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第一章

第一章 ~『消えた宝石』~

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 楽しい時間は過ぎるのも早い。周りのざわつきが琳華りんふぁたちの会話を優しく包み込み、宴の時間は静かに過ぎていった。

 やがて夜も深まり、琳華りんふぁはふと眠気を感じ始める。大広間にいた人の数も減っており、宴は終息へ向かおうとしていた。

慶命けいめい様はいらっしゃらなかったみたいですね)

 別件で仕事でも入ったのだろう。彼と話す機会はこれからもある。琳華りんふぁは立ち上がり、帰り支度を整える。

「部屋まで送ろうか?」
「お気持ちだけ受け取っておきます」

 気を遣わせるのは申し訳ないと、提案を断る。これは送り狼を危惧したわけではない。相手が宦官であるなら、そういった心配はそもそも無用だからだ。

「なら僕も帰るよ。君のいない場に残る理由もないからね」

 天翔てんしょうも立ち上がり、琳華りんふぁと共に大広間を後にしようとする。そんな時だ。一人の女官の絶叫が、大広間に響き渡る。

「ない、ない、ない!」

 その声は麗珠れいしゅのものだった。彼女は手あたり次第に周囲を探し、明らかに取り乱していた。

 髪飾りをいじりながら、「皇后様から頂いた宝石がないの!」と絶望的な声を上げる。

 悲痛な叫びは宴の空気を一変させる。取り巻きたちも事態の重大さを理解し、捜索を手伝い始める。宝石が見つからない状況に、麗珠れいしゅは絶望に沈む。

「私も手伝いましょうか?」

 困っている人を放っておけないと、駆け寄った琳華りんふぁが優しく問いかける。追い詰められているためか、麗珠れいしゅは縋るような目を向ける。

「いいの?」
「もちろんです。探しものなら猫の手でも役に立てますから。皆で探せば、きっと見つかりますよ」

 励ましを受けて、麗珠れいしゅの顔にほんの少しの安堵が現れる。

「僕も力を貸すよ」
「良いのですか?」
「探しものは人数が多いに越したことがないからね」

 天翔てんしょうは微笑むと、手をパンと叩いて注目を集める。

「皆さん、聞いて欲しい。なくした宝石を探すためには一人でも多くの力がいる。どうか、周囲を見渡してくれないだろうか」

 穏やかに呼びかける天翔てんしょうの言葉には、自然と人を動かし、協力へと導く力があった。大広間に残った女官と宦官による大捜索が始まる。

 だが懸命な捜索にもかかわらず、宝石は依然として見つからない。時間が経過するに連れて、会場内の空気が重くなっていく。

「一度、捜索場所を絞り込んだ方が良いかもしれませんね」

 これだけの大人数で探しても見つからないのだ。すぐに発見できる場所に落ちているとは思えない。範囲を限定しての重点的な捜索が必要だった。

「まずはいつ宝石が消えたのかを特定しましょう。私と話したときには麗珠れいしゅ様の髪飾りにはまだ宝石が埋め込まれていました。その後、見た人はいますか?」

 問いかけると、一人の宦官が手を挙げる。

「舞を踊っているときには宝石があったぞ」
「踊ったのですか?」
「ええ。私の舞は評判が良いから踊ってほしいと頼まれて……」

 上級女官は出自に恵まれており、教養ある人材が多い。麗珠れいしゅもその一人なのだろう。舞を踊れても不思議ではない。

「有力な証言ですね。これで時間が絞り込めます。あとは場所ですね。麗珠れいしゅ様はどこで舞を?」
「そこの露台よ」

 琳華りんふぁたちは窓の外に繋がる露台へと移動する。床は細かい石畳で覆われ、手すりには精巧な彫刻が施されており、下に広がる景色を楽しむための特等席となっていた。

「ここは寒いですね」

 室外のため夜風が強く吹き抜けており、体を震わせる。それは琳華りんふぁだけではない。取り巻きの女官たちも同じだった。

麗珠れいしゅ様はよくこの寒さが平気ですね」
「ただの慣れよ。あとはそうね、ここの露台は暗闇と月明かりを上手く調和させてくれるの……だから、ここで踊れば舞いはより流麗となるわ。寒さより、舞人としての誇りを優先したのよ」

 人から頼まれるほどの舞を踊れるのだ。麗珠れいしゅ自身も誇りに感じているのが伝わってきた。

「ただ露台には落ちていないようですね」
「もしかしたら踊りの最中に外れて、下に落ちたのかもしれないわね」
「なら私たちが探してきますね!」

 麗珠れいしゅの助けになりたいと、取り巻きの女官たちが場を離れる。彼女はこれで見つかるかもしれないと期待で目を輝かせるが、琳華りんふぁの表情は対象的に渋い。その反応の違いに気づいた天翔てんしょうは、囁くように声を掛ける。

「君の顔からすると期待薄のようだね」
「踊っている最中は麗珠れいしゅ様に注目が集まります。その状況で宝石が落ちて、誰も気付かないものでしょうか……」
「一理あるね」

 観客が一人ならともかく、複数人いる状況だ。誰の目にも映らなかった可能性は低いだろう。

「盗まれたとしたらどうだろう?」
「それも難しいかと。なにせ髪飾りに埋め込まれた宝石でしたから」

 肌身離さずの状況で、宝石だけを盗むのは困難だ。選択肢から除外していいだろう。

 八方塞がりの状況に琳華りんふぁたちが困り果てていると、麗珠れいしゅは手を合わせて神に祈る。顔色も真っ青になっており、心配になる。

「必ず見つかりますから、元気を出してください」
「で、でも……あの宝石がなくなったら、皇后様に顔向けできないわ。私の誕生日に贈ってくれた大切な絆の証ですもの」

 宝石はただの綺麗な石ではない。贈り手の想いが込められた宝物なのだ。その想いを守ってあげたいと、琳華りんふぁは頭を回転させる。

(もう少し……もう少しだけヒントがあれば……)

 琳華りんふぁが正解にたどり着かずに苦悩する中、取り巻きの女官たちが戻ってくる。肩を落とし、落ち込んだ表情から答えを聞くまでもなかった。

「やはり見つかりませんでしたか……」

 琳華りんふぁの呟きに、取り巻きの宮女の一人が反論する。

「で、でも、夜だから見つけられなかっただけで……朝になればきっと麗珠れいしゅ様の宝石は見つかるに違いないわ。なにせ、あれほど美しい青の輝き――」
「ちょっと待ってください。あなたは今、青い宝石といいましたか?」
「ええ、そうよ」
「なるほど」

 琳華りんふぁは最後のピースに辿り着く。彼女の脳は答えを導き出した。

「宝石の謎は解けました」

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