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『君に会いたい
また二人でふざけ合おう
僕は不器用で君を困らせてばかりいたけれど……』
低く優しい声が歌い上げるスローバラードは、僕の胸を打った。
自室のベッドに寝転がりながら小型端末をいじり、動画サイトで偶然再生したのは、ここ最近世間の話題をさらっているシンガーソングライター湊の曲だった。
海辺で歌う彼の映像と切なさを感じさせるピアノの音が、心を揺さぶる。
僕は二十歳だという美しいアルファの彼が歌う姿を、画面の中を、じっと見つめた。
艶のある黒髪、切長の茶色の瞳。高くすっとした鼻に薄めの形の良い唇。身長も百八十七と高くてバランスのとれた身体つきをしている。
モデルでもこなせてしまうかもしれない。
彼を見ていたその刹那。
どくん、と鼓動が跳ねた。
下腹部がきゅっと締まり、熱い吐息が漏れる。
「はっ……はぁ……抑制剤……」
目が潤み、涙の膜が張ったように視界がぼやける。
そして僕は、初めての発情期を迎えた。
柊木律、オメガで十六歳の高校一年生。
それが僕。
両親は自然豊かな地方の街でペンションを経営していて、僕も学校が終わればその手伝いをしていた。
この間、初めての発情期がきたけれど、その時はペンションのすぐ近くに建つ自宅の発情期用の部屋にこもった。
両親は二人とも男性で、父はアルファ、母がオメガなのだ。
母は発情期が規則的なので、ペンションを休みにする期間は前もって決められている。
その母と発情期が重なることもなくて、僕は無事に発情期を過ごすことが出来た。
いや……色々消耗はしたけれど……。
それは八月初旬のこと。暑い夏はまだまだ終わりそうになかった。
◇
……俺には前世の記憶がある。
中世の欧州のような世界のある国で騎士をしていた。
今世と同じ男性アルファとして生をうけ、仲の良い男性オメガの番もいた。
俺は彼にもう一度会いたい。
もう一度始めたい。
恋心は俺の中で大きく育っていくが、前世の記憶を持つ人を探すのは難しく、俺と同じようにこの世界に前世の番が転生しているのかもあやしく、何の手がかりも掴めないまま虚しく時だけが過ぎる。
俺は本名の湊という名でシンガーソングライターとして活動している。
歌うのは、前世の番のことばかり。
どこにいるのか、そもそもいるんだろうか。
前世の記憶は持っているのだろうか。
俺とまた出逢って番になろう。
そう伝えたい。
でも……。
無理があるのかもしれないという思いに蓋をして、それでもどこかに必ず番がいると信じて、俺は今日も歌う。
また二人でふざけ合おう
僕は不器用で君を困らせてばかりいたけれど……』
低く優しい声が歌い上げるスローバラードは、僕の胸を打った。
自室のベッドに寝転がりながら小型端末をいじり、動画サイトで偶然再生したのは、ここ最近世間の話題をさらっているシンガーソングライター湊の曲だった。
海辺で歌う彼の映像と切なさを感じさせるピアノの音が、心を揺さぶる。
僕は二十歳だという美しいアルファの彼が歌う姿を、画面の中を、じっと見つめた。
艶のある黒髪、切長の茶色の瞳。高くすっとした鼻に薄めの形の良い唇。身長も百八十七と高くてバランスのとれた身体つきをしている。
モデルでもこなせてしまうかもしれない。
彼を見ていたその刹那。
どくん、と鼓動が跳ねた。
下腹部がきゅっと締まり、熱い吐息が漏れる。
「はっ……はぁ……抑制剤……」
目が潤み、涙の膜が張ったように視界がぼやける。
そして僕は、初めての発情期を迎えた。
柊木律、オメガで十六歳の高校一年生。
それが僕。
両親は自然豊かな地方の街でペンションを経営していて、僕も学校が終わればその手伝いをしていた。
この間、初めての発情期がきたけれど、その時はペンションのすぐ近くに建つ自宅の発情期用の部屋にこもった。
両親は二人とも男性で、父はアルファ、母がオメガなのだ。
母は発情期が規則的なので、ペンションを休みにする期間は前もって決められている。
その母と発情期が重なることもなくて、僕は無事に発情期を過ごすことが出来た。
いや……色々消耗はしたけれど……。
それは八月初旬のこと。暑い夏はまだまだ終わりそうになかった。
◇
……俺には前世の記憶がある。
中世の欧州のような世界のある国で騎士をしていた。
今世と同じ男性アルファとして生をうけ、仲の良い男性オメガの番もいた。
俺は彼にもう一度会いたい。
もう一度始めたい。
恋心は俺の中で大きく育っていくが、前世の記憶を持つ人を探すのは難しく、俺と同じようにこの世界に前世の番が転生しているのかもあやしく、何の手がかりも掴めないまま虚しく時だけが過ぎる。
俺は本名の湊という名でシンガーソングライターとして活動している。
歌うのは、前世の番のことばかり。
どこにいるのか、そもそもいるんだろうか。
前世の記憶は持っているのだろうか。
俺とまた出逢って番になろう。
そう伝えたい。
でも……。
無理があるのかもしれないという思いに蓋をして、それでもどこかに必ず番がいると信じて、俺は今日も歌う。
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