21 / 58
第二章
第二章 ~『小麦の救世主』~
しおりを挟むアルフレッドが王都に出かけてから一ヶ月が経過した。肌寒さが増し、曇り空が多くなっている。
エリスはこの一ヶ月の間、塩害被害を治すことで魔力増強の鍛錬を繰り返していた。やりがいのある仕事でアルフレッドのいない寂しさを紛らわせていたが、そろそろ限界が近づいていた。
(アルフレッド様に会いたいですね)
距離が離れたことで、彼を求める感情がより強くなっていた。暇ができては、ついつい王都の方角に視線を向けてしまうほどだ。
「エリス様、本日も農作業ありがとうございました」
使用人として働く若い男性が頭を下げる。彼はエリスが回復魔術を使えることを知らない。シャーロットからは農学の専門家だと説明されており、土を調べていると思っていた。
「エリス様の見立てでは、土壌の調子はどうでしょうか?」
「来年には小麦が実ると思いますよ」
「それは良かった。屋敷の皆が楽しみにしていますから」
採れたての麦で焼いたパンは絶品だ。その麦を生み出す土壌を治したエリスは、使用人たちの間で救世主扱いされていた。
(小麦の救世主くらいが私にとっては丁度良いですね)
国を救って英雄になることは望んでいない。アルフレッドの側にいて、彼の周囲の人たちを幸せにできれば、それだけで十分なのだ。
「シャーロット様にも塩害被害について報告したいのですが、どこにいるかご存知でしょうか?」
「この時間なら自室でお休み中だと思いますよ」
「ありがとうございます」
もしお昼寝中なら引き返そう。そう決めて、彼女の私室まで辿り着くと、扉の向こうから泣き声が聞こえてきた。
(シャーロット様が泣いている……)
いつも明るいシャーロットの泣いている姿が想像できなかった。あらためようと決めて、踵を返すと、泣き声が止んで扉が開いた。
「人の気配を感じたと思ったら、エリスさんだったのね」
「間の悪いタイミングで失礼しました」
「泣いていた私が悪いんだし、気にしないで。ささっ、入って」
「は、はい」
重々しい空気の中、足を踏み入れる。机の上には手帳サイズのアルフレッドの似顔絵が置かれていた。
「息子が帰ってこないでしょ……情けないでしょうけど、不安に耐えられなかったの……」
「無理もありませんよ。もう一ヶ月も経ちますからね……」
「本来の予定なら帰ってきてもおかしくない頃合いなの……でも、会合は議題がまとまらない場合、長引いて数ヶ月に及ぶこともあるわ。そのせいで遅れているだけだと、頭では理解できてはいるの……」
「シャーロット様……」
アルフレッドが健康な状態ならシャーロットもここまでの心配はしないだろう。だが彼は呪いに侵されている。不安になるのも当然だった。
「弱い母親よね?」
「シャーロット様は優しいだけですよ。それにアルフレッド様を想う気持ちなら、私も負けていませんから。不安に想うのも理解できます」
人前で涙を流したりしないが、ベッドの中で枕を濡らすことはあった。エリスもまた心からアルフレッドの安否を心配していたのだ。
「アルフレッド様の様子を知る方法……例えば、王都に人を派遣して、安否確認できないでしょうか?」
「難しいわね。会合は王宮で開催されているの。開催期間中は情報の漏洩防止のために外出禁止になるから、部外者も立ち入れないの」
「難しい状況ですね……」
「でも便りがないのは無事な証拠よ。きっと無事に帰ってくるわ」
心配させないために、シャーロットはぎこちない笑みを浮かべる。優しい彼女の不安を取り除いてあげたいと、エリスの想いが高まっていく。
(アルフレッド様の元気な姿を一目見せられれば……)
神に祈るように強く念じる。すると次の瞬間、部屋を照らす輝きが放たれ、まるでプロジェクターから投影したときのように、空中に映像が映し出されていた。
「いったいなにが起きたのでしょうか……」
「これは……いえ、それよりも、映像の中にいるのは……」
「アルフレッド様ですね」
投影された映像にはアルフレッドが弁舌を振るう姿が映し出されている。彼の元気な姿に、シャーロットは目尻から涙を溢すが、口元には安心で笑みが浮かんでいた。
いつもの明るいシャーロットが帰ってきたのだ。
「きっとこれはエリスさんの力よね」
「魔力を消費している感覚がありますから。おそらくそうだと思います」
「あなたにはいつも助けられてばかりね……」
「い、いえ、私もシャーロット様に救われていますから」
助け合う相互扶助の関係だからこそ、お互いが人格や能力を尊敬しあっていた。
(シャーロット様に認められるのは素直に嬉しいですね)
尊敬している人物から褒められて気分を悪くする者はいない。
前世と現世含めて、シャーロットは出会った人間の中で五指に入るほどに優秀だ。現に冷静さを取り戻した彼女は、映像をじっくりと観察して、なにかに気づく。
「この映像、もしかして聖女様と同じ空間魔術じゃないかしら?」
「私にも同じ力が目覚めたということですか⁉」
「きっと空間を繋いで王都の映像を映し出しているのよ。エリスさんの新しい力が目覚めたんだわ」
さすが私の娘だと、シャーロットは自分のことのように喜んでくれる。
(私が伝説の聖女と同じ力を……)
未だ実感は湧かない。だがシャーロットがアルフレッドの安否の不安を忘れ、いつものように笑ってくれただけで、この魔術に目覚めた価値があったと運命に感謝するのだった。
34
お気に入りに追加
2,255
あなたにおすすめの小説
【完結】「お迎えに上がりました、お嬢様」
まほりろ
恋愛
私の名前はアリッサ・エーベルト、由緒ある侯爵家の長女で、第一王子の婚約者だ。
……と言えば聞こえがいいが、家では継母と腹違いの妹にいじめられ、父にはいないものとして扱われ、婚約者には腹違いの妹と浮気された。
挙げ句の果てに妹を虐めていた濡れ衣を着せられ、婚約を破棄され、身分を剥奪され、塔に幽閉され、現在軟禁(なんきん)生活の真っ最中。
私はきっと明日処刑される……。
死を覚悟した私の脳裏に浮かんだのは、幼い頃私に仕えていた執事見習いの男の子の顔だった。
※「幼馴染が王子様になって迎えに来てくれた」を推敲していたら、全く別の話になってしまいました。
勿体ないので、キャラクターの名前を変えて別作品として投稿します。
本作だけでもお楽しみいただけます。
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
茜カナコ
恋愛
辺境伯令嬢の私に、君のためなら死ねると言った魔法騎士様は婚約破棄をしたいそうです
シェリーは新しい恋をみつけたが……
貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。
彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。
しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。
悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。
その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました
神村 月子
恋愛
貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。
彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。
「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。
登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。
※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています
断罪されているのは私の妻なんですが?
すずまる
恋愛
仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。
「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」
ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?
そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯?
*-=-*-=-*-=-*-=-*
本編は1話完結です(꒪ㅂ꒪)
…が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン
【完結】真実の愛のキスで呪い解いたの私ですけど、婚約破棄の上断罪されて処刑されました。時間が戻ったので全力で逃げます。
かのん
恋愛
真実の愛のキスで、婚約者の王子の呪いを解いたエレナ。
けれど、何故か王子は別の女性が呪いを解いたと勘違い。そしてあれよあれよという間にエレナは見知らぬ罪を着せられて処刑されてしまう。
「ぎゃあぁぁぁぁ!」 これは。処刑台にて首チョンパされた瞬間、王子にキスした時間が巻き戻った少女が、全力で王子から逃げた物語。
ゆるふわ設定です。ご容赦ください。全16話。本日より毎日更新です。短めのお話ですので、気楽に頭ふわっと読んでもらえると嬉しいです。※王子とは結ばれません。 作者かのん
.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.ホットランキング8位→3位にあがりました!ひゃっほーー!!!ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる