56 / 69
第五章
第五章 ~『駆け抜ける森の中』~
しおりを挟むバージルの協力もあり、開墾作業は予定よりも早く進んでいた。だが無理は禁物だと、夕日が沈んできたタイミングで、カイトは皆に休憩を伝えた。
開墾作業は今日だけでなく、これからも長期的に続く。無理をして体を壊すより、明日に備えた方が良いと判断したためだ。
(あっという間に一日が終わりましたね)
役目を終えたシルフを回収し、アリアは一息吐く。呆然と夕日を見上げていると、シンから声をかけられる。
「私の書類仕事が終わってね。師匠さえよければ、散歩に付き合ってくれないかな?」
「もちろん、構いませんよ」
このまま帰っては味気ないと思っていたところの誘いだ。快諾して、二人で肩を並べて歩く。
昔を思い出すような雑談を繰り返しながら、足を進めていると、いつの間にか鬱蒼とした森の前に辿り着いていた。
「随分、歩いてきましたが、こんな森があったんですね」
「この先は未開拓の土地だね。将来的には森を抜けた先までが領地になる予定なんだ。もっとも、開拓の進捗は良くないけどね」
「もしかして、この森の中にも魔物がいるからですか?」
「さすが、師匠。正解だよ。伐採作業を進めるにしても、魔物を駆除しないといけないからね。思うように進まないんだ」
作業員が途中で襲われるわけにはいかない。安全を確保するためにも周辺の魔物は討伐しておく必要があるため、どうしても時間を要するのだ。
「でも今だけの頑張りさ。最終的には領地となったエリアを外壁で囲うことになるからね。魔物は出現しなくなるはずさ」
「つまり森に住んでいる魔物は外から来ているのですね」
「北側にあるダンジョンからだね。東側のエリアとは距離があるから数が少ないのは救いだけどね」
魔物はダンジョン内で生まれ育つ。だがダンジョン内部は苛烈な生存競争が行われているため、外に逃れてくる魔物も多い。それが森に巣食う魔物の正体だった。
故に地上の魔物はダンジョン内の魔物と比較すると弱いことが多い。もっともドラゴンのように自由に空を飛ぶため外に出てくる場合もあるため、何事にも例外はあるのだが。
(ダンジョンから遠いなら森を切り開けば、魔物もわざわざ寄ってこないでしょうし、出現数はガクンと減りそうですね)
魔物が森に集まってくるのは、人間と同じで、雨風を防ぐための屋根を求めてだ。森なら葉がその役割を果たしてくれる。森がなくなれば、魔物もわざわざ東側のエリアに赴こうとは思わないはずだ。
「折角ここまで来たんだ。時間もあるし、森の中を探索してみるかい?」
「いいですね」
魔物狩りの討伐ランキングを競う必要はなくなったが、魔石は売れるし、戦力アップにも繋がる。
(あんまりデートっぽくはありませんが、こういうのも私たちらしいですね)
シンと共に、アリアは森へ足を踏み入れる。鳥の鳴く声が反響する森は、葉が揺らめいて影を描いている。枝が折れる音も聞こえてくるため、森の中に魔物がいるのは間違いない。
「この森にはどんな魔物がいるのでしょうか?」
「北側の森とあまり変わらないはずだよ。ゴブリンやオークが数としては最も多いだろうね」
「それなら心配なさそうですね」
ランクの低い魔物が相手なら、もう後れを取ることはない。そんな心の油断を突くように、木の上からガザゴソと音が鳴る。
見上げた瞬間、棍棒を振り上げたゴブリンが飛び掛かってきた。
「油断大敵だね」
庇うようにシンが腰の刀を抜くと、ゴブリンを斬り伏せる。血を吹き出すと、命を落としたのか、魔石となって地面に転がった。
「シン様のおかげで助かりました」
「気にしないでよ。師匠は私が守ってみせるから」
「頼もしいですね」
シンがいてくれれば恐れるものは何もない。足取りが軽くなり、森の中を進んでいくと、腐った卵のような匂いが鼻腔をくすぐる。
「独特な匂いがしますね……」
「毒ではなさそうだね……師匠に心当たりはないの?」
「私に心当たりですか……いえ、まさか、この匂いの正体は……」
アリアは自分でも意識しないままに走り出していた。背中からシンの止まるようにとの声が届き、先ほどの油断の後悔が脳裏に浮かぶが、足は止まってくれない。
(まさか、この先にはあれが!)
鬱蒼とした森を抜け、開けた場所に辿り着く。腐った卵のような匂いの正体を知り、彼女の口角が上がる。
「やっぱり温泉でしたね♪」
期待通りの光景が広がっていたことにアリアは思わず笑みを浮かべる。食事に次ぐ、最高のスローライフを実現するためのピースを手に入れたことに、喜びを隠し切れないのだった。
3
お気に入りに追加
2,075
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢と呼ばれて追放されましたが、先祖返りの精霊種だったので、神殿で崇められる立場になりました。母国は加護を失いましたが仕方ないですね。
蒼衣翼
恋愛
古くから続く名家の娘、アレリは、古い盟約に従って、王太子の妻となるさだめだった。
しかし、古臭い伝統に反発した王太子によって、ありもしない罪をでっち上げられた挙げ句、国外追放となってしまう。
自分の意思とは関係ないところで、運命を翻弄されたアレリは、憧れだった精霊信仰がさかんな国を目指すことに。
そこで、自然のエネルギーそのものである精霊と語り合うことの出来るアレリは、神殿で聖女と崇められ、優しい青年と巡り合った。
一方、古い盟約を破った故国は、精霊の加護を失い、衰退していくのだった。
※カクヨムさまにも掲載しています。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
転生おばさんは有能な侍女
吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした
え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀?
転生おばさんは忙しい
そして、新しい恋の予感……
てへ
豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?
灰銀猫
恋愛
孤児のルネは聖女の力があると神殿に引き取られ、15歳で聖女の任に付く。それから3年間、国を護る結界のために力を使ってきた。
しかし、彼女の婚約者である第二王子はプライドが無駄に高く、平民で地味なルネを蔑み、よりよい相手を得ようと国王に無断で聖女召喚の儀を行ってしまう。
高貴で美しく強い力を持つ聖女を期待していた王子たちの前に現れたのは、確かに高貴な雰囲気と強い力を持つ美しい方だったが、その方が選んだのは王子ではなくルネで…
平民故に周囲から虐げられながらも、身を削って国のために働いていた少女が、溺愛されて幸せになるお話です。
世界観は独自&色々緩くなっております。
R15は保険です。
他サイトでも掲載しています。
元聖女だった少女は我が道を往く
春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。
彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。
「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。
その言葉は取り返しのつかない事態を招く。
でも、もうわたしには関係ない。
だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。
わたしが聖女となることもない。
─── それは誓約だったから
☆これは聖女物ではありません
☆他社でも公開はじめました
お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました
群青みどり
恋愛
国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。
どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。
そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた!
「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」
こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!
このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。
婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎
「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」
麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる──
※タイトル変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる