5 / 58
第一章
第一章 ~『旅立ちの伯爵令嬢と父からの餞別』~
しおりを挟む旅立ちの日はすぐにやってきた。娘が嫁ぐというのに見送りに父の姿はない。屋敷の前に停められた馬車の側にいるのは、馴染みの侍女だけだ。
「お嬢様ともこれでお別れですね」
「寂しいですか?」
「はい、とっても。私、お嬢様のことを気に入っていましたから」
歳が近いこともあり、彼女は姉のような存在だった。嫁いだら、エリスはオルレアン公爵家の人間となるため、これが今生の別れになるかもしれない。そう思うと、悲しみで胸が苦しくなった。
「お嬢様のことが好きなのは私だけではありませんよ。他の使用人たちも皆、寂しいと口にしていましたから。そして言葉にはしませんが、お父上も同様のはずです」
侍女はギッシリと大金貨が詰まった革袋を手渡す。伯爵家の令嬢でも驚くほどの大金だった。
「お父上からの餞別だそうです」
「……こういう一面があるから、お父様のことを憎みきれないんですよね」
不良が親切を働いたら善人に映るように、最低の父だが、ふとした優しさに心が染みるのだ。
「お嬢様、悪い男に引っかからないでくださいね」
「心配無用です。アルフレッド様は人格者だそうですから。きっと私を大切にしてくれるはずです」
呪いで外見が醜くなっても、アルフレッドは領民たちから支持されていると聞く。嫁いできたエリスのことを無下に扱うこともないだろう。
「それにお父様を恨んでも仕方がありませんからね」
最低の父だが、伯爵令嬢として平民より裕福な暮らしをさせてもらったのも事実だ。
「でもムカついてはいますから、お父様の言いなりにはなりません。私がアルフレッド様を幸せにして、長生きしてもらうことにします」
呪いを受けたとしても、長寿だった者がいないわけではない。最高の花嫁になって、アルフレッドと共に幸せな人生を過ごせれば、それこそが父に対する一番の復讐になる。
「お嬢様の前向きな考え方は嫌いじゃないですよ」
「ポジティブなのが私の長所ですから」
侍女に別れを告げ、馬車に乗り込む。馬が走り出した後も、彼女はずっと手を振り続けてくれていた。
(オルレアン公爵家でも良い人に巡り逢いたいですね)
今度こそ幸せになるんだと自分に言い聞かせながら、車窓に映る光景を眺める。瞳に故郷の景色を焼き付けながら、馬車に揺られるのだった。
35
お気に入りに追加
2,248
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約破棄された公爵令嬢は虐げられた国から出ていくことにしました~国から追い出されたのでよその国で竜騎士を目指します~
ヒンメル
ファンタジー
マグナス王国の公爵令嬢マチルダ・スチュアートは他国出身の母の容姿そっくりなためかこの国でうとまれ一人浮いた存在だった。
そんなマチルダが王家主催の夜会にて婚約者である王太子から婚約破棄を告げられ、国外退去を命じられる。
自分と同じ容姿を持つ者のいるであろう国に行けば、目立つこともなく、穏やかに暮らせるのではないかと思うのだった。
マチルダの母の祖国ドラガニアを目指す旅が今始まる――
※文章を書く練習をしています。誤字脱字や表現のおかしい所などがあったら優しく教えてやってください。
※第二章まで完結してます。現在、最終章について考え中です(第二章が考えていた話から離れてしまいました(^_^;))
書くスピードが亀より遅いので、お待たせしてすみませんm(__)m
※小説家になろう様にも投稿しています。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる