かすり傷さえ治せないと迫害されていた回復魔術師。実は《死んだことさえカスリ傷》にできる最強魔術師でした!

上下左右

文字の大きさ
22 / 37

第三章 ~『マリアの格闘術』~

しおりを挟む

 マリアに弟子入りした次の日の放課後、アトラスは闘技場に呼び出されていた。その場には既に彼女と、護衛役であるリックが先に来ていた。

「悪い。授業が遅くなった」
「私も今来たところですから、気にしないでください」
「姫様、嘘を吐いてはいけませんよ。もう一時間以上待っているではありませんか」
「リ、リック、正直はあなたの美徳ですが、何事も真実が正しいわけではありませんよ!」
「うぐっ、貴様のせいで姫様に叱られたではないか!」
「すまん。今回の件に関しては俺が全面的に悪い」

 気を取り直して、アトラスとマリアはリング上で対峙する。格闘術は実戦形式で学んだ方が覚えは早い。二人は互いに構えを作る。

「アトラスさんの構え、それは自己流ですか?」
「友人の構えをパクった。変か?」
「いえ、王国格闘術の基本の構えと似ていましたので。ですがベースが近いなら理想に近づけるのも早いはず。幸先が良いですね♪」

 マリアは脇を閉め、両手を顔の前で構えていた。その構えに隙はない。芸術品のような美しささえ感じる完成度だった。

「これから一週間でアトラスさんをどこまで伸ばせるのかを知るためにも、まずは現状の実力を把握させてください」
「どうやって知るつもりだ?」
「私の顔の前で寸止めするようなパンチを打ってください。フォームや殴り方から、あなたの実力を推察しますので」
「承知した。当てないように注意する」

 アトラスは身体から魔力を放出すると、全身を一陣の颶風へと変える。風を切る音が聞こえたと思うと、彼の拳はマリアの顔の前で止まっていた。

「これが現在の俺の実力だが、どう思う?」
「……アトラスさん、本当に格闘術が必要ですか?」
「は?」
「いえ、あまりに速すぎて目で追えなかったので。これなら並みの使い手は反応さえできませんよ」
「だが並でない相手もいるからな……次は魔力量をマリアと同程度にしてみる。それなら目で追えるだろ?」
「ええ、それなら」

 仕切り直すと、アトラスは放出する魔力量を減らして、再度殴りかかる。寸止めするつもりで放たれた拳は、首の動きだけで躱されてしまう。

「で、どうだ、俺の体術は?」
「アトラスさんって魔力がないと雑魚雑魚さんですね♪」
「うぐっ」
「でも現実には膨大な魔力量があります。これは私にはない才能です」
「マリア……」

 自らのことをポンコツと称するマリアの魔力量は一般的な生徒と同レベルだ。別段少ないわけではない。

 しかしそれでも幼少から英才教育を受けてきた王族としては、あまりにも不出来な結果だった。その劣等感が彼女の表情を曇らせている。

「アトラスさんの魔力量を踏まえると、関節技や投げ技は必要ありませんね」
「どうしてだ?」
「簡単な話ですよ。アトラスさんの魔力を乗せた打撃は、まさしく一撃必殺。誰にも止められません。当たりさえすればどんな敵でも吹き飛ばせる威力があるのですから、小技に頼る必要がないんです」

 投げたり、関節を極めたりするには、単純に殴るだけよりも複雑なプロセスが必要になる。フィジカル頼りの前に出る戦術こそ彼に相応しいと、マリアは提案する。

「打撃を中心に覚えるってことだよな。どうやって覚える?」
「もちろん実践です。魔力量を同じにして、単純な技術で私と勝負です」
「自信があるようだな」
「私の数少ない特技ですから。もし一撃でも入れられれば、ご褒美に何でも願いを聞いてあげますよ♪」
「なら俺も同じ条件でいいぜ。一週間、もし一撃でも命中させられなければ、どんな命令にも絶対服従してやるよ」
「ふふふ、約束ですよ」
「ああ。約束だ」

 魔力量が同じであれば、単純な体術での勝負になる。アトラスは間合いに入ると、当てるつもりで拳を振るう。

 しかしマリアは飛んできた拳を払い落とす。そして体勢を崩した彼の顔に裏拳を叩きこんだ。

「うぐっ」

 魔力の鎧で身を守っていないため、鋭い痛みが奔る。面食らった彼に対し、マリアは前蹴りの追撃を放つ。腹部に刺さるような衝撃が響いた。

「や、やるな。格闘術に自信があると豪語するだけのことはある」

 拳を捌いてからの流れるような裏拳は、一朝一夕で身に付くモノではない。

「これほどの完成された格闘術は、魔法にさえ匹敵するオリジナルだ。マリアは魔法が使えないことを卑下するが、自信を持ってもいい」
「ほ、褒めても何もでませんよ」
「お世辞じゃない。心からの本心だ」
「そ、そうですか……えへへ、褒められるのは悪い気がしませんね♪」

 気恥ずかしいのか、耳まで紅潮させる。先ほどまで華麗な技を見せていた少女と同一人物とは思えない初心な反応だった。誤魔化すように彼女は咳払いをする。

「ゴホン、私の話をしている暇はありませんよ。アトラスさんには格闘術を習得して貰わなければならないのですから」
「それで、俺の何が駄目だった?」
「二つあります。一つはパンチの打ち方です。勢いを出すために拳を振り上げているでしょう。確かに威力は増しますが、相手に躱す余裕を与えることになります。突き出すように打つだけで、アトラスさんの魔力があれば十分に必殺ですよ」
「心得た。もう一つは?」
「重心の移動です。アトラスさんは拳を放った後、重心を前に倒していますよね?」
「そうした方が体重が乗るからな」
「ですが重心を前に倒しすぎると、腕を引いて戻す動作に遅れが生じます。即ち、一度打撃を弾かれれば、数瞬の間、無防備になることを意味します。これは実感しましたよね?」
「裏拳を防御もできずに直撃したからな」
「飲み込みが早くてよろしい♪ この調子なら一週間後には、打撃だけなら、それなりの完成度になっているでしょうね」
「それは楽しみだな」
「ふふふ、では楽しい修行を再開しましょう♪」
「頼む」

 二人は拳を交えながら、技を伝授していく。拳をぶつけ合うたびに、アトラスは成長を実感するのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで

渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。 ……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。 「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」 「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」 ※※※ 冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

【完結】義姉上が悪役令嬢だと!?ふざけるな!姉を貶めたお前達を絶対に許さない!!

つくも茄子
ファンタジー
義姉は王家とこの国に殺された。 冤罪に末に毒杯だ。公爵令嬢である義姉上に対してこの仕打ち。笑顔の王太子夫妻が憎い。嘘の供述をした連中を許さない。我が子可愛さに隠蔽した国王。実の娘を信じなかった義父。 全ての復讐を終えたミゲルは義姉の墓前で報告をした直後に世界が歪む。目を覚ますとそこには亡くなった義姉の姿があった。過去に巻き戻った事を知ったミゲルは今度こそ義姉を守るために行動する。 巻き戻った世界は同じようで違う。その違いは吉とでるか凶とでるか……。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

【完結】偽物聖女として追放される予定ですが、続編の知識を活かして仕返しします

ユユ
ファンタジー
聖女と認定され 王子妃になったのに 11年後、もう一人 聖女認定された。 王子は同じ聖女なら美人がいいと 元の聖女を偽物として追放した。 後に二人に天罰が降る。 これが この体に入る前の世界で読んだ Web小説の本編。 だけど、読者からの激しいクレームに遭い 救済続編が書かれた。 その激しいクレームを入れた 読者の一人が私だった。 異世界の追放予定の聖女の中に 入り込んだ私は小説の知識を 活用して対策をした。 大人しく追放なんてさせない! * 作り話です。 * 長くはしないつもりなのでサクサクいきます。 * 短編にしましたが、うっかり長くなったらごめんなさい。 * 掲載は3日に一度。

処理中です...