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第一章 ~『ケインと合否判定』~
しおりを挟む次の日、マリアを目覚めさせるため、五年ぶりに使用人が部屋を訪れた。着替えと目覚めの紅茶が用意され、久しぶりに貴族の令嬢らしい朝を満喫する。
待遇の変化に、雪や槍でも降るのではと、窓の外を見ても雲一つない快晴だ。悩んだところで答えはでない。素直に使用人に訊ねる。
「どうして今日は特別なの?」
「当主様のご命令ですから」
「あの両親が私を厚遇しろと命令を?」
「食事の用意もできております。どうぞこちらへ」
使用人に案内され、ダイニングへと通される。白いテーブルクロスの上に、子羊のステーキやフルーツの盛り合わせ、焼きたてのパンが並べられていた。
「おはよう、マリア」
「ゆっくり眠れたかしら?」
「お父様……お母様……」
不自然なくらい優しい声音だ。不気味さを感じながら、椅子に腰掛けるとパンを手に取る。焼きたての香ばしい香りに食欲を掻き立てられながら、口に含むと、小麦の甘さが舌の上で広がった。
「味はどうだ?」
「美味しいです。でも急にどうかしたのですが?」
「ははは、私たちは家族だぞ。団欒を楽しむことに不思議はない」
「まぁ、普通の家族ならそうですね……」
「家族とは互いを大切に想い合う存在だ! だから、どうか頼む! あのドラゴンを説得してくれ⁉」
ドラゴンとはもちろんハクのことである。今朝からの厚遇は彼のおかげだったのだ。
「彼がお父様に何かしたの?」
「窓の外からジロリと私を威嚇してくるのだ。恐ろしくて夜も眠れん」
「マリア、あなたからも頼んで止めさせて頂戴!」
両親の懇願にクスリと笑みが零れた。いじめの仕返しとしては弱いが、こんなに困り果てた彼らを見たのは久しぶりだったからだ。
「サーシャはどうしたの?」
「あいつもノイローゼになって、地下に隠れている。ドラゴンが去るまで、一歩も外に出んそうだ」
「腰を抜かすほど怯えていたものね」
気の強いサーシャでさえ、耐えられないほどの恐怖だったのだ。可哀想だとは思わない。なにせ、それ以上の酷い仕打ちを受けてきたのだから。
「私からハクに頼んでもいいですよ」
「本当か⁉」
「その代わり、婚約は断ってくれますよね?」
「それは、王族との信頼関係が……」
「いいですよね⁉」
「も、もちろんだとも!」
歪な笑顔で縁談を白紙に戻すことを約束させる。これで縛り付けるモノは何もない。自由になれたのだ。
「ご馳走様です」
「もういいのか?」
「予定がありますから」
ダイニングを後にして、内庭に向かうと、ハクが待ってくれていた。彼は歓迎するように目を細めてくれる。
『マリア、おはよう』
「おはよう。そしてありがとう。おかげで家族が私に優しくなったわ」
『君が幸せなら、僕も嬉しいよ』
「でも、この家とは今日で終わり。私は自由になりたいから」
マリアはハクの背中に乗る。モフモフとした白い毛に包まれると、空高く舞い上がる。
『行先は決まっているのかい?』
「試験会場までお願いできるかしら」
『君とならどこへだって』
ハクに目的地を説明すると、空を裂いて進む。空気抵抗を肌で感じながら、振り落とされないようにギュッと掴まる。
「もし試験に落ちたら、旅でもしようかしら」
『君と二人なら楽しそうだ。でもそうはならないよ。君は絶対に合格するからね』
「ふふ、ありがとう。勇気が湧いてきたわ」
徒歩だと数時間かかる距離が、ハクに乗せられてだと、あっという間だった。試験会場は人払いされており、人影は銀髪赤眼の見知った顔だけ。
「ケイン先生!」
「マリアくん!」
ハクが地上に降り立つと、背中から声をかける。ドラゴンの背に乗ってきたことを驚き、彼は固まっていた。
「私のために追試の時間を取っていただき、ありがとうございます。さっそく試験を――」
「いや、もういい」
「え?」
「君は合格だ」
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「驚いたよ。まさか君がドラゴンを使役しているとはね。人払いをしてくれと頼むのも当然だ。会場で、この力を発揮していたら、パニックになっていた」
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