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第三章 辺境地域の異変の原因

第二十八話 戦場さながらの光景 

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「これは一体何が起こっているの?」

 オクタに足を踏み入れるなり、私は周囲を見渡しながらつぶやいた。

 メリダから聞いていた話によれば、オクタは穏やかな海と温厚な土地に恵まれた漁港ということだったが、今の様子からしてとてもそんな風には見えない。

 現在、オクタは戦場さながらの物々しい喧騒に包まれていた。

 木造建築の建物からはもうもうとした黒煙と火が立ち昇っており、石造の建物なども外側から凄まじい力で打ち壊されていたのだ。

 まるで戦火に巻き込まれたような有様である。

 事実、オクタの住人たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。

 中には船で大海に逃げ出している船乗りたちもいる。

 本当にこのオクタで戦争が起こっているのだろうか。

 いや、と私は首を左右に振った。

 そんなことがあるはがない。

 ここはまだカスケード王国の領内なのだ。

 そしてカスケード王国はどの隣国とも戦争をしてはいない。

 となると、魔物の大群や凶悪な盗賊団に襲われたのではないか。

 私が頭上に疑問符を浮かべていると、メリダが「何が起こったんでしょう?」と困惑しながら訊いてくる。

 しかし、私もこの状況がなぜ起こっているのか真相はわからなかった。

「リヒト、あなたは何が起こっているかわかる?」

 私とメリダが動揺している一方、沈着冷静の権化のようなリヒトにたずねる。

「……状況から推察するに、まず魔物の大群が攻めて来たのではありませんね」

「その根拠は?」

「もしも魔物の大群に襲われてこの状況が出来ているのなら、食い殺された死体があってもおかしくありません……いえ、むしろそのような死体がなければ変です」

 ですが、とリヒトは言葉を続ける。

「大通りに転がっている死体の死因は食われたのではなく、凄まじい力で撲殺されたり指で肉を引き裂かれたことが原因と思われる死体が多い」

「でも、それなら魔物の仕業だったことも考えられるでしょう? それこそ魔物の中には人間以上の筋力や猛獣以上の爪を持った魔物もいるじゃない」

「確かにお嬢さまの言う通りです。しかし、どの死体に見られる傷も明らかに人間の拳や指で作られたものですね。俺にはわかります。ですが、だからこそわからない。このようなことが出来るのは普通の人間じゃありません」

 どういうことなの?

 人間の仕業なのに、人間の仕業とは思えないってこと?

「と、盗賊団とかの仕業でもないと?」

 おそるおそる訊いたのはメリダである。

「ああ、そうだ。略奪行為が目的の盗賊ならあんな殺し方はしない。素手で相手を殺すような非効率的なことをする必要なんてないからな」

 それはそうだ。

 人間には魔物や猛獣のような牙や爪はないが、それ以上の悪知恵を働く頭と武器がある。

 たとえ殺しが好きな盗賊団がいたとしても、武器を使わずに獲物を素手で殺すことなどしないだろう。

「じゃあ、この惨状は何が起こってこうなったの?」

「それを確かめましょう」

 そう言うとリヒトは、逃げ惑っていた1人の手を強引に掴んだ。

 40代ほどの口ひげの男性である。

「て、てめえ何しやがる! 離しやがれ!」

「訊きたいことがあるだけだ。手間は取らせない」

「馬鹿野郎! てめえはこの状況がわからねえのか! さっさと逃げないとヤバイんだよ!」

 口ひげの男性は力づくでリヒトの手を振り解こうとするが、リヒトの手は微動だにしない。

 圧倒的な腕力で掴んでいるからだ。

「痛ててててッ! 離せ、頼むから離してくれ!」

「俺の質問に答えてくれたらすぐに離す。だから教えてくれ。一体、何が起こっている?」

 神官たちだ、と口ひげの男性は叫んだ。

「山の麓にある神殿から神官たちが下りて来たんだ。それだけなら別に大したことじゃねえ。だが、今日の奴らの様子は異常だった。まるで魔物のような唸り声を上げて街の人間たちを襲い始めたんだ」

 まさか、と私は思った。

 同時にフタラ村を襲った野伏せりたちの姿が浮かんだ。

 魔力水晶石の影響で、異常状態に陥っていた野伏せりたちの姿がである。

「どうしてそんなことになった?」

 再びリヒトが問いただすが、口ひげの男性は「知らねえよ!」と頭を振った。

「だが、神官たちの様子が少しづつおかしくなったのは、王都で〈防国姫〉さまが交代されたという話が流れて来てからだ。それが関係しているのかはわからねえが、今朝がたに王都から魔力水晶石のメンテナンスに来た兵隊たちの姿が消えたってよ。たぶん、真っ先に神殿でやられたんじゃねえのか」

 もういいだろ、と口ひげの男性はリヒトに怒声を浴びせる。

「もういいわ、リヒト。解放してあげなさい」

 私が言うと、リヒトは大人しく従った。

 口ひげの男性の腕を掴んでいた手を離す。

 すると口ひげの男性は他の住人たちと同様、一目散に街の外へと逃げていく。

「お嬢さま」とリヒト。

「お師匠さま」とメリダ。

 2人の視線を受けた私は、大きく首を縦に振った。

「わかってる。きっと元凶は神殿にある魔力水晶石よ」

 国内に存在している魔力水晶石の暴走。

 この言葉が私の脳内によぎる。

 私の後釜として〈防国姫〉となったミーシャの力が不足していたのだろう。

 王宮にある主核の魔力水晶石に存分な魔力を充填させなければ、他の魔力水晶石にも魔力が行き渡らずに誤作動を起こしてしまう。

 人間の身体にたとえるなら、血の巡りが悪くなって病気になるのと一緒だ。

 こうなると対処療法などあまり役に立たない。

 根本から治療しないと人間の身体などすぐに死んでしまう。

 そして魔力水晶石に話を戻すと、おそらく今頃は国内中の魔力水晶石の近隣にある村や街ではこのオクタのような惨劇が起こっているかもしれない。

 もしもそうなっていた場合、その騒動を根本的に収める方法はたった1つ。

 王宮にある主核の魔力水晶石に、本来の〈防国姫〉たりえる人間の魔力を注ぎ込むこと。

 これしかない。

 などと考えた矢先、リヒトは真剣な顔で「お嬢さま」と声をかけてくる。

「まずはこのオクタの惨状の収拾に努めましょう。本来のお嬢さまの役目を果たすのはそのあとです。俺はお嬢さまのためならば、どこへでも付いていきますから」

「リヒト……」

 この私にはもったいないくらいの従者の青年は、すべてを察した上で満面の笑顔を浮かべている。

「わ、私もです!」

 と、メリダが挙手をする。

「え~と……お2人の話はよくわかりませんが、私もお師匠さまの行く場所ならどこへでも付いて行きます!」

「アオ~ンッ!」

 続いてアンバーも高らかに吼える。

 まるで自分もメリダと同意見だと言わんばかりに。

 私は大きくうなずいた。

「とりあえず、リヒトが言うようにまずはこの街を何とかしましょう」

 私は今いる場所から小さく見えている神殿へと顔を向けた。
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