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第三章
第三章 ~『明軒の栄光と絶望』~
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《明軒視点》
明軒は誰もが羨むような輝かしい人生を歩んできた。
整った顔立ちの彼は幼いころから周囲の注目を一身に集め、いつでもコミュニティの中心にいた。
大人になり、社会に出てからも順調で、店の重要な役割を任された彼は、顧客からの信頼を築き上げてきた。
私生活においても、婚約した琳華との関係を解消したものの、最終的には街でも評判になるほどの美貌を持つ詩雨を妻とすることができた。義母との関係にも恵まれ、家庭内での地位を強固なものとしてきた。
順調満帆な人生がこれからも続いていくはず。そう信じていた彼を狂わせたのは琳華だった。
彼は琳華を連帯保証人にすることで、宝石店を自らの借金返済のために売却させようとした。しかし彼女は後宮を頼ることで、その危機を回避したのだ。
計画が頓挫し、結果として明軒自身が借金を背負い込む羽目になった。織物屋も失い、彼は次期店主の立場を失い、新しいオーナーの元で雇われの身として働くことになったのだ。
生活が一変し、絶望の淵に立たされた明軒は、琳華ともう一悶着を起こしてしまう。だが望んだ結果には至らず、その苛立ちを発散するために家庭内で暴力を振るってしまった。
それが明軒にとって致命傷となった。見回りに訪れた警吏に捕まり、投獄されたのだ。
看守から通報者は若い女だと聞かされ、明軒は琳華に違いないと恨みを募らせた。織物屋の次期店主から罪人へと落ちぶれたのは彼女のせいだと、ナイフを力強く握る。
(俺は優秀だ……計画をやり遂げてみせる……)
桃梨から提示されたプランでは、骨董品店から退店してきた琳華を強襲。刃物を刺した後、指定された場所で協力者と落ち合い、そのまま隣国へと逃亡する手筈となっていた。
(そろそろ店に入って、一時間は経つ頃か……)
物陰で息を潜めていた明軒は、入口の様子を伺っていた。時間だけが経過していく中、突然、店のドアが開く音がして、緊張で体を固くする。
骨董品店から琳華たちが出てくる瞬間がやってきたのだ。馬車に向かって歩き出すのを見て、物陰からすばやく身を投げ出した。
明軒の手に握られたナイフは、まっすぐ琳華に向けられている。
近づいてくる脅威に最初に気付いたのは天翔だった。だが動き出しの差のおかげで、明軒が僅かに早い。天翔が危機を察知した時には、すでに手遅れだった。
「琳華っ! 俺の恨みを受け止めろっ!」
琳華も反応するがもう遅い。天翔も身を呈して庇おうとするが、刃が突き刺さる方が僅かに早かった。
復讐を果たしたと確信した瞬間、突然、明軒の身体が浮遊感に包まれる。不自然に宙を舞い、そのまま重力に逆らえずに地面に叩きつけられた。
石畳に背中を強打した彼は、痛みと衝撃で息ができなくなる。肺が苦しげに酸素を求める中、手から零れ落ちたナイフを探すと、離れた位置に落ちているのが目に入る。
(いったい俺の身に何が……)
不可解な現象を理解するために顔を上げると、琳華が冷静な態度で見下ろしていた。とても命を狙われた直後の反応ではない。
「琳華、無事だったかい!」
一方、天翔は心配で声に緊張が混じっていた。琳華は不敵な笑みを浮かべて、彼を安心させる。
「君が無事で良かったよ……でも凄いね。達人のように見事な投げ技だったよ」
「宝石店を経営する以上、護身術も必須のスキルですから。刃物を持った素人に遅れを取ったりはしません」
その言葉で明軒は何が起きたのかを理解する。突進力を巧みに利用され、宙に投げ飛ばされたのだ。
(まさか琳華にこんな特技が……)
婚約していたにも関わらず、明軒は琳華を知る努力をしてこなかった。そのツケを支払う羽目になったのだ。
彼は必死に身体を動かすが、筋肉が痛みで痙攣し、全身が悲鳴をあげていた。だがここで退くわけにはいかないと、立ち上がった明軒は拳を振り上げる。
痛みと怒りが明軒の判断を曇らせ、猛烈な勢いで前進する。だが今度は天翔の反応が早かった。庇うように前に出ると、明軒の腕を掴み、一瞬でその体をねじ伏せたのだ。
地面に押し付けられた明軒は関節を締められ、完全に動きを封じ込めていた。力で抵抗するがビクともしない。格闘技術の差が大きく表れていた。
「もう終わりだよ。観念するんだね」
天翔が厳しい声で言い放つ。無駄な抵抗だと理解したのか、明軒はやむなく身を静めた。緊張が和らぐ中、無力感と屈辱に苛まれた彼の顔には、敗北を認める苦い表情が浮かんでいた。
「では、私を殺そうとした理由を聞かせてもらいましょうか」
「身に覚えがあるだろう……」
「連帯保証の件なら、あなたの自業自得です」
「なら俺を警吏に売った件はどうだ!」
「私は通報しただけです。あなたが暴力を振るわなければ捕まることもありませんでした……なので強いて恨むべき対象を挙げるとするなら、私に行動を予想される単純さと粗暴な性格でしょうね」
「ぐっ……」
正論に言い負かされた明軒は悔しそうに下唇を噛む。そんな彼を制圧しながら、天翔はある疑問を抱く。
「そういえば、君は捕まっていたはずだよね。どうして釈放されているんだい?」
「俺が教えるとでも?」
「秘密というわけだね」
明軒は黙秘するが、琳華はその理由に気づいていた。
「きっと桃梨様の仕業でしょうね。刺客として利用されたのです。ですが、これはチャンスですね。証拠は多ければ多いほど良いですし、明軒様には洗いざらい、白状していただきましょう」
「俺が口を割るとでも」
「話しますよ。あなたは恩義よりも自分を優先しますから」
義理堅い人間なら、婚約破棄をした上に、その借金を元婚約者に押し付けようとするはずがない。明軒は桃梨を裏切ると確信があった。
「私の交渉材料は、あなたの減刑です。被害者の私が酌量の余地があると訴えれば、罪は軽くなるはずですから」
「……断ればどうなる?」
「あなたが逆恨みで人を殺そうとする人だと正直に伝えます。証拠の刃物も天翔様の証言もありますからね。殺人未遂の罪で、最低でも十年、下手をすると無期もありえます……その上であなたは義理を優先しますか?」
「それは……」
明軒は自己中心的な人間だ。桃梨との約束を守り抜くために、長い懲役を受け入れるはずがない。その読みは見事に的中した。
「……約束は守るんだろうな?」
「当然です。あなたとは違いますから……それで、どうしますか?」
「減刑のためだ。話してやる……」
「明軒様ならそう答えてくれると思っていました」
観念した明軒は、琳華を始末した後に隣国へ逃亡する計画を包み隠さず明かす。そこに嘘は含まれてはいない。琳華が相手では、中途半端な嘘は見抜かれてしまうため、彼はありのままの真実を正直に伝えることにしたのだ。
「有力な証拠が手に入りましたね」
この証言があれば、桃梨に罪を認めさせる決め手になる。疑いを払拭し、無実を証明するための切り札を手に入れた彼女は、不敵に微笑むのだった。
明軒は誰もが羨むような輝かしい人生を歩んできた。
整った顔立ちの彼は幼いころから周囲の注目を一身に集め、いつでもコミュニティの中心にいた。
大人になり、社会に出てからも順調で、店の重要な役割を任された彼は、顧客からの信頼を築き上げてきた。
私生活においても、婚約した琳華との関係を解消したものの、最終的には街でも評判になるほどの美貌を持つ詩雨を妻とすることができた。義母との関係にも恵まれ、家庭内での地位を強固なものとしてきた。
順調満帆な人生がこれからも続いていくはず。そう信じていた彼を狂わせたのは琳華だった。
彼は琳華を連帯保証人にすることで、宝石店を自らの借金返済のために売却させようとした。しかし彼女は後宮を頼ることで、その危機を回避したのだ。
計画が頓挫し、結果として明軒自身が借金を背負い込む羽目になった。織物屋も失い、彼は次期店主の立場を失い、新しいオーナーの元で雇われの身として働くことになったのだ。
生活が一変し、絶望の淵に立たされた明軒は、琳華ともう一悶着を起こしてしまう。だが望んだ結果には至らず、その苛立ちを発散するために家庭内で暴力を振るってしまった。
それが明軒にとって致命傷となった。見回りに訪れた警吏に捕まり、投獄されたのだ。
看守から通報者は若い女だと聞かされ、明軒は琳華に違いないと恨みを募らせた。織物屋の次期店主から罪人へと落ちぶれたのは彼女のせいだと、ナイフを力強く握る。
(俺は優秀だ……計画をやり遂げてみせる……)
桃梨から提示されたプランでは、骨董品店から退店してきた琳華を強襲。刃物を刺した後、指定された場所で協力者と落ち合い、そのまま隣国へと逃亡する手筈となっていた。
(そろそろ店に入って、一時間は経つ頃か……)
物陰で息を潜めていた明軒は、入口の様子を伺っていた。時間だけが経過していく中、突然、店のドアが開く音がして、緊張で体を固くする。
骨董品店から琳華たちが出てくる瞬間がやってきたのだ。馬車に向かって歩き出すのを見て、物陰からすばやく身を投げ出した。
明軒の手に握られたナイフは、まっすぐ琳華に向けられている。
近づいてくる脅威に最初に気付いたのは天翔だった。だが動き出しの差のおかげで、明軒が僅かに早い。天翔が危機を察知した時には、すでに手遅れだった。
「琳華っ! 俺の恨みを受け止めろっ!」
琳華も反応するがもう遅い。天翔も身を呈して庇おうとするが、刃が突き刺さる方が僅かに早かった。
復讐を果たしたと確信した瞬間、突然、明軒の身体が浮遊感に包まれる。不自然に宙を舞い、そのまま重力に逆らえずに地面に叩きつけられた。
石畳に背中を強打した彼は、痛みと衝撃で息ができなくなる。肺が苦しげに酸素を求める中、手から零れ落ちたナイフを探すと、離れた位置に落ちているのが目に入る。
(いったい俺の身に何が……)
不可解な現象を理解するために顔を上げると、琳華が冷静な態度で見下ろしていた。とても命を狙われた直後の反応ではない。
「琳華、無事だったかい!」
一方、天翔は心配で声に緊張が混じっていた。琳華は不敵な笑みを浮かべて、彼を安心させる。
「君が無事で良かったよ……でも凄いね。達人のように見事な投げ技だったよ」
「宝石店を経営する以上、護身術も必須のスキルですから。刃物を持った素人に遅れを取ったりはしません」
その言葉で明軒は何が起きたのかを理解する。突進力を巧みに利用され、宙に投げ飛ばされたのだ。
(まさか琳華にこんな特技が……)
婚約していたにも関わらず、明軒は琳華を知る努力をしてこなかった。そのツケを支払う羽目になったのだ。
彼は必死に身体を動かすが、筋肉が痛みで痙攣し、全身が悲鳴をあげていた。だがここで退くわけにはいかないと、立ち上がった明軒は拳を振り上げる。
痛みと怒りが明軒の判断を曇らせ、猛烈な勢いで前進する。だが今度は天翔の反応が早かった。庇うように前に出ると、明軒の腕を掴み、一瞬でその体をねじ伏せたのだ。
地面に押し付けられた明軒は関節を締められ、完全に動きを封じ込めていた。力で抵抗するがビクともしない。格闘技術の差が大きく表れていた。
「もう終わりだよ。観念するんだね」
天翔が厳しい声で言い放つ。無駄な抵抗だと理解したのか、明軒はやむなく身を静めた。緊張が和らぐ中、無力感と屈辱に苛まれた彼の顔には、敗北を認める苦い表情が浮かんでいた。
「では、私を殺そうとした理由を聞かせてもらいましょうか」
「身に覚えがあるだろう……」
「連帯保証の件なら、あなたの自業自得です」
「なら俺を警吏に売った件はどうだ!」
「私は通報しただけです。あなたが暴力を振るわなければ捕まることもありませんでした……なので強いて恨むべき対象を挙げるとするなら、私に行動を予想される単純さと粗暴な性格でしょうね」
「ぐっ……」
正論に言い負かされた明軒は悔しそうに下唇を噛む。そんな彼を制圧しながら、天翔はある疑問を抱く。
「そういえば、君は捕まっていたはずだよね。どうして釈放されているんだい?」
「俺が教えるとでも?」
「秘密というわけだね」
明軒は黙秘するが、琳華はその理由に気づいていた。
「きっと桃梨様の仕業でしょうね。刺客として利用されたのです。ですが、これはチャンスですね。証拠は多ければ多いほど良いですし、明軒様には洗いざらい、白状していただきましょう」
「俺が口を割るとでも」
「話しますよ。あなたは恩義よりも自分を優先しますから」
義理堅い人間なら、婚約破棄をした上に、その借金を元婚約者に押し付けようとするはずがない。明軒は桃梨を裏切ると確信があった。
「私の交渉材料は、あなたの減刑です。被害者の私が酌量の余地があると訴えれば、罪は軽くなるはずですから」
「……断ればどうなる?」
「あなたが逆恨みで人を殺そうとする人だと正直に伝えます。証拠の刃物も天翔様の証言もありますからね。殺人未遂の罪で、最低でも十年、下手をすると無期もありえます……その上であなたは義理を優先しますか?」
「それは……」
明軒は自己中心的な人間だ。桃梨との約束を守り抜くために、長い懲役を受け入れるはずがない。その読みは見事に的中した。
「……約束は守るんだろうな?」
「当然です。あなたとは違いますから……それで、どうしますか?」
「減刑のためだ。話してやる……」
「明軒様ならそう答えてくれると思っていました」
観念した明軒は、琳華を始末した後に隣国へ逃亡する計画を包み隠さず明かす。そこに嘘は含まれてはいない。琳華が相手では、中途半端な嘘は見抜かれてしまうため、彼はありのままの真実を正直に伝えることにしたのだ。
「有力な証拠が手に入りましたね」
この証言があれば、桃梨に罪を認めさせる決め手になる。疑いを払拭し、無実を証明するための切り札を手に入れた彼女は、不敵に微笑むのだった。
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