きっと貴方を取り戻す

ミカン♬

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 ようやく退院できる頃にはもう冬を迎えていた。叔父夫婦は見舞いにこそ来てくれなかったが病院代は出してくれた。

 叔父の家に戻ると弟のトーマスはリンジーを強く抱きしめてぽろぽろと涙をこぼした。最後に会ったときよりも弟の顔色は悪く、痩せたようだ。

「外に出してもらえなかったんだ。見舞いに行けなくてごめんね・・・僕は姉さんを信じてる」

「つらい思いをさせてごめんね」


 そんな二人に叔母は「だから引き取るのは反対したのよ。さっさと荷物を纏めて出ていきなさい」と冷たく言い放った。

 リンジーは男爵家から領地追放の処分を受けた。「隣の伯爵領の教会で3年間無償の奉仕活動をする事で許してもらえるそうだ」と叔父はリンジーに説明した。


「僕も一緒だよね?」

「トーマスは残るんだ。3年経てばリンジーに迎えに来てもらえ」

 叔父の言葉に叔母は嫌な顔をした。

「二人共、追い出せばいいじゃないですか」

「黙れ!一応兄貴の忘れ形見だ。トーマスは預かる!」


「叔父様。トーマスをよろしくお願いします」

「ああ、リンジーお前は賢くて強い。どんな状況でも生きていける。しかしユーミナは無理だ。わかるな?」

 そんな言葉に叔父は全て気付いているとリンジーは悟った。
 叔父にとってもトーマスは口封じの為の人質なのだ。

 3年は長いが弟の命には影響しない範囲だ。奉仕が終われば身を売ってでも心臓の手術を受けさせようとリンジーは誓った。


 **********




 領地を追い出される前にリンジーはエレナのお墓にお別れしたいと思った。

 杖を突いて花を求めて街に出ると何度もどこからか小石が飛んできて、リンジーは領民からひどく憎まれているのを知った。

(これはエレナを死なせた私の罰)

 花屋では「お前に売る花なんて無いんだよ!」と突き飛ばされて道に倒れた。黙って起き上がると冷たい視線を受けながらリンジーはトボトボと墓地に向かったのだった。


 エレナの墓にはたくさんの花が供えられていた。

「花がなくてごめんね。エレナ本当にごめんなさい」

 祈るリンジーの背に「何をしてるんだ」と好きだった人の声が聞こえてきた。

「アイザック様・・・」

 彼の優しい面影は消え、感じるのは憎しみだけ。後ろには花を持ったユーミナが控えている。

「都合よく記憶を失ったものだな! 君の軽率な行動のせいでエレナは死んだ。僕は許せない!」

「何をしてるの帰りなさいよ。アイザック様はもうリンジーの顔も見たくないそうよ」

 一瞬勝ち誇った顔を向けたユーミナをリンジーは絶対に許せないと思うのだった。


 一礼して足を引きずりながらリンジーは出口に向かった。一度振り返るとエレナのお墓に祈りを捧げるアイザックの背を優しく撫でるユーミナがいた。

 きっとエレナを死を悲しむふりをしてアイザックの心を掴んだのだろう。

「貴方にだけは信じて欲しかった。さようならアイザック様」

 リンジーの中でアイザックへの想いは雪が解けるように消えていった。


 ****


 領地を追放される日、トーマスと別れを惜しんでいると迎えの馬車が来てリンジーは大層驚いた。その馬車は隣の領の伯爵家のものだったのだ。

「姉さん・・・」
「大丈夫、手紙を書くからね」

 不安そうなトーマスの手を借りて馬車に乗り混んだリンジーは更に驚くことになる。

 フワフワした柔らかな金髪の伯爵令息ヨハンが乗っていたのだ。

 彼とは男爵家で何度か会ったことがあった。アイザックとは同い年なのに可愛らしい容貌で幼く見える。伯爵家の令息なので気軽に言葉は交わせなかったがエレナとは仲良しで平民のリンジーにも気遣ってくれた人だ。


「どうしてヨハン様が」

「リンジーそんな顔をするな。怖がらなくていいお前はこれから伯爵家に向かうんだ」

「教会に行くのではないのですか?」

「あっちには兄上が話をつけてある。男爵の手前、お前の見舞いにも行けなかった」

 馬車が動き出すと「大変だったな。怪我はもう大丈夫か?」とヨハンは気の毒そうな顔をリンジーに向けた。

 初めて他人から優しい言葉を掛けられて、リンジーの目から涙が溢れた。

 ヨハンはハンカチを差し出して「記憶がないそうだな。でも兄上は詳しい状況を・・・本当は何が会ったのか知りたいそうなんだ。もちろん俺も知りたい!」と力強く言った。

「レイナード様が・・・そうですか」

「それから・・・アイザックがお前の従姉妹と婚約するそうじゃないか」

「ええ、二人で幸せになればいいと思います。ああ・・ハンカチを汚してしまいました」

「それはお前にやるよ。エレナはお前を心から信頼していた。お前のことが大好きでアイザックと結ばれて欲しいと願っていた」

「なのに私はエレナを守れませんでした」

「リンジー、いいか、兄上は怖い人だ。嘘だけは避けてくれ」

 レイナードはヨハンとは正反対の冷たい容貌で、金髪を短く刈り上げたとても威厳のある人物だ。

 仲良しのヨハンの方がエレナにはお似合いなのに、どうしてエレナがレイナードに惹かれるのかリンジーは不思議に思っていた。

 この後、レイナードの鋭い瞳に射抜かれると思うとリンジーは膝が震えた。




 伯爵家に到着すると客室に通されて軽い食事を与えてもらった。ヨハンはリンジーを監視するように離れないでいる。

「逃げませんよ、この足では」

「いやそんなつもりでは。まぁ逃げてもまた捕まえるだけだ」

「親切にしていただいて有難うございます」

「いや、あ、そうだ祖母が使っていた車椅子を用意させよう」

「歩けます。大丈夫です」


 二人が話していると扉がノックされてレイナードが訪れた。

「兄上、今から伺おうと」

「ここでいい」

 そう言ってレイナードはリンジーの前の椅子に腰を下ろし腕を組んだ。

「早速だが、エレナは私のことを何と言っていたか聞かせてくれ」

 いきなり質問されてリンジーはレイナードを見つめた。それは愛する人を失った悲痛な姿だった。

「とてもお慕いしていました。愛を告白して欲しいと・・・あの日も仰せでした」

「10年以上も前、幼いエレナに求婚されたんだよ。あの時『良いよ』と答えてやれば良かった。まさか亡くなるなんて」

 うなだれるレイナード。エレナは本当は彼に愛されていたのだとリンジーは思った。

「エレナを失って初めて彼女への愛に気付くとは私は愚かだな」

「申し訳ありませんでした」

「謝罪を聞きたいのでは無い。真実が知りたいのだ」

 レイナード目が鋭いものに一変しリンジーは身体を固くした。

(本当のことを話せば彼は弟を守ってくれるだろうか。いいえ、私とユーミナを断罪するかもしれない)

「リンジー覚えている範囲でいいから話してごらん。責めたりしないから」

「ヨハン様・・・私は」


「ふぅー」
 レイナードはため息をつくと「白い鹿の伝説を知っているな? 誰に聞いた?」と再び質問を始めた。

「有名な伝説ですから・・・はっきりとは」

「白鹿はどんな姿をしているか知っているか?」

「大きな姿で角も身体ほど大きくて輝いています・・・」

「そうだ、しかしユーミナは『普通の白い鹿だった』と答えている」

「あ、それは」
 リンジーが森で適当に答えた話をユーミナは真に受けたのだ。


「あの森で白鹿はここ数十年は目撃されていないのだ。そのため白鹿の姿は目が3つあっただの、羽があって空を飛べるだのといろんな想像で噂された」

「多分最後に白鹿を目撃したのは俺達の祖母だと思われるんだよ」

「そうなのですか?」


「ああ、君の今の話は祖母の話と一致する。白鹿を見たのは君なんだなリンジー」

(もう誤魔化せない)

 リンジーは床に這い蹲ると「そうです、真実をお話しますので弟だけは助けて下さい!」と懇願した。


「やめろ、座って話を聞くんだ。本題はここからなんだ」

 レイナードの言葉に顔を上げると「ほら、立って」とヨハンはリンジーが立ち上がるのを手伝ってくれた。


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