上 下
52 / 60

第四章 ~『聞こえてきた二人の会話』~

しおりを挟む

 アレックスが去り、ようやくティアラと話せると、医務室の扉に手をかけたとき、部屋の中から話し声が聞こえてきた。

(誰と話していますの?)

 邪魔をしては悪いと、部屋に入るのを躊躇していると、聴いたことのない男性の声が耳に届く。

「レイン王子がお見舞いに来てくれるとは思いませんでした」
「兄さんに頼まれてな」
「アレックス王子にですか?」
「長い付き合いだから、見舞いくらいしてやれとな。私は気の回らない男だからな。いつも兄さんに助けられている」

 部屋の中にいたのはレインだった。舞踏会では会えなかった彼を一目見たいと、マリアは興味が惹かれる。

(私が結婚するかもしれない相手ですもの)

 姿絵では醜いと知っていても、実物を見れば印象が変わることは十分に起こりうる。

(でもティアラの邪魔をするのも悪いですわね)

 先ほど、ティアラがレインを愛していると聞かされたばかりだ。二人の空間に割り込んでいく勇気が持てなかった。

「レイン王子は私が傷物になったことをどう思われますか?」
「どうとは?」
「私を嫁に貰ってくれる殿方はもういないかもしれない。そうは思いませんか?」
「心配しなくても、君は十分に魅力的だ」
「でしたら、私と婚姻を結んでください!」

 告白に等しい要求だった。だがレインからの返答はない。静寂に耐えきれなかったのか、ティアラは言葉を続ける。

「レイン王子との婚姻なら父上も納得します。それに公爵令嬢と第三王子、お互いの立場も近く、悪くない提案だと思うのです」
「だが、それでも駄目だ。私は君と結婚することはできない」

 きっぱりとレインは告白を断る。彼が断わったのは、マリアに婚約を申し込んでいたこともあるが、それ以上にアレックスの存在が大きかった。

 兄の好きな女性を奪うわけにはいかない。そんな想いから拒絶したのだが、ティアラは思い込みに囚われたように別の結論に辿り着く。

「もっと不幸にならないと駄目なのですか?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。あなたは不幸な人が好きなのでしょう。私が苦しんでいる時はあんなに優しくしてくれたのに、救った後は手の平を返したように冷たくなりましたから」
「あ、あれは……」
「そして何より、不幸な境遇から救うため、愛情もないのにマリアと婚約しようとしていますよね。これこそが、先ほどの言葉の意味です」

 ティアラはレインが不幸な女性にだけ優しくしていると誤解していた。だがその誤解を解く術がなく、レインは黙り込むことしかできない。

「私、もっと不幸になりますから。だからレイン王子。私と婚姻を――」
「いい加減にしてくれ。君がどうなろうと、私が結婚することはない!」
「レイン王子!」

 ティアラは縋るような声で呼びかけるが、重ねるようにレインは怒声を返す。まごうことなき修羅場である。

(このまま盗み聞きしているのはマズイですわ)

 マリアはティアラと会うことを諦め、医務室を走り去る。しかし収穫はあった。罪悪感を覚えながらも、一つの可能性が頭に浮かんだのだ。

(ティアラを傷つけた人間はまさか……)

 確信めいた直観を頼りに渡り廊下を駆ける。すべてのピースが頭の中で繋がった瞬間だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

男装の公爵令嬢ドレスを着る

おみなしづき
恋愛
父親は、公爵で騎士団長。 双子の兄も父親の騎士団に所属した。 そんな家族の末っ子として産まれたアデルが、幼い頃から騎士を目指すのは自然な事だった。 男装をして、口調も父や兄達と同じく男勝り。 けれど、そんな彼女でも婚約者がいた。 「アデル……ローマン殿下に婚約を破棄された。どうしてだ?」 「ローマン殿下には心に決めた方がいるからです」 父も兄達も殺気立ったけれど、アデルはローマンに全く未練はなかった。 すると、婚約破棄を待っていたかのようにアデルに婚約を申し込む手紙が届いて……。 ※暴力的描写もたまに出ます。

結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?

ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。 そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。 彼女に追い詰められていく主人公。 果たしてその生活に耐えられるのだろうか。

全力で断罪回避に挑んだ悪役令嬢が婚約破棄された訳...

haru.
恋愛
乙女ゲームに転生してると気づいた悪役令嬢は自分が断罪されないようにあらゆる対策を取っていた。 それなのに何でなのよ!この状況はッ!? 「お前がユミィを害そうとしていたのはわかっているんだッ!この性悪女め!お前とは婚約破棄をする!!」 目の前で泣いているヒロインと私を責めたてる婚約者。 いや......私、虐めもしてないし。 この人と関わらないように必死で避けてたんですけど..... 何で私が断罪されてるのよ━━━ッ!!!

【完結】怪力令嬢の嫁入り~嫁の貰い手がないので最弱王国の王子様と結婚させていただきます~

久留茶
恋愛
最強騎士団を統率するハミルトン公爵家の末っ子令嬢のマチルダは見た目はとても淑やかで控え目な美少女であったが、実は怪力の持ち主であった。怪力を隠し世間知らずの箱入り娘として育ったマチルダは自国のお城の王子とお見合いをするも、ふとしたことで怪力がばれてしまう。怪力の噂が広がり、今後の縁談に支障が出てしまったハミルトン公爵はマチルダの力を有効に使える最弱国であるボルド国の第一王子マンフリードに縁談話を持ちかけるのだが……。 脳筋天然おバカワンコ系ヒロインと真面目な苦労性の突っ込み役王子のラブコメです。 *二章の次に番外編を挟み、一章~三章の全27話完結となっています。 *二章のバトル描写と後半のやや高めの糖度で一応R15とさせて頂きました。 *小説家になろうにも掲載してます。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

処理中です...