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第25話
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ドゥルガーが放った矢で両方側の感情が異常に高ぶり、一気に集落の正面入り口は戦場と変わり果てた。
ピピカ族の戦士たちは砂色の頭巾を被った盗賊たちに矢を放ち、盗賊たちは盗賊たちで持参した木製の盾を掲げて防御する。
(さあ、楽しい宴の始まりだ)
矢を放った瞬間、固まっていた仲間の中に身を投じたドゥルガーは、滑車の力を利用して第二射の準備に取り掛かった。
滑車を後方に巻いて強力な張力を有している弦を引き、金属製の矢を溝の中に差し入れる。
「お前ら、一箇所に固まらずに散開しろ! 接近戦に持ち込むんだ!」
ドゥルガーの怒声が戦場に響き渡ると、部下たちは片手に盾を携えながら遠距離から攻撃してくるピピカ族の戦士たちに突進していく。
コンディグランドに住まう部族の主武器は弓矢か短剣しかない。
常に野生の獣相手に技量を磨いている弓矢の腕前には舌を巻くほどであるが、短剣の腕前はさほどでもない。
仕留めた獣の身体を切り分けるときぐらいしか短剣は使用しないからだ。
だからこそ恐れることはない。個々の技量ならば絶対にこちらの方が有利なのだから。
「行け、狙いは宝物庫だ! それと歯向かうものは女、子供だろうとも容赦はするな!」
味方に発破をかけたドゥルガーは瞬時にロング・クロスボウの照準を一人のピピカ族の戦士に合わせ、躊躇せずに引金を引いた。
固定する溝の部位から解き放たれた矢は、神速の速度で空中を走り抜けて狙った人間の右胸に突き刺さる。
戦闘部族とはいえやはりこの程度か。
ドゥルガーは滑車を巻いて弦を引きながら下卑た笑みを浮かべた。
これならば以前と違って制圧するのにさほど時間はかからないだろう。
ドゥルガーは首を柔軟に動かして周囲を見渡すと、部下たちは盾で矢を防ぎながら果敢に接近戦に持ち込んでいる光景が見えた。
相手が野生の獣相手に技量を磨いたように、〈フワンドの赤蠍〉を名乗る盗賊たちは屈強な騎士団崩れの護衛兵や傭兵などと幾度も対峙してきた。
それこそ、接近戦の腕前ならばピピカ族の戦士たちなど赤子の手を捻るように倒せる。
以前は頭数が揃っていない状態でも仕事が果たせると高を括り、少数でこの集落を襲撃したものの敢え無く敗退した。
さすがにそのときばかりは十人以下で襲撃をかけたことに後悔したが、いつまでも過去を引きずる人間に盗賊団の頭目は務まらない。
だからこそ今回は各地に散会させていたすべての仲間を呼び寄せ、それこそ完全な状態での〈フワンドの赤蠍〉で襲撃をかけた。
いくら相手が五十人から構成される戦闘民族だろうと負ける道理がない。
まさにそう思った直後のことであった。
戦場と化した集落にけたたましい雷鳴が轟いた。滅多に雨が降らないコンディグランドにもかかわらずである。
そしてドゥルガーは唖然となった。
雷鳴が轟いたと同時に、目の前にいた部下が糸の切れた人形のように崩れ落ちたのだ。
「何だ? 何だこれは!」
思わずドゥルガーは周囲を見渡しながら吼えた。
無理もない。
地面に倒れた屈強な体躯をした部下は、頭部から夥しいほどの鮮血を垂れ流して絶命していた。
砂色の頭巾が黒く変色するほどに。
だが、部下の頭部には矢が刺さった痕跡は見当たらない。
ならば部下は一体どんな武器で殺されたというのだろうか。
そう思案している間にも雷鳴は轟き続け、その度に部下の一人が痛烈な叫びを発して地面に倒れていく。
幸いにも何人かは生きていたが、それでも地獄の苦痛を味わっていることは明白だった。
その内の一人などは子供がだだをこねるようにのた打ち回っている。
やがて雷鳴が鳴り止んだとき、ゴンズが血相を変えてドゥルガーに近寄ってきた。
「お頭、あいつです! あいつが雷を降らしたに違いありません!」
最初、ドゥルガーはゴンズが何を言っているか理解できなかった。
しかし、ゴンズが指を差した場所を見てようやく意識が鮮明になり始めた。
見晴らしが利く住居の屋根に誰かが立っている。
距離はおよそ七十メーデほどか。漆黒の髪に不思議な衣装に身を包んだ男の姿が見えた。
しかもその男の手には棍棒が持たれている。
遠目からでははっきりと見えないが、男の周囲に漂っている黒煙と先ほどの雷鳴音は何か関係しているに違いない。
「そうか……ピピカ族の連中め傭兵を雇ったのか」
だとすると合点がいく。
連中の気が妙に高ぶっていたのは、外の世界から凄腕の傭兵を雇い入れたからだろう。
それでも腑に落ちないことはある。
雷鳴音を発する武器など今まで見たことも聞いたこともなかった。
一体、どこの国の人間だ。
などと考えている暇などはなかった。
不可解な武器で倒された仲間を見て、部下たちは一目散に逃げ始めたのだ。
「逃げるな、お前ら! 戦え! 戦うんだ!」
腹の底から怒声を張り上げてみても、今や頭目の指示を全うする人間は皆無だった。
いくら幾度の修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨の強者たちとはいえ、見えない武器で殺されるのは背筋を凍らせるほどの恐怖だったのだろう。
そうでなければ我先にと逃げ出すなどありえない。
「お頭、ここはひとまず撤退しましょう!」
腹心のゴンズでさえ相手の力量に戦慄し、ドゥルガーに戦場放棄を促してきた。
「くそっ、ならば奴だけでも――」
そう言うなりドゥルガーは、ロング・クロスボウの照準を約七十メーデ先にいる人間に合わせて引金を引いた。
せめて連中の要であろう傭兵を射殺しておく。
そうすれば連中も気概を大きく削ぐに違いない。
そう思いながらドゥルガーは、寸毫の狂いもなく標的に飛んでいく矢を一心に見つめていた。
だが、信じられない光景がドゥルガーの目に飛び込んできた。
何と件の人間はロング・クロスボウの矢を難なく回避したのだ。
「何だあいつは……本当に人間か?」
ドゥルガーが驚嘆するのも仕方なかった。
ロング・クロスボウの矢を生身の身体で回避する人間など今まで皆無だったからだ。
無論、距離など関係ない。
近距離だろうと遠距離だろうと自分が狙い定めた人間は確実に射抜いてきた。
ところがあいつは違う。
「ゴンズ! 何人かで俺の身を守れ! その隙に俺は何としてでも奴を射殺す!」
慌てて逃げ惑う部下の中にも、ドゥルガーに絶対的な忠誠を誓う腹心が何人かいる。
ゴンズもその一人であり、ドゥルガーの指示を受けて颯爽と集まってきた人間たちもそうであった。
あっという間に五人の人間に守られたドゥルガーは、慎重に滑車を巻いて弦を最大限に引き絞った。
そして溝の中に金属製の矢を装填させ、約七十メーデ先にいる人間に向かってロング・クロスボウを水平に構える。
(これで確実に仕留めてやる!)
先ほどよりも集中力を高めたドゥルガーは、今度こそ相手を射抜くという意志を籠めながら引金を引いた。
驚異的な張力で弾き飛ばされた金属製の矢は、身を屈めている標的に向かって飛んでいく。
これならば間違いなく当たる。心中でドゥルガーは拳を高く振り上げた。
その直後であった。
勝利を確信したドゥルガーの意識が漆黒の闇の中に急速に落ちていったのは――。
ピピカ族の戦士たちは砂色の頭巾を被った盗賊たちに矢を放ち、盗賊たちは盗賊たちで持参した木製の盾を掲げて防御する。
(さあ、楽しい宴の始まりだ)
矢を放った瞬間、固まっていた仲間の中に身を投じたドゥルガーは、滑車の力を利用して第二射の準備に取り掛かった。
滑車を後方に巻いて強力な張力を有している弦を引き、金属製の矢を溝の中に差し入れる。
「お前ら、一箇所に固まらずに散開しろ! 接近戦に持ち込むんだ!」
ドゥルガーの怒声が戦場に響き渡ると、部下たちは片手に盾を携えながら遠距離から攻撃してくるピピカ族の戦士たちに突進していく。
コンディグランドに住まう部族の主武器は弓矢か短剣しかない。
常に野生の獣相手に技量を磨いている弓矢の腕前には舌を巻くほどであるが、短剣の腕前はさほどでもない。
仕留めた獣の身体を切り分けるときぐらいしか短剣は使用しないからだ。
だからこそ恐れることはない。個々の技量ならば絶対にこちらの方が有利なのだから。
「行け、狙いは宝物庫だ! それと歯向かうものは女、子供だろうとも容赦はするな!」
味方に発破をかけたドゥルガーは瞬時にロング・クロスボウの照準を一人のピピカ族の戦士に合わせ、躊躇せずに引金を引いた。
固定する溝の部位から解き放たれた矢は、神速の速度で空中を走り抜けて狙った人間の右胸に突き刺さる。
戦闘部族とはいえやはりこの程度か。
ドゥルガーは滑車を巻いて弦を引きながら下卑た笑みを浮かべた。
これならば以前と違って制圧するのにさほど時間はかからないだろう。
ドゥルガーは首を柔軟に動かして周囲を見渡すと、部下たちは盾で矢を防ぎながら果敢に接近戦に持ち込んでいる光景が見えた。
相手が野生の獣相手に技量を磨いたように、〈フワンドの赤蠍〉を名乗る盗賊たちは屈強な騎士団崩れの護衛兵や傭兵などと幾度も対峙してきた。
それこそ、接近戦の腕前ならばピピカ族の戦士たちなど赤子の手を捻るように倒せる。
以前は頭数が揃っていない状態でも仕事が果たせると高を括り、少数でこの集落を襲撃したものの敢え無く敗退した。
さすがにそのときばかりは十人以下で襲撃をかけたことに後悔したが、いつまでも過去を引きずる人間に盗賊団の頭目は務まらない。
だからこそ今回は各地に散会させていたすべての仲間を呼び寄せ、それこそ完全な状態での〈フワンドの赤蠍〉で襲撃をかけた。
いくら相手が五十人から構成される戦闘民族だろうと負ける道理がない。
まさにそう思った直後のことであった。
戦場と化した集落にけたたましい雷鳴が轟いた。滅多に雨が降らないコンディグランドにもかかわらずである。
そしてドゥルガーは唖然となった。
雷鳴が轟いたと同時に、目の前にいた部下が糸の切れた人形のように崩れ落ちたのだ。
「何だ? 何だこれは!」
思わずドゥルガーは周囲を見渡しながら吼えた。
無理もない。
地面に倒れた屈強な体躯をした部下は、頭部から夥しいほどの鮮血を垂れ流して絶命していた。
砂色の頭巾が黒く変色するほどに。
だが、部下の頭部には矢が刺さった痕跡は見当たらない。
ならば部下は一体どんな武器で殺されたというのだろうか。
そう思案している間にも雷鳴は轟き続け、その度に部下の一人が痛烈な叫びを発して地面に倒れていく。
幸いにも何人かは生きていたが、それでも地獄の苦痛を味わっていることは明白だった。
その内の一人などは子供がだだをこねるようにのた打ち回っている。
やがて雷鳴が鳴り止んだとき、ゴンズが血相を変えてドゥルガーに近寄ってきた。
「お頭、あいつです! あいつが雷を降らしたに違いありません!」
最初、ドゥルガーはゴンズが何を言っているか理解できなかった。
しかし、ゴンズが指を差した場所を見てようやく意識が鮮明になり始めた。
見晴らしが利く住居の屋根に誰かが立っている。
距離はおよそ七十メーデほどか。漆黒の髪に不思議な衣装に身を包んだ男の姿が見えた。
しかもその男の手には棍棒が持たれている。
遠目からでははっきりと見えないが、男の周囲に漂っている黒煙と先ほどの雷鳴音は何か関係しているに違いない。
「そうか……ピピカ族の連中め傭兵を雇ったのか」
だとすると合点がいく。
連中の気が妙に高ぶっていたのは、外の世界から凄腕の傭兵を雇い入れたからだろう。
それでも腑に落ちないことはある。
雷鳴音を発する武器など今まで見たことも聞いたこともなかった。
一体、どこの国の人間だ。
などと考えている暇などはなかった。
不可解な武器で倒された仲間を見て、部下たちは一目散に逃げ始めたのだ。
「逃げるな、お前ら! 戦え! 戦うんだ!」
腹の底から怒声を張り上げてみても、今や頭目の指示を全うする人間は皆無だった。
いくら幾度の修羅場を潜り抜けてきた百戦錬磨の強者たちとはいえ、見えない武器で殺されるのは背筋を凍らせるほどの恐怖だったのだろう。
そうでなければ我先にと逃げ出すなどありえない。
「お頭、ここはひとまず撤退しましょう!」
腹心のゴンズでさえ相手の力量に戦慄し、ドゥルガーに戦場放棄を促してきた。
「くそっ、ならば奴だけでも――」
そう言うなりドゥルガーは、ロング・クロスボウの照準を約七十メーデ先にいる人間に合わせて引金を引いた。
せめて連中の要であろう傭兵を射殺しておく。
そうすれば連中も気概を大きく削ぐに違いない。
そう思いながらドゥルガーは、寸毫の狂いもなく標的に飛んでいく矢を一心に見つめていた。
だが、信じられない光景がドゥルガーの目に飛び込んできた。
何と件の人間はロング・クロスボウの矢を難なく回避したのだ。
「何だあいつは……本当に人間か?」
ドゥルガーが驚嘆するのも仕方なかった。
ロング・クロスボウの矢を生身の身体で回避する人間など今まで皆無だったからだ。
無論、距離など関係ない。
近距離だろうと遠距離だろうと自分が狙い定めた人間は確実に射抜いてきた。
ところがあいつは違う。
「ゴンズ! 何人かで俺の身を守れ! その隙に俺は何としてでも奴を射殺す!」
慌てて逃げ惑う部下の中にも、ドゥルガーに絶対的な忠誠を誓う腹心が何人かいる。
ゴンズもその一人であり、ドゥルガーの指示を受けて颯爽と集まってきた人間たちもそうであった。
あっという間に五人の人間に守られたドゥルガーは、慎重に滑車を巻いて弦を最大限に引き絞った。
そして溝の中に金属製の矢を装填させ、約七十メーデ先にいる人間に向かってロング・クロスボウを水平に構える。
(これで確実に仕留めてやる!)
先ほどよりも集中力を高めたドゥルガーは、今度こそ相手を射抜くという意志を籠めながら引金を引いた。
驚異的な張力で弾き飛ばされた金属製の矢は、身を屈めている標的に向かって飛んでいく。
これならば間違いなく当たる。心中でドゥルガーは拳を高く振り上げた。
その直後であった。
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