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第一章 愚王と愚妹による婚約破棄
第五話 落ち込んでも現実は変わらない
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私は王宮から追い出されたあと、まずは王都の郊外にある実家へと帰った。
――そうそう、お父さまが言っていましたが、〈防国姫〉として必要なくなったお姉さまはフィンドラル家の面汚しなので実家に帰ってくるなとのことです。でも、優秀なお姉さまのことですから、どこにいってもきっと平気ですよ
などとミーシャに言われていたのだが、まさかそんなはずはないと思った。
確かに私はアントンさまから婚約を破棄され、〈防国姫〉の仕事をミーシャに奪われてしまったものの、これまでフィンドラル家の淑女として恥じない生き方をしてきたつもりだった。
フィンドラル家は稀少な防病魔法を使う〈防国姫〉が誕生する特別な家柄だったことで、昔から医術などの知識も多く蓄えていた。
それこそ実家の蔵書室には王宮内の蔵書室には劣るが、魔導書の他にも医術や病気に関する専門書が多く存在し、それを私は幼い頃から肉体の鍛錬の合間に勉強していた。
そんな私を当主である父上はよく褒めてくれたものだ。
事実、私が防病魔法を発現したときは大いに喜んでくれた。
正式に王宮から〈防国姫〉に選ばれたときもそうだ。
特に私は歴代の〈防国姫〉の中でも特に魔力が強いほうだったらしく、王宮魔導士の方々も「アメリアさまが〈防国姫〉になってくだされば、我がカスケード王国はどんな疫病からも守られる国になるでしょう」と喜んでくださった。
そして、それを聞いた父上も我がことのように喜んでくれた。
「アメリア、お前は我がフィンドラル家の誇りだ」
そう言って私を抱き締めてくれた父上のことは今でも忘れない。
あんな父上が私をフィンドラル家の面汚しなどと言うはずがなかった。
うん、きっとミーシャの聞き間違えだったんだわ。
私は自分にそう強く言い聞かせながら、フィンドラル家の正門へと辿り着いた。
しかし、そこで私はミーシャの言葉が現実だったことを知った。
「申し訳ありません、アメリアさま。旦那さまの申しつけで、アメリアさまが来ても敷地内に入れるなと言われているのです」
と、守衛隊長に告げられてしまったのだ。
それでも何とか父上にアメリアが来たと伝えて欲しいと頼んだが、守衛隊長も父上の命令には逆らえないので「本当に申し訳ありません」と泣きそうな顔で何度も謝られてしまった。
こうなると私もそれ以上は守衛隊長に強く言うことはできなかった。
仕方なく私はフィンドラル家から離れると、これまで幾度となく通った王都内の病院に向かった。
実家での暮らしがアテにできないのであれば、今までの知識を生かした職に就いて糊口をしのぐしかない。
私はもう〈防国姫〉ではなくなったが、幼少の頃から培った医術や病気の知識と医療施設で働いた経験がある。
そこで顔見知りだった病院で、薄給でもいいので雇ってもらおうと考えたのだ。
今はまだ秋口なのでよかったが、これから本格的な冬に入るとさすがに野宿暮らしはきつい。
ところが、病院で待ち受けていたのはさらなる絶望だった。
病院の院長――マーカスさんは私にこう言った。
「アメリアさま、実は王宮内からお達しが下されています。それは「王都内の医療施設においてアメリア・フィンドラルを雇用および匿うことをするべからず」というお達しです」
そんな馬鹿な、と私は思った。
「り、理由は? どうしてそのようなお達しが王宮から下されたのです?」
わかりません、と初老のマーカスさんは額の汗をハンカチで拭う。
「私どももこのお達しには困惑しているのです。アメリアさまはこれまで〈防国姫〉の使命を果たされながらも、王都内の医療施設に通って下さり私ども医療関係者の手伝いをしてくださった。〈防国姫〉という立場からお退きなされたそうですが、それでもアメリアさまの医術や病気の知識は我ら専門家以上でしたから、このお達しさえなければ王都中の医療施設から是非うちで働いて欲しいと引く手あまただったでしょう」
もちろん私もです、とマーカスさんはつぶやいた。
「本音を言えば、アメリアさまには是非ともうちの病院で働いていただきたい。治療や施術もそうですが、その豊富な知識は多くの患者のためになります」
「そんな……私の知識や医療の腕前なんてまだまだです」
「ご謙遜を。それに、アメリアさまのような逸材を各医療施設が欲しがっているのは間違いありません。肉体の怪我は〈回復〉の魔法や私たち医術者でも道具や薬があればある程度は治せますが、病気となると話は違います。あなたが発現した防病魔法こそ、神が与えた唯一無二の稀少な力です」
マーカスさんは興奮気味に話を続ける。
「そのことは人類の歴史が証明しています。たとえ過去に伝説と呼ばれたほどの大魔法使いや大賢者であろうとも、病気と老化だけは防ぎようがなかった。だが、あなたはそんな人間が防げない2つのうち1つを防げる力を持っている。あなたこそ神の化身……いや、まさに一国を守護する姫君――〈防国姫〉と呼ばれるに相応しい方です」
「買いかぶりすぎですよ、院長。それに私はもう〈防国姫〉ではありません。私の妹も同じく防病魔法の力に目覚めたのですから」
私はふとミーシャの顔を思い出した。
今頃はミーシャも結界部屋にこもり、この国を病気から守護するために魔力水晶石に魔力を流しているのだろう。
「それなのですが、にわかには信じられない話ですな。私の記憶が確かならば、防病魔法の力を発現するのは当代に1人か2人ぐらいのはずですが。まさか半年前に事故で亡くなられた先代の〈防国姫〉であったシャーロットさまとアメリアさま以外にも、妹君のミーシャさまにも防病魔法の力が発現するとは……」
それは私にもわからなかった。
だが、王宮魔導士の方々が認めたのなら本当にミーシャに防病魔法の力が発現したのだろう。
そこで私はふと我に返った。
ミーシャの防病魔法の力はともかく、今は私の今後のことだ。
〈防国姫〉でなくなったとはいえ、こんな私でもやれることはたくさんある。
「マーカス院長」
私はマーカスさんに頭を下げた。
「王宮からお達しがあったのはわかりました。それでも無理を承知でお願いいたします。どうか私をこの病院で雇ってくださいませんか?」
「……本当に申し訳ありません」
マーカスさんは私以上に深々と頭を下げてきた。
「王宮からのお達しは絶対です。もしも許可なくアメリアさまを雇っていることが判明しては、この病院はあっという間に閉鎖させられるでしょう。それは他の病院や小さな医療施設でも同じだと思います」
「そうですか……」
やはり無理か、と私は大きなため息を漏らした。
けれども、落ち込んでいても現実は変わらない。
今は落ち込むよりも何かしらの行動あるのみだ。
「アメリアさま。医療にかかわる者として、そしてあなたさまを雇えない悔しさの代わりに、私からあなたさまに助言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「助言?」
はい、とマーカスさんは言った。
「どこかの医療施設に属するのではなく、お1人で様々な患者がいる場所に出向いてその知識や技術を振ってみてはいかがでしょう?」
「それってつまり――」
マーカスさんは大きくうなずいた。
「〈放浪医師〉になるということです」
――そうそう、お父さまが言っていましたが、〈防国姫〉として必要なくなったお姉さまはフィンドラル家の面汚しなので実家に帰ってくるなとのことです。でも、優秀なお姉さまのことですから、どこにいってもきっと平気ですよ
などとミーシャに言われていたのだが、まさかそんなはずはないと思った。
確かに私はアントンさまから婚約を破棄され、〈防国姫〉の仕事をミーシャに奪われてしまったものの、これまでフィンドラル家の淑女として恥じない生き方をしてきたつもりだった。
フィンドラル家は稀少な防病魔法を使う〈防国姫〉が誕生する特別な家柄だったことで、昔から医術などの知識も多く蓄えていた。
それこそ実家の蔵書室には王宮内の蔵書室には劣るが、魔導書の他にも医術や病気に関する専門書が多く存在し、それを私は幼い頃から肉体の鍛錬の合間に勉強していた。
そんな私を当主である父上はよく褒めてくれたものだ。
事実、私が防病魔法を発現したときは大いに喜んでくれた。
正式に王宮から〈防国姫〉に選ばれたときもそうだ。
特に私は歴代の〈防国姫〉の中でも特に魔力が強いほうだったらしく、王宮魔導士の方々も「アメリアさまが〈防国姫〉になってくだされば、我がカスケード王国はどんな疫病からも守られる国になるでしょう」と喜んでくださった。
そして、それを聞いた父上も我がことのように喜んでくれた。
「アメリア、お前は我がフィンドラル家の誇りだ」
そう言って私を抱き締めてくれた父上のことは今でも忘れない。
あんな父上が私をフィンドラル家の面汚しなどと言うはずがなかった。
うん、きっとミーシャの聞き間違えだったんだわ。
私は自分にそう強く言い聞かせながら、フィンドラル家の正門へと辿り着いた。
しかし、そこで私はミーシャの言葉が現実だったことを知った。
「申し訳ありません、アメリアさま。旦那さまの申しつけで、アメリアさまが来ても敷地内に入れるなと言われているのです」
と、守衛隊長に告げられてしまったのだ。
それでも何とか父上にアメリアが来たと伝えて欲しいと頼んだが、守衛隊長も父上の命令には逆らえないので「本当に申し訳ありません」と泣きそうな顔で何度も謝られてしまった。
こうなると私もそれ以上は守衛隊長に強く言うことはできなかった。
仕方なく私はフィンドラル家から離れると、これまで幾度となく通った王都内の病院に向かった。
実家での暮らしがアテにできないのであれば、今までの知識を生かした職に就いて糊口をしのぐしかない。
私はもう〈防国姫〉ではなくなったが、幼少の頃から培った医術や病気の知識と医療施設で働いた経験がある。
そこで顔見知りだった病院で、薄給でもいいので雇ってもらおうと考えたのだ。
今はまだ秋口なのでよかったが、これから本格的な冬に入るとさすがに野宿暮らしはきつい。
ところが、病院で待ち受けていたのはさらなる絶望だった。
病院の院長――マーカスさんは私にこう言った。
「アメリアさま、実は王宮内からお達しが下されています。それは「王都内の医療施設においてアメリア・フィンドラルを雇用および匿うことをするべからず」というお達しです」
そんな馬鹿な、と私は思った。
「り、理由は? どうしてそのようなお達しが王宮から下されたのです?」
わかりません、と初老のマーカスさんは額の汗をハンカチで拭う。
「私どももこのお達しには困惑しているのです。アメリアさまはこれまで〈防国姫〉の使命を果たされながらも、王都内の医療施設に通って下さり私ども医療関係者の手伝いをしてくださった。〈防国姫〉という立場からお退きなされたそうですが、それでもアメリアさまの医術や病気の知識は我ら専門家以上でしたから、このお達しさえなければ王都中の医療施設から是非うちで働いて欲しいと引く手あまただったでしょう」
もちろん私もです、とマーカスさんはつぶやいた。
「本音を言えば、アメリアさまには是非ともうちの病院で働いていただきたい。治療や施術もそうですが、その豊富な知識は多くの患者のためになります」
「そんな……私の知識や医療の腕前なんてまだまだです」
「ご謙遜を。それに、アメリアさまのような逸材を各医療施設が欲しがっているのは間違いありません。肉体の怪我は〈回復〉の魔法や私たち医術者でも道具や薬があればある程度は治せますが、病気となると話は違います。あなたが発現した防病魔法こそ、神が与えた唯一無二の稀少な力です」
マーカスさんは興奮気味に話を続ける。
「そのことは人類の歴史が証明しています。たとえ過去に伝説と呼ばれたほどの大魔法使いや大賢者であろうとも、病気と老化だけは防ぎようがなかった。だが、あなたはそんな人間が防げない2つのうち1つを防げる力を持っている。あなたこそ神の化身……いや、まさに一国を守護する姫君――〈防国姫〉と呼ばれるに相応しい方です」
「買いかぶりすぎですよ、院長。それに私はもう〈防国姫〉ではありません。私の妹も同じく防病魔法の力に目覚めたのですから」
私はふとミーシャの顔を思い出した。
今頃はミーシャも結界部屋にこもり、この国を病気から守護するために魔力水晶石に魔力を流しているのだろう。
「それなのですが、にわかには信じられない話ですな。私の記憶が確かならば、防病魔法の力を発現するのは当代に1人か2人ぐらいのはずですが。まさか半年前に事故で亡くなられた先代の〈防国姫〉であったシャーロットさまとアメリアさま以外にも、妹君のミーシャさまにも防病魔法の力が発現するとは……」
それは私にもわからなかった。
だが、王宮魔導士の方々が認めたのなら本当にミーシャに防病魔法の力が発現したのだろう。
そこで私はふと我に返った。
ミーシャの防病魔法の力はともかく、今は私の今後のことだ。
〈防国姫〉でなくなったとはいえ、こんな私でもやれることはたくさんある。
「マーカス院長」
私はマーカスさんに頭を下げた。
「王宮からお達しがあったのはわかりました。それでも無理を承知でお願いいたします。どうか私をこの病院で雇ってくださいませんか?」
「……本当に申し訳ありません」
マーカスさんは私以上に深々と頭を下げてきた。
「王宮からのお達しは絶対です。もしも許可なくアメリアさまを雇っていることが判明しては、この病院はあっという間に閉鎖させられるでしょう。それは他の病院や小さな医療施設でも同じだと思います」
「そうですか……」
やはり無理か、と私は大きなため息を漏らした。
けれども、落ち込んでいても現実は変わらない。
今は落ち込むよりも何かしらの行動あるのみだ。
「アメリアさま。医療にかかわる者として、そしてあなたさまを雇えない悔しさの代わりに、私からあなたさまに助言させていただいてもよろしいでしょうか?」
「助言?」
はい、とマーカスさんは言った。
「どこかの医療施設に属するのではなく、お1人で様々な患者がいる場所に出向いてその知識や技術を振ってみてはいかがでしょう?」
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