上 下
2 / 6

しおりを挟む
                  
 
 外に出るとケインが耳を赤くして戻ってきた。
「彼女に誤解されなかった?」
「ああ、問題ない」
「ケインいろいろ有難う、王都を出て他所の町に行くわ」

「金はあるのか?」
「いえ・・」

「着の身着のままで無茶言うな。カレンは小母さんに面倒見るよう頼まれたんだ。俺に任せておけ、仕事先も見つけてやる」

 兄にもこんな優しい言葉を掛けられたことはなかった。誰からも愛されているカレンが羨ましい。どうしてジゼルは愛されないんだろう。

「え?泣いてるのか?お前そんな性格じゃないだろう、調子狂うな」
「働けないと娼館か修道院に行こうかなって思ってた・・・嬉しい」

「はぁ?娼館って・・・バカだな!」
「だって・・グスッ・・」

「カレンこれは貸しだ、いつか返せよ!暫くは主人に見つからないように俺の家に隠れておけ。貴族相手だと俺は手も足も出ないからな」

「分かりました、このご恩は忘れません」
 勢いで伯爵家の離れ家から逃げて来たのに、結局一人で何もできない。嬉しいのと情けないので涙が止まらなかった。

     ***


 三日間ケインの家でお世話になって、彼は休みが取れると私に仕事先を紹介してくれた。

「騎士団の食堂で求人募集している」
「紹介状はないけど大丈夫かしら?」
「セーラが保証人になってくれるってさ」

「助かるけど、いいの?私とは面識ないのに」
「セーラに迷惑かけるなよ?それだけは約束しろ」
「約束します」


 騎士団の裏門でセーラさんが待ってくれていた。

 嬉しそうに駆け寄るケインに微笑みかけるセーラさん。二人はお似合いだ。優しそうなセーラさんにケインが惚れ込んでいるのが良くわかる。


 セーラさんは王宮魔術師団の優秀な治癒魔術師で、彼女が保証人だと直ぐに食堂で採用された。調理の下ごしらえと皿洗いなら得意だ。

「セーラさん有難うございます」
「いいえ頑張ってね!」
「はい!」

 ここにはカレンもジゼルも知る人はいない。騎士団の就労者用の寮にも入れて、私はカレンとして頑張ろうと張り切っていた。

 食堂で働きだして生まれて初めて充実した日々を過ごしていた。家の為、貴族の義務だと思って父に言われるがままに生きて来た。でも今は自分の意思で自分の為に生きている。

 職場の同僚も親切に指導してくれて、セーラさんも時々様子を見に来てくれた。

 寮の狭い小さな部屋で、私は毎日幸福を噛みしめていた。



 職場にも慣れた頃、休みの日に朝からケインの家を訪ねた。
 ノックすると酒臭いケインが出てきて「なんだカレンか」と素っ気なく言われた。

「私でごめんなさいね」
「いや、昨夜は飲み過ぎて頭痛がするんだ、悪い・・」
「仕事は?」
「今から行く」
 不機嫌なケインに、来ない方が良かったかなと思って後悔した。

「借りを返そうと思って、ディナーは如何いかがですか?」
「カレンが奢ってくれるのか?」
「ええ、初めてお給料をもらったので、お礼になんでもご馳走しますよ」
「じゃぁ、部屋の中片付けて、帰りを待っててくれたら助かる」
 合鍵を私に渡すとケインは出て行った。

 ケインは家事が得意ではないようだ、部屋は散らかって洗濯もたまっている。
 前来た時は綺麗だったのに、セーラさんが掃除したのかもしれない。

 洗濯と部屋の片づけが終わると暇つぶしに買い物に出た。昼食用にリンゴを1個と、雑貨屋で刺繍糸と針とハンカチを買って、刺繍しながらケインが帰るのを待っていた。

 夜遅くなってもケインは帰って来なくて(忘れられたかな?)と思って帰り支度をしていると、やっとケインは帰ってきた。

「すまん、帰り際に事故があって遅くなった」
「いえ、次の機会にしましょうか?それとも今からでも行きますか」
「次にしよう。騎士団に事故の引き継ぎもあって、悪いが今日は疲れた」
「そう、次の機会にはセーラさんも誘いますね」
 セーラさんにもお礼をしようと思いながら台所に向かった。

 遅い夕飯の用意をしていると「事故はペリエド伯爵の馬車だった」と聞こえて私の手は止まった。

「橋の上で車輪が外れて、川に落ちた夫人が溺れて亡くなったんだが」
「・・・亡くなった?」
「ああ、死亡を確認して驚いた、カレンにそっくりで」

「そう・・・(カレンは)亡くなったのね。伯爵はどうだったの?」
「おなじく川に落ちて、意識不明の重体だ」

 もうこれでジゼルに戻ることは一生ない。気の毒だが、本物のカレンはジゼルとして亡くなったのだから・・・
 ・・・いいえ、父は私が生きているのを知っている!

「カレン?」

 もっと遠くに逃げなくては、見つかったらまたどこかに売り飛ばされる。もう父の犠牲になるのは嫌だ。でも父から逃げきれるだろうか。

「どうした?・・・カレン?」
「ケイン、やっぱり帰るわ。お世話になって有難う」

 慌てて出て行こうとした私の腕をケインは掴んだ。
「待て!お前は本当は誰なんだ?」

「それは・・・」
 やはり幼馴染の目は誤魔化せてはいなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

雇われ妻の求めるものは

中田カナ
恋愛
若き雇われ妻は領地繁栄のため今日も奮闘する。(全7話) ※小説家になろう/カクヨムでも投稿しています。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】殿下は私を溺愛してくれますが、あなたの“真実の愛”の相手は私ではありません

Rohdea
恋愛
──私は“彼女”の身代わり。 彼が今も愛しているのは亡くなった元婚約者の王女様だけだから──…… 公爵令嬢のユディットは、王太子バーナードの婚約者。 しかし、それは殿下の婚約者だった隣国の王女が亡くなってしまい、 国内の令嬢の中から一番身分が高い……それだけの理由で新たに選ばれただけ。 バーナード殿下はユディットの事をいつも優しく、大切にしてくれる。 だけど、その度にユディットの心は苦しくなっていく。 こんな自分が彼の婚約者でいていいのか。 自分のような理由で互いの気持ちを無視して決められた婚約者は、 バーナードが再び心惹かれる“真実の愛”の相手を見つける邪魔になっているだけなのでは? そんな心揺れる日々の中、 二人の前に、亡くなった王女とそっくりの女性が現れる。 実は、王女は襲撃の日、こっそり逃がされていて実は生きている…… なんて噂もあって────

デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまで~痩せたら死ぬと刷り込まれてました~

バナナマヨネーズ
恋愛
伯爵令嬢のアンリエットは、死なないために必死だった。 幼い頃、姉のジェシカに言われたのだ。 「アンリエット、よく聞いて。あなたは、普通の人よりも体の中のマナが少ないの。このままでは、すぐマナが枯渇して……。死んでしまうわ」 その言葉を信じたアンリエットは、日々死なないために努力を重ねた。 そんなある日のことだった。アンリエットは、とあるパーティーで国の英雄である将軍の気を引く行動を取ったのだ。 これは、デブスの伯爵令嬢と冷酷将軍が両思いになるまでの物語。 全14話 ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...