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第二章 ~『マリアの人望』~
しおりを挟む「正義のヒーロー?」
「ただの生き様の話だ。深くは考えないでくれ」
正義という言葉に思うところがあるのか、マリアは神妙な表情を浮かべる。
「どうかしたのか?」
「いえ、あなたと正義のイメージが一致しなかったもので」
「まぁ、多少派手にやったからな」
牛舎は血と肉が焼ける匂いで充満していた。村を襲った悪党とはいえ、人を容赦なく殺すアトラスを正義と受け入れることは難しい。
「いえ、失礼しました。あなたが私たちを救ってくれたことに変わりはありませんから。さぁ、みんなもお礼を言いましょうか」
マリアは周囲の子供たちを促すが、彼らは感謝するどころか、アトラスを警戒するように鋭い視線を向ける。
「姫様を虐めないで!」
「僕たちが相手だっ!」
「皆さん、落ち着いてください。アトラスさんは私たちの味方です」
「いや、いいんだ。子供が警戒するのは無理がない。それだけマリアのことが大切ってことだ」
人望は人柄を測るための材料になる。子供たちの態度から察するに、マリアが信頼のできる人物なのは疑いようもなかった。
「子供たちは私の宝物です。守ってくれたこと、本当に感謝します……」
「俺も助けられて良かったよ……そういや一つ気になったんだが、どうして子供たちから姫と呼ばれているんだ?」
「そ、それは……」
「なるほど。そういうことか」
「なぜだか分かったのですか!?」
「きっと子供たちから王女のように慕われているから、渾名が姫になったんだろ」
「……え、ええ。実はそうなんです」
まるで本物の姫であると知られると身の危険に繋がるからと警戒するように首を縦に振る。
「やっぱりかぁ。でもまぁ、そりゃそうだよな。本物の王女が護衛の兵士を連れずに、こんな辺境の村にいるはずないもんな」
「――っ、み、耳が痛いですね……」
マリアは自分の行動が改めて非常識だったと自覚する。
「でもまぁ、あんたのように子供から慕われる奴が本物の姫なら、この国ももっと良くなるんだろうな」
「私が姫に相応しいと?」
「民から慕われてこその王族だろ」
「えへへ、私が理想の姫ですか♪」
「そこまでは言ってないっ」
上機嫌になるマリアは心の障壁が崩れたのか、口元に小さな笑みを浮かべる。
「アトラスさんは話してみると良い人ですね♪」
「話さなくても良い人なんだがな。あと、いくら何でも褒められたからと気を許しすぎだぞ。あまりにチョロすぎる」
「……ぅ――子供たちの前ではしっかり者のお姉さんですが、家では落ちこぼれ扱いされていましたから……褒められることに免疫がないのです」
「……その気持ちは痛いほど理解できる。俺も学園では無能扱いされていたからな」
最弱の回復魔術師と嘲笑されていたアトラスにとって、マリアの境遇が他人事のように思えなかった。
「世界でも数人しか使い手のいない《爆裂魔法》を扱えるアトラスさんが無能扱いですか?」
「色々と事情があってな。当時の俺は弱かったのさ」
「努力で力を手に入れたと。そして今では高名な冒険者となれたのですね♪」
「冒険者って俺がか?」
「違うのですか?」
冒険者風の服装だからだろうか。だがそれではあまりに安直すぎる。
「どうして俺が冒険者だと?」
「簡単な推理です。あなたと一緒にいる方はエルフ族ですよね? 帝国の辺境の森に住むエルフ族は、人里と交流するために冒険者となる者がいると聞いたことがあります。ズバリ、二人一組の冒険者チームだと私は予想しました!」
「あー、なるほど。そういうことか」
推理内容は間違っているモノの筋は通っている。否定すると話がこじれるかもしれないため、アトラスは黙って首を縦に振る。
「お二人はどちらで出会われたのですか?」
「ダンジョンの中だな」
「危険なダンジョンを攻略するために二人は手を組み、そのままパーティーになったと。運命的な出会いにドキドキしちゃいますね♪」
「変な想像は止めてくれ。俺とメイリスの間に深い関係はない」
「ふふふ、恥ずかしがらなくても良いのですよ」
「だから俺は――なんだ、この魔力っ!」
先ほど倒した騎士たちとは比べ物にならないほど強大な魔力が近づいていた。殺気混じりの魔力から、敵対の意思があると判断する。
「子供たちを連れて逃げる準備をしろ!」
「あ、あなたは……」
「早くっ!」
アトラスが叫ぶと同時だった。彼の手にナイフが突き刺さる。銀の刃先からは魔力が放出されており、その切れ味は彼の魔力の鎧さえ貫通していた。
「――ッ」
血が溢れる手を見つめながら、苦悶の声を上げる。ナイフは敢えて抜かずに、声の主を見据えた。
「私の部下を殺したのは貴様だな」
牛舎に青髪の男が現れた。スラっとした印象を与える細身の彼だが、身体から放出している魔力が、只者ではないと告げていた。
「上級魔術師かっ」
魔力だけで今まで戦ってきた初級魔術師の騎士たちとは違うと察する。新たな強者との邂逅に、彼は不敵な笑みを浮かべるのだった。
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