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第一章 ~『黒鎧との決着』~
しおりを挟む最初に動いたのはアトラスからだった。全身を魔力の鎧で覆うと、拳が届く距離まで近づくために駆ける。
対する黒鎧は両手を手刀で構えて迎え撃つ。漲る魔力はアトラスとほぼ互角である。
「オラアアアッ」
初撃はアトラスから始まった。魔力で加速した拳が黒鎧の右腹に突き刺さる。
「よしっ!」
ダメージが入ったのか動きが止まる。追撃を放とうと、膝蹴りを放とうとするが、それよりも前にアトラスの身体が左右の二つに分かれる。
黒鎧が高速の手刀を振り下ろしたのだ。魔力は斬撃の特性を帯びている。刃物で斬られたように血が噴き出るが、すぐにその傷は癒える。
アトラスの回復魔術が発動したのだ。『死んだことさえカスリ傷』になる奇跡が態勢を立て直させる。彼の膝蹴りが黒鎧へと炸裂し、後方まで吹き飛ばした。
「殴り合いだとほぼ互角か」
黒鎧は死者の魂が魔力によって残留しているに過ぎない。故に肉体の疲労はなく、欠損でもさせなければダメージとならない。
一方、アトラスも回復魔術により、『死んだことさえカスリ傷』へと変わる。決め手に欠ける二人の勝負に勝敗が付かないのも当然だった。
「打撃が致命傷にならないなら、魔術に頼るだけさ」
無能な魔術師は卒業したのだ。習得した数ある魔術から殺傷能力の高い力を選択し、戦術を練る。
「やはりあれでいくか」
アトラスの手のひらに魔力が凝縮されていく。魔力の球体が宙に浮かび、黒鎧へと発射される。
そこから発動するのはゴブリンメイジから学んだ《炎魔法》だ。着弾した黒鎧は炎の渦で燃え上がり、身動きを取れなくなる。
「ここが正念場だ」
膨大な魔力で身を守る黒鎧が炎で致命傷を負うはずもない。時間稼ぎにしかならないことは重々に理解していた。
だからこそアトラスは黒鎧との距離を詰める。彼にはどんな強敵も倒しうる一撃必殺の魔術が存在したからだ。
両手をパンと叩いて、祈るように合わせる。『収納空間』の魔術を発動させるべく、魔力を練り上げていく。
敵対者の魔力反応は危険の合図である。黒鎧は魔術発動の気配を感じ取ったのか、炎で焼かれながらも飛び掛かってくる。
「時間稼ぎは限界か……だがこれで終わらせてやる!」
『収納空間』の魔法は半径一メートル以内に空間の裂け目を生み出し、対象を閉じ込める力を有する。
生物なら無条件に命を落とす異空間への通り道を生み出し、黒鎧の身体を包み込む。
だが収納された黒鎧は、裂け目から無理矢理脱出する。一撃必殺が失敗に終わったと自覚した瞬間、アトラスの顔に拳が突き刺さっていた。
吹き飛ばされながら、鼻から血を吹き出す。折れたと自覚した瞬間、回復魔術で再生するが、一瞬の苦痛は頭に残る。鋭い視線を黒鎧に向けながら、冷静になるために深呼吸する。
「黒鎧ほどの強者を閉じ込めるためには、両手を合わせる時間が足りなかったか……実践で使うにはまだまだ課題がありそうだな」
『収納空間』の魔術で閉じ込めるためには、最低でも数分の合掌が必要だと判断する。黒鎧ほどの強者相手では現実的な時間ではない。
「これで振り出しに戻ったな」
炎も収納も体術も通じなかった。ならば他にできることは何かと考えていると、黒鎧の方が新たな行動に移る。先ほどのアトラスと同じように合掌を始めたのだ。
「俺の真似をして挑発でもしたいのか? だがそんな挑発で冷静さを失うはずが――いや、違う!」
戦闘中に行われる不条理は魔術の兆しだ。両手を封じることを制約とした斬撃の魔術が発動するのだと察する。
(いったい何が起きる? 斬撃で魔術? 考えている暇はない)
一刻も早く、距離を取るべきだと判断するが、既に手遅れだった。黒鎧の魔術が発現し、悪寒が全身を包み込む。
魔術を知覚したのは視界すべてが魔力の刃で埋め尽くされ、全身を切り刻まれる痛みに苦しめられたからだ。
「いてえええっ!」
血が噴水のように飛び出し、刻まれた刀傷で命を落とす。しかし死ぬ度に回復して蘇生する。
だが新たな命を得ても、すぐにまた摘まれてしまう。拷問に等しい激痛に耐えるため、アトラスは歯を食いしばった。
(ヒーローは痛みになんて負けない。どんな苦境にも耐えられる。だから俺も我慢する!)
黒鎧の魔術は自分の周囲全てが対象に含まれるのか、壁も床もすべてに刀傷を残す。だからこそ傷のない場所が際立っていた。
(この斬撃空間を生み出す魔術は、黒鎧を中心にして発生している。ターゲットを絞っていないなら、間合いの外に逃げさえすれば、この地獄も終わるはずだ)
痛みから逃げるため、アトラスは足に魔力を集中させて、後ろに飛び退く。転がりながら殺傷範囲から抜け出し、回復魔術で傷を治療する。
「はぁ、はぁ、こんな厄介な魔術が使えるのかよ。百回は殺されたぞ」
黒鎧が強敵なのだと再認識する。そして相手が優秀だからこそ成り立つ罠を思いつく。
(黒鎧の魔術は合掌時間に応じて、殺傷範囲を広げることができる。この力は俺を殺せるほどに強力だった。だが俺もやられっぱなしじゃない。きっちりやり返してやる!)
アトラスは黒鎧を挑発するように口元に笑みを浮かべながら合掌する。練られる魔力に反応した黒鎧は戸惑いすらせずに、彼の元へと駆ける。
「優秀なお前のことだ。近づいてきてくれると思ったよ」
黒鎧はアトラスが死ぬことで魔術をコピーできることを知らない。ならば彼が合掌した意味を『収納空間』の魔術発動のためだと判断する。
時間稼ぎを許さない躊躇いのない接近。黒鎧が優秀であるが故の行動に、アトラスは感謝する。
「この近距離なら十分に殺傷範囲だ」
アトラスは魔術を発動させる。しかしそれは『収納空間』の魔術ではない。黒鎧からコピーした『斬撃空間』の魔術が発現する。
膨大な魔力を消費して放たれた剣戟は、黒鎧の身体を切り刻んでいく。一撃が必殺の威力である。黒鎧は全身に魔力の鎧を纏い、攻撃が終わるのをただひたすらに待つ。
いったいどれだけの時間、繰り返されただろう。死ぬことで蘇生できるアトラスと違い、黒鎧は傷を癒すことができるわけではない。つまり斬撃をワザと受けるようなことはできず、防御に集中しなければならない。
「そろそろかな」
アトラスは『斬撃空間』の魔術を解除する。切り刻まれた空間にボロボロの黒鎧が立ち尽くしていた。
防御に魔力の大半を使い果たし、既に立っているのが限界の状態。勝負は決したに等しい。
「ありがとな。お前は最高の好敵手だったぜ」
アトラスが膨大な魔力を手に入れたのも、斬撃の魔術を手に入れたのも、そして回復魔術の正体に気づけたのも、すべて黒鎧がいたからだ。
長い闘いに決着をつけるため、アトラスは黒鎧の間合いに入る。最後に使う魔術は決めていた。
黒鎧の身体に触れると、掌に貯めた魔力を爆発させる。すべてを吹き飛ばす《爆裂魔法》は、鎧を粉々に粉砕し、塵へと変えた。
「成仏してくれよな」
現世に止まる魂が無事天国へ行けたことを祈る。
「さて、これでやるべきことは終えた。あとは帰るだけだな」
アトラスは黒鎧が守っていた扉の前に立つ。この先には地上へと戻る階段があるはずだと信じ、堅牢な鋼鉄の扉を押す。
「なんだここは……」
扉の先に待っていたのはダンジョンとは思えない、王城の謁見室のような空間だった。大理石の床に赤い絨毯が敷かれ、天井には宝石が散りばめられたシャンデリアが吊るされている。
「ダンジョンにこんな場所があるなんて聞いたことないぞ」
警戒しながら部屋の中を探索する。すると大理石を踏み歩く足音が聞こえてくる。
(魔物か……)
緊張で息を呑む。足音は次第に大きくなり、部屋の奥から人影が現れる。
「あれは……人間……だよな」
人影の正体は絶世と表現できるほどの美女だった。女神が降臨したかのような整った顔立ちと、ふくよかな胸と相反するようなキュッとしたクビレ、それに何より絹のような金髪と蒼玉のような澄んだ瞳は目が離せないほどに美しかった。
だが彼女は人間ではない。ツンと尖った耳は、魔人種の特徴だった。
「エルフがなぜここに……」
「ふふふ、もちろん、あなたをお待ちしていたのですよ」
鈴が鳴るような声で笑う彼女は、アトラスの眼前で跪く。そして恭しく、告げる。
「ようこそいらっしゃいました。新しい我らが魔の王よ」
アトラスの人生を変える出会いはここから始まったのだった。
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