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私が妻です
しおりを挟む侯爵夫人が用事で外に出かけた午後に、メイドからヴァルが訪ねて来たと知らされた。
レノが大怪我を負ったというのに彼は一度も会いに来なかった。
2か月会っていなかったのに、手紙すら寄こさなかった。
不愛想だったけど、こんな冷たい人では無かった。
元はと言えば、私が悪い。
ヴァルに頼り切って何もしなかった私が悪い。
それでもヴァルは私の夫なのに、私は妻なのに。
小窓から見た夫の笑顔を思い出し、エルシーは唇をかみしめた。
レノが寝かされている部屋にヴァルは通されて、エルシーの顔の痣を見て固まった。
「エルシー・・・」言葉が続かない夫にエルシーは「『来るな』という言いつけを破った私が悪かったんです。レノにこんな大怪我をさせてポールとマーサに申し訳ないです」と目を潤ませた。
「レノが大怪我だって?」
「そうです。聞いてなかったんですか?」
「聞いてない。いや・・・・・・聞いた・・・」
『死にかけたそうだ』
団長の言葉を思い出してヴァルは背筋が冷たくなった。
しかもレノではなく、エルシーだと聞いた。
大怪我と聞いて侯爵家に向かったはずだった、でも行かなかった。
────どうして? 大怪我を負ったと聞いたのに・・・なぜ・・何か変だ。
エルシーが怪我をしたという認識はあった・・・なぜ放置出来たんだ・・・
ヨロヨロとヴァルはレノが横たわるベッドに向かった。
「レノ・・・眠っているのか」
「昼食の後、痛み止めの薬を飲んだので」
「すまなかった」
「それは何に対しての謝罪ですか?レノを見舞いに来なかった事ですか。勝手に離婚したことですか。」
「離婚はまだしていないが、あの婚姻届はどういう事なんだ。ケーシーが勝手に出したのか?」
「ヴァル、何を言ってるの?」
話が嚙み合わない二人は暫く見つめ合った。
「ヴァルにぃ? 離婚ってなに?」
「あ・・レノ、起きていたの?」
「うん。エル姉は向き合って話すんでしょう?」
「レノ、大丈夫か? エルシーを守ってくれたんだな。有難う。本当にすまなかった」
ヴァルはレノの頭をそっと撫でた。
「ううん、エル姉はアイツに殴られたんだ。僕は守れなかった。それより離婚ってどういう事なんだよ」
「俺にはシャリーという子どもがいるんだ。その子の為にも俺は離婚しないといけない」
「本当にヴァルにぃの子どもなの? あの子金髪で全然似てなかったよね」
「あの子は・・・いや、大切な俺の子だ」
「嘘だ。だってヴァルにぃはエル姉が大好きだったじゃないか!」
(俺がエルシーを?)
ヴァルは振り返ってエルシーを見た。
エルシー
エルシー
シャリー
シャリー
俺の大事な娘、シャリー。
今もどこかで泣いているに違いない。
眩暈がする・・・こんなことをしている時間は俺には無いんだ。
「ここには離婚届けのサインを貰いに来たんだ。エルシー頼む」
もう向き合って話す余地も無さそうだとエルシーは諦めた。
「ヴァル、わかりました。今まで有難う」
「サインなんかしちゃダメだ。エル姉!」
────コンコンコン
サインする為に机に向かったところで扉がノックされて、エルシーが返事をすると執事と副団長のエイダンが入って来た。
「ヴァル、ケント婦人、お二人に大事な話があります」
エイダンがそう言うと、後ろから神官も入って来て一礼した。
「なんですか。もう退団したから俺は関係ないでしょう。急いでいるんです!」
「まだ団長の承認は貰っていません。私の命令を聞きなさい!」
有無も言わせないエイダンの威圧にヴァルは姿勢を正した。
神官がヴァルの目を覗き込むとヴァルの瞳は細かく揺れた。
「この方は洗脳されています」
エイダンは「やはりそうですか」と納得した。
「ヴァル、心当たりはありますか?」
「洗脳なんてされていません!」
洗脳と言う不吉な言葉にヴァルはシャリーを思い浮かべた。
だが、異能を持つ【魔女の瞳】のシャリーはまだ生まれたばかりの赤子なのだ。
一体どうやって洗脳するというのだ。有り得ないだろう。
「いいですかヴァル、貴方の妻は誰ですか?」
「ロージーです。彼女はシャリーの母親ですから」
「よく考えて答えなさい。本当にそうですか?」
「・・・・・はい」
「いいえ、私が妻です!」
エルシーはヴァルの両腕を掴んで訴えた。
「私が妻です!」
「私が妻なのに・・・」
夫の腕を握る手に力が入って、俯くエルシーの細い肩が震えた。
こんなに感情を剥き出しにしたエルシーをヴァルは始めて見たのだった。
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