いえ、人違いです。

hina

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食堂に着くまでも、会長には学年関係なしにひっきりなしに声がかかる。
多くは朝の挨拶だけど、会長のお供がいつもと違う僕とノアな事にそれとなく触れてくる人もいた。

「俺の大切な人だ。手は出すなよ」

……何の牽制なんだろう。
僕の肩を抱き寄せて、髪にキスをする。朝からスキンシップ過多だ。この男は時刻なんて関係ないのか。


「やめて下さいー!」
腕を振り上げて会長の腕の中から出ようとする。でも肩を抱く手は離れなかった。

「会長……!」
「皆に知らしめなければならないからな。ユーリは俺の特別だってことを」
「そんなことしなくていいです!」

拒んでも拒んでも僕のパーソナルスペースに侵入してこようとする熱に疲れを感じて、寮の食堂の片隅で僕は肩を落とした。







「朝から疲れているようだけど、どうした」
「わかります? わかってくれます?」
会長の目を盗んで先に登校し、畑の水やりに来た僕はエニティ先輩の言葉に目を潤ませた。
「どことなく草臥れてるからな。顔色も悪いし」
「え、そんな出てます?」
首を傾げるとエニティ先輩は笑った。
「深刻ではなさそうだな」
「いや……それが深刻なんですよ。諦めない男に好かれて……というか目をつけられて、というか、巡り逢ってしまって」
再び巡り逢ってしまいました……。
一回の失態がその後の人生(?)を決定付けるなんて、迂闊な自分を呪いたい。


「セークくんは異性愛者?」
「え……いや、性別にこだわりはありませんが……」
「なら、それが障害ってわけじゃないんだね。人に好かれるのは面倒、とか?」
「いえ、そういうわけでもないんですが……ただ相手が問題で」
因縁の相手だとは話せないんだけど……。
「うん」
「苦手なんです。その人のこと……本能的な恐怖というか」
「恐怖?」
「オーラが怖い……?」
でも直に話している時は柔らかい雰囲気だったな。だからと言って好きにはならないけれども!
問題はオーラだけではないのだ。

「苦手な相手が諦めてくれないんだ。それは厄介だね」
「そうなんです! まだ二日目なんですけどね。アプローチを受け始めてから。でもしつこいし……」
「相手が熱しやすくて冷めやすいタイプだったらいいね」
「それはどうでしょう……」
だったらいいけど、なさそうである。前世も今世も執念深い性格そうだ。

「俺で良ければ、これからも相談に乗るよ。困ったことがあれば話してくれ」
「先輩……!」

こうして俺はエニティ先輩に癒しの時間を与えてもらえる事になったのである。







「よしよし。いい子いい子」
「ルネ~~」
畑の水まきが終わった後、校舎の入り口で待ち構えていた会長に捕まり、エニティ先輩が微妙な顔をして俺を気遣いながらも三年の教室に行ってしまい、会長と二人だけになって、僕もさっさと自分の教室に入る事にした朝の一幕。
流石の会長も教室の扉までしか着いてこなかったので、一安心する。
会長と僕の噂はもう広まりきっているようで、ルネとケネスの耳にももう入っているようだった。
「よりによって自分の苦手な相手に一目惚れされるなんてユーリはよっぽどだな。前世で何かしたんじゃないか?」
僕はされていた方です……。
なんだろう。その理論でいくと、会長は善行をしたのか? どんな善行なのだ、それは……。

「さあ、覚えがないなあ……」

あれか、魔王に負けて世界を魔王の支配下に置いてしまったことかな……なら、その魔王が恵まれまくってるのはなぜなんだ。


「あー。へこむよー」
「ケネス。ユーリは落ち込んでるんだよ。あんまり追い討ちかけるような事は言わない!」
「あの生徒会長に好意を寄せられるなんて、ユーリは凄いよな」
「嬉しくない」
「ごめんごめん。真剣に悩んでるんだよな」
ルネに続き、ケネスにも頭を撫でられる。みんなの優しさに触れて、胸がいっぱいになる。

「許す」
「どうも。ユーリは会長とどうなりたいんだ?」
「出来れば他人のままで居たい」

その言葉にルネとケネスは顔を見合わせて、お互いに首を振っている。
なんだろう。変なこと言ったかな?
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