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第三章 辺境地域の異変の原因

第二十九話 現れた異形のモノ

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 私たちは逃げ惑う住人たちの間をすり抜けるように走り、街から少し離れた山の麓にある神殿へと向かった。

 その途中、私たちは僧侶服を着た何人かの神官たちと遭遇した。

 全員が全員ともまともな状態ではなく、神官たちは両目を真っ赤に血走らせながら猛獣のような唸り声を上げて襲ってきた。

 そんな神官たちの相手をしたのはリヒトだ。

 リヒトは全身に凄まじい魔力をまとわせながら、かつての野伏せりたちのような異常状態になっていた神官たちを次々と戦闘不能にさせていく。

 当然ながら殺しは絶対にダメだと事前に言い聞かせていたため、リヒトは相手のアゴを打ち抜いて脳をピンポイントで揺らす不思議な体術を使って神官たちを昏倒させたのだ。

 やはり、神官たちは魔力水晶石の〈魔素〉の影響を受けている。

 どれだけの異常状態の神官たちがいるのかはわからないが、オクタの現状を見るに数十人はいるだろう。

 だとすると、街中で暴れている神官たちを無力化させている暇はなかった。

 一刻も早く魔力水晶石の異常を止めなくては、さらなる未曽有の被害になりかねない。

 私はリヒトが昏倒させた神官たちもそうだが、怪我をしている住人たちを視界に捉えながら激しく歯噛みした。

 本当ならば怪我をした住人たちを根こそぎ治療したい。

 でも、そうしている間に被害は加速度的に増していき、何も根本的な処置をしなければあと1時間もしないうちに街の外へも被害が出てしまうだろう。

 それだけは絶対に避けなくては。

 私はすべてが終わったら住人たちの怪我を治療をすると決意しながら、リヒトと同じく全身に魔力をまとわせた状態で全力疾走していく。

 やがて私たちは緩やかな坂を駆け上り、石造りの神殿へと辿り着いた。

 ここまで来ると神官たちの姿はなかった。

 おそらく、すべての神官たちは街へと向かったのだろう。

 となると、今の神殿はもぬけの殻の可能性が高い。

 絶好の機会と言えば機会である。

 神殿に誰もいないのならば、魔力水晶石の機能を正常に戻す作業に集中できる。

 私も元〈防国姫〉だ。

 魔術技師庁の魔術技師ほどの知識と腕前は持っていないが、魔力水晶石の最低限のメンテナンスぐらいはできる。

 ただし、その効果は以て数日かそれぐらいだ。

 それ以上の日数が経ってしまえば、再び魔力水晶石は異常な状態に戻ってしまうだろう。

 けれど、裏を返せば数日は時間を稼げるということだ。

 数日の間でも正常な状態に戻っているのなら、オクタの住人の怪我や正常な状態に戻した神官たちに事情を説明して遠くへと避難を促せる。

 そして私たちはその間に王都へと戻り、主核の魔力水晶石に魔力を与えて本来の機能を取り戻させる。

 その際にアントンさまやミーシャの妨害があるかもしれないが、たとえそうなっても私は1度でも〈防国姫〉となった者として、このカスケード王国を救うために身命を賭す覚悟だ。

 などと思いながら、私は神殿の中へと足を踏み入れた。

「こ、これは……」

 私は神殿の内部ホールを見て驚愕した。

 神殿の内部ホールには王都の兵隊たちが倒れていたのだ。

 その数は20人ぐらいだろうか。

 全員の脈拍を診なくてもすぐにわかった。

 兵隊たちは全員とも死亡している。

「こ、これもさっきの神官さんたちがしたことでしょうか?」

 そう誰にでもなく言ったのはメリダだ。

「そうだ……とは言い切れないな。この兵士たちの死に方はオクタの住人たちの死体とは違う。この兵士たちの死体には目立った外傷がない。まるで魂を奪われたような表情のまま死んでいる」

 リヒトの見立てに私もうなずいた。

 それは私も思ったことだ。

 おそらく、この兵隊たちの死因はショック死だろう。

 けれどもこれは大量に出血したことによる出血性ショック死ではなく、1度に大量の魔力を消費したことによる出魔性ショック死だ。

 滅多に見ない症状である。

 王立魔法学院の授業中で生徒が無理に魔力を消費してしまったことでなったり、冒険者に所属したばかりの魔法使いが実戦の恐怖から大量の魔力を消費して魔法を使ったことで起こる場合が多い。

 では、この兵隊たちも出魔性ショック死を起こすほどの魔力を使ったのか?

 いや、と私は首を左右に振った。

 神官の役職を得た者たちがそんなことをするはずがない。

 もしも他にあり得るとすれば、今ほどリヒトが言ったように誰かが……。

 そんなことを考えた矢先のことだ。

「お嬢さま、メリダ」とリヒトが口調を強張らせて言った。

 それだけではない。

 リヒトは私たちを庇うように自身の身体を移動させた。

 まるで凶悪な魔物の盾になるべく、私たちを守るように。

「グルルルルルルッ!」

 一方のアンバーもそうだった。

 ゾッとするほどの唸り声を上げ、神殿の奥を睨みつけている。

「ケヒケヒケヒケヒケヒケヒ」

 直後、神殿の奥から不気味な笑い声を発する何かが現れた。

 同時にムワっとする異臭が漂ってくる。

「お嬢さま、下がっていてください」

 全身にまとわせていた魔力をさらに高めたリヒト。

 アンバーも今にも飛び掛かりそうなほど唸り声を強める。

「み、み、み……そ、ソコニに……い、イ、いる……ノか」

「か、か、か、神ヨ……わ、ワタシは……あ、アナタの……下僕でス」

 私は大きく目を見開いた。

 私の視界に、ズルズルと動く異形のモノの姿が飛び込んできたのだ。

 人間の肉をグチャグチャにこねて丸めたような、血みどろの肉塊の姿がである。

 そして、その肉塊からは2つの生首が生え出ていた。

 金髪の青年と、白髪の老人の首が綺麗に並んだ状態で――。
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