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最終章 最高の仲間たちと一国への治療行為

第四十三話 リヒト・ジークウォルトの奮闘 ③ 

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 まさか、ここまで強いとはな。

 それがここまでの中で思った率直な感じだった。

 異形と化したミーシャの戦闘力は、間違いなく一国に甚大な被害を与えるSランクの魔物に相当するだろう。

 では、大人しく殺されるべきなのだろうか?

 もちろん、答えは否である。

 もしも俺がここで殺されたら、ミーシャは次にお嬢さまを狙いに向かうだろう。

 それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 俺にとってお嬢さまの存在は生きる理由そのものだ。

 ならば、俺がすることは1つ。

 刺し違えてもミーシャを倒す。

 これしかない。

 などと考えながら、俺は右手に持っていた剣をミーシャに投げつけた。

 上空にいたミーシャは、蝙蝠の翼を使って剣を弾き飛ばす。

 どれぐらいこのようなことを繰り返しただろうか。

 やがてミーシャも堪忍袋の緒が切れたのか、ふわりと地面に降り立ってきた。

 それでも俺は警戒を解かない。

 左手には投擲のための剣もまだ1本持っている。

 ミーシャは「うふふふ」と酷薄した笑みを浮かべた。

「相変わらず人間離れした強さね。でも、本気になったわたしには勝てないわよ」

 ミーシャはそう言うと、全身に力を溜めるように大きく唸った。

 するとミーシャの肉体に異変が起こった。

 バリバリバリッ!

 ミーシャが着ていた服が盛大に破れ、その下からは漆黒の体毛を持つ雄牛以上の大きさの狼が現れたのだ。

 まさしく異形という言葉がしっくりくる。

 今のミーシャは上半身は人間の身体だが、下半身はケンタウロスもかくやというほどの黒狼に変化したのである。

 そんな人狼一体となったミーシャが動いた。

 先ほどまでとは打って変わり、今度は地上戦を仕掛けてくる。

 黒狼の俊敏性を生かした猛進だ。

 俺はカッと両目を見開いた。

 相手の姿かたちに動揺している暇などない。

 ここで少しでも躊躇したら一気にペースを持っていかれる。

 そう一瞬で判断した俺は、大きく吼えながらミーシャへと疾走していく。

 いくら相手が猪突猛進してくるとはいえ、先ほどよりも戦闘力や俊敏性を上げたミーシャのことだ。

 最大限の力を込めて剣を投げたところで、分厚いほろのようなの翼で防がれるか、もしくは黒狼の俊敏な動きで躱されるかのどちらかだろう。

 だとしたら、余計な小細工はもう無用だ。

 俺はミーシャの間合いを入るや否や、床を強く蹴って天高く跳躍する。

「オオオオオオオオオオ――――ッ!」 

 俺は渾身の気合とともに空中で剣を両手持ちにすると、その剣に意識を集中させてミーシャの頭部に目掛けて振り下ろした。

 しかし――。

 ガギンッ!

 頑丈な金属を打ち叩いたような音が周囲に響き渡った。

 ミーシャの背中から生えていた蝙蝠の翼による攻撃によって、俺の斬撃は真正面から防がれたのである。

 それだけではない。

 俺は斬撃を防がれたときの衝撃で、強風にあおられたように後方へ大きく吹き飛ばされた。

「くッ!」

 このままだと背中から床に落ちると思った俺は、空中で身を捻って何とか両足から床に着地した。

 直後、俺はすかさず体勢を整えてミーシャを見据える。

「残念だけど、普通の剣では今のわたしには傷1つ付けられないわよ」

 ミーシャは俺を見てニヤリと笑った。

 どうやら精神の闘いは俺ではなく、ミーシャに軍配が上がったようだ。

 俺は忌々しく舌打ちする。

 ミーシャから発せられている邪悪な力もそうだが、単純な肉体だけの力も予想以上の強さだ。

 しかも今の一撃によって長剣が真っ二つに折れてしまった。

 やはり、ただの武器ではダメか……。

 俺は折れた剣を投げ捨てると、全身にまとわせていた魔力を両手に均等に集めていく。

魔力発勁マナ・ショット〉。

 超自然的現象を発現する地水火風の魔法とは違って、その魔法の媒介となる魔力そのものを武器として使う独特の戦闘技術である。

 威力は絶大。

 だが、欠点というものも存在している。

 どうしても肉弾戦がメインとなるため、それだけ相手と近距離で闘わなくてはならない。

 相手が雑魚ならば一向に構わなかった。

 俺が本気で魔力を練り上げれば、大抵の武器による攻撃など弾き返せる。

 しかし、Sランク相当の魔物と化したミーシャだと話は違ってくる。

 加えてミーシャの攻撃範囲は恐ろしく遠い。

 あの蝙蝠の翼による攻撃となると、俺の数倍の遠間からも攻撃が可能だ。

 戦闘の基本は遠間からの攻撃である。

 人類が猛獣や魔物相手に上位の存在となって繁栄したのも、石を投げることから始まり槍や弓など遠間からの攻撃を編み出したからだ。

 その最たるものが魔法だった。

 俺やお嬢さまは基本の地水火風の四大魔法は使えないが、それらの魔法の基本も遠間からの攻撃によるものだ。

 人類よりも圧倒的な戦闘力を誇る猛獣や魔物と相対することを前提とした場合、わざわざ最初から近距離で闘う者などいない。

 そのような場合、遠間からの攻撃が可能な戦闘者や魔法使いを同伴させておくものだ。

 けれど、ここには俺の攻撃をサポートしてくれる人間は皆無だった。

 俺はミーシャを睨みつける。

 果たして俺の〈魔力発勁マナ・ショット〉はミーシャに通じるだろうか。

 問題なのは、あの蝙蝠の翼と黒狼の部分だ。

 下手をすると、あの2つの部分だけは俺の〈魔力発勁マナ・ショット〉を弾き返す恐れがある。

 だとすれば、と俺はミーシャの生身の部分を凝視した。

 ミーシャの顔と上半身は生身のままだ。

 もちろん常人の肉体よりも強靭化しているだろうが、それでも蝙蝠の翼と黒狼の部分よりも耐久性は低いはず。

 俺はそう当たりをつけた。

 間違っている可能性もある。

 だが、闘いに絶対などない。

 ほんのわずかな勝機に賭けることも、元騎士の俺ならばできる。

 ただし、そのためには時間が要る。

 俺はミーシャに気づかれないように、利き腕の右手をそっと背中に回した。

 そして右手に魔力をさらに集中させていく。

 けれども、相手に覚られるような力の込め方をしてはならない。

 全身を覆っている魔力よりも小さく、しかしながら針のように細く凝縮した魔力を右手に込めていった。

 俺の感覚からすると、あのミーシャに通用するほどの魔力の集中には30秒はかかるだろう。

 ……30秒か。

 Sランクの魔物相手に30秒は絶望するほどの長い時間だ。

 などと思っているのも束の間、ミーシャの下半身の黒狼が地面を蹴って間合いを詰めてくる。

 十数メートルの間合いなど一瞬で縮めてくるほどの疾走力だ。

 俺はすぐにその場から動いた。

 再び距離を取ろうと魔力の集中を一旦止め、全力でダッシュして壁際まで移動する。

「あはははははははははは」

 しかし、機動力は圧倒的にミーシャが上だった。

 暴風となったミーシャにあっという間に追い詰められ、蝙蝠の翼による斬撃が容赦なく襲ってくる。

「チイッ!」

 俺はミーシャの斬撃を紙一重で避け、大柱などを盾にして大ホールの中を縦横無尽に駆けていく。

 こんなことをしていてもラチが明かない。

 機動力や攻撃力はミーシャのほうが上だ。

 このままでは一方的に体力と精神力を削られてしまう。

 何か、何かないか?

 俺が右手に最大の魔力を込められる時間を稼げる何か――。

 そう思った直後である。

 ゴオオオオオオオオッ!

 と、正面入り口のほうから大ホールに勢いよく何かが飛び込んできた。

 俺の動体視力は、その大ホールに現れた何かの正体を見極める。

「ワオオオオオオオオオオンッ!」

 大ホールに現れたのは、背中にメリダを乗せたアンバーの勇ましい姿だった。
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