上 下
5 / 7

5 本編完結 全ては彼の掌の上

しおりを挟む
 地下牢に繋がれマリエッタ、たった三日でその可憐な姿は色褪せていた。

 陛下と私が訪れるとマリエッタは鉄格子を握って私を罵倒した。

「陛下、騙されてはいけません!その女は薄汚い偽物です!」
「国を捨てて逃げ出した王女が、戻れると思ったの?まさか帝国に逃げ込んでいたなんて驚いたわ」

「ほら、認めたわ!お前など、お父様に言って首をはねてやるわ!」

「黙らせろ!」

 皇帝の命令で、牢番はマリエッタを一度だけ鞭打った。
「ぐぅっ・・・」と呻いてマリエッタは大人しくなった。

「ひっそりと辺境伯の領地で過ごせば良かったものを、愚かな」

 人払いをして待つ皇帝と私の前に、縄で後ろ手に縛られ、大きく目を見開くリカルドが現れた。

「ミーティア・・・」

「その名を呼ぶのは許可しない。我が婚約者の名は口にするな」

「リカルド!助けて!私をお父様の元に連れて戻って!」
 また騒ぎ出したマリエッタは猿轡を填められ縄で縛られた。

「だから帝都になど行くなと忠告したのに、お前は昔から言い出したら聞かないから。皇帝がマリエッタ王女と婚約されると耳にして、私の妹はゴールディ辺境伯に同行を願い出たのです。アレは狂っています、どうかご慈悲を」
 リカルドは膝をついて額を床に押し当て懇願した。


「リカルド、陛下は全てご存じよ。騎士団長と長男は自害、私は王女の身代わりとなった。慈悲など与えません」

「親父とガブリエルが?そんな、どうして・・・」

「本当に何も知らないのね」
 この人は、自分達さえ良ければ他の人なんてどうでも良かったんだ。

「俺たちは<妖精姫>…姫様を助けたかったんだ、まさかこんな事になるなんて」

「帝国が側妃にと望んだ王女を攫って、大事おおごとになるのが分からないですって?ふざけないで!」

「ガブリエルが皇太子の悪癖を聞いて『絶対にマリ・・姫様を帝国には行かせられない』と言ったんだ。自分の言うとおりにすれば全て上手くいくからと俺に姫様を預けて、共和国に行くふりをして、俺と姫様を帝国に逃がしたんだ」

「私を騙して、王女を救ったのね」
「君を巻き込めなかった、知らなかったんだ身代わりになるなんて、知っていたら俺は・・・本当にすまなかった」

「あの夜の失態で私と母は処刑されるところだったのよ!」
「ぐぅっ・・すまない・・・許してくれ・・・」

 うつ伏せでリカルドは泣き崩れたが、許す気は無い。

「帝国側にも協力者がいたようだな。ゴールディ辺境伯の周辺を調べよう」
「あの方が悪事を働くとは思えないわ」
「知っていたなら王女を城に連れてくるものか、周辺が怪しいんだよ」

「ガブリエルと繋がっていたという事?」
「密入国させたのは彼だろうね」

「国王は王女を側妃に差し出す気はあったのかしら」
「王女は大切に匿っておく予定だったんだろう。最初から身代わりを出す気だった」

「それは私だった?」
「恐らく・・・」

「分かっていれば義父は死なずに済んだのに」
「兄弟で罪な事をしたものだ。だが最も罪なのは帝国だった。皇帝の私が言える事では無いが」

 ベルクールは私の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれた。
 ガブリエルとリカルド、そこにどんな想いがあったとしても「許せない」

「無知も罪であるな」
 皇帝は、むせび泣くリカルドを憐れむように見下ろしていた。



 マリエッタはガブリエルが自害したのも知らず、辺境伯に接近して婚約者に収まったようだ。
 リカルドは我儘なマリエッタを制御できず、好きにさせて墓穴を掘ってしまった。

 マリエッタには避妊手術と声を出せなくなるよう処置され、リカルドは罪人の証を両腕に彫られ、二人は帝国から追放された。

 ゴールディ辺境伯の周辺でも奴隷の密売や取引禁止の物品が押さえられ、領主の縁者たちが逮捕された。クライン王国との繋がりを示す証拠はなかったが、ガブリエルから大金を積まれ密入国を手伝ったと白状した。
 ゴールディ辺境伯は責任を取って領主の座を優秀な弟に譲った。

 クライン国王は病に倒れ、公爵のウィルバートが王に即位した。

 私の母も帝国にやって来て、私──マリエッタ王女の侍女になった。


「冷徹と評判の皇帝にしては、彼らの処分は甘かったと思わないか?」
「ベルは最初から私に甘かったわよ?」

「ふっ、ティアは私の初恋の人だからね」
「いつ会ったの?覚えてないわ」

「元皇帝に<妖精姫>を確認するよう命令された時だ。侍女の君を遠くから見かけた」
「ずいぶん遅い初恋ね、私は6歳の時だったわ」

「妬かせないで欲しいね。あの時もティアに婚約者がいると知って一度は諦めた、でも忘れられなかった」
「そうだったの?初恋の人か・・・嬉しい」

「ふっ、そう思ってくれると私も嬉しいよ」
 ベルクールは時々黒い笑みを見せる、それは私の過去に触れた時だ。彼が自身の過去を話すのは珍しい。普段は決して語ろうとしない。


 陛下の隣で皇妃としての仕事も少しずつ覚え始めた。
 執務に忙殺される皇帝ではあるが、食事は必ず私と一緒にと決めている。朝の鍛錬も模擬剣を手に付き合ってくれて、私達の仲はすこぶる良好だ。

 少しでも時間に余裕があれば、陛下は私とお茶の時間を設けてくれる。母が淹れてくれたお茶を飲みながら二人だけで他愛ない話をして過ごすのが癒しの時間になっている。

「婚姻の準備も着々と進んでいるな」
「ええ、とっても楽しみよ。こんな穏やかな日が来るなんて夢みたい」

「私も一日千秋の思いで、婚姻式を楽しみにしている。愛してるよ」
 そう言ってベルクールは私を抱き締めて首筋にキスを落とした。次に頬を、耳から唇へとキスを繰り返す。

「ティア・・・この手は黒い血で汚れている。なのに幸せになっていいのか。いつか君に憎まれるんじゃないかって、たまらなく不安になる」

「ベル・・・」
 
 帝国の黒い血。
 クーデターを起こした第二皇子。

 貴方は私を手に入れる為に何をしたのかしら。

 ガブリエルに皇太子の悪癖を教えたのは誰だったのか。
 なぜ処刑されるはずだった私が身代わりとなったのか。

 『無知も罪である』
 あれは誰に向けた言葉だったのか。

 この世界には知らなくてもいい事がたくさんある。

 その方が幸福でいられるなら、そっと口を閉じて目を瞑ろう。

 貴方のことも、私のことも。

 それが罪だと私は思わない。


「ねぇ、私はベルを・・・貴方が想っている以上に愛してるわよ?」

「そうなのか?嬉しいよ」

「私は誓いを捧げた貴方の騎士なんだから、どんな不安からもベルを守るわ」

「あははは、頼もしいね」
 白い歯を見せて、貴方には明るく笑っていて欲しい。


 やがて皇帝と私は結ばれて跡継ぎにも恵まれ、生涯私は皇妃マリエッタとして、皇帝陛下と共に帝国の発展を導いていった。

 



 ────終わり。

 読んで頂いて有難うございました。

 閑話をもう1話、良かったら読んで頂ければ嬉しいです



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の慰謝料を払ってもらいましょうか。その身体で!

石河 翠
恋愛
ある日突然、前世の記憶を思い出した公爵令嬢ミリア。自分はラストでざまぁされる悪役令嬢ではないかと推測する彼女。なぜなら彼女には、黒豚令嬢というとんでもないあだ名がつけられていたからだ。 実際、婚約者の王太子は周囲の令嬢たちと仲睦まじい。 どうせ断罪されるなら、美しく散りたい。そのためにはダイエットと断捨離が必要だ! 息巻いた彼女は仲良しの侍女と結託して自分磨きにいそしむが婚約者の塩対応は変わらない。 王太子の誕生日を祝う夜会で、彼女は婚約破棄を求めるが……。 思い切りが良すぎて明後日の方向に突っ走るヒロインと、そんな彼女の暴走に振り回される苦労性のヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:29284163)をお借りしています。

【完結】私に冷淡な態度を取る婚約者が隠れて必死に「魅了魔法」をかけようとしていたらしいので、かかったフリをしてみました

冬月光輝
恋愛
キャメルン侯爵家の長女シャルロットは政治的な戦略としてラースアクト王国の第二王子ウォルフと婚約したが、ウォルフ王子は政略結婚を嫌ってか婚約者である彼女に冷淡な態度で接し続けた。 家のためにも婚約破棄されるわけにはいかないので、何とか耐えるシャルロット。 しかし、あまりにも冷たく扱われるので婚約者と会うことに半ばうんざりしていた。 ある日のことウォルフが隠れて必死に呪術の類のようなものを使おうとしている姿を偶然見てしまう。 調べてみるとそれは「魅了魔法」というもので、かけられた者が術者に惚れてしまうという効果があるとのことだった。 日頃からの鬱憤が溜まっていたシャルロットはちょっとした復讐も兼ねて面白半分で魔法にかかったフリをする。 すると普段は冷淡だった王子がびっくりするほど優しくなって――。 「君はどうしてこんなに可憐で美しいのかい?」 『いやいや、どうしていきなりそうなるのですか? 正直に言って気味が悪いです(心の声)』  そのあまりの豹変に気持ちが追いつかないシャルロットは取り敢えずちょっとした仕返しをすることにした。 これは、素直になれない王子と令嬢のちょっと面倒なラブコメディ。

【完結】妹が私から何でも奪おうとするので、敢えて傲慢な悪徳王子と婚約してみた〜お姉様の選んだ人が欲しい?分かりました、後悔しても遅いですよ

冬月光輝
恋愛
ファウスト侯爵家の長女であるイリアには、姉のものを何でも欲しがり、奪っていく妹のローザがいた。 それでも両親は妹のローザの方を可愛がり、イリアには「姉なのだから我慢しなさい」と反論を許さない。 妹の欲しがりは増長して、遂にはイリアの婚約者を奪おうとした上で破談に追いやってしまう。 「だって、お姉様の選んだ人なら間違いないでしょう? 譲ってくれても良いじゃないですか」 大事な縁談が壊れたにも関わらず、悪びれない妹に頭を抱えていた頃、傲慢でモラハラ気質が原因で何人もの婚約者を精神的に追い詰めて破談に導いたという、この国の第二王子ダミアンがイリアに見惚れて求婚をする。 「ローザが私のモノを何でも欲しがるのならいっそのこと――」 イリアは、あることを思いついてダミアンと婚約することを決意した。 「毒を以て毒を制す」――この物語はそんなお話。

【完結】私の婚約者は妹のおさがりです

葉桜鹿乃
恋愛
「もう要らないわ、お姉様にあげる」 サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。 ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。 そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……? 妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。 「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」 リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。 小説家になろう様でも別名義にて連載しています。 ※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

【完結】出逢ったのはいつですか? えっ? それは幼馴染とは言いません。

との
恋愛
「リリアーナさーん、読み終わりましたぁ?」 今日も元気良く教室に駆け込んでくるお花畑ヒロインに溜息を吐く仲良し四人組。 ただの婚約破棄騒動かと思いきや・・。 「リリアーナ、だからごめんってば」 「マカロンとアップルパイで手を打ちますわ」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済みです。 R15は念の為・・

【完結】この地獄のような楽園に祝福を

おもち。
恋愛
いらないわたしは、決して物語に出てくるようなお姫様にはなれない。 だって知っているから。わたしは生まれるべき存在ではなかったのだと…… 「必ず迎えに来るよ」 そんなわたしに、唯一親切にしてくれた彼が紡いだ……たった一つの幸せな嘘。 でもその幸せな夢さえあれば、どんな辛い事にも耐えられると思ってた。 ねぇ、フィル……わたし貴方に会いたい。 フィル、貴方と共に生きたいの。 ※子どもに手を上げる大人が出てきます。読まれる際はご注意下さい、無理な方はブラウザバックでお願いします。 ※この作品は作者独自の設定が出てきますので何卒ご了承ください。 ※本編+おまけ数話。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

処理中です...