きっと貴方を取り戻す

ミカン♬

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 その昔、兄弟の祖母は白鹿を見た。これで幸福になれると祖母は大喜びだった。
 素敵な婚約者にも恵まれて幸福の絶頂だったのに、婚約者は不慮の事故で亡くなってしまった。

 伝説など嘘だった、幸運どころか不幸を招く悪魔だと祖母は白鹿を呪った。

 奇跡は再び訪れ、祖母は白鹿に再会した。

『お前が本当に幸福の象徴なら婚約者を私のところに戻して!』

 *

「白鹿に叫ぶと婚約者は祖母のもとに戻ったそうだ。それが私達の祖父だと言っていた」

「死者が生き返ったのですか?」

 信じがたい話だった。

「どうだろう、白鹿の伝説でそんな話は聞いたことが無かったからな、祖母の周りも、幼い私も、冗談だと思っていたので祖母も詳しくは話してくれなかった」

「それが本当ならエレナは戻ってくるんですね」

「だが、その対価に祖母は右目の視力を奪われたと最後に言っていた」

「盲目になっても構いません、エレナが戻ってくるなら何でもやります!」

 「ちょっ!!」
 焦ったようにヨハンが立ち上がった。

「待てリンジー、お前は足が不自由だし、視力まで失っては生活に困るだろう」

「ヨハン心配するな。協力してくれるなら私は一生リンジー姉弟の面倒は見ると約束しよう」

「しかし・・・」

「ヨハン様、良いんです。エレナが戻ってくるなら、弟を守れるなら良いんです」

「決まりだな。ではあの日何があったか詳しく聞かせてくれ」



 リンジーはレイナードが納得するまで詳しく当日の話をした。

「恐ろしい娘だなユーミナは。このままアイザックの婚約者と認めるわけにはいかない。あの娘にはエレナの苦しみ以上の苦痛を味あわせてやる」

「俺には、普通の娘に見えていたけど」

 ユーミナの本性はリンジーとエレナだけが知っていた。他の人には愛らしいちょっと我儘な甘えん坊だと思われている程度だ。


「信じてもらえますか」
「もちろんだ。最初から俺はお前を信じていたさ」

 リンジーはユーミナなんてどうなってもいいと思った。
(もしも奇跡が起こるなら、エレナに戻ってきて欲しい)ただそれだけだった。


「兄上、これからどうするんですか?」

「湖畔の別荘に向かおう。リンジーが白鹿に再会できなければ何も始まらないからな」

「今は立入禁止ですが」

「愛娘の亡くなった森で狩りなど出来ないだろうよ。あの土地は私が買い取ってやる」


 準備ができ次第出立すると言われリンジーはその時を待った。

「エレナ、きっと貴方を取り戻すわ。この命に変えても」


 そうして1週間後、兄弟に連れられてリンジーは再びあの湖畔の別荘に戻ってきたのだった。




 *******


 ユーミナは怒っていた。リンジーは追放され愛するアイザックとは婚約が間近。荒れていた男爵家も落ち着きを取り戻していたのに、伯爵家の兄弟が余計な提案をしてきたのだ。


「信用できるのですか?」
 アイザックの部屋でユーミナは彼の膝に座り、肩に頬を寄せて訪ねた。

「隣国で有名な死者の声を聞けるシャーマンだそうだ。僕もエレナの最後の想いを知りたいよ」

 アイザックは妹大好きのシスコン兄として有名だった。

(チッ! 邪魔なエレナも排除出来たと思ったのに)

 エレナが息を引き取ったあの森の井戸でレイナードはシャーマンを呼んでエレナの声を聞きたいなどと要求してきたのだ。伯爵令息の要求は断れないし、エレナの父親である男爵も乗り気になった。

(大丈夫よ、勝手に井戸に落ちて死んのだから。私は悪くないわ)

 それでもユーミナを嫌っていたエレナが何を伝えるのかが気になった。

(婚約を反対されたらシスコンのアイザックに捨てられるかもしれないわ)

「シャーマンなんて私はインチキだと思うけど」

「僕はそのシャーマンにも興味がある。珍しいから会ってみたい」

「私も一緒に別荘へ連れて行ってくれますよね?」

「もちろんさ、一緒にエレナの想いを見届けようよ」

 レイナードの思惑など何も知らないアイザックとユーミナは、レイナード達から1日遅れて湖畔の別荘に向かったのだった。


 *****


 リンジーは黒いローブを着せられ、髪を黒く染めて顔は仮面で隠し、更に黒いベールを被せられた。

「声は出せない設定だ。足も不自由で車椅子で移動する。君は有名なシャーマンのミスティーだ、いいね?」

 リンジーはコクリと頷いた。

「死者の声を聞いた後は紙に書いてエレナの言葉を伝えるんだ。筆跡はバレないように注意するように」

(ユーミナの嘘に気を付けて、みんな騙されている・・・と書いてやるわ。エレナだってそう思っているはずよ)



 天候に恵まれて、湖畔を散歩しながら白鹿が現れるのを待った。車椅子はヨハンが押してくれている。

「祖母が白鹿に再会したのは1年後だったらしい・・・」

「1年後ですか! あ・・・」
 声を出してはいけない。リンジーは口を両手で抑えた。

「今だけ声を出してもいいだろう。兄上は別荘を男爵から買い取って、白鹿に再会するまでお前をここに置くつもりだ」

「弟の面倒を見てくれるなら何年でもここで白鹿を待つわ」
 小声でリンジーは答えた。

「死者の蘇生なんて祖母の冗談かもしれないのに」

「可能性があるなら諦めないわ。もう一度エレナに会いたい。そしてレイナード様と幸せになって欲しいです」

「俺はお前にも幸せになって欲しい。今でもアイザックを好きなのか?」

「いいえ、好きではありません」

「そうか」

 リンジーの後ろでヨハンが嬉しそうな顔をした。彼はずっとリンジーに想いを寄せていたがエレナに邪魔されていたのだ。

「もしも蘇ったら協力してもらうぞ、エレナ・・・」

「え? なんですか?」

「なんでもない。・・・リンジー、あの二人が来たようだ・・・気合を入れよう」

「はい、今から私はミスティー。上手くやってみせます」


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