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第四章 ~『聞こえてきた二人の会話』~
しおりを挟むアレックスが去り、ようやくティアラと話せると、医務室の扉に手をかけたとき、部屋の中から話し声が聞こえてきた。
(誰と話していますの?)
邪魔をしては悪いと、部屋に入るのを躊躇していると、聴いたことのない男性の声が耳に届く。
「レイン王子がお見舞いに来てくれるとは思いませんでした」
「兄さんに頼まれてな」
「アレックス王子にですか?」
「長い付き合いだから、見舞いくらいしてやれとな。私は気の回らない男だからな。いつも兄さんに助けられている」
部屋の中にいたのはレインだった。舞踏会では会えなかった彼を一目見たいと、マリアは興味が惹かれる。
(私が結婚するかもしれない相手ですもの)
姿絵では醜いと知っていても、実物を見れば印象が変わることは十分に起こりうる。
(でもティアラの邪魔をするのも悪いですわね)
先ほど、ティアラがレインを愛していると聞かされたばかりだ。二人の空間に割り込んでいく勇気が持てなかった。
「レイン王子は私が傷物になったことをどう思われますか?」
「どうとは?」
「私を嫁に貰ってくれる殿方はもういないかもしれない。そうは思いませんか?」
「心配しなくても、君は十分に魅力的だ」
「でしたら、私と婚姻を結んでください!」
告白に等しい要求だった。だがレインからの返答はない。静寂に耐えきれなかったのか、ティアラは言葉を続ける。
「レイン王子との婚姻なら父上も納得します。それに公爵令嬢と第三王子、お互いの立場も近く、悪くない提案だと思うのです」
「だが、それでも駄目だ。私は君と結婚することはできない」
きっぱりとレインは告白を断る。彼が断わったのは、マリアに婚約を申し込んでいたこともあるが、それ以上にアレックスの存在が大きかった。
兄の好きな女性を奪うわけにはいかない。そんな想いから拒絶したのだが、ティアラは思い込みに囚われたように別の結論に辿り着く。
「もっと不幸にならないと駄目なのですか?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味です。あなたは不幸な人が好きなのでしょう。私が苦しんでいる時はあんなに優しくしてくれたのに、救った後は手の平を返したように冷たくなりましたから」
「あ、あれは……」
「そして何より、不幸な境遇から救うため、愛情もないのにマリアと婚約しようとしていますよね。これこそが、先ほどの言葉の意味です」
ティアラはレインが不幸な女性にだけ優しくしていると誤解していた。だがその誤解を解く術がなく、レインは黙り込むことしかできない。
「私、もっと不幸になりますから。だからレイン王子。私と婚姻を――」
「いい加減にしてくれ。君がどうなろうと、私が結婚することはない!」
「レイン王子!」
ティアラは縋るような声で呼びかけるが、重ねるようにレインは怒声を返す。まごうことなき修羅場である。
(このまま盗み聞きしているのはマズイですわ)
マリアはティアラと会うことを諦め、医務室を走り去る。しかし収穫はあった。罪悪感を覚えながらも、一つの可能性が頭に浮かんだのだ。
(ティアラを傷つけた人間はまさか……)
確信めいた直観を頼りに渡り廊下を駆ける。すべてのピースが頭の中で繋がった瞬間だった。
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