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 外に出るとケインが耳を赤くして戻ってきた。
「彼女に誤解されなかった?」
「ああ、問題ない」
「ケインいろいろ有難う、王都を出て他所の町に行くわ」

「金はあるのか?」
「いえ・・」

「着の身着のままで無茶言うな。カレンは小母さんに面倒見るよう頼まれたんだ。俺に任せておけ、仕事先も見つけてやる」

 兄にもこんな優しい言葉を掛けられたことはなかった。誰からも愛されているカレンが羨ましい。どうしてジゼルは愛されないんだろう。

「え?泣いてるのか?お前そんな性格じゃないだろう、調子狂うな」
「働けないと娼館か修道院に行こうかなって思ってた・・・嬉しい」

「はぁ?娼館って・・・バカだな!」
「だって・・グスッ・・」

「カレンこれは貸しだ、いつか返せよ!暫くは主人に見つからないように俺の家に隠れておけ。貴族相手だと俺は手も足も出ないからな」

「分かりました、このご恩は忘れません」
 勢いで伯爵家の離れ家から逃げて来たのに、結局一人で何もできない。嬉しいのと情けないので涙が止まらなかった。

     ***


 三日間ケインの家でお世話になって、彼は休みが取れると私に仕事先を紹介してくれた。

「騎士団の食堂で求人募集している」
「紹介状はないけど大丈夫かしら?」
「セーラが保証人になってくれるってさ」

「助かるけど、いいの?私とは面識ないのに」
「セーラに迷惑かけるなよ?それだけは約束しろ」
「約束します」


 騎士団の裏門でセーラさんが待ってくれていた。

 嬉しそうに駆け寄るケインに微笑みかけるセーラさん。二人はお似合いだ。優しそうなセーラさんにケインが惚れ込んでいるのが良くわかる。


 セーラさんは王宮魔術師団の優秀な治癒魔術師で、彼女が保証人だと直ぐに食堂で採用された。調理の下ごしらえと皿洗いなら得意だ。

「セーラさん有難うございます」
「いいえ頑張ってね!」
「はい!」

 ここにはカレンもジゼルも知る人はいない。騎士団の就労者用の寮にも入れて、私はカレンとして頑張ろうと張り切っていた。

 食堂で働きだして生まれて初めて充実した日々を過ごしていた。家の為、貴族の義務だと思って父に言われるがままに生きて来た。でも今は自分の意思で自分の為に生きている。

 職場の同僚も親切に指導してくれて、セーラさんも時々様子を見に来てくれた。

 寮の狭い小さな部屋で、私は毎日幸福を噛みしめていた。



 職場にも慣れた頃、休みの日に朝からケインの家を訪ねた。
 ノックすると酒臭いケインが出てきて「なんだカレンか」と素っ気なく言われた。

「私でごめんなさいね」
「いや、昨夜は飲み過ぎて頭痛がするんだ、悪い・・」
「仕事は?」
「今から行く」
 不機嫌なケインに、来ない方が良かったかなと思って後悔した。

「借りを返そうと思って、ディナーは如何いかがですか?」
「カレンが奢ってくれるのか?」
「ええ、初めてお給料をもらったので、お礼になんでもご馳走しますよ」
「じゃぁ、部屋の中片付けて、帰りを待っててくれたら助かる」
 合鍵を私に渡すとケインは出て行った。

 ケインは家事が得意ではないようだ、部屋は散らかって洗濯もたまっている。
 前来た時は綺麗だったのに、セーラさんが掃除したのかもしれない。

 洗濯と部屋の片づけが終わると暇つぶしに買い物に出た。昼食用にリンゴを1個と、雑貨屋で刺繍糸と針とハンカチを買って、刺繍しながらケインが帰るのを待っていた。

 夜遅くなってもケインは帰って来なくて(忘れられたかな?)と思って帰り支度をしていると、やっとケインは帰ってきた。

「すまん、帰り際に事故があって遅くなった」
「いえ、次の機会にしましょうか?それとも今からでも行きますか」
「次にしよう。騎士団に事故の引き継ぎもあって、悪いが今日は疲れた」
「そう、次の機会にはセーラさんも誘いますね」
 セーラさんにもお礼をしようと思いながら台所に向かった。

 遅い夕飯の用意をしていると「事故はペリエド伯爵の馬車だった」と聞こえて私の手は止まった。

「橋の上で車輪が外れて、川に落ちた夫人が溺れて亡くなったんだが」
「・・・亡くなった?」
「ああ、死亡を確認して驚いた、カレンにそっくりで」

「そう・・・(カレンは)亡くなったのね。伯爵はどうだったの?」
「おなじく川に落ちて、意識不明の重体だ」

 もうこれでジゼルに戻ることは一生ない。気の毒だが、本物のカレンはジゼルとして亡くなったのだから・・・
 ・・・いいえ、父は私が生きているのを知っている!

「カレン?」

 もっと遠くに逃げなくては、見つかったらまたどこかに売り飛ばされる。もう父の犠牲になるのは嫌だ。でも父から逃げきれるだろうか。

「どうした?・・・カレン?」
「ケイン、やっぱり帰るわ。お世話になって有難う」

 慌てて出て行こうとした私の腕をケインは掴んだ。
「待て!お前は本当は誰なんだ?」

「それは・・・」
 やはり幼馴染の目は誤魔化せてはいなかった。


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