その魔道師危険につき……

NEO

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お気軽魔道師

ジュル・エハラスト6

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 とはいえ、姿形や考え方などは人間そのもので、その特有の形をした耳を見なければ全く気が付かないだろう。
 あたし自身、今までかなり世界中を見て回って来たが、それでも、ハーフ・エルフを見かけたのほんの1、2回程度しかない。
 ともあれ、これで彼が常識はずれに長生きしている理由が分かった。
 というのも、ハーフ・エルフはさすがにエルフの血が流れているだけの事はあって、人間と比較するとその寿命は桁違いに長く、軽く数百年から千数百年は生きてしまうらしいのだ。
 もっとも、かつては『不老不死』とまで言われ、ドラゴン以外の他種族を圧倒する長寿を誇るという純粋なエルフ族にはちと及ばないようだが、それにしても、驚異的に長生きすることに変わりはない。
「あはは、ハーフ・エルフですか……。うーん、あなたは人間ですし、そう思ってしまうのは当然かも知れませんが、僕はこれでも純エルフなんですよ」
 と、なんとも言えない複雑な表情で、カリムはそう言って頭を掻いた。
「うげっ。じゅ、純エルフ!?」
 今までの人生において、恐らく初めてではないかと思うほどの極めて強烈な衝撃を受け、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 ……純エルフ。つまり、混じりけなしの純粋なエルフ族である。
 本来は、『エルフ』と言われればこちらを思い浮かべるべきなのだろうが、なにしろ、彼らは極めて少数である上に、世界各地にある森林地帯などの奥地に引きこもっているため、人間がその姿を見る事は極めて稀……というか、ほとんど不可能である。
 それ故に、人間にとって『エルフ』といえばハーフ・エルフの事だと思うのが普通で、素直に純エルフだと思う者はまずいないだろう。
 ご他言に漏れず、このあたしもその一人で、よもやカリムが純エルフだとは、端から思っても見なかったというわけだ。
 とまあ、言い訳はこのぐらいにして、カリムが純エルフだとすると、人間であるあたしに対して、次に起こす行動は……。
 と、次に起こるであろう、あたしにとってはあまり望ましくない展開を察し、思わずその場から3歩ほど後じさりつつ、いつでも魔術が使えるように心構えを整えた。
「あっ、ご安心ください。純エルフと言っても僕はかなり変わり者ですから、人間に対する無意味な敵愾心というものは一切ありませんから」
 しかし、あたしの予想は完全に覆され、カリムはそう言って笑い声を上げた。
「……そ、そうなの?」
 彼の言う事がどうにも信用できず、あたしは警戒を解かないまま、とりあえずそう聞き返した。
 前にも少し述べたと思うが、エルフと人間はかなり仲が悪い。
 まずあり得る話ではないが、運悪くエルフと人間がどこかでバッタリ遭遇してしまったらどうなるか、その後の展開は容易に察しが付く。
 もし、『特に理由はないが、とにかくエルフなんざクソ食らえ』という、そこらによくいるタイプだった場合は無論の事、彼らと無意味に事を構えるつもりは無いという少数派の人間だった場合でも、ほぼ確実に戦闘状態になるだろう。
 なぜなら、前者はともかく、例え後者の場合であっても、エルフにとっては『忌まわしき人間ども』である事に変わりはないからだ。
 ちなみに、あたしは少数派である後者の一人なのだが、ちゃんと人並みに自己防衛本能を持ち合わせている。
 だから、どんなに不本意ではあっても、混じりけ無しの殺意をむき出しで掛かってくるような相手に、『話せば分かる』などと悠長な対応をするつもりはない。
 そんなわけで、望む望まないに関わらず、ここでカリムと一悶着ある事は確実と、身構えていたのだが……。
「おや、信じて頂けないようですね。ですが、少し考えてみてください。もし、僕にその気があるなら、問答無用で仕掛けると思うのですが」
 あたしの心中を察したらしく、カリムが苦笑混じりにそう言って来た。
「……ふぅ、分かった。とりあえず、今はそれを信じましょう。ただし、もし何か妙な事をしたら、その時はあたしも容赦しないからね」
 カリムを見つめつつ、しばしの間考えてから、あたしはため息混じりにそう言った。
 とはいえ、あたしは彼の事を完全に信用したわけではない。
 しかし、彼の様子を見る限り、少なくとも、今すぐ何か仕掛けるつもりはなさそうだし、なにより、こんな場所で延々と不毛な言い争いをするというのは、どう考えても得策ではないだろう。
 まあ、このまま本当に彼が何もしてこないなら、それでよし。反対に、もし何かあったら、その時はあらん限りの『火力』で対抗するのみである。
「あはは、それはお互い様ですね。僕の方も、いざとなったら手加減はしませんよ。念のために申し上げておきますが、エルフ族を怒らせるとネチネチしつこいですからね」
 と、冗談のような口調で、カリムがそう答えてきた。
 ……そういや、さすがに寿命が桁違いに長いだけの事はあって、エルフの時間感覚は人間のそれと大きく異なるって、何かの本で読んだ事があるわね。
 そのせいで、数十年ぐらい前の事でも、エルフにしてみれば『つい最近』の話で、彼らを怒らせると、その禍根は親、子、孫と三世代ぐらいに渡って引きずられるらしい。
 まあ、あたしはエルフを怒らせた経験はないし、もちろん今後もその予定はないので、この真偽は確認しようがないが、ともあれ、よほどの事情と覚悟がない限り、エルフには手を出すべきではない事は確かだろう。
「さて、それはともかく、まずはあなた以外の皆さんについてお話しましょう。
 エリナ様とあなた以外は、全員僕が地上に『転移』しておきました。
 本来なら、一緒にお送りすべきだったとは思いますが、なにぶん、ここで一人きりという生活は退屈なものでして……。手前勝手な事と承知でアリス様の血筋であるあなたを、ここにお呼びさせていだたきました」
 と、そう言って、カリムは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
 まあ、こんな場所に数百年も独りぼっちで放り出されたら、いかなエルフとはいえ、確かに退屈……どころか、気が狂ってもおかしくないだろう。
 そんな時に、どうやら旧知の仲らしいエリナの顔を見たら、思わず『お呼び』したくなるのも無理はない。
 しかし……。
「なるほどね。とりあえず、みんなの事については感謝するわ。……だけど、なぜあたしをここに呼んだの?
 いくら『アリスの血筋』とは言っても、あたしにしてみればよく分からない『昔の人』だし、あんまり関係ないと思うんだけど……」
 あたしがそう問いかけると、カリムはなぜか一瞬だけ困ったような表情を浮かべ、そして、真顔でこちらを見つめた。
「それは……」
『解説しよう。そこのカリムが、あたしのみならずマールまでここに呼び寄せたのは、単に寂しさを紛らせたかっただけでなく、この『大結界』に異変が起きているからなのだ!!』
 と、カリムの声を遮って、どこからか聞こえてきた聞き覚えのありすぎる大声に、あたしは思わずハッとしてしまった。
「なっ。あんた、逃げたんじゃなかったの!?」
「え、エリナ様!?」
 あたしはもちろん、どうやらこれはカリムにとっても予想外の展開だったらしく、二人ともほぼ同時に驚きの声を上げた。
「だ~れが逃げたって?」
「どぇあぁぁぁ!?」
 いきなり背後から聞こえてきたエリナの声に、あたしは正体不明の叫び声を上げつつ、思いっきりその場で飛び上がってしまった。
「お、脅かすんじゃないわよ!!」
 着地と同時にバッと背後を振り向きつつ、あたしは思い切りそう怒鳴った。
「あら、これって今魔道院で大ブレイク中の挨拶よ。知らなかったの?」
 と、いつの間にかそこに『出現』していたエリナが、シレッとした顔でそう返してくる。
 ……そ、そういや、前にマリアも同じ事を言っていたような。
 もしかして、本当にこんな暗殺者まがいの挨拶が流行ってるのか。
 だとしたら、死ぬほど迷惑だぞ。この腐れ魔道院め!!
「ま、まあ、なにはともあれ、エリナ様が戻って来てくださった事ですし、ここはよしとして……」
『良くない!!』
 少しおどおどした様子で割り込んできたカリムに、あたしと、そしてなぜかエリナまでもが異口同音に発した怒声が突き刺さった。
「ち、ちょっと、なんであんたまで……」
 思わずエリナにツッコミを入れかけてしまったあたしだったが、しかし、彼女は黙って手を挙げて『止めろ』と無言のままに伝えてきた。
 その何とも言えぬ迫力に、あたしが思わず言葉を飲み込んでしまうと、その間に、エリナはキッとカリムを睨み付けた。
「あんたねぇ。いくら『手順』とはいえいきなりあたしの背後を取った挙げ句、混じりけ無しの殺気ぶつけてくるなんざいい度胸してるじゃないの。もしかして、もっかい素っ裸で晒されたいわけ。ああっ!?」
 と、実にドスが利いた声でそう言って、エリナはズイッと顔をカリムに近づけた。
 ……な、なんか、もの凄いメンチ切ってるわね。
 さ、さすが、金貸し屋で取り当てのバイト(確信)してるだけの事はある。
 などと、思わず関心してしまっているうちにも、カリムの顔色は、青から白へとめまぐるしくその色彩を転じていった。
「も、もももも、申し訳ありませんでした!!」
 そして、ついにエリナの凄みに耐えられなくなったらしく、ついにカリムは大泣きしながら土下座したのだった。……が。
「おい、兄ちゃん。ゴメンで済んだら、警備隊は要らないんだよ」
 と、なんかどこかで聞いたようなセリフを吐き捨てつつ、エリナは土下座しまくっているカリムの背に右足を乗せ、そのままグリグリとこじり始めた。
 ……うわっ、エリナさんったら、あたしもそこまでは滅多にやらないぞ。
 でも、なんか妙にハマッてるわね。
 って、暢気に関心してる場合じゃないわね。
 エリナのやつ、このまま放っておくと、どこまでもダークサイドに墜ちていきそうだし、ここらで正気に戻すか。
「……必殺、打算と馴れ合いの女の友情アタック!!」
 ゴキィィィン!!
 咄嗟に思いついた正体不明なあたしの声と、澄み渡った金属音が周囲に響き渡る。
「うぐっ!?」
 そして、苦悶のうめき声と共に、床に力無く伸びたのは、他ならぬカリムさんだった。
 その彼の後頭部には、あたしが力一杯突き出したサマナーズ・ロッドの先端が食い込んでいる。
「フッ、死して屍拾う者無し」
 と、タイミング良くどこからか吹いてきた風に前髪を嬲らせながら、あたしは誰とも無くそうつぶやいた。
「……あ、あのさぁ、格好付けてるところ悪いんだけど、ミスは素直に認めた方が好感度高めよ」
 ……むっ。
「な、なによ。人がせっかく勝利の余韻とか虚しさを噛みしめている時に!!」
 背筋に流れる冷や汗らしきものは無理矢理気にしないことにして、あたしは無粋なツッコミを入れてくれたエリナに反論した。
 そ、そりゃあ、実はエリナを狙っていたけど、ちっとだけ手元が狂ったという些細なミスがあったような気がするが、何事にも予想外のトラブルは付きものである。
 それに、世の中には『終わりよければ全てよし』という言葉がある。
 途中の経過はどうあれ、最終的に『エリナを正気に戻す』という目標を達成できたのだから、どこからも文句を言われる筋合いはない!!
「ふーん。じゃあ、あたしが彼にフォローする必要はないわけね。念のために確認しておくけど、彼が純エルフ族だっていうのは、もう知っているわよね?」
 ……それからきっかり3秒後。あたしはその場に土下座までして、エリナにフォローを要請した事は言うまでもない。
「はいはい、最初から素直にそうすればいいのよ。……だけど、あたしの目から見ても、これはかなり重傷よ。もしかしたら、すでに逝っちゃってるかも?」
「そ、それは……」
 エリナの本気と冗談をブレンドしたような声に、あたしは咄嗟になにも言い返せなかった。
 カリムの後頭部にめり込んでいたサマナーズ・ロッドはすでに除去済みだが、それでも、どこに当たったかすぐ分かるほど、くっきりとその跡が残されている。
 そして、もちろん、彼はピクリとも動かない……。
 エリナではないが、控えめに言っても、これはかなりの重傷だろう。
 ……マズイ。もし、本当に『最悪の事態』になっていたら、あたしはエルフ族全員を敵に回す事になる。
 いや、これは決して大げさな話ではない。
 なにしろ、彼らは『個』に対する攻撃でも、種族全体に対する攻撃だと認識し、一丸となって報復措置に出るのだ。
 いくらエルフが少数派種族だと言っても、その数は10や100という単位ではあるまい。
 そんな大人数。しかも、魔法すら使う種族を相手に、あたし一人でどう立ち向かえというのだろうか。
 ……よし、こうなったら。
「猛り狂う炎よ。我が前に……」
「うらぁ、ヤメんかい!!」
 ゴッ!!
 己の身を守るため、何の躊躇いもなく炎系最強の攻撃魔術を放とうとしたあたしだったが、エリナの激しいツッコミにより、それを中断せざるを得なかった。
「いったいわね。なにも、グーで殴る事はないでしょうが。グーで!!」
 痛む頬をさすりつつ、エリナに文句をつけたあたしだったが、しかし、彼女にギロリと睨まれ、思わず3歩ほど後じさってしまった。
「あんたねぇ……。『証拠隠滅』を謀る前に、全力で治療を試みるのが人の道だと思うけど」
 と、低く抑えたエリナの声に、一瞬ひるみかけてしまったあたしだったが、しかし、何とか気を取り直し、彼女を逆に睨み付けてやった。
「……なにを甘い事を言ってるのよ。いい、相手は純エルフなのよ。どうにかこうにか治療に成功したとしても、『ゴメン』って謝って済む相手じゃないわ。となれば、いっそ全てを無に返すしかないでしょうが!!」
「だから、勝手に無かった事にするなってば。……あのねぇ、純エルフってのは、あんたが考えてるほどヤワじゃないのよ」
 と、そう言って、エリナは小声でなにやらつぶやいた。
 すると、床に倒れたまま動かないカリムの体を淡い光が覆ったかと思うと、彼の後頭部に残された傷跡が、見る間に消えていく。
「……んあ。あっ、エリナ様じゃないですか。おはようございます」
 そして、傷が跡形もなく消え去ったその瞬間、少し寝ぼけたような声でそう言って、カリムは、何事もなかったかのように、その場に立ち上がったのだった。
「ねっ。この程度の怪我なら、すぐに治療してやればどうって事はないのよ」
 心なしか得意げな口調でそう言って、エリナはニヤッと笑みを浮かべた。
「そ、そうなんだ……」
 カリムのあまりのタフさに、半ば唖然としてしまいつつ、あたしはエリナにそう返した。
 この程度の怪我……。あたしの見間違いじゃなければ、カリムは、後頭部の形が変わる程の思い切り重傷……いや、致命傷としか思えない深手を負っていたような気がするんですけど。
「えっ、誰かお怪我されたのですか?」
 一人状況が飲み込めていないらしいカリムが、不思議そうな様子でそう問いかけてきた。
「えっと……」
「あっ、大したことじゃないわよ。気にしないで」
 思わず返答に困ってしまったあたしだったが、タイミング良くエリナが助け船を出してくれた。
「そうですか。分かりました」
 一瞬怪訝な表情を浮かべたカリムだったが、しかし、どうやら納得してくれたようで、すぐにそう言ってきた。
 ……ふぅ、エリナのお陰で、なんとかなったわね。
 もっとも、さっきから彼女が『貸し1つよ』と目で伝えてきているので、素直に謝意を捧げる気にはなれないけどさ。
「まっ、そんな事はどうでもいいとして、わざわざあたしたちだけ呼び寄せたぐらいだから、よっぽど急ぎの事態なんだろうしさっさと本題に入りましょう」
 と、エリナが促すと、カリムはコクリとうなずいた。
 ……そういや、さっきエリナが『大結界』とやらに異変があるなんて言っていたわね。
「あっ。はい、そうでした。それでは、早速お話しさせて頂きます」
 そう前置きしてから、カリムはあたしには得体の知れない話を始めたのだった。
 ……今更どうでもいいけど、あたしがサマナーズ・ロッドを振るうきっかけになった、エリナとのいざこざは、当事者二人ともすっかり忘れているみたいね。
 もちろん、あたしにしてみればその方が都合がいいんだけど。
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