にも両足に気力を込めて瞬時に移動する〈箭疾歩〉や、肉体の一部に気力を集中させて通常よりも大きな攻撃力を発揮する〈発剄〉などがあります。これらはあなたもその身に受けたことがあるので覚えているでしょう?」
もちろん、しっかりと覚えている。
この冒険者ギルドに伊織と初めて訪れたとき、黄姫から一瞬で間合いを詰められて腹が爆発したような攻撃を受けたことは忘れられない。
などと武蔵が考えていると、黄姫は緩く両腕を組んだ。
「他にも〈周天〉という技を加えた五つを〈外丹法〉と呼び、これらは天理使いの基本技にして奥義。そして、その中でも戦闘の勝敗に大きく直結する〈外丹法〉を自分の素質に合わせて会得することこそが天理使い――しいてはSクラスの冒険者にとって絶対的に必要になるのです」
「それは天掌板の顕現よりもか?」
こくりと黄姫はあごを引いた。
「あなたも武人ならば何となく察しがつくのではありませんか? 天掌板の顕現や変化が相手を斬るという行為ならば、〈外丹法〉はその斬ることを確実にするための作りや崩しに相当します。だとすると、〈外丹法〉がどれだけ重要なものか分かるでしょう?」
武蔵は「まあな」と抜き打ちの構えをしながら答えた。
武術の神髄は武器であれ素手であれ二つに要約される。
即ち、〝相手に必ず攻撃を当てる〟ことと〝攻撃を当てるという行為を確実にする手段を持つ〟ことの二つだ。
どちらかが欠けていると常に闘いは五分五分かもしくは不利な状況となり、武蔵のような天下無双を目指す者としては命がいくつあっても足りなくなる。
それゆえに武の頂を目指す者は、この二つをどれだけ高められるかを念頭に稽古と実戦を繰り返すのだ。
「あなたは天掌板の〈練精化〉以上に、実戦で通用しうるだけの〈練気化〉も見事に顕現させることができた。ですが、それだけでは同じ天掌板の〈練気化〉と〈外丹法〉を会得している天理使いばかりか、同じだけの実力を持った魔法使いにも遅れを取るでしょう」
ましてや、と黄姫は語気を強めて言葉を続けた。
「様々な状況が存在する迷宮では、天掌板の〈練気化〉以上に〈外丹法〉の活用が重要視されます。だから私は〈外丹法〉の一つも会得していない今のあなたは〝何も知らない子供同然〟だと言ったのです」
武蔵は返す言葉もなく押し黙る。
あまりにも説明された天理の奥深さに心から驚嘆したのだ。
同様に武蔵は今の自分に少なからず絶望した。
この異世界でも剣名を上げられるという自負が音を立てて崩れていく。
それだけではない。
〈外丹法〉という技が使えないということは、迷宮で〈ソーマ〉を入手するのは大変に難しいことであり、このままでは期日内に伊織を救えないということを意味しているのだろう。
そして、黄姫はそのことを言葉以上に行動でも教えてくれたのだ。
ほとんど赤の他人の自分自身に対してである。
どれほどの時が経っただろうか。
「黄姫殿」
やがて武蔵は抜き打ちの構えを解いて頭を下げる。
「この武蔵、恥を忍んで教えを乞う」
武蔵も馬鹿ではない。
ここまで惜しげもなく技の詳細を話してくれた、黄姫の心意気は痛いほどよく分かった。
黄姫はこれから自分が向かうべき先の道標を照らしてくれようとしている。
もちろん、それは武蔵が意固地にならなければの話だろう。
なので武蔵は素直に自分の思いを黄姫に伝えた。
「どうか、その〈外丹法〉とやらを教えていただきたい」
黄姫は満足そうに頷いた。
「やはり、あなたは私が見込んだ通りの方ですね。いくら大切なお弟子さんのためとはいえ、あなたほどの剣の腕前を持った方が他の人間に教えを願うことは中々できないものです」
武蔵の素直さと弟子のために頭を下げた器量が気に入ったのだろう。
分かりました、と黄姫は武蔵の願いを聞き入れる。
「何はともあれ、まずは自分の素質に合った〈外丹法〉の一つを知ることです。そのためには――」
黄姫殿は武蔵から目線を外し、先ほど座っていた小さな机の上に顔を向けた。
「武蔵さん、あなたの天理使いの属性を判別しましょう」
黄姫が見つめる先には、「T」のような形をした不思議な植物があった。
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