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第三章

第三章 ~『フロストドラゴンの脅威』~

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 壁外にある魔物の住む森で、アリアはコカトリスを探していた。傍にギンはいない。目的が討伐ではなく、捕獲なため、臆病なコカトリスに逃げられないよう配慮したためだ。

(生息条件は満たしているはずなんですが……)

 日当たりが良く、風通しが良い場所を好むとカイトから聞いていた。実家で世話をしていた彼の解説に間違いはないだろう。

 乾いた地面のおかげで、歩くのは苦ではない。その歩みは軽快だ。

(この森を歩いていると、魔物狩りを強要されていた頃を思い出しますね~)

 周囲のどこから魔物が出没するかも分からない森で一人放置された頃を思い出す。風で葉が揺れるたびに、恐怖で震えたものだ。

(でも、一週間もすれば怯えなくなりましたからね。人の適応能力が凄いのか、私が強いのかは分かりませんが……)

 ハインリヒ公爵のことは今でも嫌っているし、二度と会いたくないが、あの頃の経験はある意味で貴重だった。ただの貴族令嬢が、本物の聖女になれたのは、あの魔物狩りの経験があったからこそだからだ。

(そういえば、フローラは平気なのでしょうか?)

 聖女の務めを果たすためには膨大な魔力がいる。彼ならば、フローラにも魔物狩りを強要してもおかしくはない。

(まぁ、どちらでも私には関係ありませんね。二人は愛し合っているとのことでしたし、部外者が口を出すことではありませんから♪)

 王宮を追放されたショックはなく、むしろ解放してくれた二人には感謝していた。そのまま末永く聖女としての務めを果たして欲しい。

『定時報告です、マスター。まだコカトリスを発見できていません。捜索を続けます』

 空から探してくれているシルフが連絡をくれる。コカトリスは稀に巨大な個体もいるが、基本的には鶏と変わらない大きさで、子供なら鶏よりもさらに小さい。俯瞰では簡単に見つけられないのだろう。

(でも諦めません。卵を食べるのが楽しみですし、それにきっとカイト様も喜びますから)

 コカトリスの卵に言及した時、懐かしむような顔をしていた。ご馳走だったと語っていたし、捕まえて帰れば、きっと喜ぶはずだ。

(ひとまずは休憩にしましょうか)

 丁度良い大きさの腰掛け石に座ると、収納袋から竹皮で作られた弁当箱を取り出す、中には、朝食の残りで作ったおにぎりが入っている。まだ温かいのは、魔道具に収納されたアイテムが、時間でも停止したかのように状態を維持するからだ。

(まずは一口――ッ……さすが、私! とっても美味しいです♪)

 塩で味付けされただけのおにぎりだが、口の中で白米の甘味と塩味が調和していた。一度食べ始めると、もう止まらない。二口、三口と食が進んでいく。

(美味しいご飯に、心地よい風。生きていると実感できますね~)

 激務で労働ばかりしていた頃とは違う。仕事から離れたことで、心に余裕が生まれていた。

(贅沢をいうなら、こんな美味しいご飯なら誰かと一緒に……)

 その願いを叶えるように、茂みから一匹の魔物が近づいてくる。ベースは鶏だが、下肢からは蛇の尻尾が生えている。

 鶏はひよこから成長するが、コカトリスは幼少の頃から成体の姿をしており、サイズだけが変化する。目の前のコカトリスは、鶏よりも一回り小さいため、まだ子供なのだと推測できた。

(ご飯の匂いに釣られてきたのでしょうか?)

 試しに白米を差し出してみると、嬉しそうに駆け寄ってくる。お腹が空いていたのか、嘴で器用に食事を進めていた。

(まだ子供ですし、親鳥も近くにいるのでしょうね)

 逸れたとしても、そう遠くはないはずだ。探してあげようと立ち上がった瞬間、シルフから念話が届く。

『マスター、コカトリスのいた場所を発見しました』

 まるで今はもういないかのような口ぶりに疑問を抱くが、シルフはアリアからそう遠くない位置にいる。考えるより、まずは向かってみることにする。

 コカトリスの子供は餌付けしたことでアリアに懐いたのか、その背中を追いかけてくる。親鳥になったような気分に、口元から笑みが零れる。

(外敵の多い森より、屋敷の方が幸せに暮らせるでしょうし、できれば親子で連れて帰りたいですね)

 距離的にも向かう先にいるのは親鳥だろう。

 コカトリスの子供に歩調を合わせながら森を進み、シルフの待つ場所へと辿り着く。しかしそこには予想外の光景が広がっていた。

(周囲一面が凍って……)

 森の一部だけが異常気象に襲われたかのように、氷の大地へと変化していた。シルフが魔石を手に持ち、近づいてくる。

『マスター、こちらはコカトリスの魔石です』
「どうやら、外敵に襲われたようですね」

 子供のコカトリスは逸れたのではなく、親鳥が命を賭けて逃がしたのだ。

 アリアは子供のコカトリスを抱きかかえる。

「私と一緒に暮らしましょうか?」

 その問いに応えるように、コカトリスは頬を摺り寄せる。親鳥を失った状態で、野生を生き残ることはできない。これが最善の選択だ。

(それにしても凄い力ですね)

 親鳥を襲った犯人には心当たりがあった。ランクAの怪物――フロストドラゴンだろう。氷の魔術を使う最強の実力を改めて理解する。

(いつか戦う日が来るのでしょうか……)

 未来を心配しても仕方がないが、負けないだけの力は欲しい。そう願いながら、コカトリスを抱いて、屋敷への帰路につくのだった。

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