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第一章
第一章 ~『新しい職場』~
しおりを挟む琳華に辞令が下ったのは、荷物を片付け終わってすぐのことだ。彼女の所属は文書管理課。予想通りの事務仕事だった。
文書管理課は後宮の重要書類を整理する部署で、セキュリティ保持のために入口の扉は厳重に守られている。門番の身元チェックを通過した琳華は、新しい職場へと足を踏み入れた。
(ここが私の職場となるのですね……)
扉の先には広大な空間が広がっており、高い天井からは柔らかな光が射し込んでいた。部屋の中央にはテーブルが並び、壁一面には背の高い本棚が設置されている。
テーブルの上には、インク、筆、紙などの文具が整然と並べられており、文書の作成に必要なすべての道具が揃っていた。
「ようこそ、文書管理課へ。上司になる翠玲よ」
翠玲は黒く艶やか髪を肩まで伸ばした女性だ。椅子に座っていても分かるほどに背の低い小柄な体躯だが、身にまとう雰囲気から琳華よりも歳は上のように思えた。
「はじめまして、本日からよろしくお願いします」
「慶命様からは優秀だと聞いているわ。久しぶりの部下だから期待させてもらうわね」
「久しぶりなのですか?」
「実は文書管理課はずっと私一人だったの。でもさすがに限界で、頼み込んであなたを配属してもらったの」
人手不足だとは聞いていたが、想定を超えているかもしれない。そんな危惧を覚えていると、翠玲は書類の山を手渡す。
「習うより慣れろというし、さっそく仕事をお願いしてもいい?」
「いきなりですね」
「失敗しても責任は私が取るから」
「分かりました」
懇切丁寧に教えられるほど翠玲にも時間の余裕がないのだろう。人手不足の皺寄せを受け入れながら、琳華は書類に目を通していく。
(雑多な内容ですね)
書類は禄に整理されておらず、政策の決定、外交文書、財政記録、さらには女官や宮女たちの人事情報など、多岐にわたる文書が含まれている。これらの書類を参照しやすく整理するのが、琳華の仕事だった。
(仕事内容は分かりましたし、後はやるだけですね)
混沌とした資料の山の中から秩序を見出すべく、重要度とカテゴリで区別し、その後、年代順に整理していく。
(あとは検索のための要約も用意しておきましょう)
各文書の要点を簡潔に記載し、必要な情報を迅速に見つけ出せるように工夫する。作業を進めるにつれて、乱雑だった書類が整然と並べられていき、膨大な仕事の山はその姿を消した。
「翠玲様、少しよろしいでしょうか?」
「分からないことでもあった?」
「いえ、仕事が終わりましたので、その報告を」
「え、嘘でしょ。あの仕事量なら三日は覚悟していたのよ!」
論より証拠とテーブルの上に整然と並べた書類を提示する。翠玲は目を通しながら、固唾を飲んだ。
「正直、驚いたわ……」
「整理の仕方がまずかったですか?」
「逆よ。素晴らしい完成度に驚いていたの。特に要点がまとめられているのが便利ね。おかげで探している資料もすぐに参照できるわ」
琳華は微笑んで、翠玲の賞賛を受け入れる。その笑みには期待を裏切らずに済んで良かったという安心も含まれていた。
「でも、どうしてこんなに仕事が早いの?」
「それはきっと宝石鑑定士の経験のおかげですね。文書から重要な情報を抜き出す技術は、大量の宝石の中から価値あるものを選別する技術と勘所が同じですから」
客の中には大量の宝石を持ち込む者もいた。たった一人で店を切り盛りしていた琳華は、迅速に価値を見抜かなければならず、自ずと情報の処理能力を高めていたのだ。
「こんなに優秀な人を配属させてくれた慶命様に感謝を伝えないとね」
翠玲の賞賛に、琳華の頬がほんのりと染まる。
より期待に応えるべく、琳華は仕事に没頭していく。集中は時間を忘れさせてくれる。気づくと、夕陽が差し込み始める時刻となっていた。
「そろそろ仕事も終わりにしましょうか」
「まだ夕暮れ時ですよ」
「無理は禁物。だって私はもう過労で倒れたくないもの」
一度、倒れたことがある口振りだった。それが事実だからこそ、負荷軽減のために琳華が配属されたのだろう。
「分かりました。大人しく仕事は止めにします」
「それがいいわ。で、初日を通しての感想はどうかしら?」
「嫌いな仕事ではないですね」
もちろん宝石鑑定士の仕事と違い、好んでいるわけではない。だが同時に苦手意識もなかった。
「疑問点もないの?」
「強いてあげるなら、文書の中に時折出てくる皇子についてでしょうか……議事録の参加者に名前が出てこないのですが、本当に後宮に住んでいるのですか?」
大事な式典には皇帝や皇后が参加者として名を連ねている。だが皇子だけはどの参加者名簿にも記載がない。遠方にいるならともかく、後宮で暮らしているなら違和感を覚える結果だ。
「なんでも宮廷に引きこもっているらしいわよ。だから私も顔を見たことがないし、知っているのは慶命様クラスの立場ある人たちだけ。ただ年齢だけは公表されていて、あなたと同じ十八歳よ」
「なら結婚していてもおかしくはない年齢ですね」
「それが色恋沙汰に興味がないらしいの。世継ぎが心配だと慶命様が嘆いていたわ」
遠い世界の住人の話だからこそ、二人の会話は盛り上がる。琳華は顔も知らない皇子に僅かな興味を覚えながら、談笑を楽しむのだった。
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