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第二章
第二章 ~『一件落着と皇后の思惑』~
しおりを挟む映雪の罪が暴かれてから数日後、皇后に謎の解決を報告する機会を得た琳華と麗珠は、朝の光がほんのりと回廊を照らす中、静かに謁見の間へと向かっていた。
美しい庭園を望む窓からは、季節の花が咲き乱れている。その穏やかな風景は琳華たちの緊張を和らげてくれた。
(きっと上手くいくはずです)
鼓舞しながら謁見の間の前まで辿り着くと、重厚な扉がゆっくりと内側より開かれる。
その先に広がるのは、前回訪れたときと変わらず、壮麗な装飾が施された謁見の間だ。中央では高貴な雰囲気を纏う皇后が玉座に腰掛けていた。
琳華たちは玉座に向かって進み出ると、静かに礼を取り、ゆっくりと跪いて頭を垂れる。
「顔をあげて頂戴」
許しを得た琳華が皇后に視線を向けると、期待を含んだ眼差しと交差する。報告を心待ちにしていたのか、彼女の口元には笑みが浮かんでいた。
「エメラルドの謎を解いたと聞いたわ。さっそく教えてくれるかしら」
琳華は深く息を吸い込むと、事件の全容を説明する。映雪がエメラルドにオイルを塗って価値を偽っていたこと、借金返済のために仕方なく悪事に手を染めたこと、そしてその背景には後宮による冤罪があることを嘘偽りなくすべてを明らかにする。
「彼女の行為は許されないものです。ですが情状酌量の余地は十分にあると考えます」
皇后への提言に、場の空気が静まり返る。すべてを聞き終えた彼女は、緊張を解き放つように拍手を送る。
「評判以上の洞察力と課題解決力ね。本当に素晴らしい。天晴という他ないわね」
皇后はこれ以上ないほどの賞賛を送る。だが琳華の口元に笑みは浮かばない。神妙な面持ちのままの彼女に、皇后は怪訝な目を向ける。
「あなたは素晴らしい働きをしたわ。褒美として、上級女官への出世も、生涯を遊んで暮らせるだけの大金も望むものは何でも用意する。これ以上ないほどの栄光を手に入れたのだから、もっと喜んでもいいのよ」
皇后は賞賛を重ねる。だが琳華の表情に輝かしい笑顔はない。むしろ深い思索に耽るかのような態度を貫いていた。そんな琳華が重々しい口を開く。
「皇后様、失礼を承知で伺ってもよろしいでしょうか?」
「許可しましょう」
「あなたは私に依頼する前から、エメラルドの謎を知っていたのではありませんか?」
琳華の問いに最も驚いたのは、隣にいた麗珠だ。困惑が態度に現れるが、当事者である皇后は顔色一つ変化がない。
「どうしてそう思ったの?」
「皇后様は賢い人ですから。一度だけ騙されたのならともかく、二度も騙されるとは思えないからです」
「つまり私が細工されていると知りながら、敢えて騙されていたと?」
「そう考えれば、すべてに納得できるのです」
琳華の問いかけを受けた皇后は、緊迫した空気の中で深く息を吸い込むと、優しい目を向ける。
「確かに、私はエメラルドに細工がされていると気づいていたわ……」
皇后は悲哀が含まれた声で静かに認めると、遠くを見つめながら、昔の記憶に思いを馳せる。
「映雪の家族を借金で苦しめる原因を作った女官は、当時の私の侍女だったの……」
皇后の言葉には、深い責任感と後悔が込められていた。麗珠も初耳だったのか、彼女の表情にも驚愕が張り付いている。
「部下の失敗は上司の責任。つまり私のミスで起きた冤罪事件だったのよ。その罪を償うために、間接的に映雪の家族を支援すると決めたわ。だから細工されていると知りながら、エメラルドを購入したの」
皇后の言葉は、室内に深い静けさをもたらす。琳華の見立て通り、皇后は賢明な上に、規範も兼ね備えた人物だった。
「ふふ、でもさすがは慶命が評価するほどの洞察力ね……きっとあなたなら、私がなぜ謎を解くように依頼したのかも見抜いているのでしょうね」
知っていながら騙されていたのだとしたら、謎を解明する理由もない。それを踏まえた上での質問に、琳華は小さく頷く。
「皇后様のくれたヒントのおかげです……あなたは『この謎を解き、私の求める答えを導き出すように』と依頼しました。この言葉に私は違和感を覚えたのです……なぜなら謎を解くだけなら、『私の求める答え』ではなく、『真実』を導くようにと表現するはずですから。つまり隠されている意図があると推し量りました」
皇后はエメラルドの謎を解く以外にも、琳華に求めている答えがあったのだ。そしてその正体に琳華は予想が付いていた。
「どのような願いでも叶えてくれると皇后様は仰いました。なら私の望みはただ一つ、映雪様の無罪を頂きたいのです」
琳華の声は静かでありながらも、その決意は揺るぎないものがあった。皇后は彼女の望みに感銘を受けたかのように微笑む。
「素晴らしいわ。満点の回答よ」
皇后は拍手を送り、琳華は正解したことに安堵する。そんな二人のやり取りに理解が追いついていないのか、麗珠は戸惑いを顕にする。
「麗珠だけ仲間外れは可哀想だし、答え合わせをしましょうか」
「では私から説明させていただきます」
琳華は咳払いをすると、謎の全貌を頭の中を整理し、静かに口を開く。
「皇后様はエメラルドに細工が施されているとご存知でした。ただいつまでも騙され続けるわけにはいきません。先帝の呪いだと良くない噂まで流れていましたから。皇族の権威に悪影響を及ぼす前に、本格的な捜査が始まろうとしていたのでしょう」
「正解よ」
琳華のような推理による謎解きではない。激しい尋問や拷問まで見据えた捜査が始まってしまえば、金の流れから映雪が容疑者に浮上することは避けられない。たやすく口も割るだろう。
「大事になる前に真実を明らかにする必要がでてきたのです。しかし皇后様は映雪様を処罰したくもない。だからこそ私に謎を解かせ、何でも願いを叶えるという条件を提示し、映雪様の無罪を望ませたのです」
映雪が悪事に手を染めた背景を知れば、琳華が無罪を求めると行動を読んだ上での依頼だったのだ。
「でも良かったわ。もし琳華が上級女官への昇進や、大金を求めたら、私としては困ったことになったもの」
琳華が謎だけ解いて、私欲を優先した場合でも、皇后はきっと映雪を見捨てないだろうし、皇族の権力なら救うこともできる。
しかし理由もなく独断で無罪放免にしたとあっては、同じように罪を犯した者を罰する際に不公平となり、軋轢を生む。
謎を解いた褒美という形で第三者から無罪を望ませることで、事態を丸く収めようとしたのだ。
解説を聞き終えた麗珠は、皇后と琳華に視線を巡らせる。キラキラと輝く瞳には尊敬が浮かんでいた。
「皇后様も琳華も凄いわ。そこまで深い考えがあったなんて……」
「私はシナリオ通りに動いただけですから」
結果的には皇后の掌の上で踊っていたに過ぎず、脚本があったからこそ演者として振る舞えたのだと謙遜すると、皇后は笑みを零す。
「私、琳華をとても気に入ったわ……そして私は優秀な人が好きなの。でもね、それ以上に信頼できる人が好き。琳華は私欲に溺れず、映雪の無罪を求めた。誰にでもできることではないわ」
手放しの賞賛を受け、琳華は僅かに微笑む。そして皇后がなぜ麗珠を側近としているのかを察する。
(麗珠様は教養がありますし、優秀な人ですが、能力だけならより優れた者もいるはずです。ですが誠実さでは右に出る者はいません)
だからこそ信用を重視する皇后は、麗珠を重宝しているのだ。もし財布を落とした侍女が彼女だったなら冤罪も起きなかっただろう。
そして謎解きの裏の目的に、琳華を試す意思が含まれていたと気づく。皇后は琳華を信頼できる女性かどうかを判断するための試金石としても、宝石の謎を利用したのだ。
「琳華が事件を解決してくれた恩は忘れないわ。もし困ったことがあれば、いつでも力になるから。これからもよろしくね」
皇后は優しい微笑みを浮かべながら感謝の意を示す。穏やかな空気の中、琳華は映雪を救えた喜びを心の中で噛みしめるのだった。
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