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トーマス編

2-1 リアリス

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 僕はトーマス、由緒あるコートバル侯爵家の後継者だ。
 祖母と叔母のコーネリア様にそれは厳しく教育されて18年間生きてきた。時々何もかも投げ出したくなったけど無事にここまでこれたのは執事のルシアンがいたからだ。

『あまり厳しすぎるのも如何なものかと』
 彼が僕を庇えば女傑二人は黙ってしまう。祖母と叔母は何故かルシアンに頭が上がらない。

 ルシアンはなんでもこなせる完璧な執事だ。おまけに僕なんか霞んでしまうほどの美貌を持っている。どこかの男爵令息らしいけど謎だらけの人だ。


 僕は18歳の誕生日に侯爵家の秘密を教えられた。後継者は生涯一度だけ願いが叶えられるそうだ。
 だが見返りに幸福が逃げてしまうらしい。

 叔母も僕を生んだ母親も男運に見放されたと言い、祖母は娘達が結婚に失敗したと後悔している。

『だから特別必要が無ければ、コレに頼らずに自力で幸福になって欲しいわ』
 そう言って叔母が見せてくれたのは<漆黒の羽ペン>だった。

 何不自由なく育った僕はそんな言い伝えなどまやかしで<漆黒の羽ペン>など一生使う事は無いと思っていた。

 

 そんな僕は半年前から叔母の勧めでフランシュ国の王立学園に留学しておりボーゲン侯爵家のお世話になっていた。

 フランシュ国の王宮で行われていた夜会に招待されていた僕はボーゲン侯爵令嬢のリアリスを探していた。今日はいつもに増して思いつめた顔だったのが気になっていたんだ。

 見つけた彼女は婚約者のファーレン第二王子の隣でワインを口にしていた。

『ファーレン殿下と二人で並んでいるなんて珍しいな』そう思って近づいていた時─────ファーレン殿下の手にあったワイングラスが床に落ちてパリーーン!と割れ、赤い液体は床に広がった。

 膝をついたファーレン殿下が吐血している・・・

「リアリス・・・貴様・・・毒を・・盛ったな・・・」
「ファーレン様・・・」

「医者を呼べ!早く殿下を運ぶんだ!」

 喧噪の中ファーレン王子の婚約者であるリアリスは逃げようとして警備兵に捕まって連行されて行く。

 リアリスは僕が現在お世話になっているボーゲン侯爵家のご令嬢で、毒を盛ったりする人では無い。
 人をかき分けて追いかけて行くと、護衛兵達は城の地下へと向かっているようだ。

「離して!まだ終わっていないのよ!エヴリーン!エヴリン!」
 リアリスはファーレン殿下の恋人の名前を叫びながら連行されていた。


「待て!侯爵令嬢だぞ!どうするつもりだ!」
「王族殺害容疑で取り調べるだけです。お引き取りを!」

 くっそ!僕は地下への階段で足止めされてその先には行かせてもらえない。

「リアリス!侯爵に直ぐに知らせる。待ってて!」

 僕はそう叫んでボーゲン侯爵の元に走った。この決断が後で死ぬほど後悔するとも知らないで。

 

 ボーゲン侯爵と共に地下牢に向かうとリアリスは血溜まりの中で短剣を握って横たわっていた。

「ご令嬢はわずかな隙に・・・自害されました。申し訳ありません」

「ぁぁああ・・嘘だ・・・リアリス!どうしてこんな事に・・うわぁぁああああ」
 侯爵はリアリスを抱き締めて泣き叫んでいた。

 自害なんかじゃない、きっとリアリスは殺されたんだ。僕が、僕だけが助けられたのに!

 どうして足止めした警備兵を殴ってでも階段を下りて行かなかったのか。
 どうしてリアリスの元に走らなかったのか。
 どうして・・・


 自害した短剣はボーゲン侯爵家の物だった。使われた毒はリアリスの部屋からも発見された。

 ファーレン殿下は幸い一命を取り留めたが重い後遺症で右半身が麻痺している。
 自慢の美貌も顔半分が麻痺して、その面影はないそうだ。

 ボーゲン侯爵は王族の殺人未遂容疑で現在厳しい取り調べを受けている。
 罪人のリアリスは葬儀すら行ってもらえない。


 ボーゲン侯爵家には重い処罰が与えられるだろう。

 僕は自国に戻される事になった。


「カシアン・・・」
「トーマス様・・・僕たちは処刑されるでしょう。・・・姉を恨みます」
 カシアンはまだ14歳、誠実で姉思いの僕にとっても弟のような存在だ。

 憔悴しきった夫人も「あの子は狂っていたの・・・」と泣き崩れ、そんな痛ましい夫人にかける言葉も見つからず僕も涙が零れ続けた。

 王族の殺害だって?違う、あれはボーゲン侯爵家を陥れるファーレン殿下と恋人のエヴリンの罠だ。

 あの茶番で殿下は毒の量を間違えたんだ、そうに違いない。

 ───リアリス、僕は君を信じたい!大好きな君を。



 
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