かすり傷さえ治せないと迫害されていた回復魔術師。実は《死んだことさえカスリ傷》にできる最強魔術師でした!

上下左右

文字の大きさ
上 下
5 / 37

第一章 ~『ゴブリンロードとの闘い』~

しおりを挟む

 ゴブリンたちを追い払ったアトラスは、邪魔された睡眠を再開するべく、瞼を閉じて、暗闇の世界の中に身を任せる。

 眠り始めてから数時間が経過した。溜まった疲労を回復させたアトラスは、瞼を擦って起き上がる。

「ふぁ~、もう朝か……とはいえ、ダンジョン内は薄暗いから実感湧かないが」

 体内時計と空腹が時刻を朝だと教えてくれる。空腹を埋めるために、瞼が半開きの状態のままで、ドラゴンの死骸の元へと向かう。

 ドラゴンの腹の中から肉を抉り取ると、回復の魔術で鮮度を取り戻すが、またあのマズイ肉を口にしなければならないかと思うと、どうしても口元が引き攣ってしまう。

「食べたらすぐに飲み込めばいいんだ。そうすれば味なんて感じな――いや、違う。美味しく食べる方法ならあるじゃないか」

 アトラスは手で握った生肉を魔力で包み込むと、炎の魔法を発動させる。石窯で焼かれるように、肉の表面に綺麗な焼き目が刻まれていった。

「美味しそうな匂いがしてきたぞ。これなら味も期待できそうだ」

 こんがりと焼けたドラゴンの肉を口の中に放り込む。生肉とは違い、血生臭さは感じない。肉汁のジューシーさが舌の上で弾けた。

「うめえええぇぇっ!」

 久しぶりのご馳走に涙が零れそうになる。気力が満ち、身体から放たれる魔力も自然と多くなっていた。

「俺の魔力量も随分と増えたな」

 魔力量だけなら一学年最強だったウシオを圧倒し、黒鎧にさえ匹敵するレベルに到達した。一万回の死は無駄でなかったのだと、苦労が報われた喜びで頬が緩んでいく。

「魔力だけじゃない。《炎魔法》や《斬撃魔法》も習得できた。それにこれからも殺されるたびに増えていくんだ。いつかウシオの《爆裂魔法》でさえも俺の力に……あれ? 待てよ。もしかして……」

 アトラスの記憶は曖昧になっているが、ウシオの『時計爆弾』により、一度殺されているはずである。

 もしそこから復活したのなら、《爆裂魔法》も既に扱えるのではないか。疑念を確認するために、手の魔力を破裂させたいと願う。

 すると小さな爆発が発生する。《爆裂魔法》は既に習得済みだったのだ。

「これで魔法でもウシオに負けないはずだ……いや、そんなことより、やっぱりあいつ、俺を殺してやがったのか」

 ウシオと相対した時、報復に躊躇する理由が消えた。謝罪しても、もう遅い。必ず復讐してやると誓う。

「復讐を確実に成し遂げるためにも、もっと強くならないとな……」

 強くなるには魔力を増やすか、新しい魔法を覚えるしかない。どちらしても、アトラスには闘争が必要だ。

「期待していたら、現実が応えてくれるとはな。俺も運が良いのか悪いのか」

 アトラスに近づいてくる足音が聞こえてくる。その数は一つや二つではない。音の大きさから小柄な魔物の群れだと分かる。

「やはり報復に来たか」

 足音の正体はゴブリンだった。魔物の中では比較的知能が高い彼らは、アトラスに勝てないと見るや、一目散に逃げ去った。しかしそれは一時的な後退に過ぎなかった。

 人でさえ一度受けた恨みを忘れないのだ。本能のままに生きる魔物が、リーダーのゴブリンメイジを殺されて、大人しく引き下がるはずもない。

「ゴブリンメイジを倒した俺を倒せる戦力だ。強敵が現れるのだろうな」

 ゴブリンが集結するのを期待していると、ゴブリンメイジよりも二回りは大きい巨大な魔物が目に入る。

 大きさだけならオークにさえ見える魔物は、ゴブリンたちの王、ゴブリンロードである。二メートルを超える身長と、丸太のように太い腕、そして全身から放つ魔力が強さを誇示していた。

「ゴブリンロードは身体能力が高く、魔術も使えたはずだ。ゴブリンメイジほど簡単には倒せないかもな」

 ゴブリンロードは個体ごとの魔術を駆使する。もしその魔術が殺さずに身動きだけを封じる能力ならば、無限の蘇生能力を持つアトラスでさえ敗北が起こりうる。今まで以上に慎重にならざる負えない。

「なんだ、あの動き……」

 ゴブリンロードは祈るように両手を合わせた。戦闘中に必要のない行動を取るはずもない。何らかの意図があると警戒する。

 数秒間、ゴブリンロードに動きはないが、異変は起きる。空間に裂け目が入り、そこから弓と矢が零れ落ちてきたのだ。

「あれがあいつの魔術か……」

 空間に収納したアイテムを取り出せる魔術。それこそがゴブリンロードの力であった。

「両手を合わせていたのは制約かな。合わせていた時間に応じて、多くの物質を取り出せる穴を開くってところか」

 魔物の知性では魔術の条件を複雑に設定することはできない。シンプルで、効果的な条件が求められる。それ故に縛りを予想することは容易い。

「魔術が判明した以上、俺にできることは一つだけだ。攻撃あるのみ!」

 蘇生を阻害するような力でないと知れたなら、恐れることは何もない。

 アトラスは全身から魔力を放って、ゴブリンたちを威嚇する。ゴブリンロードはともかく、配下のゴブリンたちは圧倒的な強者の彼に脅威を覚えていた。

「グギギッギッ」

 ゴブリンロードが部下を鼓舞する。及び腰だったゴブリンたちは弓と矢を拾うと、一斉に構えを作る。

「矢で止まるほど、俺の魔力は弱くない」

 ゴブリンたちは一斉に矢を放つが、魔力が込められていない矢がアトラスの魔力の鎧を突き抜けることはない。雨のように降り注ぐ矢を、笑みさえ浮かべて耐えきってみせる。

 しかし矢が止んだ瞬間、アトラスの目の前にはゴブリンロードがいた。両手を合わせた構えに悪寒が奔る。

「まさか矢の雨は俺の視界を封じるため……」

 予感は確信に変わる。アトラスの頭と胴体を切り離すように、空間に亀裂が奔った。次元の裂け目は彼の首を切り落とし、視界を真っ暗に変える。死んでしまったのだと理解した。

 しかし次の瞬間、アトラスは何事もなかったかのように光を取り戻す。目の前には驚愕しているゴブリンロードがいた。

「殺した奴が生き返るとは思わなかったか? だが残念。これは現実だ」

 ゴブリンロードの懐に入り込むと、六つに割れた腹筋に手で触れる。魔力を集中させて発動させる魔法は、ウシオに殺されたことで手に入れた《爆裂魔法》だ。

 破裂音と共にゴブリンロードの腹部が吹き飛ばされる。圧倒的魔力量で放たれた爆破は、ゴブリンの王を仕留めるのに十分な威力があった。

「お前たちの王は死んだ。命が惜しいなら逃がしてやる。だが立ち向かうなら――容赦しないっ」

 倒れるゴブリンロードに炎の魔法を放つ。赤く燃える自分たちの主を見て、最悪を予感したのか、ゴブリンたちは再び蜘蛛の子を散らすように立ち去るのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ある横柄な上官を持った直属下士官の上官並びにその妻観察日記

karon
ファンタジー
色男で女性関係にだらしのない政略結婚なら最悪パターンといわれる上官が電撃結婚。それも十六歳の少女と。下士官ジャックはふとしたことからその少女と知り合い、思いもかけない顔を見る。そして徐々にトラブルの深みにはまっていくが気がついた時には遅かった。

聖女の孫だけど冒険者になるよ!

春野こもも
ファンタジー
森の奥で元聖女の祖母と暮らすセシルは幼い頃から剣と魔法を教え込まれる。それに加えて彼女は精霊の力を使いこなすことができた。 12才にった彼女は生き別れた祖父を探すために旅立つ。そして冒険者となりその能力を生かしてギルドの依頼を難なくこなしていく。 ある依頼でセシルの前に現れた黒髪の青年は非常に高い戦闘力を持っていた。なんと彼は勇者とともに召喚された異世界人だった。そして2人はチームを組むことになる。 基本冒険ファンタジーですが終盤恋愛要素が入ってきます。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

処理中です...