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第二章
第二章 ~『恩返しの木箱』~
しおりを挟む翌朝、眠りから覚ました琳華の元へ、黒い木箱が届けられた。
「麗珠様からのお礼の品です」
届けてくれた宮女から笑顔と共に品を受け取った琳華は、感謝の気持ちを込めた深い一礼を返す。
その木箱は、滑らかな手触りの黒檀で作られ、上品な光沢があった。表面には細かい金の線で模様が施されており、その美しさに目を奪われる。
ゆっくりと蓋を開けると、中には月餅と胡麻団子がぎっしりと詰められていた。月餅は縁起の良い菊を型取り、胡麻団子は香ばしい匂いを広げている。
(これは凄いですね……)
食べきれないほどの高級菓子の山だ。失くした宝石発見の感謝が十分すぎるほどに伝わり、逆に申し訳ないとさえ感じてしまう。
(少しだけ頂いて、残りはお返ししましょう)
木箱を抱えて麗珠の部屋へと向かう。上級女官である彼女も琳華たちと同じく個室が与えられているが、その広さは大きく異なり、フロア全体が彼女の居住空間となっている。
扉を叩くと、木箱を届けてくれた宮女が室内に入れてくれる。
高い天井からは提灯が優雅に下げられ、壁には精緻な絵画が飾られている。床には柔らかな絨毯が敷かれ、麗珠のセンスの良さが現れていた。
「まずは来客の窓口担当である映雪さんをご紹介しますね」
「麗珠様を直接はご紹介いただけないのですね」
「規則になっておりますので」
宮女が案内した先には、腕を組んだ人相の悪い女官が待っていた。不機嫌を隠そうとさえせずに、釣り上がった瞳を細めている。
「琳華様をお連れしました」
「後は私が対応するから、あなたは下がっていいわ」
「承知いたしました」
宮女は一礼すると、自分の仕事場へと戻っていく。
「それで用件はなに?」
「お菓子を返しに来ました。それと一言、麗珠様にお礼を伝えたくて」
琳華の抱える木箱を一瞥すると、映雪はフンと鼻を鳴らす。
「昨晩の話は聞いているわ。宝石を見つけて活躍したそうね。でも勘違いしないでね。上級女官の麗珠さんはあなたのような新人が簡単に会える存在じゃないの。私がお菓子を受け取って、お礼は伝えておくから、このまま帰りなさい」
映雪は冷たく突き放す。だが琳華にも言い分はあった。
「一言、お礼を伝えるだけです。それでも駄目ですか?」
「駄目よ」
「仕方ありませんね。では、映雪に断られたとの経緯を添えて、文でお礼を伝えるとしましょう」
「ま、待ちなさい」
「どうかしましたか?」
「麗珠様を呼んでくればいいんでしょ……」
映雪が慌てて態度を変えたのは、彼女の仕事が来客の窓口担当であり、麗珠に繋ぐのが仕事だからだ。
自己判断で勝手に客を帰らせたとあっては後々問題になる。それを危惧し、映雪は意見を翻したのだ。
数分後、映雪が麗珠を連れてくる。瞬く間に距離を詰めた麗珠は、躊躇なく琳華に抱きついた。
「琳華、来てくれたのね!」
「来ちゃいました」
「琳華、琳華、琳華!」
その声には心からの歓迎が込められており、暖かい気持ちに包まれていく。
「たくさんの菓子をありがとうございました」
「喜んでくれたのね!」
「とっても。ただこれを全部食べたら太ってしまいますから。一緒に食べませんか?」
少し困ったように伝えると、麗珠は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「いいわね、一緒にお茶にしましょう。場所は――」
「私の方で用意します」
傍に控えていた映雪が一礼すると、奥の部屋へと消えていく。来客を出迎えるのも、彼女の役割なのだろう。麗珠はそれを自然と受け入れていた。
数分後、準備が整ったのか、映雪が個室へと案内してくれる。扉を開くと、まず目に入ったのは、中央に置かれた円形のテーブルとその上に並べられた陶磁の茶器だ。
椅子に腰掛けると、映雪が手慣れた動作で茶壺からお茶を注ぐ。爽やかな茶の香りが部屋中に広がっていった。
「映雪、ありがとう。あなたの淹れたお茶は絶品だから、きっと琳華も喜ぶわ」
「私は自分の仕事をしただけですので……」
「でもどうして個室にしたの? 大部屋でも良かったのに……」
「狭い個室の方が琳華さんとより親密になれるのではと配慮しました。ご迷惑でしたか?」
「まさか。細かいところまで気が回るなんて、さすが私の右腕ね」
麗珠の賞賛に、映雪は僅かに頬を赤く染める。悪くない気分だと顔に書いてあった。
「琳華は映雪と初めて会うのよね?」
「はい。宴でも見かけませんでしたから……」
「宝石の買い出しで外出していたの。彼女は両親が宝石商だったから、知識が豊富なのよ」
思わぬ共通点に琳華は興味を示す。だが映雪は否定するように首を横に振った。
「私なんて専門家に比べれば素人同然ですよ」
「でもご両親から指導されたのでしょ?」
「両親も宝石商として二流でしたから。その証拠に、最後には店を畳んで、借金だけが残りました……」
だから家族を養うために女官となったのだと、映雪は続ける。皮肉混じりの言葉に空気が重くなるが、それを打ち壊すように扉がノックされる。
「麗珠様、少しよろしいですか?」
「構わないわよ」
宮女から呼び出しを受けた麗珠は、「ごめんなさいね」と一言だけ残して退室する。それを見計らったかのように、映雪が口を開く。
「麗珠さんに近づくのは止めて。迷惑なの」
「いきなりですね」
「回りくどいのは嫌いなのよ。で、どうなの?」
「従う理由はありませんね。誰と友人になるかは私が決めます」
きっぱりと断ると、琳華はお茶に口をつける。微かに感じる甘味を楽しみながら、余裕の態度を崩さない。
「これは麗珠さんの下で働く者たちの総意なのよ。新人のあなたが、大勢の女官に睨まれてもいいの?」
「嘘ですね」
「は?」
琳華の指摘に、映雪は口を開けたまま固まってしまう。
「根拠はこの部屋ですよ。大部屋ではなく、個室を選んだ理由は、私と二人っきりの状況を作るため。つまり私を遠ざけようとする意図を他の女官たちに知られたくないからです」
「そ、そんなことは……それに麗珠さんが部屋を離れたのは、たまたま呼び出されたからで……」
「あれもタイミングが良すぎました。先程の宮女に事前に頼んでおいたのではありませんか?」
「…………」
映雪は無言を貫く。半ば認めているに等しい反応だ。
「おそらく、2人か、3人か。仲の良い者たちだけを懐柔したのでしょうね」
琳華の分析は計画を見抜いていた。映雪はゴクリと喉を鳴らして固唾を飲む。
「麗珠様が目をかける理由がわかったわ……こんなに厄介な女は初めてよ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
琳華が笑みを返すと、麗珠が部屋に戻ってくる。
「待たせたわね。お茶会を再開しましょうか」
「はい」
琳華と麗珠は菓子と茶を楽しみながら、談笑に華を咲かせる。絆を深めていく二人を、映雪は不満げに見つめていた。
楽しい時間は過ぎるのも早い。会話を十分に楽しんだ麗珠は、次の予定があるのか、席から立ち上がる。
「私はこれで失礼するわね。また一緒にお茶会しましょうね」
「いつでも誘ってください」
「それと追加のお土産も用意したわ。友人と一緒に楽しんで」
新たに焼菓子をプレゼントされた琳華は、更に増えた菓子の山を前に微笑むしかなかった。
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