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第一章
第一章 ~『豪華な夕飯と魔女』~
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カインやシロとの再会を果たしたメアリーは、やることもないので一人ベッドで横になる。
フカフカのベッドは、婚約破棄の心労や、長旅での疲れを受け止めてくれる。気づく間もなく意識を失い、目を覚ましたときには窓の外が暗くなっていた。
(やってしまいましたね)
起き上がり、ボサボサの髪だけ整える。鏡の向こう側にいる自分の頬には涙の跡が残っていた。
(嫌な夢でも見たのかもしれませんね)
夢は記憶を整理する過程で脳が見せる映像だ。婚約破棄の苦い思い出が悪夢として再生されたのかもしれない。
(あの人のことは忘れましょう)
ポジティブなのがメアリーの長所でもある。辛いことより楽しいことを見つけるべく、扉を開いて廊下に出ると、食欲を刺激する香りが漂っていた。
(この匂いは……)
香りに釣られて廊下を進むと、ダイニングでレオルが食事を用意していた。白のテーブルクロスの上には、ご馳走が並べられている。
「夕食は随分と豪華ですね」
鉄板の上で焼かれたステーキに、高級魚のカルパッチョ、色鮮やかなサラダまで用意されている。
シルバニア辺境伯領は軍事力に優れているが、その反面、経済力は高くない。嫁ぐ前は毎日の食事も質素だったはずだと疑問を投げかけると、レオルは快活に笑う。
「娘が久しぶりに実家に返ってきたんだ。夕食で歓待くらいさせてくれ」
「ふふ、心遣いありがとうございます」
「ちなみにな、この料理も俺の手作りだぞ」
「お父様、料理ができたのですか!」
「最近、はまってな。機会を見つけては、部下たちに手料理を振る舞っているんだ」
外見に反し、レオルは手先が器用だ。料理にも期待できるはずだと、椅子に腰掛け、ステーキを口にしてみる。
「――ッ……肉汁が口いっぱいに広がりますね!」
「わざわざ王都から取り寄せた高級肉だからな。なにせ、うちの領地だと不味い魔物肉しか手に入らないからな」
シルバニア辺境伯領は穀物が育ちやすいが、畜産は困難な環境だった。これはプリオンバットという蝙蝠型の魔物が出没する土地柄が影響している。
プリオンバットは個体としては脆弱で、騎士団によって容易く駆除されるが、死に際に家畜に害のあるウィルスをばら撒くのだ。
このような他の生物に害を残す魔物は少なくない。そのため畜産は魔物の少ない王都周辺で盛んだった。美味しい肉が欲しければ外から仕入れるしかない。それが辺境伯領の現状だった。
「このサラダも新鮮ですね。特にこのレタス、とっても甘いです」
「俺の家庭菜園で採れたものだからな」
「……随分と家庭的な趣味が増えましたね」
「国境の防衛があるから理由もなく領地から離れられないからな。家で楽しむ娯楽は限られている。それにメアリーがいた頃は子育てで忙しかったが、いまはそれもない。暇な時間を潰すために、俺も多趣味になったんだ」
レオルは照れくさそうに頬を掻きながら、レタスを口にする。シャキシャキとした音がなるのは、野菜もこまめに世話してきたからだろう。メアリーも口に含むと、レタスのみずみずしさが舌の上で弾けた。
(こんなに美味しい料理なら、あっという間に食べきってしまいそうですね)
予想通り、数十分でテーブルに並べられていた料理が姿を消した。メアリーの胃袋も満腹になる。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「まだこれで終わりじゃないぞ。最後のデザートが残っている……ほら、近づいてきた」
配膳台車が廊下を進み、ダイニングに姿を現す。台車を押していたのはカインだった。
「どうしてカイン様が台車を?」
「デザートは僕が作ったからね」
「カイン様がですか!」
「君を歓迎するために僕も一役買いたくてね。喜んでくれると嬉しいな」
カインが用意したのはカットされたショートケーキだ。白のクリームが塗られたスポンジの上に苺が飾られている。
「美味しそうですね~」
「僕の自信作だからね」
「頂いてもよろしいですか?」
「もちろんだとも」
期待で胸を膨らませながら、ケーキを口にする。クリームの甘味と、苺の酸味が舌の上で上手く調和していた。
「美味しいです、さすがカイン様」
「舌にあったようで安心したよ」
「カイン様には子供の頃にもケーキを作っていただきましたが、あの頃より腕は上達していますね」
「お菓子作りは僕の生き甲斐だからね。でもそのせいで、女の子みたいだとからかわれたこともあった。そのたびに君に庇ってもらったね」
幼少の頃の彼は、少女のように愛らしく、弱々しい印象だった。だが成長したカインは趣味こそ昔と変わらないが、体は違っている。背も高くなり、立派な好青年へと変貌していた。
「きっと子供の頃のカイン様が今のあなたを知れば驚くでしょうね」
「これも君を守れるような男になりたいと努力したおかげだね」
カインの表情に自信が滲む。幼馴染の成長に頼りがいを感じながら、メアリーはケーキを満喫するのだった。
フカフカのベッドは、婚約破棄の心労や、長旅での疲れを受け止めてくれる。気づく間もなく意識を失い、目を覚ましたときには窓の外が暗くなっていた。
(やってしまいましたね)
起き上がり、ボサボサの髪だけ整える。鏡の向こう側にいる自分の頬には涙の跡が残っていた。
(嫌な夢でも見たのかもしれませんね)
夢は記憶を整理する過程で脳が見せる映像だ。婚約破棄の苦い思い出が悪夢として再生されたのかもしれない。
(あの人のことは忘れましょう)
ポジティブなのがメアリーの長所でもある。辛いことより楽しいことを見つけるべく、扉を開いて廊下に出ると、食欲を刺激する香りが漂っていた。
(この匂いは……)
香りに釣られて廊下を進むと、ダイニングでレオルが食事を用意していた。白のテーブルクロスの上には、ご馳走が並べられている。
「夕食は随分と豪華ですね」
鉄板の上で焼かれたステーキに、高級魚のカルパッチョ、色鮮やかなサラダまで用意されている。
シルバニア辺境伯領は軍事力に優れているが、その反面、経済力は高くない。嫁ぐ前は毎日の食事も質素だったはずだと疑問を投げかけると、レオルは快活に笑う。
「娘が久しぶりに実家に返ってきたんだ。夕食で歓待くらいさせてくれ」
「ふふ、心遣いありがとうございます」
「ちなみにな、この料理も俺の手作りだぞ」
「お父様、料理ができたのですか!」
「最近、はまってな。機会を見つけては、部下たちに手料理を振る舞っているんだ」
外見に反し、レオルは手先が器用だ。料理にも期待できるはずだと、椅子に腰掛け、ステーキを口にしてみる。
「――ッ……肉汁が口いっぱいに広がりますね!」
「わざわざ王都から取り寄せた高級肉だからな。なにせ、うちの領地だと不味い魔物肉しか手に入らないからな」
シルバニア辺境伯領は穀物が育ちやすいが、畜産は困難な環境だった。これはプリオンバットという蝙蝠型の魔物が出没する土地柄が影響している。
プリオンバットは個体としては脆弱で、騎士団によって容易く駆除されるが、死に際に家畜に害のあるウィルスをばら撒くのだ。
このような他の生物に害を残す魔物は少なくない。そのため畜産は魔物の少ない王都周辺で盛んだった。美味しい肉が欲しければ外から仕入れるしかない。それが辺境伯領の現状だった。
「このサラダも新鮮ですね。特にこのレタス、とっても甘いです」
「俺の家庭菜園で採れたものだからな」
「……随分と家庭的な趣味が増えましたね」
「国境の防衛があるから理由もなく領地から離れられないからな。家で楽しむ娯楽は限られている。それにメアリーがいた頃は子育てで忙しかったが、いまはそれもない。暇な時間を潰すために、俺も多趣味になったんだ」
レオルは照れくさそうに頬を掻きながら、レタスを口にする。シャキシャキとした音がなるのは、野菜もこまめに世話してきたからだろう。メアリーも口に含むと、レタスのみずみずしさが舌の上で弾けた。
(こんなに美味しい料理なら、あっという間に食べきってしまいそうですね)
予想通り、数十分でテーブルに並べられていた料理が姿を消した。メアリーの胃袋も満腹になる。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「まだこれで終わりじゃないぞ。最後のデザートが残っている……ほら、近づいてきた」
配膳台車が廊下を進み、ダイニングに姿を現す。台車を押していたのはカインだった。
「どうしてカイン様が台車を?」
「デザートは僕が作ったからね」
「カイン様がですか!」
「君を歓迎するために僕も一役買いたくてね。喜んでくれると嬉しいな」
カインが用意したのはカットされたショートケーキだ。白のクリームが塗られたスポンジの上に苺が飾られている。
「美味しそうですね~」
「僕の自信作だからね」
「頂いてもよろしいですか?」
「もちろんだとも」
期待で胸を膨らませながら、ケーキを口にする。クリームの甘味と、苺の酸味が舌の上で上手く調和していた。
「美味しいです、さすがカイン様」
「舌にあったようで安心したよ」
「カイン様には子供の頃にもケーキを作っていただきましたが、あの頃より腕は上達していますね」
「お菓子作りは僕の生き甲斐だからね。でもそのせいで、女の子みたいだとからかわれたこともあった。そのたびに君に庇ってもらったね」
幼少の頃の彼は、少女のように愛らしく、弱々しい印象だった。だが成長したカインは趣味こそ昔と変わらないが、体は違っている。背も高くなり、立派な好青年へと変貌していた。
「きっと子供の頃のカイン様が今のあなたを知れば驚くでしょうね」
「これも君を守れるような男になりたいと努力したおかげだね」
カインの表情に自信が滲む。幼馴染の成長に頼りがいを感じながら、メアリーはケーキを満喫するのだった。
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