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しおりを挟む私の前世は宿屋の女将でした。
前世夫だった人が今、目の前を通り過ぎて行きます。
今はもう赤の他人です。彼の目に私が映る事は有りません。
今世の彼には美しい婚約者ロミー様がいるのですから。
夫だったアーティ様は今や金髪碧眼、美貌の伯爵令息。
妻だった私は男爵家の一人娘シンディ。茶髪に栗色の目は前世と同じです。
生まれ変わっても本性は変わらないのか、夫は相変わらず口数の少ない優しい人で、私にもそうであったようにロミー様を気遣って大切にしています。
最初は少し胸が痛みました。ええ、私は夫を愛していましたから。
前世、私は良い妻だったと自負しています。夫を愛し、働き者で愛嬌があって子どもだって3人授かって健康でした。夫が先に逝って2年後に私も人生を終えました。
辛い事も有りましたが、概ね幸福でした。なので未練ではなく、夫だった人には今世も幸せになって欲しい、そんな気持ちでアーティを見つめています。
前世が見えるようになったのは15歳の時。
王都の貴族学園に入学して、あの人と出会ったのがきっかけでした。
あの人は赤い髪に翡翠色の瞳も前世のまま、メイビル様。
今は子爵令息ですが、前世ではうちの宿によく泊まりに来ていた傭兵でした。
傭兵は数か月おきに恋人を取り替えて『うちは連れ込み宿じゃないですからね!』と宿泊を断ったこともありました。
『ここの飯はあんま旨くないんだよ、もっと旨いモン食わせろよ』
『じゃぁ他所に泊まりなさいよ!』
夫と違って粗野で浮気性な傭兵を私は大嫌いで、いつもそんな言い合いをしていた記憶がメイビル様に会った途端、甦ったのです。
本性は変わらない・・・前世傭兵だったメイビル様はやはり多くの女性に囲まれて、浮気性で恋人とは長続きしないダラしない人です。
なぜアーティ様ではなくてメイビル様との前世を先に思い出したのか不思議でした。
傭兵は子供好きで、私の息子を可愛がってくれました。旅に出ればお土産も買ってくれて、口の悪い傭兵と息子達が接触するのを夫も義母も嫌がったのですが、息子は傭兵が大好きでした。
二人目を出産した後に、暫く体調が悪い日が続いた時、傭兵は他国の薬を持って来てくれました。
こんな優しさが女性達を惹きつけるんだと思ってその時は感謝で好意も上がりましたが、人妻と浮気してその旦那に刺された時は呆れました。
平凡な日常を繰り返す中で傭兵とのエピソードが異質過ぎて先に記憶が甦ったのかもしれません。
傭兵は私が3人目を身籠った時に姿を消しました。
『次の仕事はちょっとヤバイんだ。生きてたらまた来るわ』
『そうなの、気を付けて』
傭兵が部屋を出て私は煙草臭い部屋のシーツを交換していると、突然後ろから抱き締められました。
『なに⁉』
『元気でな』
そう言って私の項にキスをして傭兵は部屋を出て行きました。
いい年をしてキスぐらいで胸がドキドキして恥ずかしかったのを覚えています。浮気でも無いのに夫に申し訳なくて、少し傭兵を恨みました。
それからずっと帰りを待っていましたが、結婚したのか、もっと良い宿を見つけたか、ヤバイ仕事で亡くなったのか、傭兵とは二度と会えませんでした。
翌年に生まれた三男は何故か傭兵の面影がありました。
夫は私を信じて何も言いませんでしたが、成長するにつれ傭兵の面影が濃くなっていく三男を、傭兵の生まれ変わりかもしれないと密かに思いました。
前世でも時々傭兵の事を思い出していたからでしょうか。夫との思い出も沢山あるはずなのに、今も傭兵の事ばかり懐かしく思い出します。
***
さてと・・・私には困った婚約者がいます。
「シンディ、ちょっとだけ用立ててくれないかな?」
声を掛けてきたのが現在私の婚約者のパウロ様です。
彼の前世はどこかの国の王子様です。坊ちゃん気質で依存心が高く贅沢好き。
伯爵家の三男で結婚して我が家の婿になる方です。
「今月はもう交際費は使ってしまいました」
「男爵に頼んでくれないかな~」
「何に使うんですか?」
「男にはいろいろあるんだよ」
甘いマスクで憎めない人なのですが、金銭的にルーズなのです。
父が決めた婚約なので文句は言えません。もっとしっかりした人が良かったのに、今世私は男運に見放されています。
最近私の幼馴染のロビンが前世で傭兵だったメイビル様と交際を始めました。
そんな気配はなかったのにいつの間に親しくなったのかしら?
「メイビル様は女性好きでロビンは絶対に不幸になるわ」
「だって良い男だもの。優しいし・・パウロ様より素敵よ?」
「そうかな、(悪い意味で)いい勝負じゃないかしら」
やがてロビンはメイビル様と婚約しました。
前世関わりのあった傭兵も夫も幸せになってくれたら嬉しいです。遠くから見つめるだけで彼等とは一切関わっていませんでした。
困った婚約者のパウロもいますからね。
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