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第三章
幕間 ~『真実の愛に目覚めた公爵★ハインリヒ公爵視点』~
しおりを挟む~『ハインリヒ公爵視点』~
鬼になると決意したハインリヒ公爵は、フローラをデートへと誘った。紺色のドレスで着飾った彼女は美しく、その明るい笑みも陽光に照らされて眩しいほどに輝いていた。
「公爵様がデートに誘ってくれるなんて久しぶりですわね」
「トラブル続きだったからな」
ハインリヒ公爵はフローラと手を繋ぐ。傷一つない白い手はアリアの苦労が滲んだものとは違う。人生で幸せだけを享受してきた貴族令嬢のものだった。
「これからどこに行きますの?」
「王宮騎士の訓練場を見学に行こうと思ってな」
王宮騎士とは国王に仕える騎士団であり、厳しい修練を積んでいる。その訓練場は王宮から歩いてすぐの場所にある。
二人が訓練場に顔を出すと、若い男たちが剣で斬り合い、火花を散らしていた。
「皆さん強そうですわね」
「魔物狩りで魔力を底上げしているそうだからな」
王宮騎士は魔物討伐を繰り返すことで、魔力最大値を増やしていく。命賭けの闘いを超えるからこそ、兵士として一流に成長していくのだ。
「この近くにも魔物が出没するダンジョンがあってな。これからフローラを案内しようと思っていたのもそこだ」
「魔物がいるような場所に行くのは危険ですわ!」
「大丈夫だ。ダンジョンへ続く洞窟は扉で封印されているからな。周辺は魔力のおかげで神秘的な美しさを放っていてな。私たちは安全圏でそれを鑑賞するだけだ」
「それなら……」
フローラは案内されるがまま、ダンジョンの洞窟前までやってくる。人の姿はなく、周囲は深緑色の苔が蛍のように魔力で輝いていた。
「美しいですわね♪」
「ふふ、そうだろうとも」
フローラはロマンティックな光景に目を奪われながら、ハインリヒ公爵の手をギュッと強く握る。
「最近は公爵様と喧嘩ばかりしていましたが、愛しているのは嘘ではありませんから……」
「知っているさ。なにせ私は婚約者だからな」
「公爵様……ふふ、大好きですわ♪」
媚びるようにフローラは頬を擦り寄らせる。だが彼女は気づかない。ハインリヒ公爵の瞳に狂気が浮かんでいることに。
「だからこそ私は幸せになるために鬼になる覚悟を決めたんだ」
ハインリヒ公爵はフローラの手を引いて、洞窟へと向かう。突然の態度の急変に、フローラは頭が追い付いていない。
「公爵様、いったいどこへ?」
「ここだよ」
ハインリヒは扉の傍に設置された魔石に魔力を流す。人間の魔力にだけ反応する特別な魔道具だ。ガチャリと音が鳴り、洞窟へと繋がる扉の鍵が外された。
「悲しいよ、フローラ。これで当分の間、お別れか……」
「公爵……様?」
「さよならだ」
フローラから手を離して、背中を勢いよく押す。彼は彼女を扉の向こう側へと押し込めた。
急に背中を押されたフローラは地面に倒れる。その姿を見届けたハインリヒ公爵は、扉を閉じてから鍵をかけた。
「あ、あの、公爵様!」
扉の向こうから微かに声が届く。洞窟内で反響し、声量が大きくなっているからだろう。
「私はまだ中にいますわ。出してくださいまし」
「これはな、フローラ。二人が幸せになるための試練なんだ」
「え?」
「君は優秀な女性だ。愛想もいいし、美人だ。アリアになんて負けない素敵な人なんだ。だからこそ唯一の欠点である魔力の不足を解消できれば、アリア以上に聖女として相応しい存在になれる」
ハインリヒ公爵がこの状況で魔力の不足について話す意図を、フローラは理解できなかった。正確には、ぼんやりと気づいてはいたが、脳が理解を拒絶していた。
「あ、あの、私、聖女としての務めを頑張りますわ。だから……」
「うん。だからこそフローラ、これからダンジョンで魔物を討伐して暮らしてくれ。な~に、安心してくれ。一か月後には迎えに来る。魔力が増え、本物の聖女になった君をな」
ハインリヒ公爵はアリアに魔物狩りをさせていた日のことを思い出す。彼女もまた最初は泣いて拒否したが、最終的には聖女として逞しい女性へと成長した。
「これは愛の鞭なのだ。分かって欲しい」
「じょ、冗談ですわよね。食事も寝床もないのに、生きていけるはずがありませんわ」
「寝床なんて野宿すればいい。食事は魔物を狩ればいいだろ」
「本気で言ってますの?」
「私は冗談が嫌いなのでな」
ハインリヒ公爵の言葉に、フローラは嗚咽を上げながら、扉を叩く。
「うわああああっ、鬼! 悪魔! ここから出してくださいまし!」
「頑張れ、フローラ。私は応援しているぞ」
(私は悲しき男だ。愛する人をこんな形で試練に送らねばならぬとは……)
「必ず、一か月後に迎えに来る。だからそれまで頑張るんだ」
「絶対に無理ですわ!」
「それでも耐えてくれ」
「……ぅ――こ、この、馬鹿公爵、早く扉を開けるのですわ!」
百年の恋さえ冷めるような仕打ちを受け、フローラの口調からハインリヒ公爵に対する敬意が失せていた。
プライドの高い彼がそれを許容できるはずもなかった。
「貴様如きが私を馬鹿にするつもりか⁉」
怒鳴り声を浴びせると、フローラは黙りこむ。しかし間を置いてから、彼女の反撃が始まった。
「馬鹿にもしますわ。だって本当に馬鹿ですもの。使用人たちも無能のハインリヒと陰口を叩いていましたのよ。素敵な渾名ですわね。私なら恥ずかしくて自殺しますわ」
「うぐっ……」
「馬鹿なあなたなら利用して贅沢ができると近づきましたが、ここまでの愚か者だとは思いませんでしたわ」
「つまり私を騙したのか? 愛の囁きも嘘だったのか?」
「当然ですわ。あなたのような無能な公爵に心から惚れる人がいると思いますの?」
「――――ッ」
ハインリヒ公爵の怒りが頂点に達する。扉を開いて、フローラを殴りつけたい欲に駆られるが、これこそが彼女の狙いなのだと気づいた。
「浅はかな考えだったな。私は扉を開けない」
「いいんですの? 私は聖女ですのよ?」
聖女を失えば、ハインリヒ公爵も立場を失う。フローラの脅しに、彼は喉を鳴らして笑う。
「クククッ、忘れたか。世界にはもう一人、聖女がいる。私は騙されていた被害者として、アリアとの関係を再構築するよ」
大臣もフローラが死ねば、アリアを連れ戻そうとするはずだ。その務めに立候補すれば、役目を果たすまで処刑されることもない。
「じゃあな、フローラ。魔物と一緒に達者に暮らせよ」
「許さないから! 絶対に復讐してやりますわ!」
呪詛の叫び声が背中から聞こえてくるが、ハインリヒ公爵の足が止まることはない。
「本当に私は可哀そうな男だ。クズ女に騙され、真の愛を失ってしまったのだからな」
思い返せば、アリアは暗い性格をしていたが、容姿は整っていたし、安い給料で長時間の労働にも耐えてくれる理想の婚約者だった。
(クククッ、私が騙されていただけだと知れば、アリアはきっと寄りを戻したいと願うはずだ。私がアリアを愛してやりさえすれば、すべてが万事上手くいくのだ)
ハインリヒ公爵の頭の中からフローラの顔が消えていく。もう彼女に興味はない。アリアとの復縁を果たすため、彼は大臣の元へと向かうのだった。
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