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しおりを挟むエリアス様の冷たい瞳は本気だった。
「お母様・・う・・ぅぅ・・どうして・・・」
無様に泣く私の肩を、母は掴んで揺さぶる。
「セアラしっかりしなさい! あれがあの男の本性よ。貴方は騙されていたの。時間がないわ、どうしたいのか早く決めなければ!」
「・・・騙されていた? そんな人ではありません!」
「思い出しなさい、あの男との婚約を持ってきたのは誰だったのかを!」
「お父様・・・」
「そうよ、馬鹿な侯爵は公爵家に利用されたんだわ。私達はすっかり騙されたわね」
エリアス様の優しさも言葉も全部嘘なの?
「セアラを王太子に差し出してエリアスはこの家の養子になり、ユリエラ王女を妻に迎えるつもりよ。彼は侯爵家を乗っ取るつもりだわ」
「まさか! うそ・・・どうしてそんなことを?」
「後継者争いから王女を守るためよ。でもそんな勝手な事は許さないわ」
「王女の為・・・私はエリアス様に愛されてなかったのですね」
「そうね、でも彼を憎みこそすれ、悲しむ必要はありません」
憎めない、私は本当にエリアス様を愛していた。あああ胸が痛くて苦しい。
「お母様の仰る通りかもしれません。でも今は・・明日になればもう泣きません・・今だけは・・ぅ・・うぅ・・」
「気が済むまで泣かせてあげたい。でも時間がないの。セアラがエリアスの為に側妃を望むなら私は止めないわ」
側妃など望んでいない。エリアス様に利用されるつもりもない。
「でも、王家の命令ですよ?」
「まだ正式な申し込みではないわ、だから時間が無いと言ってるの。王命でもない、王太子が望んでいるだけなのよ」
あの不気味な王太子の側妃・・・絶対に嫌よ。
エリアス様は簡単に婚約を解消した。これっぽちも私への愛情は無かったのだ。
「私が守ってきた侯爵家を好き勝手にはさせません。ソアレス公爵家に応援を頼みましょう。手紙を書くから貴方が届けるのよ」
「でもお母様を残しては行けません。危険です」
「だから急いでいるの! 泣いてる場合ではないわ。セアラは側妃になりたいの?」
「嫌です!」
母の焦りが伝わって涙も止まってしまった。
「私は馬には慣れてないから邪魔になる。ウォルフ卿と精鋭の騎士達を連れて今夜発ちなさい、いいわね!」
「分かりました」
母の迫力に押されて承知した。不安だけど一刻も早く伯父様に手紙を届けて母を守ってもらわなければ。
私は準備を急いで騎士服に着替え、日没を待って出立しようとしていた。
エントランスで母は私を強く抱きしめた。
「よく考えなさいね。貴方を一番愛してくれる人は誰なのか」
アヴェルの言葉が浮かんだ。
『セアラ、もし何かあったら俺を頼れ。逃げて来い、いいな?』
彼はこうなると予想していたのだろうか。
「気を付けて行くのよ!」
「はい!」
玄関扉が開かれると外灯の下で私用の馬を引いたウォルフ卿と兵士数名が待っている。
「お嬢様、必ずお守り致します!」
「ええ、お願いします」
不思議だ、今朝はエリアス様を待ちわびて、陽が沈めばこの国から逃げ出そうとしている。
やるせない気持ちで出立しようとすると突然「お待ち頂こう。行かせるわけにはいかない」と声がしてウォルフ卿達は剣を抜いた。
「エリアス様・・・」
薄暗い空間からゆらりとエリアス様が姿を現したのだ。
「こんな事だと思って見張っていました。逃げるのですか?」
そうだ、私は逃げる。母を残して伯父様の元に・・・
「ここは私が引き止めます、お嬢様は行って下さい。逃げるのではありません、捨てるのです。この国を!」
ウォルフ卿がエリアス様の前に進み出た。
「亡命など見過ごせませんね。セアラ、貴方の護衛騎士達の実力では皆命を落としますよ?」
「侮らないで頂きたい。お嬢様行って下さい!」
「でも・・・」
「セアラ、貴方と手合わせをする約束をしていましたね。もしも私に一度でも剣が届いたら、今夜だけは見逃しましょう」
「もし届かなければ?」
「今夜貴方を王太子の宮殿にお連れします」
「いいわ。約束ですよ? エリアス様」
こんなヤツの為にさっきまで泣いていたなんて悔しい。最後に見たあの美しい笑顔さえも今は醜く思える。
ウォルフ卿の制止も聞かず、私は剣を抜いた。
端から勝負にならないのは分かっていた。
エリアス様の剣は重く、キーン!と交える度に腕が痺れ、間合いを取っても直ぐに詰め寄られて、彼は私の剣を弾き飛ばそうとしている。
キン!キン!と剣の交わる音が響き、必死の私に比べてエリアス様は涼しい顔だ。
「ふふ、怪我をさせる訳にはいきませんからね」
「くっ!こんな形で手合わせするなど、想像もしませんでした!」
「同感です。そろそろ降参されては如何ですか?」
一太刀、たった一太刀でウォルフ卿達を救える。降参すれば私を逃がそうと彼等はエリアス様に挑んでいくだろう。負ける訳にはいかない!
「エリアス様、今日はお喋りですね。くっ!・・そんなに婚約解消が嬉しかったのですか?」
「ふふ、嬉しいですよ。最高の気分だ」
「うっ!いっそ私を殺せばいい!」
だが彼は私を殺すどころか、傷さえもつけることは出来ないと言った。反撃も許さず、ただ私が疲れるのを待っている。
エリアス様は私を侮って同じパターンで剣を繰り出していた。
(1、2、3)「くっ!」
エリアス様の太刀筋に慣れてきた私は間合いを数えながら(今!)と捨て身で彼の懐に飛び込んだ。
驚いたエリアス様に一瞬の隙ができて、シュッ!と私の剣は彼の上着を僅かに切り裂き「おお!」とウォルフ卿の声がするとエリアス様の動きは止まった。
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