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幕間 ~『第一王女と正義の化身』~

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 第一王女、マリア・エステートは、誰よりも正義心の強い女性だった。王族とは思えない質素な暮らしをしながら、私財を貧しい者に分け与える姿勢から、王国の聖女とまで称されていた。

 だがマリアが貧しき者たちに恵みを与えることを良しとしない者もいた。

 正義に基づく行動は他人の規範となる。彼女と同等の正義を、他の王族にも求める世論が成熟されていった。

 結果、マリアは一部の王族たちから疎まれるようになり、慈善活動に横やりが入るようになった。だが彼女の正義心は鉄よりも固い。

 邪魔されるくらいならと、大っぴらな慈善行為を止め、お忍びで活動するようになった。最小限の数しか護衛の兵士を連れずに、フドウ村にある孤児院を訪れたのも、そのような理由からだった。

 だが結局、それが過ちだったと気づかされる。マリアの視界には火の放たれた村が赤く燃えている。

 敵の正体は分かっていない。盗賊かもしれないし、王族であるマリアを暗殺しに来た可能性も十分ある。

 分かっていることはただ一つ。敵がマリアの警護兵を殺せるほどの実力者だということだけ。

 牛舎に隠れて身を潜んでいるが、相手がプロであるなら、魔の手が彼女に届くのも時間の問題だった。

「マリア様ぁ~」
「マリアお姉ちゃん……」

 孤児院から逃げだした子供たちがマリアに縋るような眼を向ける。その期待に応えてみせるとマリアは赤い瞳で見つめ返す。彼らが頼れるのは自分だけ。王族としての義務感が正義の心を突き動かす。

「安心してください。皆さんは私が守りますから」
「本当ぉ?」
「本当ですとも。私が一度でも嘘を吐いたことがありますか?」
「ないっ」
「でしょうとも。だから恐怖に負けてはいけませんよ」

 マリアは子供たちを抱きしめる。腕の中で震える彼らを守るためなら何だってすると誓う。

(王家では無能だと馬鹿にされてきた私でも、子供たちはそんな私を好いてくれている。自分を愛してくれる者のために頑張れないようでは人として失格ですもの)

 幼少期から王族としての帝王学を叩きこまれてきたマリアだが、才能がないのか、血が滲むような努力を重ねても初級魔術師の域を出ることがなかった。

(平民の出自ならば初級でも許されたのでしょうが……)

 魔術師は初級、中級、上級の三つにカテゴライズされる。

 魔力を身体に纏うことができて初級、魔力を魔法に変換することができて中級、そして魔法の奥義とも呼べる魔術を扱えて上級が区分である。

 王国の魔術師のほとんどは初級のままであり、中級、上級は一部の者しかたどり着けない。しかしこと王族に限って言えば、教育と血筋のおかげもあり、十五歳を迎えるまでに、そのすべてが上級魔術師へと至る。

(駄目です。恐怖のせいか弱気になっていますね。自分を卑下している場合ではないというのに……こんな時、一緒に戦ってくれる仲間がいれば……)

 王族という立場のせいか、マリアには気の許せる友人がいない。もし仲間がいれば、子供たちを預け、自分が囮となることもできたのだ。

「マリア様、足音が……」
「私も聞きました。物音を立てないように、息を潜めていてくださいね」

 足音がマリアの元へと近づいてくる。その足取りに迷いはない。居場所がバレていると確信する。

「あなたたちは絶対にここに隠れていてください。私との約束ですよ」
「マリア様は?」
「戦ってきます。でも心配しないでください。正義は勝つと、御伽噺でも語られているでしょう」

 小さく息を吸うと、腰から剣を抜いて、足音がする方向へと近づいていく。輝くような刀身は、彼女の髪のように艶のある銀色だった。紺のドレススカートが舞踏会に赴くようにヒラヒラと翻っている。

「ははは、やっぱりここにいたか!」

 暗闇に甲冑姿の男が浮かぶ。手には銀刀が握られ、その剣先は血で赤く濡れていた。

「私は逃げも隠れもしません! 正々堂々、立ち会いましょう!」
「無能な王女様が俺に勝てると?」
「なるほど。やはりただの盗賊ではありませんでしたか」
「チッ、口が滑ったな」

 マリアが王女であると知りながら襲っているのだ。盗賊なら王族殺しの罪を背負えるほどの覚悟はない。

「参ります。ご覚悟を!」

 足に魔力を込めたマリアは、男との距離を詰める。間合いまで近づくと、勢いを乗せたまま、剣を振るう。

 だが男は悠々と剣戟を受け止める。剣術の訓練を受けているのか、剣の勢いを殺すような受け止め方だった。鍔迫り合いになりながら、二人はにらみ合う。

「あなた、王国剣術を使えるのですか?」

 王国剣術は王国に所属する兵士のみに教えられる。その技の一つに、マリアの剣を受け止めた技術が存在した。

「まさか、あなたの正体は……」

 王国兵を動かせるのは王族だけである。身内が送り込んできた刺客だと知り、怒りと悲しみが湧いてくる。

「教えてください。あなたは誰に雇われたのですか!」
「依頼主のことを話せるかよ!」
「そうですか。では無力化した後に聞き出すとしましょう」

 マリアは鍔迫り合いの状態から、一歩背後へと下がると、開いた空間を利用して、男の籠手に剣を振り下ろす。

 魔力で加速された剣戟は男の手を斬りつけた。手首から血が溢れ、彼の手から剣が零れ落ちる。

「クソッ、いてええっ」
「勝負ありです!」

 男は手首の出血を押さえながら苦痛で蹲る。そんな彼を見下ろしながら、マリアは悩ましげに眉を顰めた。

「はぁ~やっぱり私は甘いですね……これを使ってください」

 胸元に吊り下げたネックレスには、もしもの時のために傷薬が仕込まれていた。虎の子の薬を、事もあろうか悪漢に手渡す。

「傷薬です。王族のために特別な調合をされたものですから、塗れば痛みも退くはずです」
「あんた馬鹿だろ……」
「ば、馬鹿とは失敬な!」
「だがまぁ、良い馬鹿だ」

 マリアを殺そうとしていた男は傷薬を受け取ると、手首に塗っていく。痛みが消えたのか、男の顔も安らかなモノに変わる。

「薬の礼だ。さっきの質問に答えてやるよ。あんたを殺せって依頼してきたのは――」

 男が言葉を発する直前、頭に矢が突き刺さる。即死だったのか、男はピクリとも動かなくなった。

「お喋りは明確な裏切り行為だ。死に値する」

 暗闇の向こう側、弓矢で武装した男が近づいてくる。背後には部下と思わしき男たちが並び、その誰もが身体に強力な魔力を纏っている。

「あなたたちは……」
「疑問に思う必要はない。第一王女マリア・エステート。お前の人生はここで終わるのだからな」

 男は弓矢を投げ捨てると、腰から剣を抜く。魔力量は先ほどの男の倍はある。さらに背後には数十名の部下たち。勝てるはずがなかった。

「ですが私は逃げません! あなたたちを必ず倒します!」

 意気込みと共に剣に魔力を込めて斬りかかる。しかし男はその剣を易々と受け止めると、空いている手で彼女の手首を掴む。そしてそのまま流れるような動きで、彼女の手首を捻った。

 痛みで剣を落としたマリアに、男は地を這う蟻でも見るかのような冷酷な目を向ける。首を刎ねるために剣を振り上げると、陽光が剣に反射する。彼女の人生を終わらせる最後の花火のように輝いていた。

(私の人生もこれで終わりなのですね……)

 諦めで瞼を閉じる。だが剣が刺さる痛みはない。代わりに鉄の匂いのする液体を全身に浴びる。

 恐る恐る瞼を開けると、そこには信じたくない光景が広がっていた。

「~~ぅ――ぁ、ああああああっ」

 男の剣を受け止めたのは、マリアが命を賭けて守ると誓った子供の肉体だった。彼女を庇うために、孤児院の少年が身を呈して身代わりになってくれたのだと理解する。

「まだ生き残りがいたのか……おいっ、目撃者は全員殺せ! 子供だろうと、確実に息の根を止めろ!」
「や、やめて……やめてええええっ!」

 無慈悲な命令を遮るような叫びをあげるが、力なき者の声に従う者はいない。騎士たちが逃げ出した子供たちを殺すために動きだそうとした。

 その瞬間である。状況が一変する。

 子供を殺した騎士の男が突如爆発したのである。爆炎に包まれ、白煙が視界を奪う。

 煙が徐々に散っていき、人影が露わになる。そこにいたのは黒髪の少年だった。これがマリアの人生を変えることになる正義の化身との出会いだった。

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