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第三章

第三章 ~『アルフレッドのパンケーキ』~

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 一部とはいえ顔を顕にすることができたアルフレッドだが、呪いの完治にはまだまだ治療が必要だった。

 エリスによる回復魔術の治療は日課として続いており、今朝も彼の私室を訪れていた。背中に手を当てて、癒やしの光を放っている。

(呪いに侵されていたはずなのに、筋肉が増えていますね)

 背中がゴツゴツと硬いのは、重い剣を振り上げることが多い剣士特有の体つきだ。きっとリハビリを兼ねて、陰ながら鍛錬を積んでいたのだ。

(努力家なところも素敵ですね)

 呪いを治すため、エリスも魔力量を増加させるための鍛錬を積んできた。二人は同じ目標に向けて頑張る同志でもあったのだ。

「本日の治療は終了です。お疲れ様でした」
「ありがとう。エリスのおかげで日に日に症状が和らいでいる」
「完治まできっともう少しです。頑張りましょうね」

 エリスの声は希望に満ちている。回復魔術が効果を発揮していると実感できていたからだ。

 効果を上げていた理由は、回復魔術の最適な頻度が判明したことも大きい。薬も一日にたくさん飲んだかといってすぐに病気が治ることはないように、一度に何度も癒やしの輝きを浴びせるより、日に三度だけ治療したほうが治りは早いと分かったのだ。

「エリスの回復魔術の上達の速度は目を見張るものがあるな」
「毎日、治療していますからね。ですが、その分、空間魔術の成長はあんまりです」
「私以外の映像を映せるようになったと聞いたが……」
「でも、狙った映像を表示することがまだできないんです」

 お試しとばかりに、空中に映像を投影する。映されたのは皿の上に載ったふわふわのパンケーキだ。ハチミツとバターが添えられた姿は食欲を唆る。

「意外なものが表示されたな」
「私が食べたいと願った深層心理が反映されたんだと思います」
「この店は……帝国の有名ホテルのものだな。いつかエリスと一緒に訪れたいものだな……」
「ふふ、そんな日が来るのが楽しみですね♪」

 アルフレッドが健康を取り戻せば、旅行だって自由に行ける。決して夢物語ではない。

「領主様、少しよろしいでしょうか?」

 執事がノックを鳴らす。彼が部屋を訪れることは初めてではないため、用件に想像がついた。

「おそらく仕事だ。エリスは部屋でゆっくり過ごしてくれ」
「頑張ってくださいね」
「ああ、任せておけ」

 呪いが和らいできたおかげで、アルフレッドは領主の仕事をこなせるようになっていた。有能な上司として部下から頼られる彼を見ていると、自分も負けていられないと活力が湧いてくる。

(一人になってしまいましたし、修行でもしましょうか……)

 アルフレッドは仕事で部屋を後にしたため、残されたエリスは再び空間魔術を発動させる。

(狙った位置の映像を写せないかチャレンジですね)

 思い描いたのは実家の屋敷だ。長年暮らした場所ならばと試してみると、空中に見知った景色が映し出される。

 それは実家の談話室だ。暖炉で薪がパチパチと燃えている。

 心が休まりそうな空間だったが、そこではケビンとミリアが言い争いをしていた。夫婦仲が悪いとは聞いていたが、鬼のような形相を浮かべる二人は、まるで長年の宿敵のようである。

(私から婚約者を奪っておきながら、喧嘩するのですね)

 婚約破棄されたことは今でも悔しい思い出だ。自分を犠牲にした二人の仲が険悪なことに不満を抱く。だがすぐにストレスを吐き出すため、エリスはふぅと息を吐いた。

(……忘れましょう。もう関係のない話ですから)

 映像を消去し、エリスは座禅を組んで、空間魔術の新しい力の覚醒に向けて鍛錬を積む。意識が真っ暗な世界に放り出され、肉体の感覚がなくなっていく。

 集中してきた。そう自覚したとき、予想していなかった匂いが、エリスの元へ届く。

(これはハチミツの匂いでしょうか……)

 集中が解かれたエリスはダイニングへ向かう。すると机の上にはバターとハチミツがたっぷりと注がれたパンケーキが用意されていた。

「仕事の合間に作ったんだ。食べてくれるか?」
「喜んで♪」

 エリスのパンケーキを食べたいという欲を彼が叶えてくれたのだ。ケビンではなく、彼と婚約できて良かった。改めてそう実感するのだった。

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