35 / 40
第三章
第三章 ~『保釈金と条件』~
しおりを挟む《桃梨視点》
オパール盗難事件の翌日、桃梨は策を講じるために後宮の外にいた。本来なら簡単には下りない外出許可を得られたのは、後宮内で権力を持つ四大女官の一人――桂華の派閥に属しているからだ。
桃梨が向かった先は、街の外れにひっそりと佇む牢獄だった。石造りの建物と重厚な鉄扉、逃亡を防ぐための監視塔が社会から隔絶された場所であると主張していた。
牢獄の正門に到着した桃梨は、門番に桂華の遣いだと伝える。敬礼と共に内部へと通された彼女は、表情を引き締めていく。
湿った空気に満ちた牢獄の内部では、時折、囚人たちの呻き声や鎖の音が聞こえてくる。
看守に先導され、桃梨は冷たい廊下を進んで牢屋の前まで案内される。そこには端正な顔立ちの男が、生気のない表情で鎖に繋がれていた。
「あなたが明軒ですわね?」
桃梨の声が牢獄の静けさの中で響くと、明軒はゆっくりと顔を上げる。彼の瞳には幽閉に対する疲労が映し出されていた。
「俺はたしかに明軒だが……あんたは?」
掠れた声は話すことが久方ぶりであると物語っていた。桃梨は人当たりの良い愛想笑いを浮かべる。
「私は桃梨。後宮の遣いですわ」
「……後宮の人間が俺に何の用だ?」
明軒は眉根を寄せて、不機嫌を顕にする。以前、後宮が宝石店を担保にしたせいで、借金取りに織物屋を奪われてしまったことがあった。次期店主の地位を失った原因の一端である後宮は、彼にとって憎むべき敵だった。
「そう警戒しないでくださいまし。私はあなたの味方ですわ」
「……どういう意味だ?」
「ここから出して差し上げますわ」
明軒はその言葉に沈黙し、壁に体重を預けながら感情を整理する。過去の後宮への恨みと牢獄からの解放を天秤に掛けた結果、彼は前向きな反応を見せる。
「保釈金を払ってくれるという理解でいいよな?」
「看守から金額は事前に聞いていますわ。あなたが私に協力するなら、今すぐにでも牢屋の外に出られますわよ」
「…………」
明軒が沈黙したのは、世の中に甘い話はないと知っていたからだ。助け舟に乗るための運賃に何を支払わなければならないのか。提案の裏にある危険性を感じ取り、不安に包まれていく。
「……やばいことでもやらせるつもりか?」
恐る恐る問いかけると、桃梨は鉄格子に顔を寄せる。明軒もゆっくりと身体を動かし、彼女の声が聞こえる距離まで近づいた。
「これからする話はここだけの秘密ですわ。約束できますわね?」
「口は固い方だ。任せておけ」
「では……」
桃梨は明軒の反応を確認するように、僅かに躊躇いながらも、重々しく口を開く。
「琳華の始末をお願いしますわ」
明軒は桃梨の要求に驚きを隠せずにいた。言葉を失い、絶句する中、彼は何とか言葉を絞り出した。
「ほ、本気か……」
「こんな冗談を口にはしませんわ。やってくれますわね?」
「それは……」
「あなたも琳華とは確執があるはず。躊躇う理由がありますの?」
桃梨の追い込むような質問に、明軒は声を震わせながら答える。
「俺は琳華のせいで人生が破滅した。当然、今でも恨んでいる……だが、それは俺の事情だ。あんたはどうして琳華を排除したい?」
危ない橋を渡るのだから納得感は重要だ。
明軒の問いに桃梨は一瞬表情を硬くするものの、彼の疑心を含んだ瞳から、秘密のままではいられないと観念する。
「琳華は私たちの秘密に勘づいた様子でしたから……口封じのためにも、生きていられては困りますの」
「その秘密の内容は……」
「……知りたいんですの?」
「いや、止めておく」
どのような秘密かと明軒は深追いしない。知れば自分の命も危険に晒されると悟ったからだ。
「保釈金以外にも、成功報酬を別途お支払いしますわ。さらに私の仲間の商人に、隣国への国外逃亡を手助けさせます。もちろん移住先の住居や仕事も保証しましょう。この条件なら如何です?」
現在の暗い牢獄生活から抜け出し、希望に満ちた未来を掴める提案は魅力的に映った。
だがリスクもある。もし失敗すれば、明軒は重罪人として死罪もあり得た。軽はずみな回答はできないと躊躇っていると、桃梨が決断を迫る。
「悩むなら他の者に頼みますわ。このまま牢屋の中で暮らすか復讐を果たすか。好きな方を今すぐ選んでくださいまし」
桃梨に催促され、明軒はゴクリと息を飲む。彼はとうとう覚悟を決めた。
「俺の座右の銘は『太く、短く』だ。琳華を始末して、悠々自適の生活も悪くないか……」
「契約成立ですわね」
「それで決行はいつになる?」
「琳華が外出を申請したそうですの。その日を狙ってくださいまし」
「任せておけ。必ずやり遂げてやる」
「期待していますわ」
桃梨は淡々とした声で明軒を激励し、彼の成功を心から願う。琳華を始末するため、二人の悪魔が手を組んだのだった。
220
お気に入りに追加
733
あなたにおすすめの小説
実家を追放された名家の三女は、薬師を目指します。~草を食べて生き残り、聖女になって実家を潰す~
juice
ファンタジー
過去に名家を誇った辺境貴族の生まれで貴族の三女として生まれたミラ。
しかし、才能に嫉妬した兄や姉に虐げられて、ついに家を追い出されてしまった。
彼女は森で草を食べて生き抜き、その時に食べた草がただの草ではなく、ポーションの原料だった。そうとは知らず高級な薬草を食べまくった結果、体にも異変が……。
知らないうちに高価な材料を集めていたことから、冒険者兼薬師見習いを始めるミラ。
新しい街で新しい生活を始めることになるのだが――。
新生活の中で、兄姉たちの嘘が次々と暴かれることに。
そして、聖女にまつわる、実家の兄姉が隠したとんでもない事実を知ることになる。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました
ピコっぴ
ファンタジー
【異世界に召喚されましたが、間違いだったようです】
ノベルアッププラス小説大賞一次選考通過作品です
※自筆挿絵要注意⭐
表紙はhake様に頂いたファンアートです
(Twitter)https://mobile.twitter.com/hake_choco
異世界召喚などというファンタジーな経験しました。
でも、間違いだったようです。
それならさっさと帰してくれればいいのに、聖女じゃないから神殿に置いておけないって放り出されました。
誘拐同然に呼びつけておいてなんて言いぐさなの!?
あまりのひどい仕打ち!
私はどうしたらいいの……!?
婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!
甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・
『王家の面汚し』と呼ばれ帝国へ売られた王女ですが、普通に歓迎されました……
Ryo-k
ファンタジー
王宮で開かれた側妃主催のパーティーで婚約破棄を告げられたのは、アシュリー・クローネ第一王女。
優秀と言われているラビニア・クローネ第二王女と常に比較され続け、彼女は貴族たちからは『王家の面汚し』と呼ばれ疎まれていた。
そんな彼女は、帝国との交易の条件として、帝国に送られることになる。
しかしこの時は誰も予想していなかった。
この出来事が、王国の滅亡へのカウントダウンの始まりであることを……
アシュリーが帝国で、秘められていた才能を開花するのを……
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月
りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。
1話だいたい1500字くらいを想定してます。
1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。
更新は不定期。
完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。
恋愛とファンタジーの中間のような話です。
主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる